倖せはこんなかたちでやってくる
無意識の意識
敬愛が過ぎて崇拝すらしている親友の花嫁に対して、彼フランツ・フォン・マリーンドルフは言いたいことがたくさんあった。ありすぎてどれから口に出せばいいか分からないくらいだ。
聡明というには頭が切れすぎる親友が選んだにしては、外見の美しさと家柄しか取り柄がない女である。伯爵家がいいのなら、フランツが親類をいくらでも世話できると知っているから、残る美しさに惹かれたのだろうか。
いや、そんな外見で選ぶような男ではないと、彼は思っている。
「ねぇ、ディート。彼女のどこがいいんだい?」
ずばり、尋ねてもみた。
「そうだねぇ、彼女だ、と一目で分かったんだよ」
それは一目ぼれというのだろうか。
確かに彼女を見る黒い目はうっとりとしていた。
だが、何か違う、とフランツは感じずにはいられない。
それは彼女が気に入らないからだろうか。
婚約したと相手を紹介された時から、フランツは彼女レオノラを嫌った。
なぜなら、崇拝する親友を見下していたからだ。いやいや結婚するのだと隠そうともせず、態度は冷たすぎた。
客観的に見れば、恋愛したのではない限り、東洋系の外見で15も年上、しかも貴族とは名ばかりの帝国騎士の家に養子に入った、どこの馬の骨ともしれない記憶喪失の男だ。伯爵家の令嬢が見下すのも当然である。
しかし、その馬の骨を崇拝するフランツにしてみれば、罪にも等しいこと。
自分が女なら押しかけてでも嫁入りしたのに!
などと見当違いの思いすらしながら、幸運を踏みにじるレオノラを憎みすらした。
嫌い、憎み、しまいには殺意すら持ったフランツは、金品を要求し遊びまわるレオノラをじっと監視し続ける。
愛人を作ったときなど、すっ飛んで親友に教えたりした。
のだが、ディートリヒ・フォン・ロイエンタールは柔和な顔を更にやわらかくする笑みで、ああそうかい、と言って流した。
「元から援助を引き換えに申し込まれた結婚だったからねぇ」
それは知っていた。フランツが見合いを持ち込まれた時点で知っていれば、絶対つぶしただろう。放蕩の末借金に浸かった伯爵家が娘を売りに出したのは、有名な話だったのだ。レオノラの姉二人も売りに出され、その嫁ぎ先は度重なる援助の申し込みに辟易している。しかも顔はよいが身持ちがよくない贅沢娘だと知られている。そんな姉妹の三人目である。家柄のよい相手など捕まるはずがない。
「贅沢をさせる約束だったからね、レオノラとは」
「その贅沢に、男を作るのも入っていたのか?」
「レオノラが幸せそうならいいんじゃないかな」
「ディート、君って」
やはり何か違う。
フランツは強く感じた。
ディートリヒはレオノラを愛しているのか?
疑問は、違和感のせいだった。
美しい妻をうっとりと見るのに。どんな贅沢だってさせて、ひどい態度をしていても許しているのに。
フランツは違和感を持つ。
違和感が頂点に達したのは、ディートリヒの浮かれた報告を受けた時だ。
「聞いてくれ、子供ができたんだ!」
黒い目はキラキラと輝き、満面の笑みは幸せの絶頂を示して。
「私の愛だよ。私の愛が宿ったんだ」
うっとりと言うディートリヒは、真実恋にうつつをぬかしている男だ。
すぐさまロイエンタール家を訪問したフランツは、いつもとは違うとすぐに感じ取る。
そう、何をしても許されていたレオノラが、あらゆる拘束を受けていたのだ。
別に監禁されたわけでも、鎖につながれたわけでもない。
だが、彼女の好みに合わせて新婚の為に買われた豪奢な屋敷は、決して彼女を外に出さず。
下僕のようだった使用人たちは、腹の子の為にならないことは一切与えずやらせず。
鍵も鎖もいらなかった。人の行為で十分だった。
もちろんレオノラはヒステリーを上げたが、ディートリヒの一言で黙るしかない。
「妻でいてはくれないのかな?」
腹の子に何かあれば、今の立場を失うのだと、さすがのレオノラも分かった。
もちろん彼女に出されるものは、変わらず最上の物で、妻の立場は揺らいでいない。が、何か違う、と感じているようだった。
自分に熱愛しているはずの夫は、腹の中にしか興味を持たなくなったと、気づかぬはずがないのだ。
嫁いできた彼女が作っていたロイエンタール家の不協和音は、この時点で拭い去られた。好き勝手していた若奥様が若旦那様に押さえ込まれている光景に、こうなって当然と使用人の誰もが思う。
あの、たった数年で富の悪魔『マモン』と呼ばれるようなった若旦那様が、小娘にいいように扱われるはずがないのだ。
フランツももちろん同じ意見だった。
どうして妊娠しただけで態度を変えたのか、愛のまなざしを向ける場所が変わったのか、分かるような分からないようなもやもやしたものがあったが。
その答えは、赤ん坊が生まれてきて、与えられた。
「私の愛が生まれたよ、フランツ!」
愛しくてたまらないといった顔で生まれたばかりの息子を抱く、その姿で。
ああ、これを望んでいたのか、君は。
父の面差しを受け継いでいないのは、生まれたばかりでも明らかな子供だ。きっと母親に似るのだろう。
レオノラの顔をうっとりと眺めていたディートリヒ。
その思いは、顔にだけあったのだ。
それから33年後、フランツ・フォン・マリーンドルフは、親友が違和感ある結婚をした理由を完全に理解する。
無意識のうちに、彼は愛する相手をこの世に生み出したのだ。
自分だけを愛するように、と。
「さすがはディート」
いや、その賞賛は違うような・・・・
END
※チェシャ様よりのメッセージ
危ない友フランツの語り。
嫁入りしたいくらい親友にほれ込んでいる男。きっと一歩間違えば危ない。
てなわけで、チェシャ様のすんばらしぃ〜文章に感動した方は、チェシャ様の家「夜の迷いの森」に感動を伝えに行こう! Byりほ