眠らない街の緑紅金緑石   ―――『両瞳』

 

扉を開けるのは、うすく開いた深い藍色の瞳と、つや消しの黒革の眼帯。

(ほぅ、これはこれは。半神・・・デミゴッド、か?)

 

 

「アルバ、結婚することにしたわ」

「どちらに降嫁を? はて、姫様のご婚儀の噂など聞いておりませなんだが」

「じじい、言葉遣い」

「姫様に見合う年のころの子供など、どの家におりましたかな」

「まだダメ」

「こいつぁ失礼を。しっかし急に云われるとこっちだって驚くんですよ」

アルバはグラスを磨きながら顔をしかめた。うっかり分家口調になってしまったが、グラスを落とさなかっただけ褒めてほしいものだ。

「街の人間じゃないの。外の人間よ。子供を産んでほしいといわれたの」

「・・・・・・・・・どこの変態ですか?」

「そうね。変わった人よ。年は結構上ね。50前後だと思うの」

「俺とそぅかわりゃあしませんね。やっぱり変態だと思うんですが」

「仕方ないかもよ。あなたの子供を街に寄越せ。って、貰いに行った時だったから」

「どこの子供攫いにいったんです、姫様」

「オスカーよ。だってあの子はウェンリーが欲しいと云った子だもの。ヤン家が伴侶に望んだのだもの。さっさとウチの子にすればいいでしょう?」

「サラっとおそろしい思考でどこ突っ込んでるんですかい、お嬢! やー、ヤン家の伴侶ってそーゆーモンだけど。ああ、カトリーヌ様の時もほぼ誘拐でしたね。うん」

「すぐ攻めた方がいいかと思って。そんで色よい返事をもらえたんだけれど、一人息子だからもう一人欲しいっていわれて」

「それを、14のお嬢に云う50歳ってマジでアウトだと思うんですが・・・わざわざ結婚なんて、好みのタイプだったんですかい?」

「んーー、それがね。ねえ、アルバ。聞いてくれるかしら?」

「何か引っかかることでも?」

「なんかね、子供産んで欲しい。って云われたとき、めっちゃボロ儲けできそうな気がしたの」

「ボロもうけ・・・って、アンタ」

「なんか、濡れ手で粟、カモがネギ背負って鍋持参レベルで、とんでもなくお得な気がしたの」

「ならいいんじゃないですかい? つまりそりゃあ、そうなんでしょうよ」

「ヤン家の力は、恋愛特化じゃないの? 伴侶以外にも発揮されるの?」

「んな細かいことはどうでもよくて、お嬢がそう思ったのなら、それが正解なんですよ。遠慮なく子供もうけりゃあいいんです。結果がでるのが、10年後か100年後か、1000年後かは知りませんがね。大儲けなんでしょうよ」

「私はヤン家なの? 自信がないのよ。なんで私はヤンを名乗らせてもらえなかったの? なんで私はママ・エリーゼに預けられたの? 何故死んだ父さんは、私を宇宙に連れて行ってくれなかったの? ねえ、ヘル・クレイマー?」

必死に云われたアルバのほうは、本当に不思議そうな顔になったが、ハッと気づいて頭をかきむしった。

「ああ、お嬢は子供だったんですね。子供ってのは、そーゆーもんなんですね」

「どーゆー意味よっ」

「・・・大人は、自分が当たり前だと思ってることは、子供に説明しないんですよ。気づかないんです。自分が子供だった時のことは、都合よく忘れてますからね。大人なら、疑問に思って調べて理解できる。何を調べればいいかわかる。知ってる人間にききゃあいい。子供にはそんなことわかるわけないってのに・・・」

