そしてキミに会いに行く  6

 

 

五月某日ハイネセン宙港

 

(ここがハイネセン・・・元フリープラネッツの首都星。ロンゲストマーチの終着点・・・)

長い船旅を終え、たどり着いた地に感慨に浸るトリスタン・フォン・ロイエンタール。

(いやいや、クレイマーだ。トリスタン・クレイマー)

少年がこの地を訪れるのは初めてだった、いや、二度目か。

幼い日、実母の腕に抱かれ、少年は新領土総督府にいたのだから。

しかし、そんなわけで土地鑑などあろうはずもない。

だがそれは後のこととして、トリスタンは深い感慨に浸っていた。

 

と、何故かイキナリモノが飛んできた。

オートカウンター機能搭載(嘘です)のトリスタンがドリームに浸ったまま腕で払う。

「うるせぇんだよ」

折角人がしみじみとしていたのに邪魔すんなボケ。

と、ばかりに無造作に腕を振り回したら、そのモノが潰れたカエルのような音をだした。

「ぐぇ」

「ん?」

流石にトリスタンも妙だと気付いて、自分が殴ったものを見る。

男、人だった。

殴られた痣がひとつ以上あったので、気絶しているのはトリスタンのせいばかりともいえまい。

「ん?」

そーいえばさっきから近くが煩かったような気がする。

と思ったら、至近距離で喧嘩をやっていた。

「・・・・・、俺が今この男を殴ったから、こーゆーときって・・・やっぱり・・・」

巻き込まれるのである。

「こーなるのか・・・」

さほど嫌そうでもなく、トリスタンは殴りかかってきた男の顔面をしみじみとカウンターで殴りつけていた。

 

『ボーヤ、逃げるぞ!』

と腕をつかまれたのは覚えている。

気がつくと柱の影で通報を受けて駆けつけた宙港警備員が気絶した男たちのところでウロウロしているのを見ていた。

「ヘッ、誰がつかまるもんかよ」

後で同じく右往左往している警備員を見ていた人間が不敵に呟いた。

ぐるりと首をめぐらせ、トリスタンはその人間に顔を向けた。

「無茶するな、おじさん」

「おじさんじゃない。おにーさんだ」

「じゃあ、おにーさん。なんで八対一で喧嘩してたんだ?」

あっさりと返されて拍子抜けしたように男は目を軽く瞠ったが、さも当然のように更に返した。

「向こうから因縁つけてきたんだぜ? 買ってやるのが筋ってもんだろ?」

「巻き込まれるほうの身にもなれよ」

柱に身を預け、しゃがみこんで男を見上げる。切れてはいないが、つい一発食らってしまった。

そんなトリスタンに、男は不思議そうな顔をした。

男が見る限り、トリスタンの口調は気安いが粗野な風ではない。寧ろ育ちがよさそうに思えた。

気負いも全く無く、父親と同年代だろう男にタメ口を使ってくるものだろうか?

このクールさが、誰かを思い出させた。が、男はあえてそれを振り払った。

「顔に食らったのかよ、まだまだ修行がたらんなぁ、お前さん」

「そーいや、あんた顔は無傷だな」

「ったりめーよ、顔は男の命だぜ、キミぃ」

とそこまで言って、男は不意に少年の細い顎を引き寄せる。

「とはいえ、美人は得だなぁ、殴られた後も飾りに見えるぜ」

「ああ、腫れるほどじゃないしな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・どうかした?」

「美人っていって怒らないガキはじめてみたぜ」

「うん? 顔なんて遺伝だろう?」

男は舌を巻いた。食えねぇガキだと。すかしてるのか天然なのか、いまいちわからん。

「気に入ったぜ、お前、面白そうだな」

「・・・・・、トリスタン」

膝を払ってトリスタンが立ち上がる。

「あん?」

「トリスタン・クレイマーだよ、ハジメマシテ。俺もあんたのこと気に入った」

年の差を考えたら不遜すぎる言い草に、男は緑の瞳を輝かせる。こいつは本当に面白そうだ。

あのユリアン・ミンツだってこの年にここまで面白そうではなかったではないか。

「オリビエ・ポプランだ」

軽く手を掲げて云うと、今度は少年が目を瞠った。

「ヤン・イレギュラーズの撃墜王と同じ名前だな」

絶句するポプランの手と打ち合わせて、脇をすり抜ける。

「云ってくれるじゃないか、ガキィいいいいい・・・」

「あれ? 今おれなんか不味いこと云った? ご老体」

振り向いてトリスタンがにっこりと笑んだ。

 

