眠らない街の終らない夢 第弐話

 

『夜桜』

 

人々の静かなざわめきの中、若き天才画家カール・クレイマーは「特賞」の札のついた自分の絵の前に一人たたずんでいた。すらりと伸びた手足と整った顔立ちが衆目を集めている事に気付いているだろうか?
(自分で描いといてアレだけど、やっぱし美人)
本人はただ純粋にこのモデルを見せびらかしたくて応募したのだが、どういうわけか特賞なんぞになってしまった。
額の中には、東洋風の衣装に煌く長い黒髪と宇宙を映したような藍色の瞳を持った美人が居た。まあ、まず見た人間は美少女だというような年なのだが、不思議と艶があり、さらにその人物を抱く暗闇からの腕が艶を三割増している。
「やあ、カールおめでとう。特賞だってね」
聞き覚えのある声と供に見事な赤毛がカールの視界に入る。
「ジーク!来てくれたのか」
喜色満面で右に向き直ると、いつもの穏やかそうな笑顔を湛えた帝国軍大佐ジークフリード・キルヒアイスが立っていた。
「久しぶりだね、幼年学校を卒業して以来だろう?その間手紙一つよこさないんだから君は、まったく」
しみじみとわざとらしくため息をついて、キルヒアイスは言葉を続けた。
「ラインハルト様も来たがっていらしたんだけどね、仕方なく一人で来たんだ」
にこやかにいうキルヒアイスに対して半眼のカールが反問する。
「ジーク、お前ちょっと甘くないか?あのワガママ宇宙一な男が大人しく元帥府でお留守番してると思うか?」
「良く解ったな、さすがはカール・クレイマー」
案の定二人の背後から薄氷を割ったような澄んだ声が聞こえた。
「やっぱり来やがったか。なんちゃって元帥閣下ぁ」
意地の悪い猫のような笑顔で、憎憎しげに振り返る・・・のとキルヒアイスの絶叫が同時だった。
「ら、ラインハルト様!お一人で!仕事は!!」
それは驚くだろう、普通の元帥は私服で一人出歩くはずがないのである。
しかし、ラインハルトにはカールの台詞の方が重大だったようである。
「ちょっと待て、誰がなんちゃって元帥だ!俺は正真正銘、正々堂々帝国軍元帥だぞ」
「ふふん、惚れた相手一人モノに出来ないやつなんざなんちゃってで十分だ」
と、その言葉にソッコーで観葉植物の陰に引きずり込まれるカール。
「何で解るんだよお前は!(小声)」
「え?だって、ジークの過保護直ってないし。って言うか一目瞭然じゃねーか(一応小声)」
「〜〜〜〜〜」
確かに幼年学校時代ラインハルトは主席だった。しかし、どうしてもこの友人にだけは勝てた気がしなかった。
「だからー、俺が云っただろうが。ジークは押せば落ちるって。とりあえず、部屋にでも呼んでー、切羽詰った風、まあ、思いつめた風でもいいケド、にさぁ。かき口説けば十分だって。あくまで切なげに、苦悩をにじませて、だぞ。俺の勘だが、庇護欲をくすぐってやればいいはずだ。ジークは母性本能有る方だと俺は見たね。(しっかり小声)」
「お前・・・本当に同い年か?」
細く長い指にサラサラのライトブラウンの髪を絡ませながら単純な友人をからかう。
「ケーケン値の差じゃねーの?ハ・ル・トちゃん」
 
「・・・どうしたものか」
珍しく憔悴した風に云う帝国軍史上最年少の元帥に後に双璧とあだ名される二人は首をかしげる。
実にラインハルトらしくない。
と、急に眼光を鋭くし大真面目にミッターマイヤーに問うた。
「ミッターマイヤー、卿はカール・クレイマーの弱点を知らぬか?」
「は?」
目が点である。
「卿の副官なのだろう?」
「は、確かにカール・クレイマーは小官の副官でありますが・・・」
そう、天才画家カール・クレイマーは実は士官学校を出たばかりのミッターマイヤーの副官、カール・クレイマー少尉でもあった。
「私の幼年学校時代の友人なのだ。どうにかして勝ちたいのだが・・・」
「カール・クレイマーの苦手なものでよろしければ・・・確かアレは『ぷよぷよ』が苦手でしたな」
その場にいたラインハルトとキルヒアイスとミッターマイヤーは一瞬そのヘテロクロミアの青年提督が乱心したのかと思った。
「ぷ、ぷよぷよとはなんだ?」
「ああ、失礼。まだ宇宙暦が成立する以前。地球のとある島国で流行ったTVゲームの名です」
(この文章をお読みになる皆様へ。
もしかするとこの部分でずっこけた方が何人かいらっしゃるかもしれませんが、この話は元々こういう話です。とりあえず、今後もこの調子の予定です。
もしかしていらっしゃるかもしれない『ぷよぷよ』をご存知ない方へ。
知らなくても決してテストには出ません。貴方の人生への影響も限りなく少ないものと考えられます。このロイエンタールのいい加減な説明で納得してわかったような面で引き続き文章を読みましょう)
「そうか、『ぷよぷよ』だな」
ある意味とても視野が狭く熱血な元帥閣下は猛然と部屋を出て行ったので次のロイエンタールの台詞は聞き取りようが無かった。
「「むずい」のコンテニュー無しでサタンまでしか行けませんでしたからな。5つの時」
しかし聞き取れた所でこの惑星オーディンで意味を正確に理解できるものは当のロイエンタールと、カールぐらいだったろう。
 
