懐かしい出会いと、これからの思い出  かこへん そのに
 
 
「お帰りなさい、ちー様」
「ただいま、エマイユ」
「あーーー」
「ただいま、トーマ」
僅かに微笑んでいるような顔で、ロイエンタールはトーマをなでた。
マイホームパパのようなその光景に、ベルゲングリューンとレッケンドルフは砂を吐く寸前だ。
なにが、どうなって、こんなハメになったんだっ・・・・!!
 
 
それはハイネセンに移ってまもなくのある日。
「宙港へ行ってくる」
止めて聞く上官ではないので、ベルゲングリューンは諦めて送り出した。
「けれど、いつからウチの軍はフレックスタイムになったんですか?」
「今から。なおかつ今だけ」
気のない返事もいつものことだ。諦めている。
「けれど、なぜ宙港へ?」
期待せずに問うたが、思いがけず返事が返って来た。
「エマイユとトーマを迎えに」
「はい?」
「知らないのか? ファーレンハイトの妻と子だ」
「えっ、はっ、ちょ、閣下! それはちょおっとぉおおお!?」
 
「あ、ちー様ぁ」
「ファーレンハイトの奥方」とやらは、ロイエンタールの顔を見つけると、それは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
夫を亡くしたばかりとはとても思えない、明るい笑顔だった。
「よくきたな、エマイユ」
「ちー様。トーマですわ。トーマくん、はじめましてのご挨拶は?」
母親の腕の中で、なぜか赤ん坊は蹴りでもかましたいようにしきりに足を動かす。
「元気そうな子供だ。長旅で疲れたろうに」
「いいえ、平気です。それに、ちー様? この子、船ではすごくお利口だったんですよ」
「そうか、お前に似たのかもな」
「え? 何のお話です?」
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
目の前の暖かな光景に、ベルゲングリューンとレッケンドルフは砂でも吐きそうだった。
マジで。だって、こんな女性に優しい? っていうか、丁寧? っていうか、配慮しているロイエンタールは見たことも聞いたこともない。
二人揃って宙港までついてきたことを後悔した。
「エマイユ紹介しよう。俺の部下だ」
「はじめまして、ベルゲングリューン中将、レッケンドルフ少佐。エマイユ・フォン・ファーレンハイトです。この子は息子のトーマ。これからお世話になります」
にこやかに挨拶されて、仏頂面ではいられない。
「あ、は、はじめまして」
「よろしくお願いします。あの、フラウ・ファーレンハイト・・・とお呼びしてもかまいませんか?」
「? はい、もちろん。よろしくお願いいたします」
 
それから、
「いらっしゃいませ皆様、お夕食食べていかれますよね?」
「フラウ・ファーレンハイト! 僕お手伝いします!」
「ありがとう、ハインリヒくん」
この不自然に幸福感に満たされたホームドラマに、一番先に順応したのは、意外というか流石と言うか、年若い従卒のハインリヒ・ランベルツだった。
「エマイユ、トーマを預ろう」
「お願いいたしますわ。トーマはちー様さえいればいつだってゴキゲンなんだから」
果たしてこれが自分の子供だったら、安心してロイエンタールに任せることはできるだろうか?
部下一同は真剣に押し黙ったが、エマイユの顔に迷いは無く、ロイエンタールの手には危なげが無かった。いつ見ても不思議で仕方が無い。
「慣れてますよね、閣下」
「ガキのころに覚えたことは、いくつになっても忘れないもんだ」
ロイエンタールはあっさりと応えて動じない。
家の中はできたての料理の匂いと、赤ん坊独特の甘い香り。それにポプリの匂いだろうか?
軍の無機質さが冗談のように、この家は、まるで少年のころの自宅に帰った気持ちになる。
そう、まさにホーム。そこにロイエンタールがいるのがヘンでたまらない。
「幸せな家庭のフリに愛は必要ない。・・・気づくのが遅すぎたか? なぁ、トーマ?」
 
「だから! なんで! フラウ・ファーレンハイトと同棲なんかしてるんだっ!!!」
『耳がはやいな、ミッターマイヤー・・・』
「夫君を亡くされたばかりで意気消沈している夫人につけこんで、お前はっ!」
言いかけて、ロイエンタールの穏やかな眼差しにぶつかる。
「ロイエンタール? お前、どこか具合でも悪いのか?」
『ミッターマイヤー、レッケンドルフがな、俺が安定しているというんだ。ランベルツは幸せそうにみえると云った。ベルゲングリューンは・・・流石に苦い顔してたな。
 お前には具合が悪く見えるのか?・・・・・・・なぁ、ミッターマイヤー、楽なんだよ、子供が二人もそばにいるとな。・・・・・・・・何も考えずに済む』
幸せであるはずのロイエンタールは、優しくも荒んだ笑みを浮かべた。
ミッターマイヤーには、もう何もいえなかった。
『じゃぁな。お前は長生きしろよ、ミッターマイヤー』
灰色になった画面を見つめながら、ミッターマイヤーはしばらく動くことが出来なかった。


戻る 目次へ 次へ