「ふぅん、お前さんヤン・ウェンリー記念大学受けるのか」

「今から願書取りに行くんだけどね」

「だったらその近くに安くて美味い店があるぜ、迷惑料がわりに奢ってやるよ」

「へー、ハイネセンはさっぱりなんだよね。大学近いってのなら本当ありがたいよ」

「お前さんの名前がトリスタンってのも何かの縁だろうしな」

「・・・?」

 

とまぁこんなカンジで二人がやってきたのは少し古ぼけた、狭い路地に面したカフェ&バーだった。

陽を受けてopenの札が静かにかかっている。

その店の名前が

「『イゾルテ』・・・・なるほど「トリスタンとイズー」か。縁だ。けど、縁起悪いかもしれない・・・」

飾り文字のプレートをトリスタンが読む。

地味だが、趣味のいい店だ。と少年は感じた。

「それ云ったらお前さんの名前だって相当縁起悪いぜ・・・?」

「いーんだよ、俺のは」

カラン・・・

「いらっしゃいませ・・・あ、ポプラン中佐。お久しぶりです!」

「ようユリアン・・・ってなんでお前がカウンターの中にいるんだ!?」

「アリスさんにちょっと店番を頼まれまして・・・」

「やってくれるな、アリスちゃん。元イゼルローン共和政府・革命軍司令官のユリアン・ミンツともあろうものが「ちょっと店番」? 元部下が泣くぜ・・・」

額を押さえたポプランの台詞に流石のトリスタンも驚く。

「大体ユリアン、お前この時期はヤン提督の命日の式典の準備でおおわらわだろうが・・・」

「ええ、まぁ、そうなんですけどね。そちらこそ守備範囲「外」の美人のお連れですが、どうしたんです?オリビエ・ポプラン青春悩み相談室、復活ですか?」

「ああ、宙港で喧嘩に巻き込まれていたところを、この正義と愛のオリビエ・ポプラン様がさぁっそうと助けて・・・」

「と云っているけど真相の方は?」

「そう、俺が宙港で喧嘩に巻き込まれていたとこに、宙港警備員がくる前に腕を引っ張ってくれたんです。助かりました」

「え? 本当だったんですか!? 中佐」

「・・・・・・・・・ユリアン、昔は可愛いかったのに・・・」

「ただし、その喧嘩をしていたのはこの偉大な元エース様です」

「あ、やっぱりね」

と無情にも納得して、皿を洗っていた蛇口をとめるユリアンにトリスタンはにっこり笑った。

「ヤン・ウェンリー記念大学の、ユリアン・ミンツ学長でいらっしゃいますね? ご著書は総て読ませていただいています。グエン・キム・ホアの次にあなたを尊敬しています。俺、いや僕も帝国議会は銀河に必要だと思います。応援しています、頑張ってください」

