眠らない街の眠れない夜 第七話
 
 
〜愛しき者らに安らぎの夜を
 
 
(ああ、これ、外・・・街の方からだ、姉様たちが増幅してる・・・?)
その子守唄のような波動を肌で感じながら、カールはぼんやりとそう思った。
 
 
「て・・・」
『火事だーーーー』
 
キィーーーーーーーーーーーン
 
「ってちげーだろーがよ」
明らかに自分の声じゃない声に、思わず真沙輝がそう呟く。
「あはは、藤波スイッチ一番上まであげちゃったんだぁ」
「って何よコレ、あたしは普通の拡声機よこせって言ったのよ?羽鳥」
スイッチを切りながらそれをよこした羽鳥を睨む。
「普通の拡声機として使いたいんなら、スイッチ二番目のとこだよ、一番上はランダムでイロイロ入ってるから。竿竹屋とか焼芋屋とかも入ってるんだよー」
ガン!
「誰がンなけったいなモン寄越せって云った!」
とりあえず手にもっていた鈍器で幼馴染を張り飛ばしておいて、改めてスイッチを入れなおす。
「あー、藤ぃ、ちなみに、それオプションで自爆コマンドついてるから〜」
何処までも朗らかな羽鳥の言葉に一瞬目眩がした真沙輝だったが、入れたばかりのスイッチを用心のため切ってチョイチョイと指で製作者を招いた。
羽鳥も心得たもので、嬉しそうな顔のまま幼馴染の耳に口を寄せる。
ボショボショと暫く聞いていた真沙輝が、一度ずっこけると、わかったというふうに九条建設一の厄介者を離れさせた。
それでは、気を取り直して、
『あーあー、マイクテスマイクテス、本日は晴天なり、本日は晴天なりぃ・・・』
と、いうわけで。
『手前ら今何時だと思ってる!遊んでんじゃねえ』
 
シーーーン
 
「姉ちゃん・・・」
頭を押さえているカールを軽く無視して、鋭くあたりを見回す。
と、何の予備動作も無く真沙輝が近くの善良そうな婦人を殴って昏倒させた。
「「藤姉!?」」
「お黙り!真雪!美時!木偶人形は今日の夜会には呼ばれてないはずよ」
真沙輝が昏倒させた相手の頭をもいで、カールに投げる。
なるほど、人ではなかった。
「爺様の木偶?」
「他に誰がンなモン作るのよ」
「ごもっともデス」
柏栄氏のあやつり人形である。
「あっち」
真沙輝がまっすぐにさっきまでメガホンを構えていた方向に腕を伸ばす。
飛ばせと言いたいらしい。
「はいはいはいっと」
ガッシャーン
ピンポイントヒット。
カールが軽ぅく蹴ったご婦人の頭部は見事吹き抜けの二階部分の手すりを越え、その奥のバルコニーのガラスを破ったようだ。
 
「ってちょっとまって、カールお兄ちゃん、ガラスママたちにあたったら・・・」
「真雪・・・・、お前それ本気で云ってる?」
「え?」
「いや、なんでも・・・」
あのバケモノにガラスの破片なんぞ当たるわけが無いとは、姪っ子が不憫でいえないカールだった。
 
それを命じた真沙輝は、なぜか何処からか取り出したラジオの電源をはじいていた。
「よしよし、感度良好」
「姉ちゃん、ボリューム上げてくんないと聞こえない」
はとこの注文に、真沙輝は素直に音量を調節した。
 
『ん?ねえ、今何か聞こえなかった?』
『さあ?俺には何も?』
『そ、お前が聞こえなかったんなら私にも聞こえるはずないね』
『ああ、そうだな』
 
べったべたである。
空気の密度が軽く五倍はありそうな感じである。
カールは声だけで床に座っている誰かさんと、それにしな垂れかかっている誰かさんの姿をありありと思い浮かべることが出来てしまった。
「あーあ、当たるわきゃないよなあ・・・」
やっぱりなあ、と顔を覆いながら呟いたカールが真に気にしていたのは、とたんに気配が重くなった隣にたっている人物の方だった。
(ね、姉ちゃん、せめて反応してくれ・・・)
暫く俯いて拡声機をカチャカチャやっていた真沙輝だったが、何の前触れも無くそのメガホンを放り投げた。
その軌跡を追いながら、真沙輝がぼそりと呟いた。
「ねえ、カール」
「なんデショ、お姉ちゃん」
「花火とかけて、サザエさんちの猫ととく」
「『虹色とうがらし』じゃん」
「ええ、そうなの。音声パスワードだから誰が言ってもいいんですって」
「・・・・」
「・・・・」
それ以上口を開く気配も無い姉をちらりと見やると、カールは諦めたように口を開いた。
 
