モンスター・パラダイス  〜帝国の愉快な人々

 

ロイエンタールは人ではない。生まれた時からそうだったし、生まれる前もそうだった。

なぜ延々と人の胎から人ならざるものが生まれてくるのか、さっぱりとわからない。

そんなこんなでかれこれ・・・五千年を越えてるんじゃないかと思うんだが、三千年を越えたあたりで、三千年来の知り合いが、「秘密結社つくろうぜ!」とのたまった。

もう千年前なら結構ツルんでたんだが、もう付き合いも面倒になって千年くらい引きこもっていたときだった。

魔都と呼ばれるところは、マッドな人間が多いが、それにまぎれて妖も多い。血や瘴気や死体を望む妖の獲物も、戦場に次いで豊富だ。プラハ、ロンドン、長安、まぁ色々だ。

上海は面白かった。文明は発展しても人類が進化するわけでもない。

上海租界。うたかたの夢。狂乱の魔都。

まぁ、ロイエンタールは古い屋敷に引きこもってたんだが、一緒に住んでたアホがのたまった。

「生まれ変わってくるたびに新しい名前覚えるのめんどいから、秘密結社作ってコードネームで呼び合おうぜ☆」

あの上海は、とにかく生まれ変わってくるメンツが多かった。そう人数が多いわけでもなかったし、種族もかぶらなかったから、種族で呼んでた。千年前から人が増えたとも聞かない。その全員がいたんじゃないかと思う。

「メンツそろってるし、ちょうどいいよな!」

・・・それやるなら、せめて二千年前に云えよ。と思った。

多分あいつは当時流行ってたスパイっぽいことをしたかったんだろう。

めんどくさいからパス。と答えたら、ヤツは本当にそれっぽい高級クラブで一席ぶちあげて秘密結社っぽく結成してきたらしい。多分、反対する理由がなかっただけだと思う。

つまり、これ呼び方だけだよな?

そして、俺にも名前を寄越してきた。西方のあった即興劇のキャラクターだったはずだ。

「じゃあ、今度からアルレッキーノって呼んでね?」

笑う道化師。

これ以来、死んだら生まれ変わってくる妖怪を「コンメディア・デッラルテ」と呼ぶ。

 

そしてなおも引きこもりは続き、たまにアルレッキーノがほかのメンツの話をつらつらとするのを聞いていたりした。ら、二千年経った次第だ。

時間経過がおかしい? おかしい。そんなものだ。気にしないでくれ。

コンメディア・デッラルテとかかわることも無く、そもそもの帰るべき種族に近寄ることもなく。・・・人の胎から生まれても、そもそもの種族はかわらないが、あの種族は特にしきたりがめんどくさい。太陽は避けるとか、流れる水は渡らないとか、エサは処女とか。

自分にはさっぱり意味がわからないしきたりだが、彼らはそれが貴族の美学なのだという。守ることに誇りをもっている。ロイエンタールはお高くとまった厭な連中だと思ってる。

 

そう、オスカー・フォン・ロイエンタールと今生呼ばれる男は、結成以来コンメディアにほとんどかかわっていなかったのだが、さすがに今の事態には眉をしかめた。

仕方ないので関わろうと腹をくくる。

顔色の悪い美しい女性。居並ぶラインハルト派閥の軍人達の中にあると、今にもはかなくなりそうにも見える。

ロイエンタールは種族的になまっちろい美貌の種族だが、彼女もまた種族的に異性を惹きつける見目をもつ。

アルレッキーノが昔からぽやいていた、彼女は・・・

「食事はとっているのですか? ・・・コロンビーナ」

小さく付け加えたその名前に、ハッと春の空色の瞳をわななかせ、アンネローゼは云った。

「兄を! アルレッキーノ兄様をご存知ですか!? ロイエンタール閣下!」

すがり付いてくる握力が本気だった。仕方ない。

「私も長いことあってはいませんが、彼を兄と呼ぶ女性を見捨てるわけにもいきません」

「話を聞いていただけたら、本当に感謝します」

アルレッキーノが愚痴っていた妹分。それは「ハラペコ幼女」

「問題は「食事」ですか?」

「そうです!」

「・・・もしかして、見た目よりも切羽詰まってらっしゃる?」

「わりと、せつじつに・・・」

「ふむ」

やっぱり「ハラペコ幼女」で間違いはなさそうだ。

チラと視線をミュラーに向け、・・・ぶんぶん首を振って否定され。ラインハルトに向け、なにも分かってない顔をされ。キルヒアイスに向け、自分一人で納得する。

「わかりました。あれの妹分なら、わたしも貴女を妹として見ましょう。あの馬鹿のように好きで絶食しているのでもないなら、手立てくらあるはず。おい、ミュラー。卿ちょっと相談にのってやれ」

