眠らない街の眠れない夜 第二話
 
〜四天王・直樹・ラングレー
 
「直樹様」
会場を忙しく横切っていたジュエリーショップ「黒曜」のオーナー・・・とは名ばかりの日々営業部長にこき使われているあわれな天才ジュエリデザイナー直樹・ラングレーを聞きなれた声が呼び止めた。
「これは、咲子さん。お久しぶりです。貴女もいらしていたのですか」
柔らかいアッシュブロンドのストレートヘアを揺らし振り向いた、晴れた春の空の瞳が細められた。染色体Xをホモで持った人類であれば必ず一度は理想として頭に思い浮かべるほど冷涼なしかし温かみのあるあたかも水晶の様な容姿の主である。
「たしか、地下茎の会幹部には裏で全員に招待状がまわされたと聞きましたが」
その美貌というには清廉すぎる容姿に動じる事も無く、おっとりした女性は本来の性質そのままにほにゃんと答えた。
「いえ、別口ですの。今日は家族でピクニックに行く予定だったのですけれど夫の休暇がいきなりつぶされてしまいまして、その代わりに家族で招待されましたの」
「おや?ご子息は?」
「望ときたら、さっきそこで友達に出合ったとか言ってさっさと言ってしまいました」
「ご主人・・・は、確かフェザーン自治政府にお勤めと伺ったような気もしますが?」
仕事がかなり忙しい人物らしいが、美人というほどの容姿でもないこの咲子・マクレーンがいつも輝かんばかりに幸福そうに微笑んでいるのはその夫の影響が大きいのだろうと直樹は密かに毎回舌を巻いていた。
「はい。昨日の晩突然言われまして、一も二も無くOKしましたわ。ピクニックも楽しみでしたけどやはりこの場にいるのは月下出身者としてこれ以上ない喜びですから。なにしろ皆様いらっしゃいますものね」
「そう、ですね。一人を除いて・・・ですけど」
整った直樹の顔が甘くもだえるように歪む。
「あ、すみません。私そんなつもりじゃ・・・」
二人は同時に20年近く前から行方の知れない四人目の四天王を思う。シャリア・ラントス。「血塗れの手」という禍々しい名前をその身にかぶせられた陰のある麗人。
「あ、いえ、気になさらないで下さい。貴女にそんな顔をさせたいわけではないのです。何分にも昔のことですし。ええ、あいつもきっとどこかで元気にやっていると信じています」
淋しそうに微笑む男を咲子は暫し観察するような瞳で見つめた。
咲子はこの男が妻と10歳になる娘を心から愛している事を知っていた。その男にここまで辛そうな表情を強いるのはどのような人間なのだろう。
しかし、その表情を半瞬で消すと気落ちした男を慰めるようにいつものほにゃんとした笑顔を作った。
「そうそう、直樹様。私の新刊が出来ましたの。明日にでも望に持って行かせますわね」
「おや、それはありがたい。貴女の作品はいつもとても素晴らしいですからね」
素直に喜ぶ男に「睡蓮の沼」という「直樹×シャリア」サークルの元締めは複雑に微笑んだ。
笑って誤魔化す、という名言が頭の中で縦横無尽に飛び回っていた。
この会場にはフェザーン中の名士が集まっていたが、この惑星では名士の基準からして要注意なのである。
 
