眠らない街の眠れない夜  第十話
 
〜門≒柏家別邸。つまり、自分の家も同然。
 
「ちょい待ち、細いですってぇ〜〜〜?」
 
(む、悪の気配・・・)
真っ先に気付いたロイエンタールがヒラリと避けて、巻き添えから逃れる。
ロイエンタールマジでエスパー開眼?いや、もしかしたらニュータイプかも知れん。
 
ぎゅむ
「わ、た、た」
ほぼタックルのようにヤンの腰に真沙輝が抱きついた。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと、ちょっと、何だい?私お前に何かした!?つーか、裾踏んでるってば、裾ぉーーー」
今にもこけそうなヤンの苦情で仕方なく真沙輝は手を放す。
「やっぱり細い・・・」
その放した手をじっと見て、真沙輝はなんともいえない顔をした。
「悪かったね!肉のつかない体質で!」
「私が今言ってるのはそこじゃないわよ!」
心持ち顔を赤くして怒鳴るヤンに怒鳴り返す真沙輝に、ロイエンタールはこの幼馴染が云わんとしている事に気付いた。
「あ、あ。しかし、何時ものことだろう?」
「お前もよ!オスカー!何時ものことで済ませられることじゃないでしょう!?」
「そうは云われてもなあ・・・」
珍しく困ったようなロイエンタールにヤンは?マークを飛ばす。
「は?二人とも何の話してるの?」
まだ解ってないヤンに、真沙輝が少し苛立ったようにすっと瓦礫の山を差す。
「まぁちゃんがぶっ壊した北面がどうしたの?」
「私が言いたいのはコレよコレ」
足元に転がってきていたものをその白く細い足で蹴り上げる。
狙いは過たずロイエンタールの顔面に向かって飛ぶ。
当然、大人しく食らうロイエンタールでは無いが。
パシッ
「真沙輝、割れた酒瓶を投げてはいけないと小さいころ教わっただろうが」
「蹴っただけよ!一体二人でどれだけ飲んだの!?」
「あ!」
此処にいたってようやくヤンも気付く。
「ええと、ひのふの・・・・・・三斗ほどか?」
樽単位かよ、ロイエンタール。
「ウェンリー!慣性の法則と、万有引力の法則と、質量保存の法則だけは守りなさいってアレほどいったじゃない!」
がくがくがく
「ひゅい〜〜〜、それって本当に私が悪いの?」
「三十過ぎた男が可愛い小動物ぶりっ子してもムダ!」
「だって、私かあいいもん」
「死ね、貴様。つーか、殺す!」
傍観していたが、このまま放っておいても五月蝿いだけのようなので、一応ロイエンタールが止めになるのかならないのか解らない台詞をはさむ。
「確か昔、おれとお前とウェンリーの三人で五斗空けたことがあっただろうが。あの時お前も質量保存の法則守ってたか?」
「う!・・・だ、だって、あの時は飲み比べだったし、私も小さかったし、何より冥界の門の件が片付いたすぐ後で月下全体お祭り騒ぎで・・・」
「言い訳になってないぞ、真沙輝・・・」
 
