眠らない街の眠れない夜  第九話
 
〜汝、鬼神と呼ばれしモノ
 
「よう、オスカー。久しぶりだな」
爆破された瓦礫の上から「ひょい」といった感じでルーシェンが飛び降りる。
「・・・・・・・・・・・・・・」
対するロイエンタールは黙し、ピクリとも動かない。
「元気そうだな。何よりだ」
にっこり笑って片手をロイエンタールに伸ばす・・・。
パシッ
ロイエンタールは、顎に伸びかけた手をつい反射で払ってしまった。
(う、しまった・・・)
ロイエンタールは自分が「やってしまった」ことの意味を良くわかっていた。
そして、そのあとのルーシェンの反応も。
 
「オスカーーーーーー!やっぱし超絶かわえーーーーー!まい・すっいぃぃぃぃと・ふぇありゃーーーーーーーー!」
 
ハートマークを撒き散らしてルーシェンがロイエンタールに抱きつく。
のを見て、ヤン・ルーシェンを知らず、ロイエンタールを良く知っている人々が一斉に氷結する。
 
(か、かわいい?ロイエンタールが?)
(え、え、え?おじじーーーーーーぃ?)
(ゆ、夢かなあ・・・これ)
(つーか、マイ・スイート・フェアリーに他の意味って・・・だめだ、やっぱり無い)
(ああ、あそこをパタパタと羽を生やして飛びさっていくのは俺の正気・・・)
 
最も打撃が酷かったのはロイエンタールの同僚の帝国軍人様ご一行と、双子の息子と娘だった。
嬉しくて堪らないという風に義理の息子に抱きついている所をみると、嫌がらせではなくルーシェンは本当に可愛いと思っているようだ。
いや、嫌がらせには違いないのかもしれない・・・。
 
「はあ、思い出すなあ。まだオスカーの背が俺の膝上ぐらいまでしかなかった頃を!無表情無反応、つーか、俺が何しても全然わけわかってない風に目をぱっちり開けて見上げるオスカーの顔!ふう。何度思い出しても泣けてくるぜ。いや、それはそれで悶絶可愛かったけど!」
ロイエンタールの頭をくしゃくしゃに撫でながら目は遥かな思い出を映し、ひたっているルーシェン。
「そこから、俺が嫌がらせすると顔を顰める様になるまで半年以上(総時間)、さらに俺の顔を見ただけで不機嫌になるまで・・・」
とうとうと独白は続く。それに対しルーシェンの「愛」がロイエンタールに伝わったかは定かではない。
いや、それ以前にさっきから微動だにしないロイエンタールが怖い。
 
