モンスター・パラダイス!  〜ヤンとコーネフ

 

泡沫の魔都・上海

人々の命の営みが作り出す、新しい時代の眩い光・・・によって生み出される闇の中。

濃い化粧に紅い牡丹の新式のチィパオの女の死体。

あいにくそれは割りとありふれたものだが。その腕の中に

「狼と猫と狐の三つ仔? 珍しいね」

一匹の「魔」が面白がってもって帰った。

 

 

「母親」その単語を忌避するのはポプランではなくコーネフだ。

自分でも失敗したと思うのだろう渋い顔で誤魔化す。

ポプランは、自分の成立しない母子関係と違いコーネフ家の仲は良好なのに、と首を傾げる。

コーネフの自覚する「母親」は、ミセス・コーネフではないのだ。

「お体の具合は如何なのですか?」

顔が不本意だと云っているが、ヤンとしては請うようなその声音に失笑を禁じえない。

「私は食べなくても平気なんだよ。「知ってる」だろう?」

「平気とは違うかと思いますが」

嘲笑を浮かべるヤンをとりまく、舞うような「黒」に陶然となる思考を振り払って応えを返す。普段覇気のない呑気者の風情しか出さないが、折にふれ、そう、コーネフの前だからだろう、その「本性」を滲ますと、その香気に胸があわ立つ。

彼の妖気にあっさり溺れるのは、自分が弱いから。弱い者はただ貪られるだけ。彼の前にただ在るだけの資格も有さないのだと、自分を奮い立たせる。試されている。

「お前は、おなかへってないの?」

「・・・、平気です。一応ここは戦場の一端なので。居心地は良いです。そうですね。ちょっとベジタリアンになった気分にはなりますが」

少し考えてそう答えれば、さっきの妖気は綺麗に消して、平凡な顔で笑う。

その癖のある前髪に、遠い昔を思い出す。

「今回は・・・ずいぶんとあっさりしたご容姿なのですね」

コーネフの記憶にあるこの人は、とにかく軽薄で、新式の漢服を物憂げに着崩して、

アクセサリーで耳も腕も飾って、ああ、髪は癖のない直毛だった、

驕慢で、うらぶれていて、指輪のついた細く長い指で長キセルを弄んで・・・

そう、今でいうチャラ男だった。チャラかった。超チャラかった。

夢に満ちた過去を、改めて受け入れる。ああ、そういやそんな人だった。とげんなりする。

ただの酔っ払いのろくでなしだったじゃないか。

「あの時」自分はとても小さくて、人間で言えば三歳よりも小さかっただろう。

ゆえに記憶はあいまいで、かなりセピア色に美化している。

意識がとても幼かったし、目線は低く、視界は狭く、行動範囲もそれに準ずる。

狭い路地が入り組んだ街中の、昔は金持ちが住んでいたのだろう古ぼけた家の、中庭の陽だまりで転げまわってきゃあきゃあ遊んでいたのが、ほとんどの記憶だ。

街に住んでいたのだって、裏の木戸からこっそり覗いたから知っていたというレベルだ。

毛玉のように三匹で転がっていると、カタンと乾いた音をたてて黒い透かし戸があいて、この人が笑いながらやってくる。屋敷の奥には、もう一人、びっくりするくらい綺麗な人が・・・いた気がする。「びっくりするくらい綺麗な人」という感想ばかりで、どんな容姿の人かは覚えていないが、酷く場違いな、別世界のような、貴族のような洗練された人だったと思う。容姿なのか、服装なのかは覚えていないが、あの街の人間ではなかったのだろう。という印象・・・「感想」しか覚えていない。その覚えていない相手を「父親」と認識する自分が間違っているのだろうけど。

そう、三匹。三人いたはずなのに、自分とポプランと、もう一人。兄弟のような相手のことも覚えていない。遠い記憶だ。

遠すぎて、自分の記憶ではないだろうと理性は云うが、己の奥底は遠い昔に己とポプランがそこに在ったのだと譲らない。

「お母さん」

そのあるのかわからない記憶を、ほとんど覚えているのが、この人のはずなのだ。

「私はお前達を拾ったけれど、お前達の親ではないよ」

それは受け入れられないとコーネフは内心ではねつける。コーネフにとって、「親」「主」「飼い主」「持ち主」そんなひっくるめて「母」はヤンだと刷り込まれている。育ててくれなくていいから、心の裡の親は奪わないで欲しい。

「まったく、お前は。何度産まれてきてもうっとおしい」

鬱陶しい。そうなのだろう。自分でも面倒くさいと思う。多分、この会話を会うたびごとにやっているはずだ。

「一回目以外は全部忘れているってのに」

なんど繰り返しているかしらない、最初の記憶は2千年近く前だ。ただ、思い出せないだけで、なんとなく時の積み重ねはわかる。記憶の断片、主に会話だが、たまに思い出すときもあるのだ。