「しょ、小官ですか!?」

「種族的に夢渡りなら相談にのれるだろう? お前もコンメディアだ。そうだな?」

余人に聞こえない声でロイが言えばミュラーが目を見張る。

「ロイエンタール提督、あなた誰ですか? コンメディアなら、何故私が知らない?」

「俺はあの時上海にいただけで、会合には参加してないからな」

「いたんですか、あの時!?」

「いたんだ。で、ドットーレ!」

人々に向けて声を放つ。答えはない。

呼ばれた名に思いっきりビクついたのはミュラーで、答えがないことに安堵の息を吐き、

「ロイエンタール提督、『なんのことかわかりかねますが』体力が落ちているなら、我が家秘伝の栄養ドリンクをご用意しますよ」

普段と少し違う、謎めいた笑みで進み出てきたメックリンガーに、安堵の息をそのまま飲み込み、涙目で「知りたくなかった。わりとマジで」とつぶやいているのだった。

「ではアンネローゼ。少々その二人に相談にのってもらっていてください。わたしは・・・とりあえず貴女は結婚しなさい。多少はマシになるでしょう」

「私が相手では、相手の方に負担になるのでは?」

「相手によるでしょう」

チラチラとキヒアイスに視線を向ける。アンネローゼはわずかばかり希望が見えた。

「オスカー兄様がそれで大丈夫とおっしゃるなら・・・」

(・・・オスカー兄様)

その場にいた全員の目が胡乱になったが、当事者達は気づきもしなかった。

「すくなくとも、今より悪い事態にはなりません」

請け負ったロイエンタールを確かめて、メックリンガーがアンネローゼを促がす。

「ロイエンタール提督が纏めてくださるそうなので、別室で相談にのりましょう。あ、オーベルシュタイン閣下はこなくていいですからね」

「・・・・・・・・・、私は、一言も、何も、云っていないが?」

「行かなくていいぞ、オーベルシュタイン」

「わりと本気でこないでください、オーベルシュタイン閣下」

ロイエンタールとミュラーにも云われ、眉間のシワが・・・

「行かんわっ!!」

「「「偏屈ジジィ」」」

すさまじく凶悪なツラになたオーベルシュタインに、前者三人の謎の突っ込みがハモった。

「・・・だから、行かんとゆうておるのに」

イライラと呟く声が、いつもよりしゃがれている。そう、「ジジィ」のように。

 

「で、ロイエンタール本気で意味がわからないのだが、うちの姉とどういう関係だ。そのアルレッキーノとは何者なのだ。そして姉の身体は大丈夫なのか」

笑顔で青筋が浮くラインハルトが、いっきにまくし立てる。

「親戚のようなものと考えてください。血のつながりは無いはずです。ただ、体質が同じ。普通の方法では栄養が足らない。圧倒的に。まあそれはどうでもなります」

ほぼスルー。そしてロイのターン。偉そうにキルヒアイスに向き直る。

「それで、わたしの妹分に何が不満だ? 結婚しない理由があれば今すぐ云ってみろ」

ぽかん

「よし、理由はないな。なら式の日取りはなるべくはやく・・・支度もあるし気候もいい半年後ぐらいがいいだろう。だとするとカレンダー的に五月の半ばあたりだな。じゃ、そういうことで」

ラインハルトとキルヒアイスを速攻で沈めて、というか、ついていけないまま放置して縁談をまとめたロイエンタールは、さっさとアンネローゼたちのいる別室に向った。

 

 

