エマイユが一つだけ知っている、父親の癖。

 

「ちーさまぁ、まどあけたままねると、またおじいちゃんにおこられるよぉーー」

目をこしこしこすりながら、エマイユが言う。眠いならさっさと寝ろ、小ガキ生。

「窓? なんのことだ? 開いてる? 俺には見えんな」

「あいてる。めちゃめちゃあいてるから、ちー様」

ZZZZZZZZZ

「逃げた・・・」

一応窓まで寄っていって、閉めようとしたが金具まで使って開閉を制限してある窓を見てためらう。

夜風が気持ちいい。

(・・・、そりゃ戦艦の窓は開かないからね・・・)

開けたら宇宙空間ですよ、お嬢さん。

結局エマイユは父の寝顔をちらりと見ると、そのまま自分の部屋に寝に帰った。

『夜、窓を開けてないと寝ない癖』

 

ミッターマイヤーが唯一知っている、ロイエンタールの悪癖。

 

「おっまえなぁ、なにやってんだよ、こんな天気の日に」

「よぅ、いい陽気だな、ミッターマイヤー」

「いい陽気ってのは、普通晴れの日をさして言うんだよこのボケっ! 陽がさしてねーだろーが!」

ゴゥ・・・(風速30メートル。外出は控えましょうね? ロイエンタール)

「いわれてみれば・・・」

「ったく、嵐の日にばっかりこれ見よがしに外ふらつきやがって。なんの因果なんだ?」

「別に雨の日に外出するのが好きなわけじゃない」

「だったら、さっさと戻るぞ! じき降ってくる」

「そうか、仕方ないな」

子供相手にするようにロイエンタールの腕をつかんで、ずかずかと兵舎に帰っていく。

嵐の日は不安だ。ロイエンタールがこのまま風に飛ばされて帰ってこないように感じるから。

(風の中で、何を見てるっていうんだ? ロイエンタール・・・)

それは踏み込めないロイエンタールの領域。

『大風の日になると、決まって外に突っ立って夢遊病すれすれにボーっとしている癖』

 

けどもう大丈夫。もう風がなくても、風が吹かなくても。

 

 

   きっとしあわせ・・・  第7話

 

 

