眠らない街の月の香る夜  第二話
 
 
「大丈夫か? お前たち・・・」
ラインハルトが突然の出来事につぶれかけている双子を気遣う。
「だ、だいじょうぶだと・・・」
「てかお兄ちゃん! 月花大祭って月花大祭のこと!?」
「いや、他にないし。月花大祭って」
「じゃあおじーちゃん本気で?」
「・・・、そりゃあ・・・本気だろう・・・」
「真雪、美時? 月花大祭とはいったい?」
「あーーー、俺らもはじめてなんですけど・・・」
「たぶん、70年ぶりぐらいだから」
 
「ウェンリーーーーーーーー! 月花大祭おめでとーーーーーーー!」
「まぁちゃん! 月花大祭おめでとう!」
飛び跳ねて喜ぶ幼馴染たちをロイエンタールは「まるで女子高生のようだ」と思いながら一歩引いたところで眺めていた。
信じられないかもしれないが、コレでロイエンタールも一応感動しているのだ。一応。
「オスカーも! おめでとう!! 月花大祭」
「ああ、おめでとう」
満面の笑みを浮かべる真沙輝に対して、欠片も揺るがない表情筋ではあっても。
その様子をさらに二歩離れて見ていたカールが首を傾げる。
しかし、それについて口を開きかけたところで・・・。絶対の声が月下に響き渡った。
 
『月花の下に在りし我が同胞よ。70年の長きを経て、またこの祭りが来た』
声と同時に彼等4人の曽祖父である人物が目の前に出現する。
勿論実体ではない。等身大の立体映像だ。
『よぉ還って来たの。4人とも』
老人は、ロイエンタール、ヤン、真沙輝、カールを平等に見遣って温かく微笑む。
「お祖父様、私どこにも行ってませんわ」
少し不満げな真沙輝に栄はただ笑みを深めることで答える。
「あの、お祖父様」
ヤンが曽祖父の映像に向けて、足を一歩踏み出した、のをロイエンタールが押さえる。
それが合図であったかのように、4人は至極真面目な顔でこう云った。
「「「「お祖父様。月花大祭、おめでとうございます」」」」
表面上はともかく、普段礼儀など構いもしない曾孫たちからの真摯な祝いの言葉に、柏家当主である老人は彼らしくも無く俯いて答えた。
『ああ・・・。ありがとう』
声が、少し震えていたように感じたのは、その俯いていたせいだ、と曾孫たちはそう思い込むことにした。
顔をあげた曽祖父が何時も通りだったため、余計に。
 