「つまり、アルバは聞いたら教えてくれるの?」

「ええ教えますよ。でねぇとはじまらねぇ・・・」

いまのやり取りで一気に老け込んだアルバは、やれやれと仕切りなおす。

まず、大前提。

「本家の祖先は、人じゃない。神だ。もしくは、それに近い何かだ。それは、わかりますね?」

「えっ!? そっから!?」

とてもまともじゃない大前提だが、レティシアにはそれこそ当たり前だった。

誰にも教えられてないが、息をするように知っている。遙か遠き歴史の暁闇から覗く「瞳」を。

「そんでお嬢は先祖がえりだ。そこまではいいですね?」

「これでしょ?」

レティシアは自分の純白の髪をつんつんとひっぱる。ついでに眼帯もこつこつ。

「そうです。お嬢は目が見えてるだけ白姫さまよりマシでよかった」

「白姫様は、伝承ではサラサラストレートなのに・・・私もそっちがよかった」

雨の日とか寝起きとかは、ほんとうに大変なのだ。この鬣のくるくるの髪は。短くするとアホみたいになるので、切ることもできない。

「先祖がえり。加護持ちともいう。お嬢ほど白い髪は何代かに一人ですが」

「どこがどう加護なのか、サッパリわかんないけどね」

「それはお嬢がヤン家だから云えることです。人ならざるものの加護は、人の身には耐えられない。心か、体が。もしくはその両方が。大殿が畏れたのはそれだ」

「父さんが?」

「ンで、うちのバアさんに預けるのが一番姫様が生き残る可能性が高いと賭けたんでしょうね。紅珠殿下がご存命なら、二人で手元で育てたでしょうが。けれど、長男のタイロン様より年下の奥方を亡くされた大殿がまっさきに考えたのは、老いた自分の身と、残されるだろう幼い次男と長女だった。それは間違いない」

アルバは、喉の渇きを覚えて、酒と一瞬迷ったが水を用意した。

「ルー坊はあれはどうやってもヤン家当主だ。それ以外になりようがない。自分が死んでも生き残れる当主にそだてりゃあいい。けど、お嬢は加護持ちだ。何が理由で死ぬかわからない。だから、宇宙よりは本家で育てたほうがいい。んで、うちのバアさんのクレイマー家は分家の中でも古い方で、最盛期には分家筆頭もやってたんですが、なぜか、分家の中でも加護持ちが生まれやすい家でしてね。バアさんも軽い加護持ちだ。ご存知でしたっけ?」

「え、そうなの? ええっと、もしかして「手」」

「ええ。本当に弱い加護なんです。撫でた相手がちょっと安心するくらいの。そんだけなんです。それだけでも、ウチのバアさんは、心がファンタジー世界に住んでる。本当に、本家生まれでない加護持ちは・・・生きられない」

「まって、エリーゼとアルバの息子さんて」

「ええ、もう30年は前の話ですが、うちの息子も加護持ちでした。2年、生きられませんでしたな」

「っ」

「たったそれだけの経験でも、ウチのバアさんと・・・ついでに俺が、当代では一番加護持ちに慣れてるんです。バアさんなら加護が揺らいでりゃすぐ気づく。「手」で落ち着かせることもできる。俺だってバアさんが預った子なら相談されりゃあなんだって聞いてやりたくなる。大殿が望んだのは、そういう「縁」だ。そのための「クレイマー」の名前です、お嬢」

「じゃあ、私は、ヤン、なの? ヤン家なの?」

「当たり前ですよ。少なくとも、大人にとってはそれが当たり前です。他の分家連中に、ヤン家でない扱いをされたことはないはずだ。「姫様」。アンタは尊い我らの主家ですよ」

じんわりとしたアルバの笑みが、レティシアの胸に染み入る。

「お嬢はヤン・レイシャだ。そう名付けられ、その名でこの世界と夢幻の祝福を受けている。レティシア・クレイマーの名は、加護が効きすぎないまじないみたいなモンだ。そもそも、クレイマー家の養子になってるわけでもない」

