眠らない街の終らない夢 第参話
 
「ふ・・・ん、ここがイゼルローンか・・・」
真っ白の美しい小型宇宙船から降り立った男がスクリーングラスをすかしながらふてぶてしく笑い独語する。
漆黒の衣装に白銀の髪、その不吉な取り合わせに見たものは瞬間思わず「死神」を連想する。
まあ、こんな貴金属じゃらじゃらの死神など居るはずも無いのだが・・・。
シルバー系の貴金属の数は「重くないのか?」と問いたくなるほどだ。しかし、憎たらしいほど似合っている。普通なら悪趣味のそしりを免れないのだがこの男に限ってそれは奇妙に調和して見えた。少し道楽な衣装とあわせて大昔の「うぃじある系」兄ちゃんと言った風情である。
その男の服の裾を紅葉の手が掴む。五歳になったばかりの男の息子だ。
「ねえ父さん、なんでイゼルローン来たの?」
あどけなく問う息子に男は機嫌のいい猛禽の笑顔で答える。
「知り合いにな・・・・会いに来たんだよ」
「?友達?」
「んー、友達・・・じゃないな」
そこで男は明らかに息子をからかうために意地悪く付け加えた。
「昔の恋人・・・みたいモンかな?」
不謹慎な父親の台詞に息子が思わず抗議の声をあげる。
「とーさん!母さんが死んだばっかだって云うのに!」
「ジョーダンだよ、冗談。みたいもんって云っただろう?」
息子が子供なりに母親の死を受け止めてくれた事にホッとしながら、男はスクリーングラスを外して前を睨みつつ笑う。
現れたのは濃紺の瞳。ヤン・ウェンリーとそっくり同じ色だった。
「さーて、それでは愛しのウェンリー君に会いに行きますか」
男の名はヤン・ルーシェン。外見年齢28歳、精神年齢18歳。
男の旧知の人々の男に対する評価は簡潔である。曰くに、
「仏滅」
 
『ウェンリー、お母さんが今日はたこ焼きだってさ』
『たこ?焼くの?』
『あれ?お前食った事無かったっけか?こう・・・うーん、お好み焼きの丸いやつみたいもんだよ』
『お好み焼きも丸いよ?』
『そーじゃなくてなあ、あー、見りゃあわかるから』
『それって美味しいの?ルー』
『ああ、美味いよ』
 
(夢・・・か?やーな夢だったなあ。なんで16年も前に死んだ男の夢なんか今更)
外見年齢23歳の黒髪の魔術師はむっとした顔で目を覚ました。
そのあからさまな不機嫌さにその場にいた彼の幕僚たちが目を見交わした。
先程までは、本当に起こすのが気の毒に思えるほど幸せそうに眠っていたのだから。
奇跡・・・と謳われる同盟軍、最年少の大将は拗ねたように呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日の晩御飯、たこ焼きにしようかな?」
 
(この辺のはずだよなー)
そのころ金属じゃらじゃら男は目的地のすぐ傍で道に迷っていた。
「おっ、そこの兄ちゃん悪いけど司令官室って何処だ?」
図々しい云いように男が足を止める。自分じゃないと思いたいが、何しろ自分しかいない。
「何だ貴様は、司令官室になんのようだ」
ワルター・フォン・シェーンコップだった。
「司令官室には用はねーよ。司令官が何処にいるかさえわかりゃいいんだ」
「ヤン・・・提督に?なぜ、そんなことをハイそうですかと教えなきゃいけないんだ」
明らかに喧嘩腰のシェーンコップに黒衣の男の気配が変わる。
「うるせーんだよ若造が。大人しくヤン・ウェンリーの居所を吐きゃいいんだっての」
半瞬ではずした、凝った作りのサングラスが床に落ちる。
 