「わかった」

「ほ、本当ですか! オーベルシュタイン閣下、一体何処の、何処に」

詰め寄るエマイユの真っ直ぐな瞳に、オーベルシュタインは答えにつまる。

「・・・」

珍しく狼狽するオーベルシュタインが面白いらしい、ロイエンタールは咽喉で笑っている。

「貴様、笑ってる場合か!」

さらに珍しくオーベルシュタインは声を荒げた。まったく今日はなんて日だ。

「一体どういうつもりで・・・」

鼻息も荒くオーベルシュタインは同僚の胸倉を掴んで締め上げる・・・が、ロイエンタールはにこやかにそれに応じた。

「だから、だ」

「は?」

「お前が今、激高して俺の胸倉を掴んでいる。その理由はなんだ?」

ロイエンタールはあくまで涼しい顔だ。

「そ、それは・・・」

問い詰めているオーベルシュタインの方が旗色が悪い。顔色も悪い。

「ヤツが云っていた。多分最初に気づくのはお前だろうと。オーベルシュタインはたとえ常識と手を切ってでも論理的に考え進めるだろうからってな」

「ほめられてもうれしかないわ」

「これを誉め言葉ととるお前のがおかしい」

ムカッ

「イライラは体に悪いらしいぞ? オーベルシュタイン」←イライラとは無縁の男

「健康気にして軍務尚書なんぞやっとられるか! よけーなお世話だっ!!」

いや、気にしろ。

「で、待て、ロイエンタール。コレで人違いだったらシャレにならん・・・」

・・・、段々オーベルシュタインが壊れてくる・・・・

「・・・・・・合ってるとは思うがな。だってな、簡単だろう? コレ。ただヤツが一人で超難問にしてるだけで。だからそれさえ無視すれば・・・」

「無視したら答えにならんだろうが」

「あ、それもそーか。んじゃま、取り合えず答えろよ」

「ん? ああだから・・・」

答えようとしたオーベルシュタインだったが金魚のように口をパクパクさせる。

「どうした? 遠慮するなよ。まんいち間違ってても告げ口したりせんから」

そのまま酸欠を起こしたらしくサイドテーブルに突っ伏す。

「わ、わたしはやはり人間をやめられん・・・」

「却下。邪魔くさい上に時間の無駄だからさっさと答えろ」

「しかしだな! ロイエンタール」

「お前が現実を認めれば、なんで俺が今こんなことやってるのかも説明してやれるが?」

「うっ・・・」

オーベルシュタインだって人の子、好奇心は論理的統合性を求めるのである。

「ホラ、ここはひとつだな。職分と良心に目を瞑ってもらってだ」

そしてその心の隙間に悪魔は囁きかける。

そこまで言われなきゃならない母様って・・・と引くエマイユを背景に、崩れ落ちたオベは魂を二束三文で叩き売った。

サイドテーブルに体を預けながら、その机上に指ですばやく何事かを書き付ける。

その体が壁になって、すぐ隣のロイエンタールにしかその文字は見えなかったが・・・。

「・・・・・・・・・・」

ロイエンタールの唇の両端があがる。

「当然だろう?」

 

オーベルシュタインはポトンとその場にへたりこんでいた。

「これは、彼女からの宣戦布告か?」

「まさかだろう。お前らを蹴散らしてヤツになんの得がある?」

「う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、ないな」

なんとなく悔しい。

「そう、ないんだ。あいつはエマイユの安全だけしか考えてない」

元帥服で床に座り込んでいるオーベルシュタインを取り残して、ロイエンタールはスラリと立ち上がり腕を組んであさってをみる。

「エマイユの利用価値はとことん高い。何しろアイツの一人娘だからな。今はまだそのことを知る人間は少ないが、秘密とは漏洩するものだからいつかは知る人間も出てくるだろう。それが100年後1000年後でも同じことだ、DNAは消せない。どれほど血が薄まろうと『世界を壊せる遺伝子』を望むものはいるだろう。幻想なのにな」

「・・・・・・・・、せかいを、こわせる?」

なにかいきなりとんでもない話に飛んだものだとエマイユが目を丸くする。

「エマイユ、人に世界は造れない。それはカミサマの仕事らしいからな。けどな、エマイユ世界を壊すだけならカミサマじゃなくても十分事足りるんだ」

ロイエンタールは娘に笑んだ。いつもの唇だけの笑みではなく。

身の毛もよだつほど、優しく。

こういう時だ、エマイユが父を自分とは違う世界の生き物だと思うのは。

・・・・・・もしかしたら、母も同じなのだろうか?

「なら、お、お父様にも、世界が壊せるの?」

普段の倍重力がかかっているような会場を無視してロイエンタールはまるっきり普段のままの、いや、普段より幾分柔らかな態度で涼しげにのんびりとすごしている。

「そう・・・だな。やってやれないことはないだろうな。それでなくとも人間は作るより壊す方に長けたモノだから、少々気の利いた人間ならしてのけるだろう」

「利いてない利いてない利いてない!」

「うん? 表現が不味かったか。まぁそんなもんやれといわれたってゴメンだがな。だって面倒くさいだろう?」

 

面倒くさいで済まされた世界の立場もないものだが、ロイエンタールにとって世界とは道端の小石なのだ。その小石から無限に広がっていくものであり、その小石に究極に集約されるものでもある。(このへんりほさんにも意味不明、ロイエンタールの頭では筋が通っているらしい)

道を歩いているものにその小石を右から左へ移してくれと言ってもまず聞くものはないだろう。その小石はなんの邪魔でもないからだ。取るに足らない用だからといわれたところでそれを実行するためには足を止めなくてはいけない。この足を止めるという行いが歩いているものからすれば意外と面倒なことで・・・・いや、まぁこれは別にいいだろう。

要するに、彼にとって世界よりも死の方が価値の高いものなのである。

ちなみに、ロイエンタールは足を止めずにできる行いには意外と親切でもある。

閑話休題。

 

「安心しろ、遺伝してないから。というか、遺伝はしないものらしい。お前はとても利口だがお前の能力はぜんぜん違うほうを向いている。いまここでそれを見せ付けておけば100年後、1000年後にお前の子孫に奇禍が及ぶこともないだろうというのが一つ」

「利口? 能力??」

エマイユは自分では極々平凡な人間のつもりなのだが・・・?