レティシアにはザクロジュースを出した。彼女は赤い飲食物が好きなのだ。

「無くなった大殿が教えられないなら、俺が教えやすよ。アンタはヤン家の姫なんだ。ヤン家の血の望むままに動けばいい。きっと素晴らしくヤン家な子供が生まれますよ?」

レティシアの肩から、みるからに強張りが解けていく。ちくしょうめ。こんなことでいいなら、いくらでもいってやったのに。こんな簡単な・・・

と、思うと、レティシアがジュースを飲み干して明らかに度数の高い酒をねだりながら甘えてくる。どーぞどーぞ、クレイマーを甘やかすのは、クレイマーの特権だ。

「アベルって、ママ・エリーゼとなんで別居してるの? 息子さんが理由なの?」

「いいえ、別にたいした理由じゃありませんや。ただ、息子が死んだときに、家族ごっこはもういいかな、と思ったんです。息子の加護相手にするのは大変でした。ほとんど目が離せなくて、二人じゃあ寝る時間もないほどでした。周りの人間がいなけりゃ俺らが先に死んでたでしょう。が、俺ら以外が側にいると、息子の加護が揺らぎやすくて。毎日バアさんと大騒ぎして、二人で息子の寝顔みて笑って、調子がいい時は息子も三人で笑って」

レティシアが見たことのない穏やかな顔で、アルバは微笑む。

「毎日、そりゃあ大変でしたが、なんでか毎日二人でニコニコ笑ってましたよ。大変でしたが、息子は愛しかったし、可愛かったし、大変な分毎日楽しかった。五歳あたりまで生きられりゃあ、加護は自分で制御できるようになるそうですが、そんな先のことはまったく考えられないまま、失った時は、何もかもを失った気分でした。貯金もなくなってましたしね。すっかり腑抜けになった俺の横で、気がつけば、バアさんがちょこんとすわってたんです」

辛い話のはずなのに、アルバの瞳に浮かぶのは愛しげな色だった。

「そん時しみじみと思ったんです。ああ、俺ぁこの女の考えてること、全っ然わかんねぇよなぁ。って」

「え?」

あれ? なんかおかしくない?

「いや、あってます。俺の顔見て、息子が生きていたときと同じように、ニコニコ笑うんです。一回だってわかった時なんかなかった。元々俺がバアさんに惚れて、頭下げて頼み込んで結婚してもらったんです。そん時も、ニコニコ笑って頷いてくれただけで。なんでOKしてくれたんだかわからねぇ。嫌われちゃいなかったが、そんな好かれてたわけでもなかった・・・はずなんですよ」

「確かに、元々、エリーゼってふわふわしてて、心もふわふわしてるし、喋らないものね。でも、抱きしめられると、あったかいわ」

「ええ。ありゃあ幸せな気持ちになれますね」

そう、エリーゼは心が夢の世界に住んでいる人だ。ぶっちゃけ半分以上正気ではない。ただ、優しい。温かい。

レティシアは、膝に乗せて頭を撫でてくれる白髪交じりのエリーゼの笑顔を思い出す。

にこにこ笑って、幼いレティシアにへたくそなお花模様を刺繍した眼帯をつけてくれた。

あれは三つくらいの時だっただろうか? 母を亡くしたばかりのレティシアは、そりゃあ嬉しかった。あれからずっと、夜寝るときも、眼帯をつけている。コレクションも沢山増えたが、あのお花模様のやつは、今でも宝石箱に大事に入れてある。

久しぶりに会いたくなった。次はエリーゼに結婚の報告に行こう。

分かってくれるかはわからないけれど、にこにこ笑ってくれることは間違いない。

「そういえば、アルバがエリーゼのこと、バアさんバアさんいうから、二人は夫婦じゃなくて親子だと思ってた。結構最近まで」

「ひ、ひでぇ。いくらあいつのが年上ったってそこまで離れてませんや」

茶化したレティシアに、アルバは今度こそはっきりと苦笑した。

「バアさんにじっくり向き合いたかったんです。バアさんの声なき声を聞きたかったし、隣にいたんじゃよく見えない笑顔がみたかった。フェザーンからハイネセンまで離れて、やっとそれが見えてきた。そんな気がするんですよ」

「わからないわ。はなれて暮らすのは淋しくないの?」

「淋しいってのがどんなのかよくわかりませんやね。側にいれば愛しいと思うし、抱きしめたいと思います。けれどね、そばにいたんじゃあの人の声が上手く聞こえねーんですよ。俺があの人に云いたい言葉が多すぎて、彼女の言葉が、聞こえないんです」

