そしてキミに会いに行く  5

 

「カール! あんた今ドコにいるのさ!!」

『ンだぁ? ヒヨコ頭、俺様の朝の麗らかな素敵タイムを邪魔するたぁいい度胸だ』

通信端末に向かって怒鳴るアレクに、カールが答える。

映像が切られているので見えないが、やたら不機嫌そうな声だ。

『なぁ、アレク。俺今日とってもダルいんだけど、仕事サボっちゃダメ? 一日自習ってコトで』

「フェリックスが家出したんだってば!」

『じゃあ今日はアレク一人で自習ってコトで』

「カーーーーーーーーーーーるぅーーーーーーーーー!」

『だ・か・ら、どーしたってんだよ。フェルがいないだけだろ?』

「ダケ!? ダケって云った!? 今! ねぇカール! 大変なんだってば! 助けてよ!」

『大変?』

「いいから来て!」

『・・・・・・・・・・?』

謎の沈黙にアレクが焦れる。半ば血管切れそうな勢いだ。

『わぁった、今行くよ』

 

「ロベルト、朝っぱらから騒がせて悪かったけど、俺行かなきゃいけねーみたいだわ」

「いえ、年寄りの朝は早いものですから、旦那様」

「旦那様」この単語にカールは物凄く物凄く嫌そうな顔をした。

「・・・・・・・・・・・・なぁ、じっちゃん。俺は兄貴からあんたの老後を頼まれただけで、ロイエンタール家を継いだ気はサラサラないんだが・・・」

「いずれトリスタン様が継いでくださるまでの辛抱でございますよ」

「じゃあ、せめて旦那様は止めてクダサイ。ロベルトさん」

「かしこまりました、カール様」

「てゆーか、あんたは幾つまで生きるつもりなんだ・・・ロベルト・・・」

「わたくしは130まで生きますよ」

「本気かよ・・・てゆーか、アンタ、マジ不死身なんじゃ・・・」

カールは気分的に死にそうだった。

 

 

『親愛なるファーター、ムッター、ハインリヒ兄さんへ

 

突然だけど、家出します。

別に、みんなに不満があるわけじゃないんだ。ただ、どうしても、不足だったんだ。

此処にいたんじゃ、それは補えない。だから、出て行く。

だけど決して逃げたんじゃない。

きっと、帰ってくるから。

 

此処が嫌いだったわけじゃない。

「ロイエンタールの息子」としか見られなかったことが厭だったわけじゃない。

不満があるなら解消していく。だけど、不足は補えない。

 

一つだけ勘違いしないで。

僕はオスカー・フォン・ロイエンタールの敵討ちで家出するんじゃない。

父さんのやり残したことの為に出て行くのでもない。

あの人はなにもやり残さなかった。

父さんには不満も、怒りも、苦しみも、絶望も、何も無かった。

父さんの立場にたって考えたら、やっとわかった。

あの人は、ただ悲しかったんだ。生きることが、ただ悲しかった、それだけだったんだ。

周りの人間がどう思おうとも、あの人には全く関係がなかったんだ。

あの人の望みは、ただ「共に生きたい、共に行きたい、共に逝きたい」それだけだった。

叶わぬ夢が、ただ、悲しかっただけだったんだ。

あの人の中には、悲しみしかなかった。

 

オスカー・フォン・ロイエンタールは、何も残さなかった。

あの人は、ただ、何かを終らせ、何かに関わり、そして、繋げただけだった。

だけど、何も残さなかったけど、何も残らなかったわけじゃない。

可能性は、確かに残った。

僕は、オスカー・フォン・ロイエンタールの延長線上にあるもののひとつ。

あの人の生は僕の中で続いてはいないけど、確かに繋がってる。

だから、みんな、悲しまないで。もう、悲しまないで。

みんなの中にも、あの人の残した「何か」は、確かに残っているから。

 

