眠らない街の月の香る夜 第三話
 
 
「何事なの!?」
「父さん、母さん、藤ねえ?」
一瞬目を離した隙に何があったのか。ヤンはロイを、カールが真沙輝をそれぞれ庇いながら押さえている。
ただ事ではない事態らしいのでとりあえず双子は駆け出した。
 
ブラスターを手に持ったロイエンタールはガクリとひざをついた。
「真沙輝、・・・怪我は?」
「ごめんオスカー! ほんっとごめん、マジで。ごめん、まだ苦しい? 大丈夫?」
「真沙輝、お前、珍しくかかとの低い靴履くからこけるんだろうが・・・」
ブラスターを打った当の本人が相手の怪我を心配し、カールに押さえられながら真沙輝は必死でロイエンタールに謝っていた。
ロイエンタールが気遣うヤンに手をとられ、汗の浮き出た顔を上げると、真沙輝がなきそうになっていた。一瞬ロイエンタールが傷ついた表情になる。
「髪・・・」
「え? 髪?」
あわてて真沙輝が見ると、己の美しく伸ばした髪が一房肩の上でぷっつりと切れている。
「あ、だ、大丈夫よオスカー、このくらい全然へーき! 切るつもりだったもの! どこも怪我してないわ。大丈夫よ」
『真沙輝や、お前そうならそうと、はやくじいちゃんにも教えてくれてもよかったろうに。老い先短い年寄りの楽しみを・・・』
しぶとく繋がっていた先で爺が文句をいうが、誰も聞いていない。
真雪と美時、それに突然の発砲に驚いたミッターマイヤーが駆け寄るのが同時だった。
三人が足を止めるほんの一瞬前、そのロイエンタールに鉄拳制裁が下る。
「オスカー! こンの大馬鹿者が! わたしがあれほど、あーれーほーどー気をつけろといったではないか!!」
フェリシア・九条だった。
「今のは不可抗力だ、柚木。俺はちゃんと気をつけてた」
まだヤンの手をつかみながら、青い顔のままロイエンタールがシレっという。
「柚子ちゃん、あたしが悪かったの。浮かれすぎてたし」
「だがな、真沙輝。これがブラスターだったからまだ髪の一房ですんだが、オスカーの得物だったらお前の首が飛んでいたぞ」
「柚ちゃん! オスカー無理してめいっぱい我慢してくれたし、照準はずしてくれたのよ!」
「オスカーが無理をしたのも気に入らない! なぜお前は治らないんだ!」
「むしろ生まれつきだと思うから、戻る鞘がないんだろ」
「私に治せない病に罹るくらいなら、いっそのこと死ね!」
「「本気でいうな、本気で」」
とても医者のせりふとは思えない。
 
「ヤン元帥、説明を頼んでもいいだろうか・・・?」
「ママ」
その場にいた全員の寿命を三日縮めたその椿事に、双子とミッターマイヤーが問う視線をまだしも余裕がありそうなヤンに向ける。そのヤンはロイエンタールの肩を抱いて呼吸が整うように背をさすっていた。
「うん、まったく、心臓止まるかと思ったよ」
子供たちを見たヤンの耳元で髪飾りがチャラリとなった。
「お父さんの持病のこと、お前たちに話したことがないんだっけ?」
「誰からも聞いてないよ」
「うん、覚えがない」
「実は、アレルギー・・・みたいなそんなカンジなんだけど・・・・」
「アレルギー? さっきドクターがおっしゃっていた、命にかかわるという持病の話ですか?」
「命に・・・ええ、まぁ。ごらんの通り、「相手の」命にかかわるんですけどねぇ・・・」
ヤンは非常に居た堪れなくなりながら口元を覆う・・・。
 
「そうなのだ!」
痩身痩躯で目が大きすぎる異相のドクター、絵本に出てくる悪い妖精にも似た柚木のその姿から出てくる声は非常によく通る。
「この馬鹿たれは恥ずかしげもなく妊婦アレルギーなんだ」
フェリシアはヒールのない靴のかかとでロイエンタールを蹴った。
 