「ありがとう、グエン・キム・ホアと比較してもらえるとは光栄だね。とても励みになるよ、みたところハイネセンの人じゃないみたいだけど?」

「ええ、ハイネセンは初めてです。今日フェザーンからついたばかりで。まさか、着いた早々こんな有名人にあうとは考えもしませんでした」

「ここは結構元ヤン・イレギュラーズの人間が寄ってくるからね」

ポプランがカウンターに腰掛けながら補足する。

「ここはお前さんの大学からもそこそこ近いし、大抵そう混んでもないからな。溜まり場にはうってつけだ」

「でも、この店本当に雰囲気がいいよね。落ち着くってゆーか、あ・・・」

その時、音を立てて店の奥に通じているらしい扉が開く。

トリスタンは絶句した。

「すいませんねぇ、いつもガラガラのしょぼい店で」

冷たい声にポプランの顔が引き攣る。

「げ! いや、いいじゃん、常連は多いんだからさ。アリスちゃん」

その視線の先には買い物籠を下げた女が冷ややかな目をして立っていた。

「どうも、お世話様でした。ミンツ学長」

今度は申し訳なさそうにユリアンに腰をかがめた。

が、その後アリスはその二人の会話相手に目をやると、凝視している少年にこちらも何かに気付いたように絶句した。

美人だった、ユリアンより二つか三つ、多くても五つほど年上だろう。ツリぎみの目尻がキツイ印象を与えるが、それでも酷薄そうには見えない、若くはないがくたびれてもいない、そう、円熟した、美人だった。

綺麗なクリーム色の髪と、水仕事で少し荒れたらしい白い手が、トリスタンの目に焼きついた。

「・・・・・・・・・・」

トリスタンは呆然としながらも先ほどの衝動を思い出す。

腰のあたりから一気に背筋を駆け上がった、感じたことのない思い。笑いたかったのか、叫びたかったのか、うめきたかったのか、それすらもわからないとは、少年にははじめてのことだった。

思わずかみ殺したせいで、それはわからずじまいだったが。それにしても

(それにしても、まさか「この人」に会うとは思わなかった!)

生まれてこのかた、考えたこともなかったせいで、何を云えばいいかもわからない。

ハイネセン政府の関係者の前で下手なことをいって、家出元に帰されても不味い。不味いが、とりあえずトリスタンはこの「運命の出会い」に途方にくれていた。

(アレク! 俺の運命の女神は情熱的で嫉妬深くて過激どころの騒ぎじゃなかった・・・・)

内心がっくりと肩を落とす。

(ちくしょう、悪運の強さだけにあんたの加護があっても嬉しくもなんともねぇ!)

自分の「守護女神」が運命の女神とツルんでもてあそんでいるのだ。

少年の意識の先に居たのは、白い衣装を身にまとった黒髪の年齢不詳性別不詳系の人物が「ほほほほほ」と上機嫌に高笑う姿だった。

(ま、負けてたまるか)

 

丸々5分も黙っていたかと少年は思ったが、トリスタンの神経は意外としぶとかった。

これは誰に似たのやら。

「あ、こ、こんにちは」

「え、ええ、こんにちは」

困惑しているのは向こうも一緒らしい。(何で解ったんだろう?)と少年は自分のことを棚に上げた感想を抱いた。

お互いに「はじめまして」とも「久しぶり」とも云わなかった。いえなかった。

「え、ええと、アリス? あんたが?」

「そう、私は、アリス。アリス・ヒューバートよ」

「アリスって、アリス・イン・ワンダーランドのアリス?」

「そう、真っ暗のウサギの穴に飛び込んだアリス・・・」

そうしてやっと彼女は微笑んだ。

「いい名前でしょう?」

そのアリスにポプランとユリアンが顎が外れそうなほど驚いていることから察するに、彼女がこのような穏やかな顔を見せるのは、とても、珍しいことのようだった。

「あ、ああ、うん、いい、名前だと、思う。本当に。心から・・・」

不思議に熱心なその台詞に、元イレギュラーズの二人は首を傾げる。

アリスをいい名前だといった、その意味がピンとこなかった。

そして、さらに少年は必至で頭を回転させていたが、不意にその瞳がキラリと輝く。

浮かんだアイディアを健闘するように、軽く虚空を見つめていたが、一度目を閉じると、アリスに向かってにっこりと微笑んで見せた。

「ねぇ、マム・アリス?」

楽しいイタズラを思いついた子供が、それに友達を誘うような顔だ。誘い込むような瞳だ。

そして、彼はサラっとかつての宇宙の勇士たちを驚嘆の沼に落さしめた。

「住み込みのアルバイトいらない? とびっきり働き者の」

ポプランとユリアンが目を剥く。

((なんて無謀な!!))