妻をあの人と呼ぶアルバの声が、あまりにもエリーゼへの愛に溢れていて、レティシアは赤面する。実は不仲で別居していると思っていたからでは断じてない。

「バアさん、声がでないわけじゃないんですよ。知ってましたか?」

「えっ。でも、きいたことない」

エリーゼは声がでないと思っていた。けれど、手話とかも見たことはないし、困ったことも・・・ない。

「ああ、エリーゼには、言葉は必要なかったのね」

いつも日向ぼっこしてにこにこしているようで、けれど、彼女には沢山のことを教わったと思う。注意は手を握られて、「メッ」て顔されるだけで納得したのだ。何を喋る必要があったのか。頭を撫でられるだけで、抱きしめられるだけで、「愛してる」が伝わったのだ。彼女は、言葉よりも雄弁だ。

「あのバアさんは淋しくなったら伝えてきますし、会いたくなったら会いにきます。俺も行きます。俺らにはこの距離が、愛があったまる距離なんでしょうよ」

自慢顔で見せびらかすのは。

「バアさんがたまに手紙かいてくれるんですよ。中身は夢の世界ですけど、この「手」だって加護の手ですよ。これかいてもらえるのは俺だけ。ってね」

「ずるい。私手紙貰ったことない」

やわらかくて、美しい字だ。初めて見るが、そうか、こんな字なのか。宛名がにっこりマークで、差出人がお花だけど。中身が「今日は、お花が綺麗です」だけど。

なるほど。羨ましい。

側にいることが夫婦じゃないんだな。

いや、ちょっと違うか。夫婦とか家族とかのくくりじゃなくて、

大切な人を、特別に扱って、大事にしてるんだな。

素敵な関係だ。

 

 

ガコン

そんな重い音がするはずのないフェザーン別邸の応接室の扉。

両開きの扉が開いたとき、シュテファン・フォン・ロイエンタールは不思議な圧力を身体にうけた。

海千山千化物三昧のフェザーン商人との繋がりもある事業家である彼は、しかし、目を細めてそれを受け止める。

そのプレッシャーを、どういえばいいか。

剣であれば凡百のそれではなく、カラドボルグ。槍ならグングニル。弓なら?の弓だろうか? 彼は英雄や幻獣や乙女のでてくる神話を好んでいた。

美しく妖しい藍の瞳と、美しく不気味な眼帯が、目どころか心臓まで飛び込んできた。

当たり前のように少女の姿をしているが「これ」は・・・人ではないな。

「くっ、・・・はっ、は、は、・・・はっ!」

ヴァルハラの門が開いたわけではない、な。ティル・ナ・ノーグが扉を開けてやってきた。

ノーム、ホビット、フェアリー、そんなものが住む「世界」がやってきたようだ。

シュテファンは幼いころから、人ならざるものの物語を好んだ。オーディン、ロキ、フレイヤ、そんな神々の物語も、帝国では入手しにくい様々な神々の物語、アポロン、シヴァ、神農、様々な。チェンジリング、ドッペルゲンガー、吸血鬼。なんでもいい。

淀んだ社会。貴族の義務。うんざりする日常。奴隷の如き幸福を享受する平民。

なにもかもがくだらない。

くだらないと、思っていた。

下級貴族にしては莫大な財産、悪くもない容姿、若く美しい妻、そんなもの、どうでもよかった。

荒唐無稽な物語が、あまりにもありえないからこそ、わずかに好ましかった。

(荒唐無稽・・・だと、思っていたのだが、な)

今、目の前に、 そのもの が、ある。

これが、哂わずにいられようか?

