眠らない街の月の香る夜  第一話
 
 
 
 
久遠の美姫、永遠をつかさどる孤独の女神よ
 
 
星が美しいことを、あなたに感謝しよう
日が照ることを、あなたに感謝しよう
世界は、なんと素晴らしいことだろう
なんと鮮やかに輝くことだろう
この想いは愛と呼んでさえまだ足りない
 
だからせめて、あなたのために
あなたを想い続けるために
美しく美しいあなたを、美以外のもので感じることが起きないように
今、奇跡を
人が起こし神に贈る、ただ一つの奇跡を
 
 
 
「さぁっすが、月花様。きょうも別嬪さんだねぇ・・・♪」
淡く、甘く、苦い笑みを浮かべたルーシェンが、風を愉しむように両手をひろげてくるりと回った。
流れた銀髪に、月光がきらめく。
 
 
瓦礫の手前で座り込んでいる二人。
「カグラシ・・・」
立膝をついたロイエンタールが前髪をかきあげた。胃がしこる。
「な、なにかな、オスカー」
ぺたりと腰を落としたヤンは両手を床についていた。その腕が震えている。
「祭りか?」
「ああ、・・・・・・・・・・・・・ああ、月花大祭だねぇ・・・」
蒼い闇の中、プレッシャーで顔が・・・・笑う。
ロイエンタールとヤンは、実に物騒で、実に美しい笑みを交わした。
 
 
「何コレっ! 時ちゃん、体がミシミシするよぅ」
立っていられない程にy=2x
「すっげぇ・・・血が叫んでる」
それ以上に唸るz=xx
y=外圧 z=内圧。x=・・・・
秒刻みで増えていく圧力。
「「月花大神っ!!!」」
 
「・・・、ねぇちゃん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「真沙輝お姉ちゃん・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ、みんなのとこ戻ろうよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・こんな隅っこでしゃがみこまなくてもいいだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「いいじゃんか、もう。兄ちゃんも姉様も無事に五体満足で帰ってきたよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そりゃまあ、確かに色々あったところに更に色々あって、更にみんなでややこしいことにしたよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だけどさ、みんな今生きてるじゃん。ちゃんと帰ってこれて、みんな今ここにいるよ? だからさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「嬉し泣きぐらいしても誰も怒らないってばぁ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「もどろうよ、みんなのトコ」
カールはもたれていた柱に後頭部をつける。
右の手のひらで、左手の甲の光を遮った。
 
どうしてくれよう? 本能のすぐ傍から笑いがこみ上げてくる。
考えるより先に体が応じている。
ある意味破滅的で、歓喜にも近く、根本にあるのは恐怖。
「信じらんねぇ」
「死にそうだよ」
「泣きそうだ」
「流石だね、惚れ直すよ」
20年ぶりに四人揃った四天王が口々に月花大神を讃える。
「とりあえず、偉大なる母上に・・・「「「乾杯」」」」
 
大理は黙って首を傾げた。
突然あたりが真っ暗になった。コレは知っている。停電というものだ。
さっきまで自分は誰といただろうか?
傍には誰もいないように感じる。
不安に首をめぐらせればそこここに浮かぶのはいくつもの蒼白い光。
どうしよう、どうすればいい? わからないのだ。
頭ではなにもわからない。なぜなんだろう?
心臓が120%で血液を動かす。体がせかしている。
動けと、動けと、動けと。
「何・・・・?」
応えは帰ってこない。
 
応えを知っているレティシアはぼんやりと宙を見ている。左の瞳で。
一体生涯に幾つあるのだろう? 呼吸を忘れるような時というのは。
そこまで考えて、本当に息を止めていたことに気付いた。
数多の修羅場を笑顔一つで沈めてきた彼女にとって、珍しく懐かしいことだ。
多分、母の葬式以来だろう。確か二つ三つのころだが。
「父様、母様、タイロン兄様、226代の当主様、ウチの代々の方々、それに連なるすべてのご先祖様・・・そしてこれから先、どれほどの数になるかも知れない子孫たち。私たちの祭りが、来たわよ」
学府の卒業証書代わりの左手の甲の紋章を撫でる。
「そしてお祖父様・・・、おめでとうございます」
小さくレティシアは祈りを捧げていた。
 
