眠らない街の終らない夢 第四話
 
葉月:ねぇ、あいつら何時帰ってくるわけ?
いかにも不満げな男の発言が日本語で映し出される。暫く間を置いて呆れたような返答が二つ帰ってきた。
水無月:お前、今月に入って何回目だ?その台詞。
長月:いい加減にしてもらいたいもんだね。心配しなくても帰ってくるだろうに・・・。
 
さて、突然だが商都フェザーンには複雑怪奇な情報網が二つある。
一つは有名な暗黒のネットワーク、「地下茎の会」の情報網。もう一つが、今彼らがいる電脳世界における情報の集約「学府」である。
学府は、その名前からもわかるように一種の非公式な修学機関でもある。
学府の教える技術は非常に多岐にわたっており、簡単にいうとただ一つとなる。「生き残る事」だ。
此処にアクセスしてくる人間は次の三通り。
一つ目は「生徒」。彼らは暇な時にやってきて、「下校時刻」を入力すると学府が創り上げた仮装現実世界において教官たちが与える課題をこなす。この課題のシビアさは毎年卒業生が一人ないしは二人という事実が明確に示している。蛇足だが、この生徒は放校になる事はない。卒業するか、自主退学かだ。その点においてもこのプログラムのきつさがわかろうというものだ。
二つ目は「教官」。彼らは卒業生の中から前任の教官に適当に指名される(適当に、本当に適当に)。彼らは己が定めた時間にやってきて、適当に生徒をからかう。まぁ、課題を与えるとかアドバイスをする・・・とか云う言い方もあったはずだが、実情に一番しっくり来るのはこの言葉であろう。
三つ目が「卒業生」上の三人もこれだ。彼らはそれこそ気が向いたときにやってきて、学府のシステムで遊んでいったり(卒業生にとっては学府の精神崩壊起しかけるプログラムもエキサイティングなRPGである)、情報を引き出したりしている。まぁ、引き出すといっても実力でハックするしかないのだが・・・。その他学府のシステムの使用も同様で、自力で部屋のドアをぶち壊したり、部屋を作るしかない。但し、中に一度入ってしまえば何処よりも秘密厳守だ。
ちなみに、新入生が入学したい時は卒業生の推薦が必要である。
上記の三人の世代が創り上げた同期卒業生7人の記録は未だ何人にも破られていない。
 
此処、「喫茶・暦」は歴代の卒業生の中でも群を抜いていた彼らが在学中に創り上げたチャットルームである。
水無月:確かにねぇ・・・如月と霜月と文月は大人しく帰ってくると思うけど・・・睦月がねえ
葉月:ほら、やっぱりお前さんだって信用してないじゃないのよ。
長月:如月が・・・引っ張って来れないかな?
今現在、このチャットルームに来れる人間は14人。半数がこの街にいない。
葉月:いっやー?結局如月は睦月には逆らえないだろう?
別に心配しなくても誰も入り込めないし、聞かれても困るような会話はしていないのに彼らはこの隠語を使う。小学生の特撮ごっこの延長と理解していただければいいだろう。
水無月:睦月と如月はハイネセン。文月と霜月はオーディン。神無月さんと卯月さんが宇宙。
葉月:そして師走が生死不明・・・だろ?
水無月:行方不明だ!間違えるな!
長月:相変わらず、みーちゃんはあの「血まみれの手」のことになると顔色変わるんだから・・・。
水無月:・・・・・・・・・
葉月:一々沈黙まで入れんでいいでしょうが。
店主:皐月、今日は何にする?
皐月:なんだったら、私が発破かけてきましょうか?
水無月:やあ、皐月。久しぶり。
葉月:皐月・・・珍しいな、お前が来るなんて。
長月:わざわざ君が行くのかい?
皐月:あのバカにはそっちの方が解りやすいでしょ?どうせ今頃うだうだ考え込んでるに決まってるんだから。
水無月:そういえば、この間文月を街で見たような気がするんだけど気のせいかい?帰ってきたという話は聞かないけど。
皐月:あ、ああ。仕事の都合でフェザーンまで来たからちょっと寄っただけだって。一泊して帰ったわ。
皐月:ほら、あの子今金髪の坊やの副官なんてやってるでしょう?忙しいらしくて・・・。
長月:皆速く帰ってくればいいのに。
葉月:まったくだな。
水無月:まったくだね。
皐月:まったくよね。
皐月:んじゃさっそくいってくるわ、ハイネセンまで。何か、睦月に云いたい事あるやつは私に言ってね。
店主:皐月、またどうぞ。
水無月:って、早!
