眠らない街の眠れない夜  第五話
                  
 
〜アレキサンドライト
 
(なーんか、空気がピシピシした感じになってきたなぁ。後どれくらい?50分?ぐらいならもつかしら?もっと少ない?)
「何処の美人が壁の花かと思ったら、お師匠様じゃありませんか」
グラスを手に茫洋と視線を彷徨わせていたレティシア・Y・クレイマーは、声をかけられてどうでもよさそうに顔をあげた。
「あらあ、シェーンコップじゃない」
露出しているほうの左目だけで軽く目を見張ってみせる。
20年程前にちょっとばかしかまっただけで師匠師匠とありがたがってくれる、奇特な弟子だ。
「久しぶりです。よくお似合いですね、そのドレス」
そう、今日のレティーはいつもの色気もそっけもない「如何にも船乗り」といった格好(いや、それでも十分美しかったが)ではなく、一見普通の白いドレスだがよくよく見ると職人の執念がよくわかる一品を身に着けていた。装飾品にしてもまたしかりで、わざと淡い色の石を選っているが、カットも彫金も「超」がつくほどの品である。常の武骨な眼帯をはずし、他とそろいの淡い色の石をつなげたものを顔の右半分にたらしている。
どれも、レティーの繊細な美貌を引き立てるためのもので、おそらく彼女にしか似合わないであろう。
その様相は「妖精のような」と形容してさえ過言ではなかった。
しかし
コレには超お約束の前置きがつくのである。
『大人しくしていれば』
「ん、たくもう。あの莫迦給仕の小僧どもときたらこのあたしにグラスよこすのよ?ボトルよこせってんのに。このあたしに向かって」
ボトル渡したら、ラッパ呑みするんろうが。
・・・・・ガラ悪ぅ。
「師匠、折角褒めたのに・・・」
脱力したシェーンコップが肩を落として云う。色男も台無しである。
「あぁ?このドレスのこと?可愛いでしょ。夫が生きてたときに作ったんだけどね。60近かったのに『阿呆な貴族がころっと騙されるところを見たい』とかほざいて、屋敷に帰るたんびに結構あちこちの夜会とか引っ張りまわされたっけ」
もう何年も着てなかったんだけどねえ。と、まんざらでもなさそうにクスクスと笑う。
「師匠?」
「うん?どうした、弟子」
「今何か妙なこと云いませんでしたか?」
「云ったっけ?」
「貴族とか、屋敷とか、夜会とか、ってそれじゃあまるで・・・」
「あら、私の夫が帝国人だって、知ってるんでしょう?」
深海を移した様な藍の冷たい瞳に、シェーンコップの顔色が紙になる。
「見たんでしょう?イゼルローン攻防戦の時、薔薇の騎士はトリスタンに乗り込んだって聞いたわよ?見たんでしょう?美時と同じ顔をしたあの男を」
かつて藤波だった女は、現在の藤波が彼に言ったのとほぼ同じ言葉を発する。
「ですが、ですが師匠!不可能です!」
覚えず、シェーンコップの声が震えた。
「ええ、そうよ。私たちはそんなこと百も承知なのよ。理由なんて知りやしないわ。でも、月下の誰に聞いても同じことを答えるでしょう。美時の母親はウェンリーで、真雪の父親は・・・」
容赦なく続けようとしたレティシアの声を不意に春の妖精の様な声が遮った。
「レイシャ様?レイシャ様ではありませんか?」
そこには、春風の妖精が立っていた。・・・というのは、勿論目の錯覚で。
「アンネ・・・ローゼ?」
「やっぱり、レイシャ様。お久しゅうございます」
その場の空気さえも和らげてしまうかのように明るい笑顔で、にっこりと微笑むアンネローゼに、レティシアの瞳から険が消える。
「あぁ、アンネローゼ。ごめんなさい、来ている事は知っていたのだけど・・・。結婚したことは聞いたわ。おめでとう」
「そんな、レイシャ様にそういってもらうのが一番嬉しいです」
 