 
「オスカー! ウェンリー! こっちおいで、見てごらん!」
真沙輝がぶっこわした北面の瓦礫の上から、ルーシェンが辛うじてわかる飛び切りの笑顔で二人を呼んでいた。
どれだけ息子たちが大きくなろうとも、小さな子供に対するかの如き台詞は昔からだ。
「父さん?」
訝しがりながらも、二人とも風通しの良くなった北面から月下を見た。
初めは何のことかわからなかったが、ややあって気付く。
「「・・・・・・・・・・」」
ロイエンタールもヤンも「呆然」という以外の反応が出来なかった。
「父さん」
「ルーシェン」
「ん?」
あっけに取られている二人を、ルーシェンはこの上なく幸せそうに眺めている。
「「月花大祭おめでとう」」
「うん、おめでとうな」
圧倒されたわけではない。それは、静かに、そっと、密やかに起こっていた。
 
一つ、また一つ。灯っていく。
花街の店表に必ずある飾り灯篭に人々が火を入れているのだ。
いや、門からの花街の大通りだけではない。
月下のあちこちでまるで水面に映る炎のごとく朧に、しかし、確かに、灯りが燈されていた。
今日の今まで唯の飾りでしかなかったが、月下の人々には解かった。
この闇はこの灯篭を燈すために作られたモノだと。
 
「それに、二人とも・・・花街の大通りの、灯りの並木の先には何が見えるかな?」
「「大観園」」
ロイエンタールもヤンもルーシェンの子ども扱いに反発を覚える余裕も無く答えを返す。
そう、大観園が見えた。
本来門から大観園の塀は見える距離ではない。つまり、見えたのは夜見えるはずの無い大観園の裏山が大部分だった。
おそらく、女官たちがありったけの灯篭を燈して回っているのだろう。
その小山がまるで、優美な宝冠のように煌いている。
シャラ・・・
決して燦然と、とは云えなかった。けれど確かに誇らかに。宝石や電気では作り出せない輝きを纏っていた。
「オスカー・・・」
涙声になってヤンが笑う。
「キスしても、いいかい?」
ロイエンタールは答える前に手を伸ばした。
 