「は?」
「ええ、だから、妊婦アレルギーなんです」
ヤンはあさってを見ている。その腕の中でロイエンタールは汗で張り付いた前髪をかき上げる。
「仕方ないだろう、駄目なもんは駄目なんだから」
「ろ、ろいえんたぁるぅうう?」
「理由なんかない。ガキのころから妊婦に近づくと、吐き気、めまい、頭痛、悪寒etc・・・とにかく気持ち悪くて気色悪くて駄目なんだ」
「ってだからってなんで撃つんだよ」
「体が勝手に相手を抹消しようとするんだ、これまでの経験上半径1メートル離れれば大丈夫なんだが」
「寧ろそれを我慢すると出てくる症状が吐き気だたらめまいだたらなんですよ。昔はここまでひどくもなかったんですけど、レティーが、・・・カールの母親がレティシアというんですが、そのソレが妊娠中にさんざ「ショックりょうほーーーーーーう!」とか言って」
ヤンが額を押さえる。
わかった。よくわかった。それで悪化したんだな。
美時が思いっきり脱力する。そんな間抜けな病はだれだって言いたくないだろう。
つかれきった兄の袖を双子の妹が引っ張った。
「ねぇねぇお兄ちゃん、お祝いって何をすればいいの?」
「は? おいわい?」
「だから、つまり、藤波おねえちゃんに赤ちゃんができたんでしょう?」
美時はフリーズした。
「あれ? 時ちゃん? お兄ちゃん?」
こんな時子宮も生理もある雪の方がやっぱり強かった。美時だってやっぱりオトコノコである。
言われて気づく、やっぱ男にしてみれば腹の中に別の人間がいるというのは、ちょっと気持ち悪い。父のアレルギーの根源が少しわかった気がした。
 
「まーーっさきちゃーーーん♪」
いつの間にか夜の街中くらいには明るくなっていた会場の向こうから明るい声が届く。
ディヴァインだった。
「おめでとーー、これ友人一同から愛をこめて」
どばばっと両腕にあふれるほどの花が降ってくる。・・・ティッシュペーパーの。
四天王あーんどリサちゃんとサラちゃんは、ロイエンタールが撃った瞬間、事態を了解して騒動に耳も貸さずひたすら内職をしていたのでした。しかも元のサイズじゃなくて四つ切のミニサイズになってるし。芸が細かい。
「わーー、ありが・・・」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
パチパチパチパチ
「・・・・三歩さがって囲まないでよ。にこやかにおめでとうとか、拍手とかしないでよ、別にあんたらに認めてもらわなくってもお母さんにはなるから」
懐かしい光景である。美時と真雪が一昨日24話をやってたといっていた某テレビアニメ。
「しかし、それならそうとなんでもっと早くいわないんだ? 俺のアレルギーは別として、いくらでも祝ってやるのに」
ロイエンタールが首をかしげる。
あんたらのひいじーちゃんがさっきまったく同じことをいってました。
「そーだよねぇ。まぁちゃんの性格からして開口一番思いっきり自慢しそうなのに」
「柚木が知ってたってことは、もう診てもらったんだろう?」
ちなみにその栄じじいは誰も相手にしてくれないので、拗ねて帰っちゃいました。
「えーーー、その、えっと、そ、そんなこともないのよ。今日の午前中に知ったんだし」
「まぁちゃん?」
「サキ?」
ロイエンタールとヤンはそろって真沙輝を見る。二人の知っている彼女なら昼前のうちに月下街じゅうにふれてまわり、自慢しまくるはずだった。
 
「ええっと・・・・藤ねぇの子供は・・・ううんと、母さんと藤ねぇがはとこだから・・・」
美時はなんとか気を取り直そうとする。うずくまって頭を抱えていた。
「あ、ちょっとまって、パパと宮様が契約してるから、パパと藤ねぇは形式上のイトコになるんじゃないの?」
「ああ、そーか。んじゃイトコの子供だから」
「イトコだよ」
いつの間にかその場の空気に溶け込んでいたカールが双子の背後から突然口を挟んだ。
「え? ハトコじゃないの?」
「ハトコでしょ?」
振り向いて問う双子と違い、カールの声が聞こえたロイエンタールとヤンは目を吊り上げた。
そんな兄と義姉に向かい、カールは苦笑してもう一度いった。
「イトコだよ」
「「へぇ・・・」」
兄と義姉が物騒な笑みをかもし出す。それをそのまま真沙輝に向けた。
「まぁちゃん」
「おっまえ・・・」
「うっ・・・・」
珍しく真沙輝の立場が弱い。引きつった笑顔のまま三歩あとじさった。
双子はまだ理解していない。
カールは横を向いて、大きくため息をついた。
 