本日のこの二人の表情筋は、たいそう大忙しである。

つまり、アリス・ヒューバートとは、そういう女性であった。

しかし、少年は断られることなど露とも考えていない顔で、嫌味の無いところが嫌味な笑顔を浮かべている。

はたして、彼女の返事は。

「いいわよ」

あっさりとした受諾だった。

「そのかわり、コキつかうわよ?」

「覚悟してるよ」

クールな彼女にも、少年は笑みを絶やさない。

「名前を、聞いてないわね」

「俺の名前、長いんだよね。ちょっと派手で、恥ずかしいし」

不敵な笑みで、上目遣いに女を見る。

「では、坊や。なんと呼べばいいの? それくらいは教えてくれるのでしょう?」

坊やとは呼びつつも、子供扱いしてこないアリスに少年の瞳が一瞬優しく揺らいだ。

「トリスタン」

一言いって、何を考えているかわけのわからないにっこり笑みに戻る。

「・・・いい、名前じゃない」

アリスはなぜか一瞬硬直してから薄ら笑みを浮かべた。

「あ、やっぱりそう思う? お目が高いねぇ、お姐さんw でも、あんたなら「坊や」って呼んでいいよ」

「あら、ありがとう。だわね」

 

「ゆ、ユリアンくん? なんか、火花が見えるんだけど、俺様の幻覚?」

「え、ええーーっと・・・」

二人して腰が引けている。

 

そんな大の男にはお構いなしで、女子供は和やかに会話を続けている。

「でも、ココに一応フルネーム書いてくれるかしら?」

「フルネーム? 最初から最後まで?」

「そう」

「オッケ」

アリスが差し出した紙片にサラサラとペンを走らせる。本人の云う通り長い。

「はいw」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

メモを手渡されたアリスの目が半眼。

「確かに派手ね。・・・突っ込みどころ満載で」

「でしょ?」

「後で説明してくれるのよね?ゆっくり。じっくり」

妙に怖いです。アリス・ヒューバート。

「ああ。後でね」

「じゃ、今から手伝って頂戴。明日はお店を閉めてお買い物に行きましょう」

「アイアイマム!」

この元気のいいお返事と、ユリアンとポプランの「うそだろぉ・・・」という顔と、アリスのクールな笑みから、トリスタン少年のハイネセンでの新生活が始まったのでした。

 

 

