眠らない街の終らない夢 第参話 中編
 
「あ、らーーーーー?もしかして迷子ってやつかしら?」
少しハスキーなその声はラインハルトの元帥府に微かにこだまして消えた。
「あら、ちょうどいいところに人が・・・すみませ―ん!」
 
「は?」
「ええ、ですから、オスカー・フォン・ロイエンタールの執務室の場所を教えていただけませんか?」
云われてミッターマイヤーは少したじろいだ。
オーディンにはあまりいないタイプの女性、柔らかな銀の癖の強い髪を一本に括り上げた活動的な美人だ。年のころは30代前半ぐらいだろうか?
しかし、ミッターマイヤーがたじろいだのは彼女の両目だった。左眼から放たれる強い眼光と右目の無骨な眼帯に。その二つが彼女の繊細な美貌を豪胆な戦士に変えている。
「入口で聞いたのですけれど、迷ってしまったみたいで」
その言葉にミッターマイヤーは気を緩めた。が、あえて言うならばこの言葉にそうやすやすと安堵してはいけなかった、なぜなら入口の兵士たちは今半分夢の世界だったからである。
「でしたら、ご一緒しましょう。私も今から彼の執務室へ行く所ですので」
「まあ、奇遇ですのね」
女性は大人の魅力と余裕でにっこり笑うと、何かに気付いたように首をかしげた。
「もしかして、ミッターマイヤー閣下でらっしゃいますの?」
「ええ、一応そうですが?」
今度はミッターマイヤーが不思議そうに首をかしげる。
「まあ、息子からお話は伺ってますわ。これからも仲良くしてやってくださいね」
ミッターマイヤーが本日二回目のすっとんきょうな声をあげる。
彼の知り合いには彼女の息子で通るような年頃の人間などいないからである。
 