「だ、だって喋ったらカールがプロポーズしてくれなくなるじゃない!」
大の男がビビッて道をあける地下茎の会・会主は逆ギレた。
「だって、あたし、あたしぃ知ってたのよ、カールが給料三ヶ月分おろして指輪買いに行ったって。けどなんか劇的なプロポーズを考えてる風だったからできればギリギリまで隠しときたいなぁって」
もらったティッシュの花々をしょぼしょぼと撒き散らしながらぐずる。
しょげている真沙輝は可愛い。実は真沙輝はすっげー可愛いのだ。それは実はロイエンタールだってヤンだって認めている。ダテにアイドルやれてない。・・・基本人格が可愛くないので誰も普段は認めてくれないが。
「だって、だってカール子供ができたなんて知ったら絶対結婚してくれないじゃない!」
「まあなぁ」
「まぁねぇ・・・」
キッと緑の目に涙を浮かべ睨む真沙輝から無理に視線をはずしながらロイとヤンは同意する。カールは絶対にしないだろう。
「できちゃった結婚なんてベタなネタカールが承服するはずがないでしょう!!!」
するはずがないのである。
「・・・、みなさん俺の性格よくご存知で・・・」
カールは深々とため息をついた。
 
「藤ねぇの子供の父親って。カール兄ちゃんなの・・・」
「うっそぉ! ありえない!!!!」
勿論プロポーズと妊娠は別モノの話であるから子供の父親と新郎が別人でもまったくかまわないはずである。けれど・・・
「だからイトコだっていっただろう? 美時、真雪」
ロイエンタールとカールは兄弟、父親同士が兄弟なのだから、イトコなのである。
隠しポケットから指輪ケースを引き出す。眠れない夜の第四話からずっと懐に忍ばせていたのだ。
「別に問題は妊娠じゃねーんだよ。出産自体も喜ばしーことだし」
野球ボールのように放り投げて受け止める。
「俺子供好きだし? 月下のじんこー増えるのも万々歳」
「でもイヤ、なんでしょう? 「できちゃった結婚」」
「そうっ! どーーーっしてもヤなんだよ!! その三流ゴシップ雑誌的チープでベタなカンジがっ!!!」
ラインハルトじゃあるまいし。って眠らない街ではしてないケドね。まだ。
「だから、しゃーーねーよな? ねーちゃん・・・」
真沙輝の目を見て一言。
「ほかしたる!!!!!!」
遠投!!!
「イヤーーーーーーーー! もったいないーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
と見せかけてフェイント。
「うん、想像通りフェイント」
またポンポン放り投げて遊んでいる。
「うーーーー、しんぞーわるいーーもうイヤぁ・・・」
真沙輝だってシラフなら引っかからなかった。だけど今は月花大祭なのだ。
ロイとヤンは別の意味でなにか警戒するまなざしをカールに向けている。
「んー、だからさ、ねーちゃん。問題は「できちゃった結婚」だけなんだからさ。なんか楽しくなるようにかんがえよーよ」
しょげしょげとへたりこんでいる真沙輝の隣にしゃがんでポンポンとなだめる。
「んじゃあ・・・次の月花大祭と一緒にやる?」
「それは流石に・・・。ねーちゃん生きてるかわかんないじゃん。えーとそうだな。五、六年後あたりどう?」
「赤様が5歳くらいになったらってこと?」
「そうそう。子供ってそれっくらいが一番かわいーし、五年もあればたくさんネタも仕込めるだろうし」
「わかった、それでいい。・・・・・・・・・・・・・・」
この沈黙はなんだろう。真沙輝がじと目でカールを見上げている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、ってねーちゃんどうかした?」
「ゆびわ」
「え?」
「ゆびわほしい。ちょーだい」
片手で目をぬぐいながら、もう片方の手を小遣いをねだる子供のように差し出している。
「あ、ああごめ・・・」
その手のひらに乗せる寸前、鋭い声が響いた。
「「待て! カール!!」」
邪魔されるっ、と思った瞬間、真沙輝は一瞬の早業で箱をもぎ取っていた。
「待ちなさいカール。お前真沙輝になんか弱みでも握られてんのかい!? それぐらい私らがなんとかしてあげるからお止め!!」
「カール、確かにオーディン行ってからちっともかまってやらなかった兄ちゃんが悪かった。だから考え直せ! 絶対にロクなことにならない!」