僕は、父さんでも、ファーターでも、先帝陛下でも、キルヒアイス閣下でもない。

この誰とも違った形で、僕はアレクへの友情を示して見せる。

そして、僕自身を証明してみせる。

 

ファーター、僕は父さん程無欲じゃないんだ。いや、誰よりも貪欲なんだ。

僕が望むのは宇宙の覇権でも、名誉でも、富でもない。

僕が望むのは、「完全」な生。

傷一つ無い「完璧」な人生なんて面白くもなんともない。

僕が望むのは「完全な人生」

それは、人が望むべき総てで、綺麗過ぎて、理想的過ぎてみんな諦めきっているもの。

でも、僕は諦めない。それが実現できなかったとしても、僕は最後まで歩き続ける。

 

最後に、ファーター、ハインリヒ兄さん・・・。

僕は、確かにオスカー・フォン・ロイエンタールの息子だけど、

確かに、貴方たちの息子で、弟だよ。

たとえ、貴方たちがそう思ってないとしてもね。

 

ムッター、後、お願いします。

色々大変そうだけど。

 

元気でね。

 

                             フェリックス  』

 

「うっわぁ・・・フェルってば云ってくれるぅ・・・・」

なんか物凄い大風呂敷というか、大上段というか、大見得切ってくれちゃってというかな文章にカールがひしひしと敗北を味わいながらピュウと口笛を吹く。

「そう、大変なんですの、クレイマー大佐」

獅子の泉に来ていたエヴァが相槌という名の深い深いため息を吐いた。

視線をめぐらせて皇帝のお目付け役は力なく笑う。

そこにはどん底に暗いミッターマイヤーとハインリヒがいた。

「でもちょっとコレは流石の俺でもフォローしようがないかも・・・」

「まったくですわ」

エヴァンゼリンが額に手を当てて同意する。

「事実なだけに。とても。まさか、フェリックスから指摘されるとは思いませんでしたけど」

「閣下とハインリヒが意識の大本のところでロイエンタール閣下の息子としてあの子を扱ってたことはそりゃあ疑いようがないけど・・・なんで」

「何故、ロイエンタール閣下のことをあの子が此処まで「理解」しているんでしょう?私たちが気付かなかったことまで」

「そこですよね。傍目八目とも云いますけど、この場合は寧ろ」

「DNAでしょうか?」

「もしかしたら、乳児の神秘かもしれませんよ。あの子も確かにハインリヒと共に実の父親の最期を看取っている」

「けど、この「共に」というのは、誰のことなのかしら?」

「私はそれほど閣下と親しかったわけでもありませんが、フラウは意外と付き合いが長かったでしょう? なにか心当たりはありますか?」

「いえ、咄嗟には何も。多分、夫も心当たりがないでしょう。だから・・・」

云いさしてどん底のどん底に落ち込んでいる夫に目をやる。「あんな状態なんでしょう」ということだ。

「でしょうね。そして、今考えて解かることは何も無さそうです。仕方ないですから、フェリックスの無事をのみ祈っておきましょう。フラウ」

「本当に、大佐にもご迷惑をおかけいたしまして・・・」

「いえ、私もフェリックスが小さい頃から見てきた一人です。迷惑に思うわけではありませんが、気がかりです。どんな事態にあっても対応できるほどには厳しくしたつもりですが・・・」

「私たちの役目はただ信じて待つことだけですのね・・・」

「ええ、ことを荒立てないでおきましょう。ただ、少年が一人家出しただけです。それだけなんです。フェリックスはもう15、あの子の人生の邪魔をする資格は、誰にもないんです」

首を一つ振って山ほど出てくる厭な想像を振り払うと、エヴァは毅然と落ち込んでいる家族二人をたたきなおしにかかった。

「フェリックスは「帰ってくる」と書き置いてくれたんですよ? あの子は誠実な子です。約束したことは守りますわ。ほら、ハインリヒも、「別になにが不満だったわけでもない」とも書いてあったでしょう? 何時まで落ち込んでいるの!」

 