優しく微笑む別人のようなレティシアと、顔を赤らめてはにかむ少女のようなアンネローゼに、思わずあごが外れそうになりながらシェーンコップは師をつついた。
「何です、レイシャ様って?いえ、それ以前にこの方は、まさか・・・」
「ヤン・レイシャ。私の本名兼ペンネームよ。まさかもなにも、キルヒアイス大公妃アンネローゼ様様に決まっているじゃない。見て解からないの?」
「解かりすぎるから聞いてるんです!」
金髪と銀髪の美女二人が着飾って談笑している様は非常に眼福なのだが、なのだが、この対応の差はなんだろう。と、思わずシェーンコップは胡乱な目つきになってしまった。
 
「そういえば、レイシャ様♪新刊が出来ましたの」
アンネローゼがこそこそと嬉しそうにレティシアに耳打ちする。
「まぁ、最近がんばってるのね。また、何時もの弟さん×旦那さん?」
満面の笑顔でアンネローゼが頷いた。
女って恐い
 
 
〜竜を纏う少女
 
「っもー、パパもママも皆して何処いるんだろう?全然見つかんないなあ」
紺の上下を身に纏った大変華やかな少女が思い切り顔をしかめる。
勿論、我等が柏真雪嬢である。
(ちろり)
視線を流せばそこには如何にもおいしそうな山海の珍味。
「青春はぁ、体力勝負・・・だよね!」
身内を探すのもまずはそこからだ!とばかりにフォークを伸ばした。
 
カシャン
 
(うお?)
 
「すみませんけど、このフォーク放してくれません?」(ごごごごごご←気合)
「何を言うか、俺のほうが速かっただろうが」(ぐぐぐぐぐ←威圧)
「冗談、私のほうが速かったですよ。帝国のオジサン」
真雪VSビッテンフェルト・和風ハンバーグ(きのこソースつき)争奪戦
お子ちゃまだ・・・やってることも、取り合ってるものもお子ちゃまだ・・・・。
ものの見事にいきり立ったビッテンフェルトが気炎を巻く。
おい!小娘!32の!何処がオジサンだーーーーーーー!!!!!
一つ一つ区切って大喝する。それこそ、風圧も来ようと言うものだ。
しかし、真雪だって負けてはいない、小揺るぎもせず噛み付き返す。
「32の何処がオジサンじゃないってゆーのよ!!!ウチのパパと同い年じゃなぁい!」
大変可愛らしく、生意気っぽく、そして少し婀娜っぽく上目遣いで睨む。完璧だ!真雪。
「32ぃーーーー?ちょっと待て小娘!お前いくつだ?」
流石に目を丸くしてビッテンフェルトが尋ねる。
「なによー、帝国人ってのはうら若い乙女に向かって年尋ねる無礼者なの!?とか云いたいけど、教えてあげる!17!」
チェックメイトである。
ビシッと指でさして、ウィンクをかます。
気の毒にもビッテンフェルトはポカンと口をあけてしまった。
それはそうだろう。物理的には可能だろうが、結構一般的ではない。
「何もんだぁ?おまえんちの親は・・・」
その言葉に、少女は待ってましたとばかりに、にやりと笑みを浮かべる。
「バケモノ」
「あ?」
「もしくは魔物。じゃなかったら鬼悪魔」
「おいおい」
「一言でいうと人非人」
「・・・・・」
「本当だもん。嘘じゃないもん」
「・・・、もういい。食え。子供は食って大きくなれ」
「大謝♪ビッテンフェルト提督」
 
