倖せはこんなかたちでやってくる

無意識の計算

 今になって振り返れば、理解する。

 私は、無意識で計算していたんだなぁ。

 

 

 私、ディートリヒ・フォン・ロイエンタールは、私になる前から愛している相手がいる。

 そう、それはオスカー・フォン・ロイエンタール。

 私の可愛い息子である。

 愛した時は、相手は息子ではなかった。

 いや、知らなかっただけで息子であったのだから、言い間違えているかな?

 だが初めて会い、愛してほしいと思った時は、私には息子はいなかった。

 その時、私はヤン・ウェンリーと名乗っていた32歳の男だったから。

 その1年後、私は40年昔の何故かオーディンにいた。記憶を失って。

 私を拾ってくれた女性イングリット・フォン・ロイエンタール、後に養母になってくれた彼女は、拾い自宅へと連れ帰った際、私が身につけていた同盟軍人と判る物を全て焼き払い、焼けないものはうまく処分してくれた。

 どうしてオーディンに怪我をした同盟軍人がいるかなどと疑問に思うより、かくまうことを選んだのは、きっと一人娘が死んだ場所で怪我をして気を失っていたからだろう。

 イングリットを深く愛する彼女の夫も協力し、私は同盟軍人と知られないままに、身元不明の記憶喪失者として二人に引き取られた。

 記憶をなくしたことを、私は幸運に感じている。でなければ、私はほしかった愛を手に入れられなかっただろうから。

 まんまと二人の息子に納まり、父からきっちり受け継いでいたらしい商才を発揮してロイエンタール家を豊かにして、知らず私は地盤を固めていた。

 愛を手にする為に。

 

 

 数年で富豪となった私の前に、オスカーによく似た少女が現われたのは運命だろう。

 私は記憶もないのに、どうしても彼女に惹かれた。

 いや、はっきりと言おう。彼女の顔に、見入られたのだ。

 芸術品のように美しいその顔に。

 未来、息子にそのまま受け継がせる美貌に。

 記憶喪失者は、実際は記憶が消えているわけではなく。

 思い出せないだけで、脳には存在する。

 私はそれを実証してみせた。

 私は気づかないのに、脳は計算してみせた。オスカーを手に入れる計算を。

 記憶を抱える脳は、私に命令する。

 あの少女を手に入れろ!

 それは、少女の親から進んで叶えてくれた。

 見入っていたのに気づいたのだろう。富豪の男のまなざしに、早々少女の父親の伯爵は売り込みにきた。

 交換条件はべらぼうに高かった。

 だが、私はいくら支払おうとかまわなかった。

 彼女がほしい。彼女に息子を産んでほしい。

 それしか考えられなかった。

 18歳になった初々しい花嫁が、こうして私の元にくる。

 ・・・・初々しいのは、見た目だけだったのだが。

 顔が必要なだけの私にしてみれば、中身がどれだけ腐っていようが関係なかった。親友となっていた年下の若者フランツは気にしていたが、それを説明できるものが、記憶を取り出せない私にはなかった。

 どれだけ贅沢しようが気にならなかった。

 外に男を作ろうがどうでもよかった。

 誰のタネでもいいから息子を産んでくれたらよかったのだ。

 振り返ってみれば、血がつながっていてよかったのだが。

 でなければ、生まれてきてくれたオスカーを、レオノラの実家に奪われていたかもしれない。顔の綺麗な孫ならば、高く売りつけれるとあの伯爵なら思うはずだ。

 幸運にもレオノラは私の子供を身ごもり、計算通りに、私を狂うほど愛するオスカーを生んでくれた。

 生まれて早々危害を加えようとしたのには参ったが。

 その行動が結果、彼女を実家へ戻すのを早めてくれた。

 いいこと尽くめだ。

 祖父母はいたものの、親は私だけのオスカーを、私に依存させるのは簡単だった。忠告するものは多々いたが、オスカーを甘やかすだけ甘やかし、私がいなければ耐えられないだろうくらいに依存させた。

 私は、忘れていたのだ。

 脳すら、それを予想できていたのだろうか?

 初めて会ったロイエンタール提督は、気の狂わんばかりの愛憎の目を向けてきた。その理由を、考えなかった。

 愛するものに裏切られなければ、あんな目はしないだろうに。

 私、ディートリヒ・フォン・ロイエンタールは、愛する息子の前から、消えねばならなかったのだ。

 

 

 今度は20年先に飛び、最初の時間帯に戻った私は、1ヶ月ほど記憶が33歳に戻っていた。過去に戻っていた分の記憶が、また脳の中で迷ったのだ。

 しかし可愛い息子に会えば、戻ってきた。

 戻って当然だろう。

 ほしいと願った愛なのだ。そう愛させる為に育てたのだ。

 長年かけて育てた愛を、忘れてどうする。

 

 

 今度は意識して私は計算を始めている。

 この時間帯に戻る前、考えていたことを。

 周囲に邪魔されないように、どうもちまわってオスカーを食べようか、と。

 12歳になった息子はそろそろ熟しそうな青さに見えた。

 だが33歳になった息子は、甘く熟しきった果実だ。

 愛してほしいと思った相手に愛され、そしていつでも完璧に手に入れられる。

 私はなんて倖せ者だろう。

END

 

※チェシャ様よりのメッセージ
え〜、とうさま食べる気満々でしたね。

でも実際食べれるのはいつのことやら。うん、可愛がった結果、手を出しあぐねるといいよ、無邪気な態度に(ニヤニヤ)
ディートおじさまの内心を書ききったら、セリフが一つもないものになった!!
 
でもディートおじさまの内心を書いたら、よく判りましたよ。
シリーズ名の意味が!!
倖せは、こんなかたちでやってきた!! タイムトラベラーw


てなわけで、チェシャ様のすんばらしぃ〜文章に感動した方は、チェシャ様の家「夜の迷いの森」に感動を伝えに行こう!                                     Byりほ


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