葉月:んじゃ、俺もそろそろ戻るかな・・・とっとと、仕上げないと。あいつらが帰ってくる前に間に合わん。
長月:どうせはじめっから心配してないんじゃないか!一々煩いんだよ、お前は。
葉月:・・・・・そういや、皐月仕事は・・・・・?
水無月:さぼりじゃないか?
長月:サボりだね。
 
「ふふん、ここねぇ・・・」
ヤン艦隊の生き残りが押し込められているホテルを彼女は豊かな黒髪を揺らし一瞥した。
「失礼、私フェザーン地下茎の会・会主の藤波と申しますけど、ヤン・ウェンリーがこちらにいると聞いてやってまいりましたの」
にっこりと微笑まれた同盟政府からのヤンの監視役たちが眼を白黒させる。彼らの頭には今彼女が滑らかに云った肩書きなど入っていなかった。
同盟、帝国、フェザーンにおいて彼女より知名度の高い人間など居るであろうか?
フェザーン最高の歌姫が混じりけのない燃えるようなグリーンアイズを輝かせて立っていた。
 
「あ、あの。お茶どうぞ」
フレデリカ・グリーンヒルが(ユリアンの淹れた)お茶をおずおずと差し出す。
「えーと・・ですね。いま、ヤン提督はキャゼルヌ少将と話しているのでもう少し待っていただけますか?」
「ええ、勿論。何の予告も無く来たのはこちらなのですから」
アッテンボローの戸惑いを含んだ応対に(猫を3匹ほど被った)上品な笑顔で答える。その戸惑いはその場にいた全員共通のものでそれを打ち消すべく、シェーンコップが口を開いた。
「失礼だが、受付の者に「地下茎の会会主」だと名乗ったそうだが、こちらの記憶違いでなければ貴方は確か・・」
「ええ。副業で歌手なんてモノもやっております」
彼女がどのくらい有名かと言うと、自他供に認める堅物のムライがシングルを初めから諳んじる事ができるくらい。である。
「私にお客さんだって聞いたんだけど・・・」
頭を掻きながら続きの部屋から出てきたヤンが軽く眼を見張る。器用に片眉だけあげて最早彼以外使われなくなった二人称でその名を呼ぶ。
「まぁちゃん」
「ほほほ、お久しぶりね。その声としぐさで男を誑かすしか能が無いと思ったら、何でかしらないけど同盟軍史上最年少の元帥なんかになってたりする、はとこ殿」
とげとげとげ
「ははは、いやだな。自分に出来なかったからといってひがまないでくれないかな?私と同い年のくせに半分近くも年サバよんで全宇宙一の人気を誇るアイドル歌手(死語)なんかやってやがる親愛なる幼馴染殿」
いがいがいが
「何よ、全宇宙一の歌い手は私じゃないってフェザーン中が知ってるのに。嫌味云わないでよ」
なんだかよく解らないが初っ端からとんでもない台詞の応酬に、その場にいたキャゼルヌ、シェーンコップ、ムライ、アッテンボロー、フィッシャー、メルカッツ、リンツ、ポプラン、コーネフ、フレデリカ、ユリアンの元イゼルローン党の面々はとりあえず面食らうしかなかった。
「ああ、ご免ね皆。こちら、私の幼馴染ではとこの柏真沙輝。君たちにはフェザーンのマサキといったほうがわかりやすいかな?」
他人の前で身内の醜態をさらすこともなかったかな?などと考えながらも実はやっぱり面白がっているだけのヤンが照れ笑いをしながら幕僚たちに紹介した。
「ええ、初めまして。マサキです。いつもウェンリーがお世話になっていますようで。よろしければ、藤波と呼んで下さい。知人にはそっちの方が馴染みは深いので」
少し首をかしげて邪気無く微笑む姿は、10代の少女にしか見えない。
ただ・・・云われてみればその余裕のある態度は、社会的地位の高い円熟した女性のそれに近い。
「あ、藤波って・・・たしか、ユキちゃんとトキの・・・」
「ええ、そう。美時と真雪もお世話になっているようで・・・」
「いえ、マユキ君には何度も助けられました」
この間のバーミリオンの時に本当に命を助けられたイワン・コーネフがいう。
「あら?その、美時と真雪は何処よ。もしかして、宙港直で行ったの?困ったな」
