眠らない街の終らない夢 第壱話
 
〜今朝の出来事
「ユリアン、どこか出かけるのかい?」
珍しく自力で起きてきたヤンににっこり笑って答える。
「はい、友達と遊びに行こうって約束があるんです」
「へえ、それは良かった。で、男の子かい?女の子かい?」
からかうように笑って訊く。
「ご期待に添えなくて申し訳ありませんが、両方です」
「気をつけていって来るんだよ」
「遅くならないうちに帰ってきます」
 
「あれ?どうしたんですか?ヤン提督」
自然に笑みの洩れていたヤンにアッテンボローが珍しそうに訊く。
「え?ああ、ユリアンにも同世代の友達が出来たみたいで安心してたんだ」
「それなら、薔薇の騎士のミトキくんと第二空戦のマユキちゃんではないでしょうか?この前話を聞きましたわ」
フレデリカも嬉しそうに云う。駄菓子菓子、ヤンの表情が一変する。氷点下の声が氷が割れたように響いた。
「今・・・なんていった?美時と真雪って聞こえたんだけど・・・」
「おや?閣下はご存知有りませんでしたかな?カシワ・ミトキといえばユリアンの陸戦新入り万年二位の原因で有名ですが」
不思議そうに云ったのは不良中年シェーンコップだ。
「なあんだ、ユリアンのやつ陸戦でも二位なのか」
「よせ、ポプラン。マユキ君は例外だ。努力でどうにかできる相手じゃない」
マユキの直接の上司が相方をたしなめるが、逆に剣呑な目で見つめ返される。
「ああん、コーネフ。なんでユリアンがミンツ君で、マユキがマユキ君なんだ?」
一瞬、レディーキラー(のはずの)ポプランの本性がかいま見える。
「ははは、相変わらず仲が良いね」
そのおっとりとしたヤンの台詞に思わず身を竦ませたのはポプランだけである。
他の面子はヤンの目が明らかに笑っていないことに凍り付いている。
「ああ、みんな。私は用事を思いついたからちょっとサボるけどいいよね」
(よ、用事を思いついたなんて表現は無い!)←ヤンの幕僚心の叫び
この場に逆らえるものはいなかった。
 
イゼルローン娯楽区
「そういやさ、マユキちゃんの髪って邪魔じゃないの?」
最近出来た友達は今日は肘のあたりまでの柔らかなウェービーヘアをポニーテールにしている。
「邪魔ってことも無いよ。それに藤姉がママ譲りの綺麗な黒髪だからもったいないから切るなって」
「お姉さん?」
「違う、違う。藤波は育ての親みたいもの。性格悪いんだコレが」
ミントアイスを食べていた真雪の双子の兄が苦笑して答える。
「ミトキもマユキちゃんもあんまり似てないよね。双子ってそんなモンなの?」
この間から気になっていた事をユリアンは、ついでだと思って次々と訊いていく。
「んー、どうだろ。雪は母さん似だし、俺は父さん似だからなあ」
と、美時はダークブラウンの長い前髪をかきあげながら答える。二人が似ているところというと目の色ぐらいだ。それもよく見れば微妙に違っている。
「二人のお父さんとお母さんならさぞかし美人なんだろうね」
「そう!そうなの。同じ顔した私が言うのもなんだけど、すっごく綺麗なんだから!なんてーの?艶があるって言うか・・・かもし出す雰囲気の差なのかなぁ」
「本人目の前にして言うと殺されるけどね」
(っていうかそれ以前に実の父親と母親でもないんだけどね)
双子の心中の台詞はユリアンには聞こえない。実の親でもないのにどうしてここまで瓜二つなのかという説明を本人たちでもしきれない以上、友達とはいってもなかなか云える事ではなかった。
談笑していた三人だが不意に悪寒を覚えた。振り向いてはいけない、何かとてつもなく恐ろしい存在が後ろにいる。本能がそう教えてくれている。が、
「おや、三人ともとっても楽しそうだね。何のお話かな?」
怒れる希代の魔術師・ヤン・ウェンリーである。
「「げっ、お母さん」」
とある双子の見事なステレオである。
「しゃらっぷ!大人しくついてくるのと、夕飯の具になるのとどっちがいい?」
ここで夕飯の具と答える勇気のあるものは果たしているのだろうか。
 