そして、馬鹿正直なラインハルトはクソ真面目にぷよぷよを見つけて激しく練習し、派手にカールに挑戦して、あっさりと負けた。
In・ラインハルトの執務室
「はい、俺の勝ちー。にしてもラインハルトよくぷよぷよなんて知ってたな。・・・それとも、誰かに聞いた?俺がコレ苦手だって」
一瞬カールの目が光る。答えを知っているものの目だ。
「それはロイエンタールが・・・ってなんでロイエンタールがお前の苦手なもの知ってるんだ!?」
「ってゆーか初めに気付けよ、おい」
そう文句を云う間にもカールはギャ―ギャ―騒いでいる友人を尻目に入ってきた人物をにらむ。
「あんたなぁ、人の弱点を嬉々として他人に売ってんじゃねえよ」
そう、人の弱点を上司に売った張本人、オスカー・フォン・ロイエンタールが涼しい顔で答える。
「弱点?なんのことだ?お前の弱点は「牛乳」と幾人かの古馴染みだろうが」
カール・クレイマーは牛乳が飲めない。その理由には本人も知らない、聞くも涙語るも涙な裏話があるのだが・・・・・、それはまた別の話。
「つーか喋るんじゃねー!」
ロイエンタールの首ををカールが締め上げる。しかし、この男がそんなモノに動揺するわけが無いのである。
パッとその手を離すとカールはあさってを向いて喋り始めた。
「ああ、姉様!この男は貴方を失って以来、ますます人格のほころびが激しくなっていっています。どうして俺たちを残していってしまわれたのですか」
と、云われた「姉様」はここから1万光年のかなたである。
「おい、いい年して「姉様」はやめろ「姉様」は。またあいつが烈火のごとく怒るぞ」
 
『だから、私は姉様じゃないって何度云ったらわかるんだい!第一女でもないし』
一々憤慨する従兄が生意気な盛りのカールは好きでたまらなかった。
『だあってさぁ、ウェン兄って兄ちゃんのお嫁さんだろう?だったら俺のお義姉さんじゃないか』
そこにカールの兄が突っ込む。
『だーからアレはレティーの陰謀だと何度云わせたら気がすむんだお前は!』
『いくら母さんのインボーだからって「結婚する」って言ったの兄ちゃんなんだろ?』
『結婚の意味を知らなかった当時5歳の俺に責任を取らすのはヤメロ』
それはカール・クレイマーがまだカール・フォン・ロイエンタールだった頃の話。
少年を5つまで育ててくれたのはこの美少女風の従兄とヘテロクロミアの異母兄だった。
いや、実際は一緒にいたのは年の半分ぐらいだったが、「楽しい思い出」と名の付いている思い出には常にこの二人がいた。
 
「お前たち、知り合いだったのか?」
目の前の展開についていけず、ややボーゼンとなりながら口を開いたのは金髪の若者だった。
「えーと、俺の実の兄」
「異母弟です」
「カール、お前兄弟いたのか!?」
「?昔幼年学校の時に写真見せただろうが」
「あ、そうだ、あの時の写真」
先に思い出したのはキルヒアイスだった。
「そゆこと。つーワケで喧嘩再開。なーんで姉様はこんなのがよかったんだろうねえ」
「云っとくがお前はその「こんなの」の弟だぞ」
「べーだ、母親似なんじゃないの兄貴」
「そうくるか、確かに俺の母親は変わりもんだったかも知れん。しかしなお前の母親、レティシアだって奇人変人ぶりではトントンだったぞ」
「む、確かに。ウチの母親ほどの変人はそうはいない。ってそれじゃあウチの親父はそんなに女の趣味が悪かったのかよ!」
「つまりそう言うことだ。・・・おい、あまり救いようの無い結論を出すな!」
以下延々と続くため省略。
 
「そういやさあ、真雪と美時が今姉様のトコにいるって聞いた?」
「ああ、行く前に本人たちが云っていったからな」
「その後にさあ、藤から変な話聞いたんだよね」
「藤波から?」
「うーん、ルーが生きてるって話」
「馬鹿な」
「っていうかあの船を見たって話があるんだって。ほら、ルーの船って見間違えようがないじゃん」
「・・・・・いまさらか?」
第参話へ続く


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