と、ロイエンタールが扉を開けば、アンネローゼが盛大に泣き伏していた。

「ひっ、酷いと思いませんか!? わたし、わたし、サキュバスなのにーーーぃ! あのジジイなんど絞りつくして殺してやろうと思ったか!!」

メックリンガーとミュラーが同情とアンネローゼの残念さによる頭痛のために眉間をおさえている。

「コロンビーナ、コロンビーナ泣くでない。お前はいつまでも童女のように・・・」

普段とは口調を変えてメックリンガーがなだめるが、アンネローゼは承服しない。

「あんな枯れて不健康なジジイ一人じゃろくなご飯になるわけないじゃないですか! もっと若くて健康な男百人くらいよこせって話ですよぉっ!!」

・・・・・・・、ほんと残念な。見た目がいいだけに。

「でも、あのジジイが生きてるころはマシだったんです。その後は弟が心配性で、食べれる範囲にも男の人に近づけなくて! このまま餓死するしかないと思ってましたわぁ〜〜」

突っ伏して本気で泣きが入る。

「うわぁああん、またお兄様に出来損ないって叱られるぅ〜〜、自分の食い扶持も調達できないなら餓死しろって見捨てられる〜〜」

「確か、夢渡りが苦手で、大喰らいで、燃費が悪いんだったか?」

「うわぁぁあん、お兄様他所の人にまで本当のこと話してるぅうう」

「安心しろ。その気になれば地球の半分まで夢渡れて、エサに出来るあいつがおかしいのは知ってる」

「わかってくださいますか!? 「五月蝿い、泣くな、やれ」って、で・き・る・かって話ですよ! 無理なんですよ! わかってくださいよ、アルレッキーノ兄様!!」

あいにく彼女の兄の教育は、スパルタ式だった。「出来ないことでも、やってるうちに出来るようになるから、泣いたままでいいからやれ」という、バリバリの精神論だった。

そして、残念なことに、実際、やり続けると出来るようになる。

ロイエンタールは彼女の兄の愚痴を、聞き流しながらも聞いていた。

すぐ泣いて、すぐ気がそれる、ビビリ。その後に彼は付け足した。

けれど、スペックは足りている。

力が有り余っていて、コントロールが出来ないパターンなのだ。そして、力をもてあまして空気が抜けているような常態なので、燃費が悪い。

彼は彼女を淫魔族の女王にするつもりで、もう何千年も育てていた。

死ぬ気でやればどうにかなるかも・・・死んでも生き返るし。というスパルタ論で。

彼女の兄はインキュバスだが特異体質で、コントロールも独特だ。教えることは無理がある。

まぁ、彼女が女王通り越して女帝になるまではまだ数千年かかるだろう。

本人の意思をもって、創意工夫を始めないことには、どうにもならない。

「人間社会は牧場。人間はエサ。文明の発展は余興」

という彼女の兄の教えが花開くのは遠い先だろう。

ロイエンタールは手っ取り早く、彼女にエサを与えて成長の芽をつんだ。

「キルヒアイスとの結婚きめてきてやったから、五月まで我慢すれば腹いっぱい食べれるぞ。喜べ」

「嬉しい、お兄様!! でも、今のまま結婚したら、ジークを瞬殺します! あの子が干からびます!」

洒落にならない。むしろそれでも生身の人間なら軽食にすらならない。

「大丈夫だろう。あいつも多分コンメディアだぞ。自覚はなさそうだが」

「・・・記憶がないとなると、イル・カピターノか? あの三つ仔か?」

「多分三つ仔のうちの一人だ。コンメディア作った三日後に、アルレッキーノが冗談で拾ってきた」

「一人でいるなら、狼の仔ですかね。パンタローネですか」

「お兄様、私にご飯をありがとう!!」

「・・・、前から思っていたのだが、コロンビーナはアレが兄でよいのかね?」

メックリンガーが問えば、アンネローゼは首をかしげる。

「お兄様は、あんな風ですが、我等が親愛なる族長ですもの。私には厳しいですが、敬愛しておりますわ」

「「ぞ、族長!? 王? 淫魔族それでいいのか!?」」

知らなかった二人にロイエンタールがフォローする。

「淫魔族は、ヴァンパイアみたいに厳格な貴族社会でもない。淫魔族でつるむこともあまりない。ただの調整役みたいなものだ。それでも、それなりの説得力は必要だが」

王が生き返るなら、何度も決めなくって便利じゃん? という軽い理由でアルレッキーノが族長をやっていることを知っていた。淫魔族、基本、軽い。