「見事だよなぁ〜、フラウ。やっぱしこーゆー時男ってなっさけねぇよなぁ〜、俺も修行が足らねぇったら」

壁に避けたカールが惚れ惚れとミッターマイヤー家三名様を眺める。

(にしても・・・、悲しみしかなかった。か。兄貴にぴったりな形容だな。そうか、苦しみなんて、欠片もなかったか。教えてくれて、ありがとな、トリスタン)

超ブラコンの(こっそり)ロイエンタール家の当主である男は、どっぷり落ち込んでいた。

同じく避けたアレクがためらいがちに、隣に立っている男を見上げた。

「あ、あのさ、カール」

「ん? どした? アレク」

「僕が、家出しても、かばってくれた?」

子供っぽいとは思うが、聞かずには居られない。そんな風情のアレクにカールはふっと笑った。

「当たり前だ」

 

一月後。

「あ、アレク明日自習な、俺休みだし」

「明日6月1日だったね、たしか、お兄さんの命日だったっけ?」

「そーそ、年に一回ぐらいはね。墓参りも悪くないんじゃないかと。俺以外に行く身内もいないしさ」

「あれ? 甥ごさんがいるんじゃなかったの? そのお兄さんの息子さんが」

「あいつ今ハイネセンだもん。いけねーじゃん」

「ふぅん」

 

次の日、カールは墓標の前にたっていた。

刻まれた日付は「帝国歴4581026日〜」

「新帝国歴21216日だってさ」

でっかい白薔薇の花束をかついで丘を登ってきたカールは日付を見て馬鹿馬鹿しそうに嘲笑う。

自分でも痛みを誤魔化す為の下手くそなフェイクだとは解かってはいるが、しょうがない。

今でも「兄たち」の死はカールの深い傷だったのだから。

無造作に墓の前に花束を投げ、忌々しそうに笑う。

「トリスタン、元気だよ。もしかして見えてるのか? そっちから。・・・・・なぁ、あんたたち、何したかったんだよ?」

この墓に入っているのは、兄の、オスカー・フォン・ロイエンタールの遺体だけだ。

それを誰よりも知っているが、お構いなしにカールは「二人」に向かって語りかける。

「なんであの子があんなもの知ってるんだ? なんで・・・なんで・・・・なぁ?」

かなりの間、墓石を睨みつけて沈黙していたが、嘆息して墓標に肩を寄せる。

「にーちゃん、だいすき。もち、姉上もだけど」

どんだけ根性曲がったはた迷惑で憎い身内でも、好きなものは好きなのだ。

そんな自分にまたむかつきながらも、カールは背を向けて帰っていった。

勿論、持ってきたワインは家に帰って自分だけで飲むのだ。

ささやかな、ささやかすぎるカールの嫌がらせだった。

 

家に帰ると、一月前家出した甥から手紙が来ていた。

(わざとだな。あのガキ)

日付に持たせた少年の意図に舌を出しながら、リビングに入ると、留守電が入っていた。

手紙の方を「後のお楽しみ」に区分してから、スイッチを入れる。

恐れ多くも、皇帝陛下からだった。

『あ、カール? フェリックスからミッターマイヤー夫妻にビデオメールがきたんだ。元気だって。心配しないでって。それだけ。じゃあね、また明日』

(わざとだな・・・あのガキ・・・)

本当に芸の細かい甥だと感心しながらカールは手紙をあけた。

(ふんふん・・・)

ミッターマイヤー家に届いたものより恐らく詳しいであろう内容に、カールはざっと目を通す。

(まぁ、元気そーでなによ・・・・・り!?)

斜め読みした部分に引っかかりを覚えて、読み返す。

 

『カールへ

俺は元気です。

大学へはちゃんと願書を出しました。

母さんとも仲良くやっています。

受験が終ったら、もう少し詳しく手紙を書きます

                    トリスタン』

 

「ちょっと待て!」

カールは椅子の上でずっこけた。

  

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