つまらない、当たり前の、ありきたりの人生だと思っていたのに。

(これが、半神というものか・・・)

「何か用かね、お嬢さん」

「オスカー・フォン・ロイエンタールを。あなたの息子をもらいにきたわ」

愛らしい少女の姿をしたその白い神の子は、人ではない声音でそういった。

 

(ほぅ・・・)

シュテファンは片眉をあげ、彼女を見返した。

人形のように美しく、人形のように無反応な、左右色目違いの息子は、物語のキャストのようで少しだけ気に入っていた。

貴族らしく腺病質な妻がその息子を見て、狂死したことはどうでもよかった。

彼女を置物のようにみる自分が、妻の精神を追い詰めた一因だろうとは思っていたが、気にしてはいなかった。

「オスカーは、あの子はウチの、ヤン家の伴侶になったわ。一族に迎え入れたいの」

(ほぅほぅ、なった、とな)

シュテファンが好む物語なら、元から定められた運命の相手と巡り合った。となるところだろうが、まぁそこは現実らしく、思い通りにはならないのだろう。残念だ。

が、一族か。貴族社会に因らない一族なのだろう。面白い。わくわくしてきた。

この宇宙時代に、お伽話のように、不思議な一族があってもいいじゃないか。

自分の人生に、こんな不思議な物語のようなことが訪れるとは思わなかった。

(半神の一族、いや、目の前の少女が)

「わかった。ならば、彼は君の一族にあげよう。けれど」

跡取りなど、どうでもよかった。けれど、わざわざ彼女が訪なったということは、交渉の余地があるのだろう?

「彼は一人息子だからね。君が、息子をもう一人産んでくれないかな?」

「私・・・が?」

その反応は、拒絶ではなかった。内心驚く。

「・・・別に構わないわ。今?」

「それは流石にはやすぎる。今いくつだい、お嬢さん」

「年は14」

「私も先があまりあるわけではない。17になったらまたおいで」

(見たい、見たいな。私と彼女の血を混ぜると、何ガ産まれてくるカ)

正気か、狂気か、狂気などどうでもいい。正気もだ。ただ、何が起こるか、見たくてたまらない。

「わかった。またくるわね」

「契約成立だ。改めて、私の名はシュテファン・フォン・ロイエンタール。お嬢さんは?」「レティ・・・いいえ、ヤン・レイシャ。レイシャが云いにくかったらレティシアでいいわ」

「了解した。では、契約成立の証に、その右目でも見せてもらおうか?」

(・・・あれ?)

それまで恬淡としていた彼女の顔が、見事に硬直した。

(こんなに、目立つ眼帯をしてるのに、それを、突っ込まれたことがない?)

だが、シュテファンは既に楽しくなっていた。悪魔との取引っぽいじゃないか。

「子供を渡す覚悟が、私に全裸をさらす覚悟があって、その目をさらす覚悟が、ない、のかな?」

耳元に口をよせささやくが、過去最高に悪い笑みを浮かべている自覚があった。楽しい。

ろくでもないおっさんであるシュテファンは、別に少女の眼帯の中身など興味はなかったが、これはなんか神秘が隠されてるのだと、わくわくした。ろくでもない。

(見たい。是非とも見たい。・・・待ってもいいんだが)

「レイシャ?」

促がすように甘い声で名を呼べば、白の少女の表情から「色」が抜けた。

その時、まだしも今まではヒトらしかったのだと気づく。

そして、これが、今が、本物の「ヤン・レイシャ」だ。

これが、人ならざる本性・・・。

最上級の人形のように、すべらかな頬に彼女は薄く笑みを浮かべ、

「あなたが「ヤン家の伴侶」かは、わたしにはわからない。けれど、あなたは「私の夫」だと認めましょう」

陶磁器人形のような白い指で眼帯に手をかけ、なまめかしい仕草で右目にかかる髪をかきあげる。現れたのは、彼の想像とはまったく違った・・・。

「・・・・・・・っ」

震えながら、手を伸ばす。息を呑み、そして、低く笑い出す。

「クッ、ハ・・・っ、美しい、な。君は、美しい」

想像とは違う。けれど、美しい。彼女の右目を覗き込む体制のまま、嗚咽のように哄笑した。

「は、なるほど」

気が済むまで笑うと、彼女を腕の中に閉じ込めた。

「君の一族のことはわからないが、君は私の伴侶だ。全てを受け入れよう、私の「妖精」。君の望みは、全てかなえよう」

シュテファンは暗く愉悦を含んだ笑みを浮かべる。面白い。

腕の中におさまった「レイシャ」は、それを見ることはなかった。

 

 


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