「というわけで、五月まで死なない程度に夢渡りの補助してやれ。お前、夢魔族だろう? ミュラー」

「・・・、本当にあなたは誰なんですか? 私の知らないコンメディアがいたなんて」

「俺もお前がコンメディアだと気づいたのはついさっきだ。普通のナイトメアならドットーレの凶悪さを知らないからな」

「しくじりました」

「え? ナイトメア・・・え? ルッフィアーナなの?」

「ええ。そのルッフィアーナですよ。お久しぶりでございます、コロンビーナ様」

苦笑を浮かべる顔が、「会いたくなかった」と書いてある。表に出ず性別をごまかし、スパイっぽく噂などをあつめるのが好きなのだ。正体を気取られるのは好まない。

「で、ロイエンタール提督は誰なのですか?」

「オスカー兄様は、アルレッキーノ兄様の恋人なのですか?」

「あの馬鹿とそんな微笑ましい関係だったことは一度としてないが・・・」

「スカピーノであろう? アルレッキーノの養い子ではなかったか?」

「「「こなくていいっていったのに・・・」」」

「お久しぶりです、プルチネッラ様」

扉に背をあずけたオーベルシュタインに、厭な顔した男三人と、いい子のご挨拶をしたアンネローゼ。

「オニー」

「きちくーー」

「リッチー」

「リッチー」

「リッチぃーー」

「だから、どうした」

「やりすぎーー」

「殺りすぎーー」

「死ねクソジジイ、あっ死んでた」

確実に室内気温十度は下がった。

「ドットーレほど外道ではないわ。それより、スカピーノであろう? アルレッキーノははじめからその名を振り分ける気がなかった。メンバーを増やすときも、選択肢にもいれていなかった」

「・・・、あいつが俺の養い子だったときもあったさ」

諦めたロイエンタールが溜息のように答える。何のことはない。互助関係だ。

彼も己も、生まれてすぐ殺されたり捨てられたりすることは多かった。助けられる限りは助けると約束した間柄だ。

ただ、アルレッキーノ以外にスカピーノと呼ばれるのは、想像以上に楽しくない。

「そうかお前、ヴァンパイアだな。久しぶりだな」

「ああ、久しぶりだな。死霊王」

コンメディア以前の風習で相手の種族を呼べば、オーベルシュタインが納得する。

「なるほど。ヤツの作ったコンメディアにはこんな意図もあるのか。名前をつけることで、意識をつくる。コンメディア以前の記憶がこんなにも風化していたとはな」

そう、ロイエンタールは彼らとは面識があった。西暦千年ぐらいまでは、元々の吸血鬼のコミュニティにうんざりしていたこともあるし、彼らとの交流を実験したり、研究したり、論議したりと楽しんでいた。途中で飽きて引きこもったが。

「にしても、六人か。多すぎるな。半数近くが揃うなど、あの上海以来ではないか?」

「お兄様がいらっしゃらないのが不思議です。寂しいです」

オーベルシュタインの言葉にアンネローゼが続く。

「あー、アルレッキーノがあの人だったらヤバいなぁって人が一人いるんですが」

「口に出すな、ミュラー」

「やめておけ」

「そうですよ、ミュラー。アルレッキーノがヤン・ウェンリーだなんて、想像するだけでおぞましいです。最悪の組み合わせです」

「「あっ」」

「ボケ老人!」

メックリンガーはとりあえずボコられた。

そしてこの時点でアルレッキーノがヤンなことは彼らの中で確定した。

そして、フラグが回収されて、戦後ヤンに爆笑されるのである。

 

                                 終わり

 

おまけ。参考までに。

アルレッキーノ   ヤン

スカピーノ     ロイエンタール

イル・カピターノ  シェーンコップ

イル・ドットーレ  メックリンガー

コロンビーナ    アンネローゼ

ジャンドゥーヤ   ポプラン

タルタリア     コーネフ

パンタローネ    キルヒアイス

プルチネッラ    オーベルシュタイン

ラ・ルッフィアーナ ミュラー

ステンテレッロ   ケーフェンヒラー     です。

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