冷たいというより、涼やかに切って捨てるヤンの微笑みは、地味な顔立ちの割りに酷く豊麗で腹の底がふつふつと沸く気がした。

まあ彼の「種族」からすればいたって普通のことなのだろう。

「何度目、なのですか?」

「さてね。数えてはいないがね。十回前後は同じ会話をしたはずだよ」

「二百年に一度くらいでしょうか?」

「そうかね。死んですぐ生まれてくるわけでもなし、毎回会うわけでもなし。平均すればそれぐらいになるのかね」

ヤンはこきこきと首をならす。どうやらまだ雑談に付き合ってくれるらしい。

「なにせお前にはよく会うよ、前回も会ったもの。そんで大抵ポプランと一緒だ。もう一匹にはちっとも会わないのに。あの子に前にあったのは確か・・・帝国が出来る前だから、もう結構だねぇ」

「・・・やっぱり俺ら、もう一匹いましたよね?」

「いたよ。あれもはっきり記憶はないようだけれど、会えば毎回くどいくらい丁寧な礼をとってくるからね。あれも邪魔くさいな」

「ポプランは?」

「あいつは、毎回お前にベッタリだよ。性格は都度違うし、年齢も立場も違うし。遣り方は毎回違うけれど、毎回お前に執着してる。うざいな」

散々な評価だ。

「俺が、じゃなくて、あいつが、ですか?」

あいつ覚えてないのに? 覚えてないのに? 実は結構ムカついてるのに?

「ああ。あいつは、お前だけが大好きだからね。お前への愛全部使って、お前の側に生まれてきてるからね。ホントしょうがないよね」

「・・・・・・・る」

「聞こえたよ。コーネフ」

憮然としたコーネフの小さな呟きに、ヤンはクスクス笑う。この二人は本当にどうしようもない。

「本当にね。お前たちは弱いよね。私くらい、楽に潰せるぐらいじゃないとおかしいんだけどね」

「・・・・・・・・、無理です」

「私はそう強い妖では無いんだよ。仮に公候伯子男で云えば、せいぜい伯爵なんだよ。それにしたって子爵寄りだ。一般ピーポーよりはそりゃ圧倒的だけど・・・まあ、経験だけは大妖並にあるから、伯爵レベルでも発言力はあるけどね。お前達、本当はめっちゃ強い妖怪なのに、強さどこに落としてきたんだよ」

「意味がわかりません。生まれてこの方、そう、あの上海から、そんな強かった覚えなんてありませんよ?」

頭が痛い。昔からこれに関してはヤンの頭が痛かった。

おかしいのだ。

人から生まれたとしても、妖は妖。魔物。妖魔。モンスター。妖怪。人ならざるもの。

妖は人と違って成長などしない。生まれた時から出来ることは決まっているし、それは死ぬまで変わらない。何度も生まれてくる妖は珍しいが、昔からいる。

ヤンが拾ったこの三つ仔は何せおかしかった。

もう、おかしいまま千年以上経ったから、他の生まれ変わる妖たちと、仮説はたてた。多分あってる。空前絶後の大妖、脅威の皇クラスの死霊王が受諾した仮説だ。

けれど、だからといって、そのリミッターを解き放つすべは未だないのだ。

「そのうちきっと、覚醒イベントがあるんだと思ってずっと見物してたのにっ。どうやら今生でも無理そうだね。あと千年は待ってあげるから、そのうちどうにかしやがれよ」

「・・・、コンメディア・デラルテの方々は、ちょっと気が遠すぎます」

「お前にも名前あげたんだから、使ってくれていいんだよ。それともジャコメッタがよかった? インナモラーティがよかった?」

「結構です。呼んだら怒るんでしょう? アルレッキーノ」

「シェーンコップの前で呼んだら殺す。面倒な魔人を起こすな」

「はっ!? 准将も!?」

「今回多いよね。年も近いしね。珍しいよね。久しぶりだね」

「准将なんなんですか!?」

「死霊王の狗だよ。思い出せば飼い主探して面倒なことこの上ないから、あいつにだけは思いださせるな」

「死霊王陛下はおられない?」

「・・・・・・、いるとしたら帝国だ。余計に厄介だろう?」

「シェーンコップ准将がそんなことになったら、面倒なことこの上ないですね」

「ね?」

 

・・・聞くんじゃなかった。と思いながら、フラットに向ってあるけば、見慣れすぎた後姿をみつけて、苛立ちをこめてコーネフは云う。

「俺の方が愛してるんだからな。ジャンドゥーヤ」

「俺も愛してるよ! タルタリア!」

ビックリするくらい鮮やかな笑顔で振り返り・・・

「あれ? 俺今なんてゆったっけ? コーネフ」

微妙な笑顔になってポプランは固まった。

 

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