「か、カール、あの男は一体何なのだ・・・」
狼狽しまくりのへなちょこ皇帝に、幼年学校の同級生は手を首筋に当てて心底厭そうにこたえる。
「おお、俺もメッチャ黙秘権を行使したいんだけどよお・・・、まあ、なんつーか、俺の伯父貴で・・・」
その声が聞こえたかのように、不意にぐるんと極端に子供めいた動作でルーシェンが向き直る。
話していた20代前半の若者二人は思わず慄いたが、そんなことには構わず銀の髪の魔王は二人をしげしげと観察した。
そしてその観察している目が予告もなく優しい笑みに変わる。
「お前、もしかしてカールか!?大っきくなったなあ。俺のこと覚えてるか?」
「うん、そう、カール。覚えてるよ、久しぶり伯父ちゃん。あんたは全っっっっっ然!変わってないね」
「いまお前「全然」にめっちゃ力込めていったなぁ?畜生。俺もそう思うけど・・・。ん?隣の美人さんはどなたかな?カール」
TV見てねえのかよ、あんた。ラインハルト・フォン・ローエングラムだよ」
「ああ!皇帝陛下ね。テレビで見るよりずっと美人さんだねえ。おっと、俺としたことがオスカーの上司さんに挨拶もしてなかったな」
そこでようやく未練がましく抱きついていたロイエンタールから体を離すと、鮮やかな挙動でラインハルトに向き直りにこやかに礼をとる。
「お初にお目にかかる、皇帝陛下。私はヤン・ルーシェン。ウチの子供たちが随分と世話になったようで。感謝している」
ラインハルトのさらに上を行く尊大な台詞だったが、皇帝はまったく気にならなかった。
それどころか、その男に正面に向き直られて思わず「金縛って」しまったのだ。
(な、なんでカールはこんなのとまともに向き合って喋っていられるんだ!)
ラインハルトはそう叫ぶことですら出来はしなかった。
まるで生き物の前に立っているような心地ではなかったと彼は後々幕僚たちに語ることになる。
ラインハルトは今までこんな「モノ」と出会うのは初めてだった。
害を成すものではない・・・とは思うのだが、いかんせん怖い。
何よりも綺麗過ぎる。彫像のように完成された・・・と表される美貌のラインハルトが言うのもなんだが、それとはまったく別種の、生き物が神から与えられた美しさではなく、生き物が自分で掴み取った美しさというものを体現しているように輝いて見えた。
果ての無い蒼天を仰ぐような気分だった。
そして、細められるヤン・ウェンリーと同じ宇宙の瞳。
何処かで忘れてきた少年の日の憧れそのままに。
「今・・・子供と仰られたか?」
背はラインハルトとあまり変わらないはずだが、なぜか見上げているような気分になる。
「ああ、実子のごとく思っているオスカーと、妹の子であるカールも世話になったようだが、フリープラネッツのヤン・ウェンリーは私の実の子でな」
「貴方があのヤン元帥の?それはそれは・・・」
度重なるショックにより本日のラインハルト君のおつむのCPUはちょっとばかし反応速度が落ちていた。
「あああ!?ちょっとまった、今、今、じ、じ、じ、実の子〜〜〜〜!!!?お幾つだ!貴方は!!!」
本日何度目のショックかはわからないが驚愕のラインハルトに外見年齢25歳(また若返っている)の男はあくまでにこやかな態度を崩さなかった。
「私ですか?確か今年で・・・あれ?俺様って今いくつだっけ?」
(もうボケたか中年)
「あん?オスカー、今なんか言ったか?」
襟首をつかんで揺する男をロイエンタールは無視した。
しょうがないので、男は別方向に問いかけを向ける
「おーい、まーゆーきー、みーとーきー!おじいちゃん今年で幾つだっけぇ?」
ちなみに「マイ・スイート・フェアリー」の襟首はつかんだままである。
しかし男の愛する孫たちには祖父の問いかけが聞こえていなかった。
シャラン・・・
(・・・しかしまあ、随分と長い5分だったな・・・)
襟首をつかんでいる火星人がうるさいので、ロイエンタールは心の中だけでそう呟いた。
 
 
〜神楽師・ヤン・ウェンリー
 
シャラシャラシャラ・・・シャラシャラシャラ・・・
一歩踏み出すごとに鳴る細かな飾りが、幻想音楽のごとき音を生み出し人々を酔わす。
光る宝玉、纏う色鮮やかな衣、長く引く裳裾、絹の沓。
シャラン・・・
足を止め、ニコリと微笑む。その目はまっすぐにロイエンタールを、ロイエンタールだけを見ていた。
その眼差しに、双子が懐疑的過ぎるほど懐疑的な声を絞り出す。
「「お・・・お母・・・さん?」」
そう、ヤン・ウェンリーだ。先ほどと同じ人物だ。
しかし、この美しさはどうだろう。
衣を変え、爪を染め、眉を引き、紅を差しただけ・・・だけ?
違う。挙動が違うのだ。
指の先足の先まで、匂やかに、鮮やかに、艶やかに、溢れ零れんばかりに色めいて。
『神楽師・ヤン・ウェンリー』
神への供物。
会場中の誰もが息を忘れ、瞬きを惜しみ、ソレに見入っていた。
 