ちなみに、この真沙輝を見てさっさと耳をふさいだ柏の双子は、その更に背後で交わされた会話を聞くことは無かった。
「あーあ、結局こうなるのか・・・」
「前にあそこ直したの何時だっけ?」
「学府卒業前祝い記念の時じゃなかったか?」
「いや・・・、あの後にも確か一回ランチャーぶっ放したことがあったはずだ・・・何時だったか・・・」
四天王は揃って大きく大きく嘆息した。
 
「タマや・・・」
 
ダン!パラパラパラパラパラ
 
「まあ、綺麗」
降ってくる瓦礫をよけながら、真沙輝がのんびりと呟く。
同じく降ってくる瓦礫をよけながら、四天王は恐ろしく呆れた顔をした。
瓦礫が降ってくるのはいい。いや、全然良くないが、とりあえずいいとしよう。
問題はその瓦礫以上に降ってくるガラスの破片だった。
ガラス、窓ガラスにしては分厚くその量が多い。
勿論、彼らはその意味を十分に承知していた。
ほとんど原型をとどめているものを拾い上げて、シャリアが苦笑する。
『いいちこ』
速い話が酒瓶だった。しかも、あたりが濡れていないところをみると、どれも中身は空だったらしい。
 
当然、降ってきたのはガラスと瓦礫だけではなかった。
 
「お怪我はありませんか?ヤン元帥」
「ええ、私は大丈夫です。何処も。貴方は・・・?ロイエンタール元帥」
顔色を変えずに問うたロイエンタールに、ヤンが甘やかに微笑みかえす。
花が零れるような笑顔だ。
和やかである。
お互いの言葉通り、何処にも怪我をした様子も無い。
それどころか、二人ともちゃっかりしっかり無傷未開封の酒瓶の数々を抱えていたりもするのだが。
二人とも何事も無かったかのように会場にあったテーブルにつき、おいてあったティーカップを取る。
「えーと、お話が途中でしたね。私は狼少女の初演の場面が一番好きなんです」
大嘘吐き。
「ああ、あの嵐の時ですか?」
お前も何でその大嘘についていけるんだ。
「でも、ロイエンタール元帥のおっしゃったところも好きですよ?印象深くて」
目を伏せてクスリと笑ったヤンが、そのままの笑顔をロイエンタールに向ける。
「『おまえさまが好きじゃ』」
その笑顔にやや皮肉げにわらって応える。
「演出家が居ないようですが?」
外見だけ見れば、完璧な午後のティータイムだった。
てゆーか、お前桜小路のつもりなんだな、ロイエンタール。
 
その、微笑ましく白々しい光景に、四天王は揃って頭を押さえた。
何でこいつらはこんなに擬態がうまいんだ。
「いちゃついてんじゃねーよ、貴様ら」
苦りきったディヴァが手近にあった一輪挿しをとった。
その意図を察した真雪と美時が、叫ぼうとしたのをカールが手で止めた。あまつさえ
「お、ディヴァイン選手第一球、振りかぶって、投げました」
とか云っている。
これから起こることを知っているのだ。
事実、ディヴァの投げた一輪挿しはほぼ地面と平行に、時速200キロで飛び・・・
二人に当たる前に壁に当たったかのように地に落ちた。
「ATフィールドぉ!?」
「心の壁ぇ!?」
違う。
その双子の反応にカールが片眉を上げる。
「お前らよく知ってんなあ。なんだ、また再放送やってるのか?」
「うん!おととい24話だったよ」
「へー、懐かしい・・・。と、ホラよく見てろ」
こんどは方々から五、六個椅子やら何や大小さまざまな物が投げられた。
バサッ
今度は双子にも見えた。
「「ヒラリマントぉおおおおおおお!?」」(そういえば、どう書くんだろう?音だけ聞いてるとさっぱりだ)
ロイエンタールが自分のつけている外套で叩き落としたのだ。
「いんやあ、流石に鳥兄でもまだソレは作ってない。ありゃあ兄ちゃんの持ち芸の一つだよ」
芸か?
「うっそ!」
「てゆーか、そんなこと出来ていいの?」
「任せろ、陸奥の歴史に敗北の二文字は無い」
「「いや、マント使ってる時点で陸奥の技じゃないって」」
「ジョーダン。確か、俺の昔聞いた適当な説明によると、マントにしろ何にしろ、物が動く時には力の核が出来るんだってさ。核に核をぶつけることでほとんど力を使わずに落とせるんだと。ちなみに、俺が昔見たときは伯父貴が本の栞でやってたことがあったな」
「伯父貴って・・・」
「おじじ?」
「そうそう、ルーシェンおじちゃん。タイロン伯父上は時たま土産くれるぐらいしか付き合いが無かったからな、俺は。もう一つ言わせて貰うと、そこのシー兄は果物ナイフでブラスターの光線が切れます」
「「ええええええ!!???」」
カールの台詞に、的当たらないゲームを傍観していたシャリアが振り向く。
「今はもう出来んさ。流石にブラスターは難しい」
「そう?」
「ああ。20年も民間人をやっていると、そうなるのも道理だ」
「嘘だぞ、カール。腕なんか全っ然鈍ってなかった」
「直兄・・・」
普段の穏やかさからは想像もつかないガラの悪さで、さっきから的当たらないゲームに鋭意参加していた直樹が口をはさむ。
「俺の腕と同じだけお前の腕が鈍っていただけの話だ。直樹」
「いいや、俺は目の良さには自信があるんだ。お前の反応速度は昔より速いぐらいだったさ」
「・・・・・・」
「運動不足のサラリーマン・・・、ねえ。お前の働き詰めを心配していた咲子さんに見せたかったなあ」
「・・・・・・」
「百歩譲って「友達」としての意見だが」
「・・・・・・」
「お前、「シャリア・ラントス」から逃げることは到底絶対完璧無理」
「・・・・・・」
最愛の幼馴染にとうとうと言い募る直樹と、グラスをなめながら明後日を見て誤魔化しているシャリアを「お互い嫌いあってるわけじゃないんだよなあ」とか思いながらさりげなく視線からはずして、投げられる物質の中心にいる兄と義姉に目を移す。
「はぁ、姉様と兄ちゃんは、あの芝居かなり楽しんでるし・・・」
「そのようね」
「ふ?」
そのカールの独り言に応えたのは、女の声だったが真雪の声ではなかった。
バキ!
突然発生した破砕音に、次から次へと物と野次を飛ばしていた全員が水を打ったように静かになった。
 
