ガイエスブルク城物語   序

 

「オスカー」

少年が入ってきたことは気がついているだろうに、部屋の中の少年は窓枠に腰掛け外を見ている。

「行くのか?ウェンリー」

「行く」が「逝く」に聞こえたのは勿論気のせいなのだが。

「ああ」

近づいていくとようやくふり返った。

物心ついたときからすぐ傍にあったヘテロクロミアにヤンの姿が映っている。

「オスカー・・・」

片手をとられて引き寄せられる。

「行くな」

無理だとわかっていても口に出さずにいられなかった一言。

青と黒の瞳がこれまで見たこともないほど真剣に揺れている。

(自分は一体今どんな顔をしているのだろう)

15になったばかりの従弟をぼんやりと見つめながらヤンはそう思った。

(綺麗だな・・・)

場違いにも呑気にそう思っていると、何時の間にか唇が重なっていた。

相手が動いたのだろうか? それとも自分が?

解からなかった。

望んだわけではない、しかし望まなかったわけでもない。そんな不思議なひととき。

一生か一瞬かと思うような時を破ったのはヤンの方だった。

「もう・・・行くよ」

掴んだ手にロイエンタールは力を込めた。

「二度と会わないつもりか?」

鋭くきかれてヤンは静かに首を振った。

「会いたくない、これは絶対だ。いいか? ヤン・ウェンリーは15で死んだんだ。そうだろう?」

ロイエンタールの顔が泣きそうに歪む。その表情に胸を裂かれながら、ヤンはこれでいいのだ。と自分に言い聞かせる。

「わかった・・・」

強く強く捕まれていた手が、そっと外された。

 

ヤンが階段を下りていくと玄関ホールに男が待っていた。

高級娼館「仙花楼」の主、アレックス・キャゼルヌである。

「すみません、お待たせして」

「いいや、構わないよ」

答えるまなざしに微かな哀れみが交じったのは仕方の無い事だったろう。

(こんな少年までこの世界に引きずり込む羽目になるとは、なんとも因果な商売だな)

内心で臍をかみつつ、しかしキャゼルヌは少年にとってまったく救われない事実を正確に見抜いていた。

(この少年は売れる)

性別でも、容姿でもなくこの少年には惹きつける何かがある。

「もういいのかい? ウェンリー君」

名前を読んだ瞬間それまで恐ろしいほど凪いでいた瞳に小波がともる。

傷ついたような顔になって小さい声でヤンが問うた。

「その名前を・・・捨てても構いませんか?」

いままで、全てを諦めたような。どこか浮世離れした雰囲気を漂わせていた少年の、氷の刃のような台詞をキャゼルヌはどこか自然に受け止めていた。

(心は変えるから、形も変えてくれ。ということか・・・)

「そうだな・・・蒼月・・・というのはどうだろう?」

この少年は澄みきった水と涼やかな夜気を同時に感じさせる。夜を煌々と照らす冷たい月という単語が口をついてでた。

「・・・そう・・げつ・・」

少年は自分に与えられた名をぼんやりとなぞった。

 

門の手前でヤンは屋敷を振り仰いだ。

病弱だった母は五つの時に死亡しているし、十の時に死んだ父も国から国へと渡る商人だったため、生まれてからのほとんどをこの母の姉の婚家で過ごしたのだ。

(伯父さんがああなったのはレオノラ伯母さんが死んでからだったかな?)

自分を売り飛ばした張本人である男を、どこか呆れ調子で思う。

事実彼に対する恨みは希薄だった。辛いのはロイエンタールから離れること。

しかしヤンは自分にこれ以上ロイエンタールのそばにあることを許さなかった。惚れている男の前でそれをおくびにも出さず、平気な顔で一人の人間として当たり前の生を生きるのは更に辛い。

自分はそれに耐えられるほど強くは無い。その事実をヤンは素直に受け入れていた。

勿論男に抱かれるなど不愉快極まりない。しかし、生まれた時から当たり前に傍にいた相手と離れるとは、容易なことではない。第一想像もつかなかった。

だから、消えてしまえばいい。それが・・・・・。

屋敷の窓の一つからロイエンタールが見下ろしていることに気付きヤンは少し微笑んだ。

『愛しているよ、オスカー・フォン・ロイエンタール。子供の時からずっと。此処でお別れみたいだけど、お前の事だけは一生忘れるつもりは無いし、一生愛してる。離れ離れになる事でお前を自由に思うことができる。とか云ったらお前は怒るんだろうな・・・』

自嘲気味に笑って屋敷に背を向ける。けぶるような秋の空は・・・確かに青かった。

 

「あの・・・馬鹿が」

ヤンが背を向けたところでロイエンタールも目をそむけた。

「お前が二度と会いたくないというのなら、俺もそれに付き合う。ただ、この先一生会う事が無くとも・・・・俺はお前の・・・・・」

(身内? 味方? 仲間?・・・どれもしっくりこない・・・)

どう定義していいか解らず、音高く舌打ちをする。

ロイエンタールはそれが恋愛感情である事を知らない。

おそらくこの世に恋愛というものがあることすら正しく理解していないのだろう。

その彼が唯一愛情を注ぐことが出来た相手、ヤン・ウェンリーが離れた事は双方にとって喜ばしくない出来事であり、その後、彼らにかかわる第三者たちを大小の不幸にあわせることになるのだが・・・。

 

二人が図らずも再会するのは12年後。彼らは27になっていた。




フ、フ、フ、懐かしいです。これは私が生まれてはじめて考えた銀英パロです。
そのころまだしも純真だった私は同人を書く、などとこれっぽっちも考えなかったので、書けそうな友達に書いてくれと押し付けました。あの頃は楽しかった・・・。
そう、あのころはよかった・・・まさか自分がHP作って泥沼に嵌るなんてこれっぽっちも思ってなかったから!!!

そう、これはとてつもなく古い話なのです。
どこにその証左があるかというと、
なにしろオリキャラが一人しかでてこない!!!←自慢になりません
あ、しまった、ロベじーちゃんがいる・・・じゃ、二人。りほ的には脅威の数字です。

ええ、でてきますよラストのあたりで。
一言でいうと、フリードリヒ四世のような男です。
というわけで、わたしにしては短い話になる予定です。某眠らないとか意外に長くなったきっととか、長すぎて書く気が起こらないそしてきみに・・・とかよりは全然短い予定です。あくまでも予定です。
末永くお待ちくださいませ。←妙な日本語
ええ、ものすごく広い心で「ガイエスブルク城物語?てかガイエスブルクって単語既に城はいってんじゃん」とかいう寒い突っ込みはナシな方向で・・・お、おねがいします。



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