「「「「ぷろとかるちゃぁーーーーーーー」」」」
すっげぇイヤそうな声が揃った。四天王はどうでもいい時に限って息があうのだ。
「まぁ馬鹿夫婦はこのさいほっとくとしてもだね」
「この人数でこの暗闇は少し危ないだろうな」
「羽鳥、こーゆー時こそ「こんなこともあろうかと」の出番だぞっ」
「ああ、スモールライトと縮小化光線があるけどどっちがいいかい?」
「同じだ、それはどっちも同じだ」
「いやだなぁ直ちゃんスモールライトは小さくしかできないけど、縮小化光線はひっくりかえせば巨大化光線がでるんだよ?」
「ただし効果は三分間」
「ダァホどもめ、それが本物だったとしてもこの際使えんだろうが」
幼馴染三人の馬鹿な会話をシャリアはクールに切って捨てる。
彼がいなかったせいでこの20年、馬鹿な会話は留まることを知らなかった。
彼らの妻が突っ込むと一言で場がフリーズするのだ。それでは突っ込みといえない。
「「シャリア、帰ってきてくれて本当にありがとう!」」
リサとサラは心底からシャリアに礼を言った。
「ああ、こちらこそ。ところで、ライトよりランプのようなものがいると思うんだが、この際そこいらの皿の上で火をつけてもいいと思うか?」
「シャリアちゃん、なら灯篭探した方がよぅない? 多分門にもあるとおもうんやけど」
「あるだろうね、わからないけど探せば・・・」
ちなみに、月下街のいたるところに収納は死ぬほどあるが、誰もそれを把握していない。
ただノリで壁をガンっとかやるとバコンとあいたりするのだ。月下街には小人さんが沢山いるらしい。
「そうだな、探してみるか・・・・と、フェリシアは?」
九条羽鳥の妻のフェリシアがいない。さっきから見てないが、要る時は居る人間なのに。
「夜会には来ているはずなんだが、いないらしいんだ。はじめの方はいたのに・・・どこかで見なかったか?」
「いや、俺はみていな・・・・」
ズシャァァァァァァァ
キィィィィィィィィィィ
「ふぅ、戻ったぞ」
「柚子ちゃん! ピスケスで建物内に突っ込むヤツがどこにいるんだよ! しかも停電中に!!」
「大丈夫、問題ない。怪我人が出れば私が手ずから治療しよう。それからいつも云っていることだが私の名前はフェリシア・九条。九条羽鳥、お前の妻だろうが。しかも私の旧姓は柚木であって柚子ではない!」
「変わらないな、フェリシア。愛称にケチつけても仕方無いだろうに」
宥めた男に、マッドドクター・柚木ことフェリシア・九条が顔を輝かす。
「シャリア! やっぱり君だったか。帰ってきてくれたんだな、とても嬉しい。私の本名を呼んでくれるのは君だけだものな。まぁ我ながら似合わない自覚はあるんだが、母ももう少し先を考えて名付けてくれなかったものかな・・・」
サラサラというよりはパサパサした髪をふる。何が恐ろしいかってこのマッドドクターとマッドサイエンティストが恋愛結婚だという事実である。
「ってゆーちゃんどこに居たのさ」
「ん? ああそれは・・・・! ! ! しまった私としたことが! 咲子君大丈夫か!?」
柚木が慌てて(羽鳥が基本設計をした陸の撃墜王、走るだけならほぼ無敵バイク)ピスケスのタンデムシートから友人を助け起こす。
「だ、大丈夫ですドクター・・・」
「咲子さん! 一体どこにいたんだ・・・」
「クライブさん、ご心配をおかけしまして。ドクターにお願いしてこれをとりに行ってたんです」
「あ・・・」
ビリビリビリ
「好きにしていいっておっしゃいました」
綺麗な笑顔とともに離婚届が真っ二つに裂かれる。
「これからも、よろしくお願いしますね、シャリアさん」
長い歴史を誇った影の一族の最後の生き残りは、その歴史に相応しくなく顔を赤らめた。
「・・・・・末永く、よろしくお願いします・・・・・・」
「月花大祭、おめでとうございます。あなたw」
咲子は花が咲くごとくに微笑んだ。
 
そして、その会場の空気にのめり込めない女性がここに一人いた。
「伯母ちゃん、ここにいたの」
何時のまにか移動してきたルーシェンが部屋を覗き込む。
一瞬の昏倒から回復すると同時に、上階にある関係者以外立ち入り禁止のある部屋に駆け込み、端末を操作していた宮だったが、今、呆然と窓の外に広がる街を見ていた。
「伯母ちゃん、やっぱり動かな・・・・あれ?」
「綺麗・・・・」
「うん綺麗だけど、伯母ちゃん・・・?」
「紅珠にも見せたかった・・・」
「は? かーちゃん・・・?」
ヤン・コウシュ。旧姓・柏紅珠は宮の妹であり、ルーシェンとレティシアの母親でもある。
「えっ? まぁルーシェン、何時来たの?」
「え? てかついさっき。伯母ちゃん、学府は?」
心配げなルーシェンに柏の宮は首を振って答える。
「なぜ、フェザーンが崩壊しないの・・・?」
「俺にも良くわかんないけど、学府以外のもので「結界」を維持してる可能性は?」
「学府以外のもの・・・? そんなもの・・・・」
ハッとして天井を見上げる、いや、その上にあるもの「宇宙」を。
12月!?」
「あ、そっか。アレか!」
「でも、12月シリーズでどれだけ「持つ」の・・・?」
「さぁ・・・・?」
『心配せずともワシに必要な時間は持つさ』
「お父様!?」
「じいちゃん!」
宮の端末から二人にとって覚えのありすぎる声が流れてくる。
『そのために必要な演算はしてある』
「だけど、今「耳」と「口」動かしてるだろ? 「結界」だけならともかくどうやって・・・」
『「神無」にやってもらっとるよ』
ホログラフで浮かび上がった小さな柏家当主はトントンと肩を叩きながらさり気にとんでもないことを言う。
「はぅ! 俺の船勝手に使うなよ!?」
『心配せんでも、元より「神在月」以外はワシのモンじゃない』
「ひ、ひでぇ・・・」
「お父様、なんて無茶を・・・」
老いた父親は腰を叩いていた手をふと止め、優しい眼差しで老いた愛娘を見る。
「お父様・・・?」
『宮や・・・、やっぱり綺麗じゃったなぁ』
「ええ、本当に・・・・けれどお父様、そのためにここまでなさいます?」
気安い口調になっていった娘に、父親は満足そうな優しい笑顔で答えた。
 