『70年。ワシは柏の当主の座にあり続けた。短くは無かった。無かった。が今思えばホンの一瞬きに感じる。今も鮮やかに思い出す226度目の月花大祭。あれほど華やかな時は来年米寿を迎えるワシの人生をひっくり返しても、追随するものは無い。じゃがしかし、それを悲しいとは思わん。なぜなら、今これからの227度目の月花大祭。それが、必ず思い出を超えると信じているからじゃ!』
曽祖父の声を聞きながら、真沙輝は痛いほど沈黙している月下を透かし見る。
今その街は揺らめく灯火と共にあたかも幻想の街のようだ。
『月下柏227代、約6千年の歴史の中で、ワシほど幸福な当主はおらなんだだろう。228代目の座、誰に譲っても惜しくなどない。その中で選びに選んで我が曾孫を指名する。・・・柏真沙輝』
「はい。お祖父様」
『オスカー・フォン・ロイエンタール』
「俺は曾孫じゃないが・・・」
『ヤン・ウェンリー』
「はーい」
『カール・フォン・ロイエンタール』
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・居ませんよぉ・・・」
「カール、悪あがきにも程があってよ?」
「無駄だな」
「もぅ、お馬鹿さんなんだから♪」
「じいちゃん! 何で!!? なんで俺ロイエンタールのままなの!?」
『ウチの家系図の記載に訂正が入っておらん。よって学府の記録も然り。確認せんお前も悪いが・・・カール、お前最近正面から学府入ったか?』
「・・・・・・・・・・・・・・・、最後に名前を使ったのが卒業証書授与の時だったかも・・・」
カールは背中を指す帝国人たちの視線が痛かった。
(俺明日から仕事いけねーかも。まぁ、月花大祭の最中に行ける訳も無いんだけど)
付け加えるならばカールが学府を卒業したのは7つのとき。最年少記録で、いまだに誰にも破られてはいなかった。
『カール、お前が返事をせんことにはじーちゃんは話を進められんのだが?』
「さっきの兄ちゃんの「俺は曾孫じゃないが・・・」は返事に入るわけ・・・」
『お前たち4人。いずれに渡しても月下に損は無い・・・』
「って、今の俺のもオッケーなのかよ!」
『さぁ! ワシの4人の曾孫たちよ!』
無視して老人のボルテージが上がる。のを更に無視してその曾孫たち4人がある物体を指す。
ロイエンタール。義弟の首根っこ捕まえて「ネコ持ち」するの止めなさい。
つか、タイリも付き合って「にゃ〜」とか云わない。
栄の愛する4人の曾孫たちが、迷い無く「5人目の」栄の曾孫を指す。
『タ、タイリ〜〜〜?』
「「「「(こくこくこく)」」」」
『大理や、良い子じゃから今回はおじいちゃんと見物してよーーなぁ?』
飴ちゃんやるから・・・。
爆発的に素直な栄の最年少の曾孫はにっこり笑って諾の応えを返す。
少年の先行きが不安だ・・・。
『さぁ! ワシの4人の曾孫たちよ!』
そのじじいの胆力にカンパイ。
『ワシがお前たちにかける言葉は唯一つ!』
ニヤリ
「老練」としか言いようの無い笑みを浮かべる。正直に薄気味が悪い。
そんなことで堪える精神力を持ったものなど老人の子孫には居なかったが。
『「ヴァーリ・トゥード」! 禁じ手無し! ルール無用! 責任はワシが持つ!』
年に似合わぬ張りのある声を栄が張り上げる。
『柏228代当主! 誰が継ぐのだ!? 我が曾孫たちよ!』
 
天まで射抜く柏家当主の宣言に、月下総員が息を呑む。
と同時にこの宣言を「門」の中で聞いた人々は自分の幸運に感謝した。
つまり・・・栄じじいの云いたいことは、全力で相続争いをしろ。ということだ。
死傷者が出ても仕方の無いこと・・・と。
 
ロイエンタール、真沙輝、ヤンの瞳に尋常ではない光がともる。
(ヤバイ・・・マジだ。三人とも)
バミューダトライアングルに囲まれたカールの運命や如何に!?
なーんて、決まったも同然だけど。
「俺は、オスカー・フォン・ロイエンタールとして引くわけにはいかんな」
「ふ、カール。いくら義兄弟とはいえ今回ばかりは手加減しないよ?」
「てゆーか、姉様、いつ俺に手加減した?」
「ふふふ、みんなやる気満々ね」
月下三柱、魔の鼎の次の行動は・・・カールには充分予想が出来ていた。
 