「お望みなら、私があの・・・なんだったかしら?小倉小豆パフェ?食べてあげてもいいわよ?」
優しいといっていい声と笑顔の真沙輝が云った。射殺しそうな視線だけがそぐわなかったが。
すいません、テーブル壊さないで下さい、お姉さん。
「あ、まあちゃん」
「「まあちゃん♪」じゃ無いわよ!ウェンリー!!ティーカップで酒を呑むなと一体何度言わせれば気が済むの!?てゆーか!同盟軍元帥が帝国軍元帥と喋ってていいの!?」
真沙輝の説教に可愛らしく首をかしげていたが、やがてにっこりと笑って口を開いた。
「ああ、こちらのロイエンタール元帥が親切にも・・・」
「落としたハンカチを拾ってくださって・・・、とかいった時点で滅ぼす」
「・・・・・・」(ニコニコと笑っているヤン・ウェンリー)
「・・・・・・」(無言でティーカップを傾けるオスカー・フォン・ロイエンタール)
「・・・・・・」(相変わらず目が据わっている柏真沙輝)
「下駄の鼻緒が切れて難儀していたところに・・・」
「云うつもりだったのね・・・。てゆーか」
意味深に真沙輝が言葉を切る。
「起きやがれ!このすっとこどっこい×2ぃぃぃぃ!!!」
 
「やっぱり」
「もう、変わりが無さ過ぎて、クラクラくるぜ」
「お変わりになりませんなあ」
「処置なし」
などと反応できたのが月下、ソレも大体三十代より上のもの。
大多数を占めたのが次の反応だった。
「なにぃいいいいいいいいい!!!!!?????」
 
「ちょ、ちょ、ちょ、どういうことだ!説明しろ!お前ら!どういうことだ!あやつらは本当に寝て・・・いや、そこじゃなくて、あの二人はお前たちのなんなんだ?」
すっかり混乱の極みに達したラインハルトが双子に食って掛かる。
無意識にカールを避けたのは、幼年学校時代からの苦手意識のせいかもしれない。
双子は思った。
(さっき、その説明のためにお父さんとお母さんを藤姉が呼んだんじゃなかったっけ?)
 