それなかなんとなく話も聞きそびれてロイエンタールの執務室の前まで来たミッターマイヤーがトビラを開きながら思い出したように訊いた。
「そ、そういえばまだお名前も伺っていませんでしたが・・・・」
「ああ、そうでしたわね。レティシアですわ」
その続きは・・・?と訊こうとしてそのままの流れで扉が開いてしまう。
中で書類をめくっていたロイエンタールがそれに気付いて顔を上げた。
「何だお前か、暇なやつだなまた来たのか?」
「まあ、否定はせんが・・・・。それとご婦人を案内してきた」
ミッターマイヤーの後ろから線の細い女性が姿をあらわす。
「久しぶり、オスカー。元気にしてた?」
見た瞬間にロイエンタールの秀麗な顔がなんとも云えず歪む。
「レティシアか?随分と久しぶりだが・・・?何のようだ?」
「まあ、ね。久しぶりに息子の顔も見たかったし、いろいろ面白い事も有ったから教えに来てあげたのよ」
と、そこでミッターマイヤーが小声で親友に耳打ちする。
「おい、まさかこのご婦人が卿の昔の恋人で会いに来たのはお前の隠し子・・・とか言う話じゃないだろうな?」
その声を聞き逃すほどレティシアの耳は遠くなかった。クスリと笑って不足していた台詞を付け足す。
「ええ、私も昔はレティシア・フォン・ロイエンタールでしたわ。でも、相手はオスカーの父親でしたの。ですからこの男の義母という事になります。レティシア・Y・クレイマー、カール・クレイマーの実の母親ですわ」
少し困ったように微笑んでみせる彼女に思わず顔が驚愕のパターンになるミッターマイヤー・・・。
(つーことは、クレイマーとロイエンタールって兄弟?)
などと、考えをめぐらせる余裕があったかどうか。
「し、失礼ですが、お幾つですか?」
そこで相変わらず書類をめくっていたロイエンタールが冷めた目であっさり事実を指摘した。
「たしかもうじき40の大台に乗るはずだ」
「やな子ねー、事実とはいえそこまではっきり言うことないじゃない・・・。それにあたしはまだ39よ?まだ、40まで1年もあるんだからね」
「年をとって大人しくなったかと思えば・・・変わりがないというか、進歩がないというか・・・」
ロイエンタールを笑いながら睨むと、くるりとミッターマイヤーに向き直るとわざとらしい笑みを浮かべた。
「と、云うわけで今から少々人に聞かれてはまずい話をしますの。もしよければこのまま少し眠っていただけないかしら?そしてついでに私がここに来たことも忘れていただけると有り難いのだけれど・・・」
レティシアの左眼が不気味に光を放ちミッターマイヤーの意識が急速に薄れる。
「・・・・・相変わらず便利だな、「拘束の瞳」は」
「ふふふん、この瞳を使ってこそのヤン家直系よ」
濃い藍色の瞳を輝かせレティシア・ヤン・クレイマーは自慢そうに笑う。
「ところで、話があるのは本当なのよ。うちのもう一人のバカ息子は?」
「ああ、ほおっておいてもじきに来る・・・・ほら、来た」
ノックの音にやる気のなさそうな声が続く。
「クレイマー少尉でーす。ミッターマイヤー閣下からのお使いで書類届けに来ましたー・・・」
という事はここにいるミッターマイヤーはサボり中だったということである。
「カール・・・別にどうでもいい事だがもう少しマトモにやれ。幾ら俺が相手でもな。この部屋にほかの誰かがいたらどうするんだ」
扉が開く前からロイエンタールらしくなく、軽いため息混じりに警句らしきもので弟を諭す。もっとも、この様子では聞き入れるとは思えないが・・・。
「だってさあ、兄貴・・・・・・げ、お袋・・・何故こんなトコに。っていうか、なんでウチの上官がこんな所に転がって」
言い訳の途中で実の母親に気付き約五年ぶりの親子の再会とも思えない台詞を吐くさらに途中で上官が転がっている事に気づくカールにレティシアは「よっ」などと手を上げていっている。元々こういう親子なのだ。
「可愛くないんだ―、私の息子なんかー、せっかく痛い思いして生んだのにー」
冗談とも本気ともつかない自分の台詞に何かを思い出したようにレティシアが眉をひそめる。
「そうだ、そう、貴方達にちょっと不愉快な報告があるのよ。私はそのためにわざわざオーディンくんだりまで来たのよ」
真剣に不愉快そうな声にロイエンタールもカールも思わず真剣に顔を上げる。
ちょっと天井を仰いで軽くため息をついた後、らしくもなく上目遣いでレティシアが口を開いた。
「うちのバカ兄貴が見付かったわ」
「ルー伯父ちゃんが?」
「あの歩く仏滅がか?」
言うまでもなく、上がカール、下がロイエンタールである。
「そうよ、タイロン大兄は死んだんだから私の兄って云ったらル―シェン兄さんしかいないじゃない」
前髪をかきあげ煩そうに言う。
「一週間ほど前の話なんだけどね、久しぶりにあの子の顔でも見ようとイゼルローンに行ったのよ。そしたらあのバカ兄貴がアホ面引っさげて驚いてたわけ。どうやら、美時と真雪見て驚いてたらしいわ。ふん、ざまーみろってのよ。で、私が言ったのがちょうどその瞬間でルーがあの子に「お前が生んだのか!?」とか叫んでてあの子からハリセンくらってたわよ。ああ、見物だった」
言葉とは裏腹に至極苦りきった顔でレティシアは笑った。
「それはわかったが、何故今更あの男が出て来るんだ?」
眉間に皺を寄せたロイエンタールの台詞にレティシアがそれまでの怒りをどこかに落としたように気まずげーに、視線を泳がせる。
「怒らないでね、絶対に怒らないでね、私のせいじゃないんだし・・・」
くどいように念を押すレティシアに彼女の息子にあたる二人は苛立ったように眉をひそめて先を促す。
「怒るんじゃないわよ。・・・・・・・・・・あの男・・・記憶喪失だったんですって」
レティシアのあまりの報告に思わず男二人が呆れた顔になる。
「ンな、少女漫画のお約束のパターンを・・・」
「馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたがそれほどまでとは・・・」
あまりにつまらない告白に思わず脱力する。
「話はそれだけじゃないのよ・・・」
極楽トンボが飛んでいる中でレティシアはサラに脱力しながら話を続ける。
「記憶喪失の間あの男が何してたと思う?帰って来た時一人じゃなかった」
鋭い目になってカールが言う。
「女?」
「そっちのほうが何ぼかましだったわね。子供よ、男の子。タイリ君というの」
極楽トンボが更に23匹増える。呆れて声も出ない。
「つまり、お前たちの従弟になるわね。ウェンリーの弟なんだから」
「ア、アホな・・・」
辛うじてカールの口からその単語が洩れる。
「なんでも、タイリ君のお母様は今から十日程前に亡くなったらしいわよ、そのせいで、おかげで・・・と言うべきかしら?思い出してそのまま直でイゼルローンに行ったらしいんだけど・・・」
あまりの脱力にロイエンタールは机に肘をついて頭を抱え、カールは執務室のソファーにすがり付いて眼をおおっている。
「あの16年前の俺たちの苦労はなんだったのさー」
「ほらほら、ぼやかないの。お前はまだマシだったじゃないの、カール」
ようやく笑い話にできるようになった記憶だった。
思い出にすることで如何様な痛みもその存在を和らげるというのは本当だ・・・と言うことをカールは5歳から今まで、21歳の間で悟ってしまった。
昔は思い出すだけで吐き気がしたものだが・・・。
「あの時の姉様は・・・姉様は・・・」
悔しそうな口調になり始めた息子と、カールの言葉が進むごとに見る間に冷めていった16年前の最大の被害者の一人である義理の息子を思って、レティシアは勤めて明るくふるまう。
「あのバカ兄貴今頃はフェザーンに帰って大観園で思いっきりおじいちゃまにこってり搾られているはずよ。オスカー、生きていれば復讐のし甲斐もあるでしょう?」
こういう時、レティシアは本当に精霊か何かのように微笑む。彼女は怒るかもしれないが、その辺はこの兄妹はよく、本当によく似ていた。
 