――PM11:50 イゾルテ

「ぎゃうーーーー」

「お疲れ様、ね。坊や」

「まったくだよ。こちとらスプーンより重いもの持ったこと無いお坊ちゃまなのに」

11時半すぎに客が途切れたので、商売っ気の薄いアリスはさっさと店を閉めていた。

「ふふ、軟弱もの」

ちなみに、トリスタンをコレでもかというほどコキつかったのはアリスである。

「そぉいうあんたは元気ね」

「もう、10年以上やってるから。なれたわ」

「この店、前は赤毛のねーさんの店だったって客に聞いたけど・・・ルビンスキーの元愛人の?」

「そう、ドミニク・サン・ピエール。とても、お世話になったわ」

「どしたの? あの人」

「亡くなったわ。何年か前」

二人の間に沈黙が降る。妙な居心地の悪い間があって、口を開いたのはトリスタンだった。

「うん、まぁ、正直言って、安心したよ。あんたが元気そうで・・・・・・・・、エルフリーデ・フォン・コールラウシュ」

「あなたに心配してもらえるなんて、ありがとう。だわ。トリスタン・フォン・ロイエンタール」

お互いに渋い笑みだ。どうも、屈託無くとはいかない。

「笑ったわよ、この「フルネーム」」

「ああ、素敵だろ? それ。なんならヒューバートでも、フォン・コールラウシュでもつけるけど?」

「冗談じゃないわ。さぁ、説明して頂戴」

挑むような笑みで、かつてエルフリーデと名乗っていた女は紙片を実の息子に突きつける。

『トリスタン・フェリックス・Y・ミッターマイヤー・クレイマー・フォン・ロイエンタール』

「長っ!」

これはアリスでなくトリスタンの台詞だ。

「説明っていってもねぇ。フェリックスとミッターマイヤーは、養父母から貰った名前だし、フォン・ロイエンタールは実の父親だろ?」

「私が聞きたいのはこの「クレイマー」よ。なんでここにカールさんのお名前が出てくるの!?」

「・・・・・・・・、母さん、叔父貴のこと知ってた?」

なんの躊躇いもなく出された二人称に、アリスも引っかかりなく続ける。

「ええ、知ってたわ。ロイエンタールの屋敷に居座っていた時に、何度か来たもの。って、叔父貴!? 叔父貴ってなに!?」

「いや、カール・クレイマーが。カールの父親が、シュテファン・フォン・ロイエンタールなんだ。父さんの父親の、つまり俺のじーさんの息子ってことは、実の叔父だし」

「う、うそぉ・・・、だって、全然似てないし・・・」

「似て無くってもマジだし」

狼狽しまくる母親をつい、可愛いとか思ってしまって、途端に悪寒が走る。

(待て、何故この母はこんなに狼狽するのだ・・・)

「かあさん、昔叔父貴となんかあった・・・?」

「え? いいえ? ロイエンタールの屋敷にわざわざ忠告に来てくれたのよ。「あんな男殺す価値もない、構ってても時間の無駄だからほっとけ」って。私を年下の女の子だと思って心配してくれていたのね。きっと」

母親の顔がしんみりとした風情になる。

「まぁもっともその頃の私だから、鼻で笑って無視したんだけどね。今となっては申し訳ない気分よ。まったくもっておっしゃる通りだったわ」

(しかも気付いてねぇし!)

内心冷や汗をかきながら、母親に本人無自覚の淡い初恋について指摘するかどうか、結構迷った。

(・・・、つーことは、カールにもうちっとばかし甲斐性があれば、今ごろ俺はカールをお父さんと呼んで・・・・・って、うっわ怖ぇっ!)

つい想像してしまって、あまりの気色悪さに身を竦める。

(ま、いっか。本人気付いてないみたいだし・・・)

少年は、己の精神を守るほうに速攻で決意した。

「まぁ、とゆーわけで、クレイマーの名前は叔父貴が貸してくれたんだよ。家出するって時に双璧の名前名乗るわけにもいかなかったし」

「それで・・・」

「だから、一応こっちでは、トリスタン・クレイマーって・・・あ、ごめん、なんか言った?」

突然トーンを落したアリスにトリスタンが首をかしげる。

「何? 母さん」

「結局あなたは、「トリスタン」なのね?」

「うん。俺の名前としてそれ以上にふさわしいものなんかないよ。俺はミッターマイヤーの両親や、あんたたちの「悲しみ」から生まれたんだ。時代だったっていったらそれまでだよ? でも、俺の親はソレだと思わない?」

「思うわ。私が云うのもおかしな話だけど」

「灼熱の五年間と、それ以前のみんなの「トリスタン」。全部昇華したいけど、それは無理だ。けど、確実に、それまでの悲しみは、俺でとめる。絶対に。その為の、名前なんだから」