真沙輝の風圧に押されてテーブルと椅子とヤンが飛ばされる。
のを、小揺るぎもしないロイエンタールがその腕で支える。
「あ、ありがと・・・」
髪に手をやりながら、礼を言うと、不意にその視界に見知った人物たちが入ってきた。
同じモノにロイエンタールも気付き、二人は同時に口をあけた。
「息子がどうかいたしましたか?陛下」
「娘が何か?マイン・カイザー」
にこやかにそういったヤンと、平静にそういったロイエンタールに、ラインハルトは今度こそ、口をあんぐりとあけ、絶句した。
 
「って、んなこたどーでもいいのよ」
無理矢理二人の意識を自分のほうに向かせた真沙輝が、ついでにヤンの襟首を掴んで引っ張る。
「一つ説明して欲しいんだけどねえ、ウェンリーちゃん?」
と、同時に、ヤンの服の合わせにありったけの力を込める。
バリ
「貴様夕べ何処でなにしてやがった」
少女漫画における絶対の法則。キャラはシャツを着ない。
と、いうわけで、前を思い切りよく剥がれたヤンのきめ細かい肌があらわになった。
「夕べは、お家で晩御飯の茶碗蒸つくってた」
慌てず騒がず、シレっと答える。
「その後だよ、その後!つーか、オスカー、手前所有印つけすぎ」
「別にいいだろうが、それぐらい」
「お前、今日昼中寝てた原因はコレか?」
脱力しながら問う真沙輝に、何時の間にか湯飲みを手にしているロイエンタールが答える。
「・・・、二割ぐらいはそうだ」
「後の八割は?」
「徹夜でテトリスをやっていた」
プチ
「お前、そんな理由で寝ながら元帥杖受け取ってたのか!」
「優先順位ははっきりしている。別に問題は無かったはずだ」
 
この会話を聞いていて、慌て騒いだ人間が二人居る。
「「茶碗蒸ぃいいいいい?????」」
「悪い、俺ソレ食った」
「「何で何で何でーーーーー」」
柏家の双子である。
「夕べの帰りに姉様と出会って、夕飯の買い物付き合ったついでにご相伴に預かった」
「つーか、なんで夕べの帰りに母さんにあうのさ!」
「そりゃ、お前らに夕食作るためだろうが」
おいおいおい
「でもなあ、姉様お前たちの分も作ってたんだぞ?四つ。でも、お前ら帰ってこなかったし、食っちまった」
「カール兄ちゃんと、ママとパパと三人でぇ!?」
「いや、ミッターマイヤー元帥と、四人で」
「「んじゃあ、もう、一個も残ってないじゃんかーーーー!」」
 
「ウェンリー、あんた、ちょっと顔貸しなさい」
「えー、なんでーー」
「お・き・が・え。あんた、そんなカッコで家帰る気?」
はっと、自分の服を確かめる。同盟軍の礼服だ。
「まあ、ちょっとアレかも知んないけど・・・・ハッ!まさか、着替えって・・・」
「なぁにかなぁ?文句でもあるのぉ?特別な日にはそれなりの格好ってモノがあるでしょうが!え?神楽師さま!あんたが大礼装着なくて誰がアレ着れるのよ!」
「ヤダヤダヤダーーーー!あれ、布が多くて、かさ張って、ジャラジャラ重いーーー!!しかも、全部?上から下まで?」
頭を抱えながら、恐る恐るヤンが問う。
「大丈夫よ、顔はちょっとばかし、口に紅引くだけにしといたげるから。てゆーか、あのカッコ実は好きでしょ?」
「嫌いじゃない、嫌いじゃないそれは認める。でもでもでもヤダーーーーーーー!」
「ち、しょうがないわね。オスカー、コメント!」
一人で寛いでいたロイエンタールに真沙輝が視線を投げる。
そのロイエンタールがまっすぐにヤンを見て、落ち着き払って、一言。
「着ないのか?似合っているのに」
ソレだけを云うと、口を閉じた。真沙輝も何も云わない。
うずくまっていたヤンが、不意にスックと立ち上がる。
「行くよ、まあちゃん。なにやってるのさ、時間がもったいないだろ?」
(この変わり身の速さ・・・、ウェンリーリモコン・・・)
と内心思った真沙輝だったが、気が変わってくれたことは素直に嬉しいので、ちゃっちゃと幼馴染の背中を押す。
「さ、行こ行こ行こ、あ、オスカーぁ、悪いけど、その人たちに説明とかしててぇーーー。なんか、真雪と美時のことで聞きたいこととかあるんだってぇーーーーvvv」
「わかった。さっさと行け。九時まで後十五分しかないぞ?」
「まーーかせてっ!五分で完璧に仕上げてみせるわよ!」
「つーか、まあちゃん、帝国軍の軍服はいいの?」
「ああ、オスカーはいいのよ。あいつなら、コスプレで通るでしょ?あ、カールは着替えてね。ちゃあんと用意してきたからvvv赤い特攻服vvv」
「ヤダよ!!!!」
そっちのほうがよっぽどコスプレだろう。
そんなこんなで、何処に用意してあるのか真沙輝とヤンは騒ぎながら駆けて行った。
 
「おやあ?あの子達が消えたってことは・・・、チャーーーあンス♪」
影の中でほくそえんでるのは誰?

 

続く


前へ 目次へ 次へ