眠らない街の終らない夢

宇宙暦772年初夏
少年は森の中を進んでいた。
『ふえ・・・ぐす・・・ひっく・・・』
先程から聞こえるこの泣き声のせいだ。気になって仕方がない。
ガサッ
突然森が開けた。泣いていた少年が驚いて振り返る。
「・・・・・」
「・・・・・」
フェザーン最大の森林公園の立ち入り禁止区域である奥深く。おそらく公園管理局も知らないだろう湖のほとりでの出来事だった。

この二人の少年の出会いこそ、総ての物語を動かす最初の歯車であった。

宇宙暦797年冬
「どうした?何を見ておる、真沙輝よ」
「いえ、特には。おじい様」
窓際に立った女性が振り向きながら入ってきた老人に言う。
「おじい様、お仕事は?」
「一段落ついた、少し茶でもと思ってな」
疲れているのだろう、ソファーに身を沈め息を吐く。
それでなくとも揉め事の多いこの家業。80を超えた老人にはかなりの激務のはずだ。
「なんじゃな・・・またあのはとこたちのことを考えておったのか?」
老眼鏡をはずしながら問う老人に女は苦笑する事で答える。
そして再び窓の外の空、いや宇宙までもを心配げに見上げる。
「まったく、ワシの曾孫どもは何を考えているのやら」
疲れた目をほぐしながら憮然として言う。
何か言いたそうな女を素早く制して老人は続ける。
「わかっとる。ワシゃまだボケたりはしとらん。しかしのう、血の繋がりや戸籍などどうでも良かろう?それがこの一族のルールだったはずじゃ。ワシにとっては、お前も含めて可愛い曾孫じゃよ。3人供」
「・・・可愛い・・・ですか・・・?」
「・・・・・・・・・まあ、気にするな!言葉のあやじゃ、言葉のあや!」
随分と苦しい誤魔化し方である。と、老人はふと思い出したように言った。
「そういえば、ワシの可愛い玄孫(孫の孫)どもはどうした?あやつらから連絡はこんのか?」
「とんとまいりません。うちを出て行った連中はどうしてどいつもこいつも連絡をよこさないんでしょうか?」
「あの双子ものう。まったく、留守を預かる身にもなってみい」
両者ともしばしふて腐れた顔になる。
「と、お前仕事はいいのか?」
「え、あ!もうこんな時間。行ってまいりますおじい様」
年代者の柱時計に目をやりあわただしく出て行く。
「あやつものう、大して変わってはおらぬなあ」
出て行った扉を半眼で見ながら呟く。そして年を感じさせる緩慢な動作でさっきまで女が立っていた窓際に寄る。
「心配せずとも帰ってくるとは思うがの」
同じように空を眺めつつ視ているのは出て行った者たちの顔。
「ここフェザーンに」
本日のフェザーンの天気は今にも降り出しそうな曇天であった。



注:これは間違いなく銀英伝です。
泣いていた少年がカトリーヌさん(お母さん)が死んだばかりのヤンさんで、それを見つけたのがロイエンタールです。
コレはプロローグでして、第零話ということになっています。
次からはかなり出てくるオリキャラの紹介and少しずつ暴露されてくロイエンタールとヤンの過去ということになりましょうか。ちなみに、このおじいちゃんと真沙輝さんもオリキャラです。そのうち出てくるでしょう。

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