一瞬鋭すぎるほど鋭利な光がその瞳を過ぎったかと思うと、彼の目は柔らかく緩んだ。

「あ、そーいえばアリス?」

「何かしら坊や?」

「この「Y」、なんで何も聞かないの?」

「それはね、トリスタン」

待ってましたとばかりににっこりと笑う。

「聞きたくないからよ」

「うーわー、ママ超カッチョイー・・・」

抑揚の無い声でトリスタンが感心する。

「どーせ聞いたら死ぬほど後悔するような話なんでしょう? だったら聞くのは死んでからでいいわ」

「どうやったら我慢できるのか教えてほしいもんだね・・・」

そんな息子に、彼女は大人の余裕で鼻で笑った。

「簡単よ。My name is woman. あなたが目の前にいるんですもの」

「最高」

短く笑ってトリスタンはカウンターになつく。

「それに、つまり貴方の親は5人居るってことでしょ? それ以上何かあるの?」

さっぱりといわれた言葉にまた顔がにやける。

確か自分の聞いた話では、高慢でこの世の全てが自分の思うとおりになると信じて疑わない帝国貴族そのものという人だったはずだ。

そう思うと益々顔がにやける。なんていい女なんだろう。

「いや、ない」

暫くカウンターに耳を押し付けて、子供のように足をぶらつかせていたが、ポソっと呟く。

「そうだね。言いふらすことの意味なんてないよね。どーせみんなの「想い」は血になって俺の体に流れてんだから」

満面の笑みを浮かべてトリスタンが顔をあげる。

「愛してるよ、母さん」

「・・・、頬杖ついて言われてもね・・・」

「マジだよ。産んでくれて、本気で感謝してる」

「・・・当時の私にあの男に対する嫌がらせ以上のことを期待しても無駄よ?」

「自分で疚しいと思ってるんなら忘れてくれちゃっていいよ、そんなこと。俺、あんたのこと怨みに思わなくちゃいけないような人生なんて、送る気これっぽっちもないから。俺、ウチの親たちみんな好きなんだ。嫌いたくない。・・・・・・・だからさ、一緒に遊ぼう?」

「どんな?」

まんざらでもなさそうにアリスが問う、益々トリスタンは楽しそうだ。

「遊ぼう。テンション高めにさ、浮かれてダンスでもするようなさ、そんな日常、いらない?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪くないわね」

彼女は少しくすぐったそうに目を細める。

「いいわ、坊や。一緒に遊びましょう」

カウンターの中でくるりとターンしてグラスとボトルをアリスが取る。

「感謝しなさいよ、秘蔵の一品なんだからね」

笑いながら彼女は白ワインのボトルを渡した。

トリスタンが片眉を上げる。

「へぇ・・・・、あの年、宇宙の一角ではいろんなことがあったけど、別の一角で、やっぱり誰かが黙々と葡萄を育ててたんだ。なんでだろう、嬉しいな」

「ヴィンテージイヤーだったわ」

「そうなんだ・・・」

少々雑にそのボトルを冷やしながら、トリスタンはなんでもないことのように呟く。

「フェザーンには、いつか、帰るよ。堅実な帝国人の老後なんてサラサラ心配しないけど。宿題も、色々残ってるし、だけど、それは当分先で・・・先の話で・・・、そのとき、何がどうなってるかは分からないけど・・・さ、もしよかったら・・・・いや、まあいいや! そんとき話す」

煮え切らない息子を軽く冷めた目で見ながら、明日からは忙しくなりそうだとアリスは思った。

でも、きっと悪くないだろう。そう思った。

 

宇宙歴800年のワインは、そろそろ飲み頃に冷えてきたようだ。

 

 

第一部      

 

 

 

祝・第一部完結

つーか、誰が書くんだ第二部・・・畜生、長いぞ。

ちなみに、今の予定では第三部まであります。畜生、マジ長いぞ。つか、誰か代わってくれ・・・。

 

さりげなく色々間違えてます。トリスタンの年とか。

ロイが10月生まれで、トリスタンが5月生まれということをついうっかり失念していました。

トリスタンが大学に行くには誕生日で16にならないといけないんですよねw エヘw

でも、作中のトリスタンのイメージが15で固まってるので、今更訂正する気もおきません。(ヘッ)

そもそも6月1日より前にエルフリーデがイゼルローンに居られるはずもないし(書き足し)

アリスについては・・・ええ、まぁいいんです。セカンドインパクトの影響でこんなんなったんです。

どうしても受け入れられない人は、読まなかったことにしてください。

 

さて、第二部はトリスタンのわくわくスクールライフ(ラブコメかもしれない・・・)と、女主人・アリスと若いツバメ・トリスタンのラブラブ(近親相姦は期待しても無駄です)になる予定です。

これでもかといちゃつくこの馬鹿親子を誰かどうにかしてください・・・・・。

そんで、気長に待ってください。マジでお願いします。

                                    りほ


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