〜マッドドクター降臨
 
「やあ、久しぶりだな。オスカー。元気そうで何よりだ」
機嫌よく旧友に声をかけたのは鶏がらのような痩身痩躯をした目が顔の半分近くありそうなマッドドクターである。
「・・・・・柚木か」
そんな友人に深い感慨もうけず、無感動に答える。
「ミッターマイヤー、こいつはおれの古い友人の柚木だ。医者をやっている。根性は悪いが腕は確かだ・・・・が、緊急の場合以外は傍に寄らないほうがいい。モルモットにされたくなければな」
「本業は獣医だったんだが、色々必要にせまられて内科外科歯科産婦人科一通り以上のことはこなせる。薬学だけだが博士号も持っている。何かあったら是非来てくれ」
柚木は癖なのか神経質そうにメガネを押し上げると、旧友を茶化した。
「こいつらと関わっていると碌な事がない。野戦病院さながらのことをやらされたからな。それで、いっそのこと資格をとってやれと開き直って・・・」
「そうだ、確かお前カールが生まれる時「家庭の医学」引っ張り出してきてたんだったな」
「あの後きちんと資格もとったぞ?そうそう、お前やはりあのときよりも症状が悪化しているな。お前が幾ら忘れた振りをしても今のところ不治だし、命に関わる事に違いはないんだからな」
何気なく言われたその言葉にミッターマイヤーが顔色を変えて怒鳴った。
「ちょっ、どういうことだっ!ロイエンタール!!」
「落ち着けミッターマイヤー。タダのアレルギー体質だ。それに、関わるのはおれの命じゃない」
「ああ、失礼した。驚かせてしまったようだな。今のところ治療法はないことは本当なんだが、こいつさえ気をつけていれば別に誰の命に関わることでもないんだ。ただ、昔からこの「持病」を忘れた振りをして無茶をすることがあるから釘をさしておこうと思っただけでな」
失敗したと言いたげに手を顎に当てていだが、はっと気付いたように手を打った。
「そうだ!悪いがオスカー、昇梧いや、家の息子を見なかったか?」
ロイエンタールが首を振って知らないと答えると柚木は音高く舌打ちをした。
「ちっ、あのお調子息子が。もういい!すまんが、家の息子を見たら私は先に帰るといっていたといっておいてくれ。」
「なんだ、お前もう帰るのか?」
「ああ。今、開発がいいところなんだ。あとお前のご自慢の麗しの奥方に一言挨拶したら帰るさ」
「おれは・・・・・お前の人体実験のほうが命に関わると思うがな」
「なんだと!ではお前は私の可愛い動物たちを実験台にしろと言うのか!?」
「・・・・・・・・・、一応人類も動物の一種だぞ・・・・・」
「ふん、一番箸にも棒にもかからん種族だ。減って何が困る」
「かわってないな・・・お前も」
「お互い様だろう。じゃあな。今度家にも遊びに来てくれ」
踵を返して立ち去りかけたが、少しためらって振り返った。
「あ・・・・・・・・・さっき外で・・・・」
「?どうした?」
「いや、やはりいい。私の見間違いかもしれないしな。じゃ、また」
ロイエンタールは暫しその後姿を内心不思議そうに見送っていたが、顔の半分に当たっている非常に心地よくない視線に諦めて隣の友人に向き直る。
「なんだあ?お前。麗しの奥方ってのは」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれは柚木のジョークだ。昨日あっただろう?あいつの事だ。この辺の人間はからかっておれの奥方というんだ」
「・・・・・妙な習慣だな」
 
〜門
 
その時ヤン・ウェンリーは会場のまん前に立って挑むように会場を睨みつけていた。
誰がここを会場に決めたかは知らないがここは大観園からまっすぐ昨日ミッターマイヤーとロイエンタールが横切った大路を南に下りて来て月下街の外周にあたる所で通常「門」と呼ばれている。ここから中が月下のテリトリーだ。
(・・・・・、ふ、覚悟か・・・)
軽く息を吸い込んでその入口に足をかける。
その瞬間誰にも気付かれないようににやりと笑って紡いだ言葉が、ホンの拍子でフェザーン人の木石なサラリーマンの耳に届いた。曰くに、
「睦月、出陣と参りますか」
 