「けどわかるだろう? お前はヤツの一人娘なんだ、お前を人質にとられればヤツはためらいなくその力を振るうだろう。しかもこの利用価値はあいにくなことに下がらない。なら、こうして多少危なっかしい話でも大声で宣伝しておけば誰だってたたらを踏む。敵の多いもの同士牽制しあってくれてもいい。台風の目はいつだって無風だ」

以上、おしまい。とロイエンタールはストンと椅子に戻る。

「で、納得してくれたか? オーベルシュタイン?」

「鬼だ、お前らは鬼だ・・・」

「一応最善を尽くしているんだぞ? エマイユがいるからあいつは大人しくしてるんだ。エマに何かあった時、あいつが何しでかすかなんて俺ですら想像がつかん。けどあいつのことだから結局、世界は呪われるだろう。ある意味壊れるよりタチが悪い。かなりマズイ。だから、こうしてお膳立てをしてやったというのに」

「あ、あの、父様!」

「ん? なんだ、エマイユ」

「今のお話では、私に何もなければ、母様は大丈夫なのですよね? な、なら私が・・・その、アルとのことを・・・えっと・・・」

さすがに別れて大人しくしているとは言いにくい。

「ボケ」

「はっ!!!」

エマだってロイエンタールにだけはいわれたくない台詞であろう。

「なら何のためにあんだけ大騒ぎしてお前を産んだと思ってるんだ」

↑もちろん、あんたが産んだわけではない。

「にしても大騒ぎ・・・?」

「(無視)だったらあいつの血縁者増やして矛先を逸らすほうがよっぽど建設的だとは思わないか?」

「血縁増やすって・・・・つまり」

「この場合は孫だな。当然・・・」

つ、つ、つと視線を向けた先には・・・・。

「ファーレンハイトが嫌といえばそれまでだがな」

ほうけて成り行きを見守っていたファーレンハイトがハッと意識を戻す。

「嫌か? ファーレンハイト」

試すようなまなざしで見やるロイエンタールに、ボケていたファーレンハイトの意識は条件反射で応戦した。

「ロイエンタール、正直に言うと、お前が舅というのはかなり嫌だ。・・・(ピシューン、すいっちおん)しかしなぁそれがいまさらなんだ!? 散々お前にはロリコンとかロリコンとかロリコンとか犯罪者とか言われまくっていい加減慣れたわ!(←ちなみにコレは惚気まくったファーの自業自得)大体惚れた女が危険に晒されてるってのに今更逃げたら惚れたカイがないだろうが!」

「アル、ちょっとアル」

「なんだい、愛するハニー」

スイッチの入ったファーは30過ぎたくせに王子様全開で美々しい笑顔をエマに向ける。

「それって、はじめっからウチのお父様に操られてるだけなんじゃ・・・」

「・・・・・・・・あれ?」

↑ファーもボケである。

芝居がかったしぐさで大げさなため息をつき、憂鬱そうに首を振った。黒と銀の麗々しい帝国軍の軍服は、ある意味こういうシーンが似合いすぎである。少女漫画の効果なみにファーの銀髪がサラサラと揺れた。

ちなみに、士官学校時代ファーレンハイトに散々かまわれまくったロイエンタールは、当然このファーの性格を知っていたのである。

「仕方ないなぁエマ。じゃあ俺が今から諸悪の根源であるロイエンタールをぶっ殺して君への愛を証明するから、二人で幸せになろうね?」

「ヤぁああああ! アル血迷わないで! てかお父様、なんてモンを誘発させるんですか!! 鬼ですか、悪魔ですかアンタは!」

「まだわかってないんだな、エマイユ、お前。だから騒ぎが大きくなればなるほど俺には都合がいいんだ」

「なっ」

「ククク、生餌(エマ)を撒いておいたのは確かに俺だが引っかかったのはファーレンハイトだから自己責任だよな。おれはそこまで干渉してないというのに。やはり最悪方向には余分に針が触れるらしい」