「し、質量保存の法則・・・」
「さ、三斗・・・」
「「う、ウチの親ってぇ・・・」」
「気にするな、真雪、美時。兄ちゃんも姉さまもついでに真沙輝姉ちゃんもひっくるめて、昔っからあんな感じだ」
どこに行っていたのか、カールがおしぼりとグラスを持って双子の後ろに立っていた。
「「カールお兄ちゃん、慣れてるねえ」」
「当たり前だ、生まれた時からこうだったんだぞ?慣れもします。それより伯父ちゃん、そのチビすけ・・・大理だよね?大丈夫?」
「そうそう、俺の「三人目」の息子♪真沙輝がビビルぐらいウェンリーのガキん時そっくりなんだがな。カール・・・、伯父貴でいいぜ?」
「ありゃ?聞いてたワケ?ん、まあいいや。伯父ちゃん、冷水絞ってきた。ついでに冷たい檸檬水を・・・」
「ち、ち、ち、いかんなぁ、カール坊や。そういう時はおしぼりではなくハンカチを浸してくるのがセオリーってモン・・・」
メキ・・・。
「だーーれが、セオリー通り息子の息の根を止めろと云った!」
テーブルを伯父の世界中で最も美しい(と、時たま云われる)顔にめり込ませると、カールはいー加減にしろとばかり潰れたままの大理をひったくって冷たいおしぼりで顔を拭ってやる。
「にしても、我が子ながら軟弱だのう。この先どうなるコトやら・・・」
「伯父貴、立ち直り早すぎ」
「ふ、ふ、ふ、甘いなカール。美形はいくら怪我をしようが、顔の傷は次のコマには治っているものだ」
そんな伯父と甥の不毛な会話のせいかどうだか、大理が身じろいだ。
「ん・・・」
「大理?大丈夫か?水飲めるか?」
「・・・・」
ごくごくごくごくごくごくごく
「ふはぁ。あれ?お兄ちゃんだぁれ?」
グラスの水を一息で飲み干した大理が、やっと自分を抱えている見知らぬ帝国軍の軍服を着た人物に気付く。
「上出来だ、大理。俺はカール。お前のお父さんの妹の息子だよ。つまりお前の従兄だ」
その自分で発言した「従兄」という響きにカールは暫し感動に浸る。なぜならば彼は何時如何なる時も「従弟」だったからだ。
・・・、泣くなカール。
「知ってる!真雪お姉ちゃんと美時お兄ちゃんから教えてもらったの。カールお兄ちゃんね」
もう全然オッケーな様子の大理に「お兄ちゃん」と呼ばれて気を良くした青年が少年を抱き上げる。
その大理のぱっちりとした大きな瞳が、先ほどから会場中で一番目立っている三人に向けられる。
「ねぇカールお兄ちゃん。あそこでウェンリーお兄ちゃんと、真沙輝お姉ちゃんと一緒にいる人だぁれ?美時お兄ちゃんにそっくりの人」
(・・・、誰だ?こいつに日本語教えたやつ。姉さまが大理の兄なのは事実だが、真沙輝姉ちゃんなんてそれこそおばさんでも・・・)
すかっこーーーーん
「カールぅ、今ナンかよからぬコトを考えなかったぁ?」
夜叉の表情で真沙輝が振り向く。
「いや!そんな!姉ちゃん、めっそーもない!」
茶筒が直撃した頭を手で抑えつつ、カールが引きつった笑みを浮かべて否定する。
「あ、そ」
この切り替えの速さが柏真沙輝である。
「カールお兄ちゃんだいじょぉぶ?」
大理が心配げにカールの額に手をやる。
「ああ、平気だよ大理。ああ、あの人?あの人はオスカー・フォン・ロイエンタールって云って・・・」
「あ!解った!美時お兄ちゃんと真雪お姉ちゃんのお父さん!ウェンリーお兄ちゃんの旦那様!」
「そーそー、よく出来ました」
大理の頭をなでながら、カールは伯父と姪と甥にさり気ない一瞥をくれる。
流石に嫌そうなルーシェンの顔と、共犯者の不適な笑みを浮かべた姪と甥の顔を見るに、この大嘘を大理にしこんだのも柏の双子のようである。
この少年がその小さな頭蓋骨の内で世の理を一体どのように考えているのか・・・。
(まあ、そんなこと云ったって俺も真相なんか知らないしなあ・・・)
などとカールが考えている間に、歳の離れた従弟はカールの腕の中から飛び降りとてとてと三柱に駆けて行った。
 
「ん?」
「あれ?」
「あらぁ」
ロイエンタールの足元まで行くと、ぴょこん、と跳ねるように礼をする。
「はじめまして!ヤン・タイリです!」
元気いっぱいに挨拶をする義弟?にロイエンタールは何時もの何か考えてるのか、何も考えていないのかさっぱりわからない顔で平然と答える。
「タイリ?ああ、お前が大理か。俺はオスカー・フォン・ロイエンタールだ」
その声に大理が顔を赤らめて飛びつく。
「好き〜〜〜〜〜〜wwwwwww」
 
その光景をやや遠巻きにしながら四天王が立っている。
「お、親子揃って似たようなことを・・・」
「えー、つーかあれってルーシェンに似てるってゆーより雪や時に似てないかい?」
「そういえばオスカーは昔っからやたら子供になつかれたな。カールの時もそうだったし」
「そうそう、なんでか知らないけど、ウチの娘とかもオスカー大好きだしなあ」
「お父様お父様。鬼神様はあのお声が素晴らしいのですわw」
「そうですわそうですわ。まるで夜の凪いだ海のようなお声なのですわw」
どこからともなく現れた二人の少女が当然のように主張する。
「ふいっ?蝶子!それに鈴子・・・お前ら何処にいたんだ?」
「皆で遊んでいたんですの。そうしたらお母様がいらっしゃって、でも、そのあと大理くんとはぐれてしまって・・・」
「あなた・・・、さっきから柚さんと咲さんがおらんの。何処行ったか知らんけ?」
子供たちを連れて来たサラの台詞に、浅黒い肌の男は息子に問う。
「望、お母さんが居ないのか?何処に行ったか知らないのか?のぞ・・・望?」
「まぁ、望くん!お顔が真っ赤ですわよ!?」
俯いた望の顔を覗き込んだ鈴子が声を高くする。
「望・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「笑うな!直樹!!」
 