〜四天王・ディヴァイン・ウォーロック
 
「だーーーー、れーーーーー、だっ!」
いきなり後ろから羽交い絞めにされたオスカー・フェン・ロイエンタールは、その腕を振り解きも振り向きもせずゆっくり三秒数えると、鋭い事銀河一であろう必殺の肘を相手の腹に叩き込んだ。
「かはっっっっ!」
思わず飛び退ろうとした男を今度は遠慮会釈もなく靴の底で蹴る(通称・ヤクザ蹴り。ロイさん使用度NO.1の蹴り)。つーか、パーティー会場で暴れるなよお前。
「誰だ?お前」
あまりの声音の冷たさに周りの人間は思わず蹴られた男の肌が裂け紅蓮のようになる錯覚を覚えたが、当の蹴られた本人は慣れているらしく腹を押さえながら立ち上がろうとした。
「ったーーー、つーか、お前今本気でやったわね。つーか、俺じゃなかったらどうするつもりだったのよ・・・」
「だ・か・ら・お前なんぞ知らんと言うとろう、がっ」
反対の手で髪をかきあげた瞬間、男の目の前には足があった。ほぼ反射で後ろに跳ねて一回転して着地する。でかい図体の割には猫のように敏捷な動きだ。
「あいかーらず、あっぶねーやつぅーーー。うちの娘が生まれた時にも顔出さずに祝いの一つも送らなかったくせにぃ、久しぶりに会ったご友人に対する態度かよ、コレが」
「お前こそ、30過ぎてやることか?それに祝いはちゃんとサラに送ったぞ?」
「なにぃ!俺聞いてないぞ。ばっくれてたな、畜生」
最愛の妻に悪態をついた男が今度こそまともに顔を上げるとそこにはヘテロクロミアじゃない帝国軍元帥が無心に男の顔を覗き込んでいる姿にぶつかった。
「???・・・・あのお、ミッターマイヤー元帥。何か?」
「・・・・・。失礼ですが、ヘル・ディヴァイン・ウォーロックですか?作家の?」
ディヴァイン同様にロイエンタールも何事だ?という風にミッターマイヤーを見る。
「そおでーーーっす、オスカーの幼馴染その5、ぐらいのディヴァイン・ウォーロックでーーす」
とりあえず、状況は良く解らないが愛想よく答える。その時、
「やっぱり!!!ファンなんです!元々妻が好きだったんですが、影響されて私も読むようになりました!妻は、「砂漠」が一番好きなんですが、私はこの前の「夜の歌」が一番・・・」
「うっそーーー、俺のファンなの?ウレシーーーー!!!つーか、マジ!?「夜の歌」好きなの!?俺もあれ一番好きなんだけどさーー。身内には絶大に受けたんだけどねーーー。つーか、「砂漠」一等お気になんて奥さんいい性格してるーーー」
目を輝かせて早口でまくし立てるミッターマイヤーに、状況が速攻でわかったディヴァインが目にもとまらぬ早業で立ち上がって、絶叫する。
つーか、ディヴァ、お前ベストセラー作家だろうが。
ロイエンタールはいきなり手に手を取り合って、意気投合する昔の友人と今の友人をあっけに採られながら眺めて、さっき己が蹴って乱れた(はずの)ディヴァインの服と髪が何故一瞬にしてもどっているかに首を傾げる。
(・・・・・まさか、今の一瞬で?)
今のシャキンという効果音の間で髪まで結わきなおしたのだとしたら光速をはるかに越えている。
と、その一瞬の思考の間隙に入口のほうからの一段と高くなったざわめきが飛び込んできた。
ディヴァインとロイエンタールの顔が同時に上がる。
「来たね・・・」
「ああ、来たな」
人ごみで見えない入口を向きながら言う。
「行かんの?オスカー」
「ほっとけばそのうち来るだろう」
「ん、まあ、確かにね」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「羽鳥がいるな・・・・あそこに」
「ん?俺も行こうか?」
見えない先を言い切った男に当然のようにディヴァインが応じる。
「・・・・・・、直が行った・・・からいいだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねえ、オスカー、それって本当に勘なの?毎度のことだけど・・・・」
相手の沈黙に恐る恐るディヴァインが横目で見る。
反応の無いロイエンタールに蒼くなって胸倉を掴んで怒鳴る。
「なあ!いいよ。お前らいつもそうだし。別に目と目で通じ合うぐらいなら幾らでもやればいいよ!!でもなあ、テレパシーとか使うなよ!!約束しろよ、オイ!これってサイキックモノじゃないんだからな!スペースオペラの名を借りたラブコメなんだぞ!(本当か?)」
しかし、ロイエンタールの意識はディヴァインの方を向いていなかった。「いいだろう」の「う」の所を言った瞬間物凄い悪寒が背筋を走ったのだ。しかも、えらく馬鹿馬鹿しい悪寒が。
「オスカー?」
「おれは知らんぞ・・・」
「え?」
「俺は関係ない」
ずっと、入口の方を見ていた男は目をそらして背を向けた。
それまで、礼儀正しく耳を最大限にそばだてていたフェザーン人たちが何事かといぶかしげにロイエンタールのほうを向く。彼らが正真正銘の野次馬と化すまであと、ほんの少しである。
「・・・・・・・・・・・直樹か」
その語尾に被るように入口付近のざわめきが一瞬更に高くなったような気がした。

 

注:ロイは超能力ないです。ただ単に霊感(?)強いだけで。
注2:会場相当広いらしいです。きっと地平線が見えます。(信じないで下さい)


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