ところで、当然のことながら、ロイエンタールを見た場合、勿論引っ付いているバケモノ親父も視界に入る。
「父上、お聞きしてもよろしいか?」
「おお、何だ?愛する我が子よ」
「な・に・を・しておいでか?」
「私の義息子と再会を喜びあっていたのだ。そなたにはそう見えなんだか?」
「申し訳ありません父上、このウェンリーにはとてもオスカーが喜んでいるようには見えませなんだ」
「ほう?しかしこれの無表情無反応は今に始まったことでもあるまい?」
「では何か?父上。オスカーのソレはあなたとの再会を喜んでいるとでもおっしゃりたいか?」
「先ほどからそういっておるだろうて」
ギン、ギンギンギンギン(にこやかにガン飛ばしあってる効果音)
双方見目が良いだけに迫力がある。
「ざけんな!じじい!!「ソレ」は私のものだともう200万回以上言っただろう!髪の毛一本から足の先まで私のものだ!みだりに触るな!」
「へぇ、ウェンリー。今までオスカーが何人の女と付き合おうが構わなかったくせに、俺が相手だと怒るんだぁ」
ドサクサに紛れて再びロイエンタールに抱きついているルーシェンの余裕の笑みに、烈火の如く怒っているヤンの顔から血の気が失せる。
このままだと、本当にヤバイ。良くて月下壊滅。悪ければ星が砕ける。
そう判断したロイエンタールが極々さり気なくルーシェンの腕を外して、手を伸べる。
「ウェンリー」
その一言でルーシェンの存在はヤンの意識の遥か遥か遥か遥か彼方へ飛ばされた。
「今9時5分前だぞ?」
「きーてよオスカー!真沙輝の馬鹿がさあ!よりにもよって大礼装の着付け忘れてたんだよ!」
「ンなもん10分で出来るほうがおかしいと思うが・・・」
真沙輝子供を抱きながら、ヤンの後から出てくる。
「あーーー!あたし一人の性にするわけーーー!あんたはぁ!だいいち20年振りなのよ!ねえ、オスカー。裳裾の玉って右で右で左だったわよねえ」
大理だ。はぐれていた途中で遭遇したのだが、皺になるからといって真沙輝が抱いてきたのだ。
「なんで、俺に聞く!?」
ロイエンタールが5メートルほど離れた真沙輝を睨む。
「あんた以外の誰に聞けってのよ!」
「誰かにだ、誰かに!おばあ様でもいいだろうが!」
「オスカー!あんた記憶力だけはいいでしょうが!」
「だけ!だけだって!オスカーは顔だっていいし、頭だっていいし、喧嘩だって」
「ああ、はいはい解った解った。そうねえ、ウェンリー、惚気はあとでねえ」
 
ダン!
 
思わず喚き合いを止めて振り向くと、そこにはカールが愛刀「弁天」(床の収納に保管してあった)を居合抜きの格好で構えていた。
「兄ちゃん。姉さま。姉ちゃん。どうでもいいけど、少年が潰れてるよ?」
そう、喚き合いの間にいた大理は真沙輝の腕の中でぐったりと潰れていた。
「アラ、嫌だ。大理くん大丈夫?ルー兄様、大理くんが落ちてたので拾っておきましたわよ」
「おお、わりい。サンキュ。大理―、生きてるかよおい・・・」
ぐったりとなった大理を渡して貰ったルーシェンは息子の頬をぺちぺちと叩くが、起きない。
でも、命に別状はなさそうなので。他の連中は一瞬で忘れる。
 
「ウェンリー?これお前の髪・・・か?」
先に玉のついた絹が背の半分ぐらいまで編みこまれた上で垂らされている髪を一房掬ったロイエンタールがヤンに問う。
「ああ、そう。私の髪みたい。ほら、ばっさり切ったじゃないか?あの時に作ったんだってさ」
「へえ、捨てたもんだとばかり・・・」
「もったいないじゃない!あの時膝近くまであったのよ!?」
双子と話していた真沙輝が振り向いて怒鳴る。
「ああ、そうだ、サキ。裾の輪は右右左であっていたはずだ」
「あっそ。ありがと」
真沙輝は軽く礼を言って暫くヤンとロイエンタールを見ていたが、ヤンが嬉しそうにまた伸ばそうか?などといちゃついているので、放っておくことにした。
その間にもまだ驚いている真雪と美時に答えながら。
「ああ、そっか。二人は「神楽師」見るの初めてだもんねえ。何回見ても慣れない奴もいるし驚くっちゃあ驚くわよねえ」
 
(ン〜、元々ウェンリーってああいうカッコ似合うのよねえ。細い顎に長い頚。なだらかな肩だし、ウエストなんて子供のころから細いほうだったけど今なんてほんとに・・・ん?細い?細い・・・)
記憶に妙な引っ掛かりを感じて真沙輝が再びヤンの方を向く。
(・・・・・、何かがおかしい)
その「何か」に気付いた次の真沙輝の声は9割9分9厘悲鳴だった。
 
「ちょっと待ってウェンリー!」
 
切りが悪いけど、次回に続く

 

 
切り悪いです。めちゃめちゃ切り悪いです。
でも、このままだと、切る所が無いので、仕方なく此処で切ります。
つーか、眠れない夜無駄に長すぎ。次で10話だよオイ。
このHPに始めてきて、あったのがコレだったら絶対読まないね。私だったら。
りほの計画性の無さがありありと見て取れます。
しかも、真面目に記録も記憶もしてないので、落としたエピソードが幾つかあるはずです。
10話で一回終わりです。その後眠れない夜9時からバージョン。
2次会?いえいえ、本番です。
酒も料理も謎もまだ充分に余っています。
一体何時になったら終わるんでしょう。
てゆーか、私は一体何処までやるつもりなんでしょう。
謎は謎を呼び次回へ。
もしよければ、次回で会いましょう。


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