 
〜明けぬ夜
 
(あっと、もう時間だな・・・)
出掛けにフェザーン標準時にあわせてきた凝った文字盤の懐中時計で時間を確認すると、ルーシェンは甥の手から飛び降りていった息子の後に続いた。
 
ロイエンタールは足元に纏わりつく物体に快も不快も示さず、隣に居る人生の伴侶(オイオイ)に顔を向ける。
「顔はお前の子供のときと同じだが、このノリはカールに似てるな」
「あ?ああ、そうだねえ。そうそう、誰かに似てると思ったらカールかぁ」
ほのぼのとした会話である。ロイエンタールに表情筋が存在していないことを除けば。
「あのね、あのね、お父さんがね、これからお世話になるんだからオスカーお兄ちゃんにはキチンとご挨拶しておきなさいっていってたの!」
「・・・、そうなのか?」
「さあ?そうなのかなあ?まあ、別に私は子供がもう一人増えようと構わないけどねえ」
何時の間にか決定している事項に驚く風でもなく夫婦で首をかしげる。
それを打ち切らせたのは凛と響いた声。
 
「時間だ」
 
声を発したのは別に面白くもなさそうな顔をしたルーシェンだった。
それでも人々が黙ったのは確かに「場」というものを理解したからだろう。
普段この男の言うことを99.92パーセント無視しているロイエンタールとヤンにしてもそうだ。
「柏家当主から書状を与っている」
服の裾を捌いて近くのテーブルに半分寄りかかるように体重をかけないで座る。
「『花が咲き、月が香る夜が来る 明けぬ夜が・・・
 麗しき、我等がいと高きところにおわすお方の夜が・・・』」
そこまで音読するとゆっくりと自分を見つめる4人を見つめ返しながら心から語りかける。
「『真沙輝、オスカー、ウェンリー、カール。我が誇るべき四人の曾孫たちよ。
次はお前たちの時だ。己が為すべきことを為せ、そしてその時こそ・・・』」
「・・・・・っ!」
声にならない悲鳴にルーシェンが口を噤む。
彼の愛すべき伯母である柏宮が顔面蒼白で今にも倒れそうな風情だった。
「お、お父様、お父様、お止めください、どうか、そんな恐ろしい・・・」
その左手の甲に蒼白い紋章が淡い光と共に浮かび上がる。
「あ、あ、お父様!学府を!!!!」
今度こそそれは悲鳴だった。
 
そんな伯母を目顔だけで双子の孫に任せると、ルーシェンは言を継いだ。
「『そしてその時こそ、我等が最後の夜。そして始まりの夜。
 ああ、わかっておるだろう。よもや忘れてはおるまいな?
 我等そのために在りし一族なれば・・・』」
まるで、その文をしたためた老人が乗り移ったかの如き、無窮にして不滅たるモノを映した鏡の如き微笑を浮かべる。
「『祭れ、我が子孫よ。彼の麗しの御方様を・・・』」
 
「以上だ」そう云って懐に紙を仕舞うと、何気ない動作で時計をカールたちに投げ今まで背を向けるようにして語っていた街に向き直った。
「10秒前」
その時計を開いたカールが低く、しかし沈黙した会場中に響かせ呟く。
これほど厳しい顔のルーシェンを見たことがあるものは誰も居なかった。
 
「我!ヤン・ルーシェン!ヤン家76代が当主の名を持って此処に承認する!!
 今!この瞬間より!」
会場の各所で小さな声がカウントする。
 
「5・・・4・・・3・・・」
 
「第227回目の・・・!」
 
「にぃ・・・いち・・・・」
 
 
「月花大祭だっ!」
 
「「「ゼロッ!」」」
 
その瞬間、月下のいやフェザーン全土の明かりという明かりが落ちた。
 
 
そして・・・

 

眠らない街の月の香る夜に続く


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