もう半世紀以上前の話だ。
『ねぇパパ、なんで街のお店の前には灯篭があるの? ついてるの見たことないよ?』
問うたのは宮だった。
『パパもみたことがないなぁ、随分昔からあるそうだけど。宮はどう思うかい?』
若い父親は相好を崩して、手を繋いだ娘に聞き返した。
『わかんない。んーーーー、お守り?』
『かもしれないなぁ。紅珠はどう思う?』
逆の手を繋いだもう一人の娘にも同じことを問う。
『こーちゃんもわかんない・・・けど、あれが全部ついたらきれぇだと思うの♪』
おしゃまに首を傾げて紅珠が云う。そのキラキラした笑顔に父と姉は心からの幸福を感じた。
 
『さて、ワシは柏当主、最後の権利を行使でもしてくるかのぅ』
わざとらしく腰を叩く動作をまたやっているが、別に栄の足腰は年に似合わず頑健である。
「・・・・・・・・・・じいちゃん、月花大祭おめでとう」
「あ、おめでとうございます、お父様」
『・・・・・・・・・。二人とも、良い月花大祭を』
ホログラフが消えても、柏227代を60年務め続けた老人が見せた笑顔は、二人の目に焼きついていた。

 

 

え? 続きますよ。勿論

 

 
祝・月花大祭。いやぁめでたい。
しっかしまぁ、なぜこんなに時間がかかっているんでしょう?
不思議不思議。
眠れない夜10話の時では三ヶ月ぐらいで続きかくつもりだったのに・・・。
なぜ年単位で間があいているのですか? りほさん。
てか、月の香る夜一話と二話、二年位前にかいてあったって云ったら怒る? 怒る?(ちなみに今も二話までしかありません)
けど、久しぶりにデータ引っ張り出してきて、随分書き足しました。
それでもまだまだ書き足りません。
カールがピーーーーだったりカールがピーーーだったりピーーーーだったり(全部カールか)
まだまだまだまだ。ってくらいですね。
先が見えません。どうしましょう? 地下茎の容量がたりるのやらなんやら。
ま、いけるとこまでいってちょうだいね、阿難。
 
どうでもいい話ですが、月花大祭です。
月下祭は毎年5月の13,14,15にやる、文化祭のようなものです。
月花大祭は不定期な最大のお祭りです。
街の名前は月下街。
月下の人々の神様の名前は月花大神です。
「月華」は何処にもないです。
だって、華より花の方がみずみずしくて、生々しそうじゃない?
 
やっぱり祭りは祭りででかいことなので、書ける時期がくるまで放っておこうと思ったのですが、意外と執念深く待ってくださるかたもいるようないないような・・・なので、とりあえずやってみることにしました。
やっぱり見切り発車ですぅ。(泣)
もうこうなったら最後までこのまま勢いだけで突っ走れたらと思います。
最終回が出来たら儲けもの。(ヲイ)
続きが見たい方はせいぜいりほをせっつきましょう。でないと永遠にマイペースです。
せっつくと五日くらい早まるかも。・・・早まるといいな。(どこまでも相変わらず)
 
 
それではみなさま、良い月花大祭を!


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