「そーだよ、お前どーせ恋愛感情なんて一つもないんだろーが!」
「どーせサキだってお前に惚れてないんだし、お前らが結婚せんでも誰も困らん!」
「そーだよ、別に子供ができたからって結婚しなきゃいけないワケでもないだろう!! なんでよりによって真沙輝なんかと・・・」
「うわーーい・・・にーちゃんとねーさまがマジになって俺のこと心配してるーー・・・てかにーちゃんがこんなマジかつ早口で喋るとこなんて23年キョーダイやってて俺見たことなーい・・・」
うれしくない。いや、大好きな兄と義姉に心配されるのはうれしいのだが、とてもさっき弟に柏当主を押し付けた張本人たちとは思えない所業だ。しかしロイエンタールもヤンも、さっきだって今だって嘘は一つもないのだ。
「てゆーか、俺も真沙輝ねーちゃんも性格読まれすぎ・・・なんでここまでモロバレなのよ。あんたら15年以上俺らと縁切れてたんだからその空白の期間になんかしんきょーのへんかとかあったとか思わないのかよ・・・」
「思わん」
「だってないんだろう? 恋愛感情」
「・・・・・・ないけど」
斜めを見て告白する。
「けどいーんだよ、俺も、ねーちゃんも。にーちゃんと姉さまみて育ってきたからイマサラ誰とも恋愛なんて無理なんだから。ほっときゃ死ぬまで独身同士一生に一度くらい結婚したってかまわんって。だいたいにーちゃん。ロクなことないってゆーけど、結婚したときとしないときで何か変わるの?」
「まぁ・・・・かわらない・・・、かもしれんがっ! 哀れすぎるぞカール・・・」
真沙輝信用なさすぎ。
「落ち着けってオスカー!」
「カールも真沙輝もこーいってるしいーじゃんか」
「ウェンリーも・・・」
「そうだよ、折角の綺麗な衣装でしゃがむから、ほら」
四天王総出でアホ全開に弟を心配する二人を押さえつける。
「けどなぁ」
「納得いかないねぇ・・・」
「お前ら、知ってたのか?」
「いんや、ぜんっぜん」
「めちゃ驚いた」
四人とも首をふる。
「私も、初耳だ。診たときに飛び跳ねて喜ぶから、相変わらず子供好きだなぁとは思ったが、まさか相手がカールだったとは」
柚木も首をふる。そう、誰もしらなかった。当然双子も知らなかった。
「だって、全然そんな感じなかったじゃんかぁ・・・」
たぶんそれは、恋愛感情ないからだと思われる。
「カールおにいちゃ・・・いつから・・・?」
「ええ? いつからって、俺が士官学校上がる前だったのは確かだから・・・ひのふの・・・うげっマジかよ。すげぇもう8年近くたって・・・って。ねーちゃん! 指輪はめたのか!!」
「ええ、これ、この婚約指輪すっごい気にいったわよ、私に似合うじゃん。ピッタリだし」
「ああ、ねーちゃん誕生石よりそっちのが好きだろ? ってぎゃーー! 俺がはめようと思ったのに!」
「そうね、たんじょぉせぇっきならるぅっびぃなっのっだけど、肌にも指の形にもこっちのが似合うわ。ダテに芸術家やってないわね。んで薬指と中指間違えるお約束やろうと思ったんでしょ? させるもんですか」
取るモン奪ったから本調子に戻る真沙輝。
「ついでに右手と左手間違えるあわせ技が・・・あああ憧れてたのにぃいいい。そだ、結婚式でやっていい!?」
「させるかぁーーーーーー!」
 
今日もみんな仲良しだ。
てか、キミたちさっさと街帰りなさい? 月花大祭なんですよ!
 
続く
ハイ、そんなワケです。
ずっと隠してきたんですよー、ロイのアレルギーとサキの妊娠。まぁちゃんが眠れない夜の第一話で上機嫌だった理由。ドクター・ユズキがわざわざアレルギーの忠告してた理由もやっと書けましたね。あ、カールがずっと真沙輝を探してたのもイヤな予感したんでさっさとプロポーズしようと思ったんですね。
ロイの妊婦アレルギーは更に根が深いかも。むかしRYOさまとチャットしてた時に一回だけ言っただけで、ほかのチャットメンバーには誰にも・・・たぶん誰にも・・・言ってなかったはず。
表面上レオノラさんの影響がなくなってる分、深層にもぐってるのか? 妊婦さんたちには失礼なネタかもしれませんが、ロイは真剣に気持ち悪いんです。
あーーやっと喋れるーーーーこれまでオオサマノミミハロバノミミだったから〜
ちなみにロイのアレルギーは眠らない街限定ネタです。カオスでも平気だし。


前へ 目次へ 次へ