「座りなさい、二人とも」
ここでいう座りなさいとは、司令官室の床に正座しなさいということだ。
「なんで私が怒ってるのか解るよね」
「軍人になんかなって、イゼルローンにいるから」
「その上母さんに連絡しなかったから」
「よく、わかってるじゃないか。なんだってお前たちは私が怒るって解っててそういうことするわけ」
「・・・・・・」
「・・・ママの近くに居たかったから」
「じゃあ、なんで連絡くれなかったの?」
「母さん、怒ると思ったし・・・」
「連絡しなかった方が怒るって解りそうなもんじゃないか・・・・。まぁいいよ、立って」
逆らう気力もなく緊張していたせいかあまり足の痺れも感じずに立ち上がると、いきなり抱きすくめられた。
「久しぶりだね、二人とも。こんなに大きくなって。誕生日プレゼントとかは送っていたけど、最後に会ったのがユリアンを引き取る前だから・・・何年ぶりだい?来てくれてとっても嬉しいよ」
さっきとはうって変わって温かくそういわれる。
「もっと怒られるかと思ってた・・・」
「?だから怒ったじゃないか今。」
きょとん、としたヤンの顔に双子はひたすら面食らうしかない。
「いや、母さん俺たち来てイヤじゃないの?」
「嬉しいに決まってるだろう?面白そうじゃないか。私は久しぶりに子供に会えたのに怒っていられる程厳格でもないんだ」
はればれと笑って答える。
「たしかにビックリしたけど、そうだね。もう二人とも自分の事は自分で決められる年なんだよね。いいじゃないか。私だって軍人やってるのに、お前たちを責められた義理じゃない」
双子の目がそれでいいのかといぶかしげに訴えかける。
「こんなの、私やお父さんたちが子供の頃やった無茶に比べれば、無茶の内にも入らないよ」
一体昔何やったんだヤン・ウェンリー!
「さあって、ほったらかしといて悪かったね。アッテンボロー、シェーンコップ、ムライ、キャゼルヌ先輩に、ポプランにコーネフにグリーンヒル大尉にユリアン」
(実はみんな、いたんです)
「あ、あの、閣下。『お母さん』とは一体・・・」
その場の全員を代表したような意見をムライが冷や汗をかきながら言う。
「・・・・・おままごとだよ。ちょっと規模の大きな、ね。気がついたらこの子達がいかにも当たり前に言うし何時の間にか逆刷り込みされててねえ。いまじゃたまに自分が生んだのかと錯覚したりもするし・・・」
「宇宙一馬鹿馬鹿しいおままごとです。俺たちも育ての親の藤姉にそう云われて育ったんです」
「って言うか私たちは七つぐらいまで「お母さん」と「お父さん」という言葉の意味を知りませんでした」
とぼけているわけではなさそうである。
「この子たちの実の親が誰だか、ウチの身内連中にしてみればどうでもいいんだよね。私も知らないしさ。・・・まあ、それで困らないトコが柏家なんだけど」
「あ、ちなみに柏家って言うのはヤン家の本家で、ママは柏の血が濃いんです」
「それじゃあ、ミトキにそっくりだって云うお父さんは・・・?」
さっきその話を聞いたユリアンである。確かにヤンと真雪を並べてみると見れば見るほど良く似ている。何故今まで気がつかなかったか不思議なくらいだ。
だとすれば美時がいった同じ顔の父親とは何者なのであろうか?血縁もなしにそこまで似るものなのだろうか?もしかするとヤンの時とは逆に女性が父親と呼ばれているのかもしれない。
「美時ってば本当にお父さんそっくりだよね」
ヤンが母親そのものといった風情でしみじみという。逆刷り込みとは、ここまで作用するものなのであろうか?
「母さん、あんな女嫌いの因業親父に似てるって言われても全然嬉しくないんだけど」
とりあえず、ひたすらバックレる。話を振っといてなんだがこの話題は部外秘だった。フェザーン、特に柏家のある月下街のあたりでは公然の秘密なのだが。
いくらなんでも同盟軍の最前線基地を預かる司令官が帝国軍幹部の昔の恋人(自他供に「昔の」は省くが、15年も会っていないのだから普通は省く)だったというのはまずいだろう。
「はいはい、時君の好きな大根と油揚げの酢の物作ってあげるから機嫌直しなさい」
「やった、ラッキ」
「えー、お兄ちゃんだけずっこい。ママ、私はーー?」
「勿論、雪ちゃんの好きな肉じゃがだって作りますよ。だから海老ドリア今度でいいよね」
「いい!」
「提督、お料理なさるんですか?」
「え?ママしてなかったの?」
「だって自分のためにってめんどくさいじゃないですか。お父さんと一緒だった時はあの男が絶対作らなかったから作りましたけどね。それにユリアンを引き取ってからは「台所なんかに提督を立たせられません」とか言って全部やってくれたし」
「父さんが料理・・・・・作るわけが無いわな・・・」
「ママのご飯おいしーのにー」
 
その頃、帝国では何故かは不明だが奇跡のようなヘテロクロミアを持った提督はなんとなく機嫌が悪かった。
 
「ところで母さん、肉じゃがの肉って牛肉・・・だよね」

「おや、そんなに夕ご飯の具になりたかったのかい?」

次回予告
次の舞台は惑星・オーディン。ラインハルトの幼年学校時代の友人。カール・クレイマー。この自称天才画家の驚くべき(かも知れない)正体とは。

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