悪の総帥ご満悦。

自分たちが最悪を招き寄せるタチなのはこの際仕方ないので大胆に利用して、最悪方向に揺れた針をさらに最悪方向に突き飛ばし、世界がバランスを崩している間に裏で動き「揺り戻し」にささやかな利益を分捕ろう。という内容はみみっちいがやってることは大掛かりで派手で楽しい作戦である。とりあえず世界を悪いほうに助長させているので悪といえばこれ以上無く悪。

ちなみに打ち合わせなど無いも同然、というか無いのだが、悪巧みに関しては100パーセントのシンクロ率を誇るエマの両親にそんなものは必要ないのだった。

「ねぇお父様、それって何処までがお母様の望みで、何処からがお父様のなんですか? お父様のお話はわかりにくいわ」

「引っ掻き回して騒ぎを大きくしてエマイユの出生を有耶無耶にする所までか? いや、孫が生まれるところまでか・・・」

「お父様、孫が生まれてなんの得が?」

流石に一人娘、父親が初孫に興味ないところまでは理解している。

「お前の母親の気を逸らせれるものなんて子供か孫ぐらいだからな。ヤツが初孫に狂喜乱舞してる隙に・・・」

「隙に何するおつもりです!」

「ま、おいおいわかるだろ」

ロイエンタールには初孫でさえも手段なのだ。しかしその行き着く先が女といちゃつくことだとは・・・。(いちゃつくとは誰もいってません)

「ロイエンタール隙ありいいいいいい!」

パシっ(真剣白刃取り)

ファーあっぶなーい、どこから刃物なんてだしたの。

「ちっ、仕損じたか。娘さんは俺が幸せにするので、どうぞ安らかに逝っちゃってくださいな、お・義・父・さん〜〜〜

ファー、目がイっちゃってますが?

「ぬかせ! だれがエマのためだといった! 俺のためだ俺のため!」

実は徹頭徹尾そうなんだけどね? それ大声でいうのもどうよ? ロイ。

「そうか、お父様が亡くなれば意外と全部有耶無耶になっちゃうんじゃ・・・」

「ま、まってくれ、フロイライン・ロイエンタール、今ロイエンタールに死なれると君のお母上がかなり拙いことになりそうな気がする・・・」

「いや、オーベルシュタイン、案外ソレが正解かもしれんぞ? 俺が死んだらエマの母親も死ぬだけだ」

「じゅーーーぶんマズイわーーーーーーーー!」

「お父様が死ぬのは仕方ないけど、お母さまはイヤ! アル、お願い思い留まって!」

「けど悪いな・・・」

白刃取りのまま力押しでくるファーレンハイトにロイエンタールはニヤリと笑う。

ドカッ

舅は体を捻って靴底を婿の腹に叩き込む。ファーはあっけなく吹っ飛ばされた。

「殺されない限り、止まらない。それが約束なんだ」

ロイエンタールは晴れ晴れと性格悪い笑顔を見せた。

 


いえ、この腐った夜会はまだ続くんですけどネ。
なんか今回は一段と皆様阿呆だったようで。ってもオベとファーとロイとエマしかでてきてないですが。
行間で他の皆様も間抜け面さらしてんですよ。ええ行間で。
閲覧者の皆様の眼力でどうぞおぎなってください。

さて、今日、六月一日ですが、なんと四つも更新してしまいました。
こんな大盤振る舞い最初で最後・・・と思うと切ないね・・・。ふっ。
じゃ、私はこれから続きを書きます。
みなさま、よろしかったら続きも付き合ってくださいねw
次の更新が何時かは保証しませんが・・・・

前へ 目次へ 次へ