「いや?確か、一度顔見せてから行くって聞いたけど?」
珍しく本当に困った顔で云ったはとこに自分の持ちうる限りの情報でヤンが訂正を入れる。
「あ、そうなの。よかった。船のチケット勝手にキャンセルしてきたから」
そこに、音高いドアの開放音と共に少年と少女の疑問の怒鳴り声が上がる。
「何で!?」×2
少女の方の疑問は「何故藤波が此処にいるのか?」少年の方の疑問は「何故勝手にキャンセルなどするのか?」で、微妙に違っているのだが、それに対する養い親の返答は一つだった。
「迎えに来たわよ。ありがたく思いなさい」
そして、新緑の瞳に剣呑な色を輝かせはとこに向き直る。
「本当は一緒に引っ張って帰りたかったんだけど、あんたはあの金髪の坊やに同行するんでしょ?」
「うん、そうみたいだよ。でも・・・」
遷都祝いの式典といってはいるが、彼の黄金の獅子の皇帝即位の式典になるだろうことは周知の事実だった。
云いにくそうに、それでもまっすぐにヤンが親友といってもよい幼馴染に向かう。
「帰っていいのかな?」
真沙輝は口の中でぶつぶつと数語呟くと思いっきりその横っ面を張り飛ばした。その数語が「500ディナールは貰ったわよ、羽鳥」であったことは本人以外知るすべは無い。
「藤ねえ!グーで殴るかグーで!」
「しかも親指握りこんで!」
真雪と美時が険しい表情で真沙輝を咎め、周りにいた人間もとっさに真沙輝を睨むが、それ以上に険しい表情でヤンを睨んだのが真沙輝であった。
「あんた、わざと私に殴らせたわね」
「だって、まぁちゃん怒ってただろう?それにまぁちゃんたちに殴られるようなことしたって自覚はあるし」
「ふん、ナニをしおらしく・・・・。でもそうね、今のですっきりしたわ。有り難う。でも、これとそれとは話が別よ。怒ってるのは私だけじゃないわ」
おもむろに、持ってきた鞄をひっくり返す。たちまち鞄の中身がヤンの前に山となって現れる。全て手紙だった。
「一応、直接の知り合いからに限定させてもらったわ」
「うーわー、呪いメール・・・」
「月下街の怒りを思い知りなさい」
苦笑しながら、ヤンがその中の一通を何気なく開く。細かく整った字が並んでいた。
『帰りたくなくとも帰ってきて貰おう。君を必要としているのは君の艦隊の人間だけではない。
                                 フェリシア・九条』
「お・・・・怒ってるねぇ」
つい笑顔が引きつる。ヤンは友人の結婚式を軽く3つは行かなかった事を思い知らされていた。
一つ一つ丹念に見ていく。どれもそう長い文章ではないが、皆直筆で胸を突いてくる。
「当たり前よ。あんたは、自分が街を出て行ったときのいきさつでみんなが怒っているのだと思いたいようだけど、みーんな、ウェンリーが帰ってこないことに怒ってるんだからね!」
ヤンの座っている椅子の肘に腰掛けて怒りを隠しもせず、言い放つ。
「はいはい」
と、その手が一通の手紙で止まる。僅か一文の文章だが、眉を顰めて何度も何度も目を往復させる。
「ちょっと聞いてるの?」
それに注意が行き過ぎて同やらニ、三語聞き逃したらしい。それでも、まだ手紙に注目しているので生返事のままだ。
「はいはい」
「なによ、そーゆー態度とるわけ?だったら、ウェンの幕僚さんたちにあんたの大馬鹿な思いでばらすわよ?」
「あったっけ?そんなもの」
プチ
相変わらず、手紙から目を逸らさないヤンの生返事に真沙輝の血管が一本切れる。
「ウェンリーの過去の暴露話聞きたい人手ぇあげてぇ!」
きれた真沙輝が極上の笑顔と共に半トーン高い声でヤン艦隊の面々に向き直る。
その場にいた全員の手がさも当然のように上がった。
「時も雪も知らない話よ。聞きなさい」
指でクイクイと一同を円形に集める。蝋燭の明かりが真沙輝の顔を縁取る。(一体何時電気が消えた?そして、その中で何故ヤン・ウェンリーは手紙を読んでいる?)