ポンっ!×3
「カール、頑張ってね♪」
「しっかり当主としての勤めを果たすのよ?」
「兄ちゃんはお前を信じているからな」
口々に云って、カールの肩を叩く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、わかってたよ。ああ、解ってたとも」
『・・・・・・・、お前ら、そんなにおじいちゃんの跡目継ぐの嫌か?』
「「「嫌」」」
「あの、俺も、嫌・・・なんだけど、ね?きーて・・・ないよね。みんな」
きーちゃいねぇみちゃいねぇ。
『むー、ワシもとやかく言いたくはないのだが、もう少しカッコつけようとか思わんのか?』
「おじい様がそう仰るのでしたら・・・」
「そうさな、公平に・・・・」
真沙輝とロイエンタールが顔を見合わせるのを見て、ヤンがしぶしぶ手にモーションをかける。
「さーーいしょーはグー。ジャン・ケン・ポン!」
チョキ
チョキ
チョキ
パー
「「「はい、カールの負け」」」
「公平って何語だよ、あんたら・・・」
「「「日本語」」」
「てゆーか、負けたら当主って何事だよ!普通逆だろ逆ぅ!」
「今何か聞こえたか? 真沙輝」
「さぁ? 空耳じゃない、オスカー」
「だよな」
「カールはねぇ、昔っから「最初はグー」だと必ずパー出すんだよ。何かの時に使えるか思って黙っといたらしっかり役にたったねw」
「本当に、ウチの弟はIQ300無駄に使ってるな」
「活用出来ないIQなんて何の役に立つの?」
涼やかに会話を繰り広げる兄と義姉と姐にカールは既に悟りの境地だった。
『お前らなぁ! ワシんときでさえ麻雀だったぞ!』
「んで、じーさまが一人負けしたんですか」
『うむ』
「「うむ」じゃねぇし、じーちゃん。いくら重々しくいっても事態かわんないし」
『しかしお前ら、柏当主といえば天下に並ぶものなき実力を得るのだぞ。すんごいえらいんじゃぞーーーー! フェザーン私物化できるんじゃぞーーーーーー!』
「一人まけした当の本人がゆっても説得力ないわよ、じーさま」
「無いな」
「全然」
 
「・・・つまり?」
皇帝がとなりの真雪に問う。
「つまり、月花大祭って世代交代のお祭りなんです」
「・・・・・・・・・・・・・・で?」
ラインハルトにはピンとこなかった。
「柏の当主の権力って冗談抜きに絶大で、月下のすべての富をその手におさめられるんですけど、引退するときにそのすべてを使って月花大祭を主催する義務があるんです。なんでだかみんな権利ってゆーんですけど」
美時が続けた。
「当主はなるべく長くその位置にいて、なるたけ稼いで、これはと思った学府卒業生を跡継ぎに指名して、派手に月花大祭をするもんなんです」
「俺ら、まだ卒業してないんで、卒業証書もってないですから」
「っ、それは、指名する前に当主が死んだら困るのではないか?」
「そーですねー、困ると思いますよ。けど、大祭の前に死んだ当主っていまだにいないし」
「つまり、前例がないから、好きにやれそうだし」
「だから、別に特に決まってないと思いますよ。死んでから困ればいいんだし」
「いいのか! そんなんで!?」
「いいんじゃないですか? そんなんで月下6千年続いてきたんだし」
「ろくせんだあああ? って幼年学校で習った古代文明って何千年前だよ・・・」
「けど、うちそんなまじめに記録とってないから、正確にはもっと前だって説もあるし」
「パミール高原にまだ人が住む前とかって聞いたような」
「いつだ、それは・・・・」
 
「けどねぇカール。まじめなハナシだけどさぁ。ウチの連中でお前が一番若い卒業生なんだし、ほらお兄ちゃんたちもみんな協力するしさぁ。引き受けなよ、当主。お前ならできるよ」
「あーーー、もう、わかったよ姉様。やるよ、ほかのやつに押し付けるくらいなら俺がやりますってば」
「んーーーー、えらいぞカール」
真沙輝がカールの頭をなでこなでこする。悪い気はしないながらも、やっぱナニガシカのモンはあるわけで・・・。
「あーーー、そだ、ねーちゃん、その前にハナシが・・・」
「ん? なんだね?」
洒落めかしながら真沙輝が問う。そういえば今日の彼女は機嫌がいい。
機嫌がいいせいか、思わず足をひねった。
「おや?」
「サキ!」
ロイが支えようとするが、不意に手を引っ込める。
が、間に合わなかった。なんとかバランスをとった真沙輝の肩がロイの指にあたる。
「げっ」
「ヤバ」
「やっぱり」
「「「半径1メートル!」」」
 
目にもとまらぬ速さで抜かれたロイエンタールのブラスターが放たれた。


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