3分後、ビッテンフェルトと真雪は既にマブダチ(死語)だった。
ビッテンフェルトの父親もかなりのこまったちゃんだったらしい。
「あー、うん解かるぅ、居るよねえ、そういう親って。ウチの親はさあ、軍人なんだけど、パパもママもお堅いとか、謹厳とか、実直とかいう言葉の対極に居る人でねえ。ママに言わせるとパパは「女嫌いの女コマシ」だし、パパに言わせればママは「たとえ男女の人口比が1:2になったとしても絶対に男には不自由しない」らしいし、パパの「女嫌いの女コマシ」はもう、ママって凄いなって思ったくらい云い得て妙だったけど。てゆーか、感受性サボテンに劣るる、のパパにそこまで言わせるママって?とも思ってみたり・・・」
はひー、と真雪が疲れたように息を吐く。
「それは・・・軍人として以前に人として問題があると思いますが?」
「うん、だから今人非人って・・・・って、ええ!」
「驚かせてしまいましたか?すみません」
気配も無く真雪の背後に立っていた男が笑いながら謝る。
(まがりなりにも柏を名乗る私の背後をとるとは!侮れん)
「ミュラー、お前職業選択間違えたと思わんか?」
「結構天職なつもりなんですが・・・。ところで、ビッテンフェルト提督、どちらのご令嬢ですか?」
「いや、知らん。何処かの何とかというご令嬢だ。そういえば、名前聞いてなかったな」
「いえ、そんな令嬢なんてもんじゃありませんて。真雪です」
「そう・・・ですか?どこかでお会いしたような気がするのですが・・・」
コレは決して千年前に滅んだ口説きのテクニックではない。本当にミュラーには見覚えがあったのだ。
この時、ミュラーはこの顔を何処で見たか考えていた。
ビッテンフェルトは「女嫌いの女コマシ」と言う言葉にやたらと似合う僚友の顔を思い出しかけていた。
そして真雪は、二人のことなど既に頭に無く、グラスの水で乾いた口内を湿らせながら、親のぼやきを何気なく呟いた。
「ったく。あんなのに元帥の称号なんて渡したらどうなるか目に見えてるのに。大惨事になる前に戦争が終わってくれて本当に良かった」
その言葉に二人の帝国軍将官の脳裏のシナプスに高圧電流が走った。
ちなみに、親を「あんなの」呼ばわりしたことは、二人の提督によって速やかに無視された。
「ってお前まさか、ロイエンタールの!!?」
「ああ、やっぱり!!でも、ヤン提督はとてもそんな・・・」
「きゃ!!!」
背で叫ばれた真雪の声が跳ねる。そのせいで小さな水音は掻き消えてしまった。
「あ?ヤン?ヤン・ウェンリーぃ?」
「へ?ロイエンタール提督って?」
ビッテンフェルトとミュラーが、奇怪なものでも見るように顔を見合わせる。
しかし、真雪にとっては別世界の出来事だった。
「あああああああ!!!!!」
「ど、どうした?」
「な、なにが?」
帝国ではめったに聞けない夜会でのあまりにも色気の無い叫びに驚いた両提督が少女に注意をひき戻す。
「今ので、グラスの中にコンタクト落としたぁ・・・」
少女が光に透かすグラスを見てみれば、中に確かにコンタクトと思しき黒い・・・。
((黒い?カラコン?))
二人が同時に思った瞬間キッと振り向いた少女の・・・。
「イキナリ叫ばないでよ!驚いたじゃない!」
少女の瞳。
右が黒。左が青。
「「ヘテロクロミア!」」
「!!」
(さて、どうしよう?)
 
 
〜君の歌声が聞こえる
 
と、そのころ娘に人非人と言われた両親は、まだ、会場の一番北にあるバルコニーにいた。
「オスカー」
なんだ?と問うようにそのヘテロクロミアを腕の中の人物に向ける。
「いや、なんでもない」
ふう、と体中の力を抜いてロイエンタールの胸に寄りかかる。
「幸せだなあと思って」
ふわりと目を伏せるように笑うと、その首筋に掠めるように唇を寄せた。
「もう、離さないから。お前は一生、私のものだから。誰にもやらないから。許さないから」
身も凍るような甘い囁きにもロイエンタールは顔色一つ変えず、その白い手をとって指先に口付けた。
実はこの二人、いちゃついているように見えて、二人とも寝ているのである。

 

 
みなさん、お久しぶり!の、りほです。
今回やっと文字を太字にすると云うことに思い至ったので、おおはしゃぎで使ってます。
やたら、どうでもよさそうなところに使ってますが、気にしないで下さい。
 
それでは、もしよろしければ次回をお楽しみに!
(んでもって、ついでに、もしよろしければ感想をBBSに書き込んだりしてくれると嬉しいかなー、とか思ったりぃ・・・)←妙に小声


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