「そう・・・あれは、私が13の時の10月25日だったわ」
ヤンの手から便箋が渇いた音を立てて落ちる。彼には幼馴染がナニを云わんとしているのか。悲しい事に瞬時に理解できてしまった。
「え?パパの誕生日は10月の26日だったよねぇ」
「ま・・・真沙輝さん?」
査問会の時でも此処まで緊張しなかったことは確実なヤンを真沙輝は無視した。
「そう、私たち三人の中であの男が一番誕生日遅いのは知ってるわね。その時、ウェンリーはまだ誕生日プレゼントを決めてなかったの」
真っ青になってこっそり逃げ出そうとしたヤンの襟首を真沙輝がすかさず掴んだ。
「アホ抜かせ!誰が逃がすか」
『うーーーー、むーーーー、ぐーーーー』
『なーによ、まだ決めてなかったのぉ?明日よ?』
『だって、どうせなら喜んで欲しいじゃないか』
『あいつはあんたが贈るものならなんだって喜ぶと思うけど』
「まぁ、そこでね?私も餓鬼だったから?かるーい気持ちで言ったわけよ。海よりも深く後悔したけど」
焦らすでもなく言葉を切った真沙輝だが、他人にとっては焦らしに他ならない。全員が申し合わせたようにいっせいに身を乗り出す。ただ一人、ヤン・ウェンリ―だけが目と耳を硬くふさぎ必死に次に来るだろう衝撃に耐えている。
「『自分にリボンかけて「あげる」っていえば。喜んで受け取るんじゃない?』って」
耳をふさいでいたヤンが正しかったというより他ないだろう。全員の絶叫が中会議室ぐらいの広さの部屋に木霊する。
「それマジでママに言ったのっ!?藤ねえぇっ!」
「ヤン提督にそれはちょっと・・・」
「まさか、実行したんじゃないでしょうね!先輩!?」
一つ目が真雪、二つ目がコーネフ、三つ目がアッテンボローである。
「そりゃあ私も悪かったと思うわよぉ、でもこの二人年がら年中いちゃついてたのよ?冷やかしが馬鹿らしい位」
「それにしたって、「この」ヤンだぞ?」
これはキャゼルヌだ。
誰に向けられたのかが不明瞭な哀れみの色を湛えた瞳で真沙輝が独り言のように呟く。
「ウェンリー、あんたよっぽど信用されてるのねぇ・・・」
そのヤンに反論する気力はもうなかった。へたり込んで、疲れたようにただ首を振っている。
「え・・・まさか提督本当に・・・?」
ユリアンの言葉にへたり込んで耳をふさいだまま今度は否定の意をこめて首を振る。
「問題はそこじゃないでしょ、ウェンリー」
最早、ヤン・ウェンリーはさっさと殺せモードに入っている。
「『それ去年やった』っていったのよ、ウェンリーは」
ゴン
「お〜〜〜や〜〜〜じ〜〜〜」
したたかに椅子の肘に頭を打ちつけた美時がめったに使わない二人称ではるか彼方の父親に向かってうめく。
その隣ではポプランが床に転がって爆笑している。
「閣下!」
焦ったムライは思わず立ち上がって司令官を怒鳴りつけていた。
「提督が・・・提督が・・・提督が・・・」
フレデリカはショックのあまりただ繰り返すだけで
「負けた・・・」
他に感想はないのか?リンツ。
冷や汗をかきながらメルカッツは隣で同じく冷や汗をかいているフィッシャーにこちらではそんなものなのかと質問していた。
そして、イゼルローンの猛獣は咆哮していた。
「何者なんだ!ミトキ!お前たちの父親はぁっ!」
「だから、見てくれと頭と運動神経はかなりいいけどちょっと変わりもんで、次に何やらかすか予想がつかないけど実はすっごく単純で過激で天然ボケな男だって云ったでしょーが!(←云っていない)シェーンコップ中将っっ!」
負けずに美時もノンブレスで怒鳴り返す。
椅子の背もたれに隠れたヤンが細々と反論する。
「だって、あれはウチの父さんが・・・」
「ルー兄様がどうしたって言うのよ」
「だから12の時にいったんだよ、ルーが。真沙輝が云ったのと同じことを」
「お兄様―――――。息子になんてことを・・・」
一瞬真沙輝の脳裏を231通りの殺害方法が駆け巡った。
「そうか・・・昔先輩が初体験は10代じゃなかったっていってたのは・・・」