レティシアが去った後、元帥府は一時、上へ下への大騒ぎとなった。
生きながらにして伝説となった孤高の大海賊「凶眼のレティシア」が侵入していたことが発覚したからである。
 
その頃、我らが愛すべきキング・オブ・パイレーツがオーディンの地表をとうに去っていたのは言うまでもない話である。
 

 

 
おまけ・ある兄弟の感動の対面・パート2
 
「そうそう、貴方達の従弟のタイリ君だけど、とっても可愛い子だったわよ。ウェンリーの小さい頃そっくり」
この世で一番危険な宇宙生活者がにっこりと言い置いていった。
 
 
「おい、タイリ?いままであんなに平然と振舞ってたのにイキナリ俺の後ろに隠れるなよ・・・、いつも馬鹿らしいほど態度でかいじゃねえか」
タイリは呆れたような、困ったような、からかうような言葉を吐く父親の台詞にも、ひざ脳の裏に隠れてもじもじしていた。
「だって、あのヤン提督だし・・・」
「さっきまで全然平気だったじゃないか」
「だってぇ・・・」
世にも情けない声を出す息子だがそこが可愛いと思うルーは筋金入りの子煩悩である。
「あの・・・ウェンリーさん・・・」
ひたすらもじもじと、上目遣いで見上げる二親等の身内にヤンは安心させるようにしゃがんで優しく微笑んだ。
「お兄ちゃんでいいよ、タイリ。それとも、君にとってはおじちゃんのほうが云い易いかな?年齢的に云って」
和やかに笑う実の兄にとんでもないという風に顔を真っ赤にして首をぶんぶん振る。
まだ、タイリの目を見て微笑んでいるヤンに暫くまだもじもじしていたが、恐る恐るはにかんだように口を開いた。
「お兄ちゃん?」
「なんだい?」
おっかなびっくり云ったタイリだが穏やかな兄に安心したように満面の笑みで元気よく言った。
「お兄ちゃん!」
 
三十分後
「コラ、タイリ!お父さんだってお兄ちゃんと会うの16年ぶりなんだぞ!?替われよ!」
「父さん、大人げなーい」
「あはは、だって大理、お父さん精神年齢18歳だもん」
「げ、何でばれてんだ?ま、欲しがってた弟が出来たんだから許せよ、ウェンリー」
「・・・私が弟が欲しかったのは今の大理の年ぐらいだったんですけどねえ・・・父さん。25も年が離れてたらどう考えても私の隠し子だと思われるような気がしますけど、ルーも28しか年が違わない孫がいるんです。諦めてあげてもいいですよ」
「・・・・・・・・・おい、美時、真雪お前らの「お母さん」メチャ性格悪いぞ。昔より磨きがかかってる」
「おや?人生経験を積んで性格丸くなったと思ったんですけどねえ?」
双子はひたすら触らぬ神に崇りなし、そのままに首振り人形と化していた。
トラブルが嫌いなわけではない、いや、逆にとっても好きなのだがもう少し平穏な人生が良いと心から思った双子だった。


前へ 目次へ 次へ