「あ、あの、ちょっと待って下さい!」
部屋の外でフレデリカ・グリーンヒルの制止の声が聞こえたと思ったら、ご機嫌な災厄の塊が少し首を傾げドアにもたれかかるようにヤン・ウェンリーの目の前に立っていた。
「よう、ウェンリー。ろん・たい・のー・しー♪」(←long time no see
「ルー!?」
珍しくも弾かれたように立ち上がるヤンに怯んだようにキャゼルヌとユリアンが声をかける。
「あの、提督?どなたですか?」
「おい、ヤン?」
「生きてたんですか・・・・まあ、死んでてもよかったんですけどね」
二人の声を綺麗に無視して、ヤンは目の前の男にやに下がったような笑いを浮かべて表面上穏やかに言った。
「ご存知ですか?あなたの首にはおじいちゃんトコから賞金がかかってましてね」
空気がとっても不穏である。
「曰くには、生死問わずだそうですよ?」
でっど・おあ・あらいぶ・・・・。
ご機嫌にニヤついていた男がその言葉を受けて瞬間石化する。
(まずい、やばい、殺される、マジで)
「だーちょっと待てウェン、5分でいいから待て。話すだけ話したらあとはどうでもいいから」
「父さん、父さんの昔の恋人ってヤン提督なの?」
すっかり忘れ去っていた方向からの攻撃に青ざめたルーが慌てて否定する。
「違うぞタイリ、俺はみたいモンって言っただろう?このお兄ちゃん怒らすと後が恐いんだよ」
「ルー?その子は、まさか」
それまで男の影になって見えなかった少年にヤンが少し表情を改める。
「俺の息子のタイリ。5歳になったばっかし。かあいーだろ?」
ヤン・ウェンリーが凍りついたのを見てルーシェンは至極満足げに笑う。
「驚いたか?驚いただろ?俺はお前のその顔が見たくてわざわざイゼルローンまできたんだからなー」
「タイリ君?」
すぐそばまで歩み寄って膝を曲げ少年と視線を合わせる。
「初めまして」
「たこ焼きって知ってる?」
「あ、ばか、答えるなタイリ」
「たこ?焼くの?」
「お好み焼きのね。丸いのだよ」
「ウェンリー、ンな大昔の事引っ張り出してくんなよ」
ふう、とため息をついてにっこり笑ったヤンがルーシェンに向き直る。
「黙れ中年」
ぴし、っとばかりにルーシェンにヒビがはしる。
「お幾つなのですか?この方は、そういえばさっき私も若造と言われたのですが」
半催眠状態をやっと抜け出したシェーンコップが問う。
「えーと、私が今30だから・・・・・・・・・43だね」
「え?父さんって40過ぎてたの?知らなかった」
「おや、息子にまで年誤魔化してたんですか?ルー」
「ちげーっつーの、覚えてなかったんだよ、年を!」
「あ?」
「そうだよ、俺はその話をしにきたんだっつーの」
「話?・・・ですか?でしたらもう少し待って下さい、私からも話がありますから。お昼食べる約束してたんでもうじき来ます」
そしてごく自然に幕僚たちに向きなって云った。
「あの二人が来たらこの男紹介するからね。ちょっと待っててね。それまで・・・・ユリアン、お茶でも入れてくれるかい?」
 
「おっまったっせー、ご飯食べ行こー」
「遅くなってごめん、今日何食うの?」
やってきた二人の顔を見てルーが怪訝そうな顔を浮かべ、ヤン・ウェンリーに向かってもの問いたげな視線を向ける。
「ああ、真雪、美時、今日のお昼は海老ドリアに決定したよ。この中年が作ってくれるってさ」
「おい、俺がいつ・・・」
「会うの初めてだろう?ヤン・ルーシェン。ヤン家の第76代当主だよ。それと息子のタイリ君だって」
まるで他人事のように穏やかに語るヤンの台詞が一瞬つかめず、双子は聞き返した。
「はあ?76代って云ったら・・・」
「え?本物の?生ものの?」
女神の笑みを浮かべているヤンの言葉が子供たちの脳に届くまで・・・
5・4・3・2・1
「「おじーちゃんっっっ!?」」
「なにーーーーーー!?」
絶句してしまった一親等の身内三人を前にヤン・ウェンリーはどこか投げやりに言葉を吐いた。
「驚きましたか?驚きましたね。その顔が見たかったんですよ、お父さん」


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