「いや、アッテンボロー、私はティーンエイジャーじゃなかったって言ったんだよ?」
「まぁ、12はティーンエイジャーじゃないわよねぇ・・・そういえば」
意外に平静な真雪が同意する。地下茎の会の子供はたくましいのだ。
「云っとくけど、ウェンリーは今のあんたたちより若かったんだからね」
真沙輝がユリアンも含めて釘をさす。
「ホントこいつは貴方たちが思っているより・・・いいえ、本人の自覚以上に破滅型の恋愛するやつよ?」
その言葉にヤンを除く全員が床にのたうち回る。今まで自分たちはそんな人間を司令官にしていたのか・・・と。
人間、知らない方がいい事もこの世にはたくさんあるのだ。
異様な盛り上がりを見せる人々の間を縫って何時の間にか椅子に腰掛け足を組んでいた真沙輝にシェーンコップが耳打ちする。
「あんたに一つ聞きたいことがあるんだが」
真剣な眼差しのシェーンコップを不思議そうに真沙輝が見上げる。
「何かしら?」
その一瞬引くほど大きな瞳に見つめ返されて逆にシェーンコップが一瞬怯む。
「ヤン提督がイゼルローン要塞を放棄なさる時・・・」
既に回りの喧騒は彼の範疇の外だった。
「ローゼンリッターはトリスタンに突入した」
真沙輝はやんちゃな弟のいたずらに困った姉のように笑った。
「ええ、聞いているわ」
シェーンコップが不満そうに押し黙る。真沙輝がかわした事が面白くなかったのだろう。
勿論真沙輝には解っていた。この薔薇の騎士第13代目の連隊長はであったのだということを。美時と同じ顔をした、トリスタンを駆る者に。湖の底深く沈んだヤン・ウェンリーの孤高の魂を手に入れた男に。
「フェザーンへ遊びにおいでなさいな。歓迎するわよ、シェーンコップ中将」
真沙輝がアイドルなどという前時代的な名称で呼ばれる理由の根幹である魅力的な可愛らしい笑顔を浮かべる。
「ウェンリーの幕僚の皆さんも、いらしてくださいな。フェザーン最大の祭りがお出迎えしますわ」
喧騒を貫く響きのよいソプラノだ。
「さ、そろそろ行かなくちゃ。ウェンリー、さっさと帰ってくるのよ」
椅子の背もたれに向かって肘鉄を繰り出す。そこに希代の魔術師が潜んでいる事などお見通しだった。
高圧的な台詞と高圧的な態度と可愛らしい声と顔が見事にちぐはぐなカリスマな女王様はこうして去っていった。
嵐の後の空は澄み切って晴れている・・・とは限らない。
 
(・・・・・行ったな)
今の騒動ですっかり忘れていた手紙を懐から取り出す。
『君までいないとこの街がひどくつまらなく感じるよ。さっさと帰ってきてくれ 直樹・ラングレー』
他とたいして変わらない文面だが、ヤンが注視したのは「君まで」という単語だった。
全ての手紙を調べて浅黒い肌の幼馴染の名前がないことを確認する。
(難しいかな?7人全員揃うのは)
暫し思考を中断して手紙を纏めて屍と化している幕僚の間をすり抜けて屋上へ向かう。
 
隠れて煙草を吸う高校生のような状況でヤンは青い空を仰ぐ。
この直樹を含む四天王と、ヤン・ウェンリー、柏真沙輝、オスカー・フォン・ロイエンタールの7人はすでにフェザーンの伝説と化していた。
(あと、半月か・・・・いざ帰るとなると長く感じるな)
空を昼の流れ星のように宇宙船がはるかな空を横切っていった。
「あ!あの三人に気をつけてって云うの忘れてた!」
あの真沙輝の性格からして自分で船を操縦してきた事は想像に難くない。
「大丈夫かな真雪と美時。だれだよ、まぁちゃん迎えに来させたバカは・・・」
極論するとヤン・ウェンリー自身の信用の無さである。
「あー、心配だな心配だな。真雪も美時も無事にフェザーン着くといいけど・・・」
結果的に双子は五体満足で着いた。しかし、スピード狂真沙輝の運転は双子に地獄を見せたという・・・。


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