咄嗟に考えたことは「答えたくない」だった。
エマイユにしてみれば素朴な質問だったのだろうが。
しかしそう考えてみて気付く。
それに対する答えなどあっただろうかと。
「理由はない」と答えるのも違う気がした。
「お父様?」
これは今反抗期まっさかりらしい。生意気全開だがなんにせよ、喜ぶべき事態だろう。
自分には反抗する相手もいなかった。だから反抗期というのがどういうものかイマイチわからないが、聞くに「大人になるための必要なステップ」らしい。
しかるに自分は大人じゃないらしい。納得した。今は26だが、自分を大人の数に入れるのは酷く抵抗がある。
「お父様、エマ変なことお聞きしまして?」
別に変な質問ではないはずだ。「軍人になった理由」などというものは。
考える。
理由が無いわけではなかった。
考えたくなかった。
考えたくなかったから軍人になった。
その考えたくなかった内容も今ならわかる。
そうだ。
「帰りたいからだ」
今も同じ、思うのは唯一つのこと。
自分の屋敷でいう台詞じゃないが・・・。
「はぁ?」
あたりまえだが、エマイユはわけがわからない。という顔をしている。
「帰る」という言葉に含まれる様々なことは死んでもいいたくなかったが・・・。つまりこれは八つ当たりか?
八つ当たりという事態に新鮮さを感じた自分は、かなり久しぶりに思い出していた。
そういえば俺は人間だったな・・・。
きっとしあわせ・・・ 第5話
『母親』
エマイユ・フォン・ロイエンタールという特異な生まれの少女にとって、それはまさしく聖域であり、禁域であり、幼いころから切望し続けた、・・・タブーだった。
そもそもロイエンタール家には、大きな大きな落剥があった。
ひとつ欠けたジグソーパズルのように、無いからこそシルエットがくっきりと見える落剥が。
それが何であるか、ロイエンタール家から一歩も出ずに育った子供にはわからなかった。しかし彼の父もまたロイエンタール家の執事だったというロベルトの困った笑みや、庭師ハンスの遠くを見る眼差しが、そこに「ない」何かがあるのだと雄弁に物語っていた。
子供には当たり前にそれがわかるのである。
けれど、父親が家を空けていることが多いせいもあって、彼女は生まれた時からロイエンタール家の「お姫様」だった。その彼女に立ち入れない部屋は無く、ロイエンタールの広いお屋敷はすべて彼女の遊び場だった。
すべて見たのに、まだ見えていない何かがある。それがエマイユにはわからなかった。
寄宿学校にあがってから、同年代の少女と友達になるにつれ、「お母さん」というものが絵本の中の存在だけでないことがだんだんとわかってきたが、エマイユにはいまいち自分の身の回りの現実と抱き合わせて考えることができなかった。
そもそも「家なき少女」や「二人のロッテ」に「お母さん」の説明など一度もでてこない。
その上エマイユは自分が「ちー様」と呼んでいる人物が「お父さん」であることすらいまいちわかっていなかった。よって彼女が生まれてはじめての休暇に父親にぶつけた問いがコレである。
「ちー様って、エマのお父さんなの? おじさまなの? お兄ちゃんなの?」
また微妙な設問である。だが、これでも五歳児の知識を総動員した結果なのだ。しかし父親の答えはさらに微妙だった。
「そーだな・・・その中でいえば一応お父さんだが、俺はあんまり父親じゃないからな・・・エマイユが望むなら小父でも兄でもかまわんが?」
このロイエンタールのいい加減な一言により、エマイユは「父親」「母親」が不変ではなく、可変な何かだと思い込んでしまった。
ちなみに、ロイエンタール本人的にはこの答えはマジメに答えたつもりだった。
しかしすると、わからないのが「お母さん」である。
「お父さん」と対をなすものだということはわかる。
ふつう「お父さん」と「お母さん」は人間だけど、ウチは「お父さん」があんまり人間じゃないみたいだし、生きてないみたいだから(この認識がのちに「人外魔境」に発展する)「お母さん」もそうなのかしら?
お話によってはお母さんがお月様だったりお星様だったりするからウチもそうなのかもしれない。そういえばペリーヌは天国とやらにいる「お母さん」に助けを求めたり感謝をしたりしていた。
そうだ。きっとなにか、エマに凄い優しくて、凄く愛してくれて、凄い恩恵やなんやらをもたらしてくれる、凄く凄いものに違いない!
けれどウチでは「お母さん」は見えない。見えないけど、いる。
だと、ウチで具体的に前途のように凄く凄いものはなんだろう?
そうだ、この歌声だ!
一件落着。
こんな具合で、エマイユの認識では「お母さん」は寧ろ精霊や神霊や魔法使いに近いものに落ち着いた。その欠片が「お守り」の歌声だと認識されたのだ。
もっのすごい誤解であるが、微妙に真実が混じっていたりするからタチが悪い。
けれど実際問題として、エマイユの母親はロイエンタール家に「いた」のだ。
彼女の想いも愛も憂いも、家宰であるロベルトの敬う「ロイエンタール家の女主人」も、ロイエンタールが無視し続けることで浮かび上がらせた「ロイエンタールの妻」も、マリアやハンスによって遠隔的にもたらされた「エマイユを愛する母」も、誰も一言も漏らさないことで自然に浮かび上がっていた。それはエマイユが満足するに足る実感をもって。
そう、なかったのは、ただエマイユの母親の「実体」だけだった。
という複雑な経緯で認識された「母親」というものは、こののちエマイユが更に勉学を進め、世界の常識(この場合帝国よりの)というものを知ったあとも、エマイユにロイエンタール家の一員としてみんなが口を噤むなら自分もそうしなくてはいけない。と思わせるに至った。
エマイユにとって母親とは遠く、尊く、慕わしく、概して「畏い」ものだった。「怖い」ではなく。もっと実体の知れない「畏怖」。極々一部の恩恵である「お守り」をお母様と呼ぶのが精一杯なほど。
鬼神は敬して遠ざけ・・・というに近い、そんなものだった。
タブー・・・だったのだ。
それを、それを、この父親は・・・・・・・・・・・っ!
「聞きたくないならしょうがない。・・・・帰るか」
やっぱりインチキだっ!
詐欺だ! 罠だ! しかも脱出不能だ!
エマイユのアタマは血管が三本まとめて切れ、ネジが三本一気に吹っ飛び、真っ白になると同時に真っ赤になるという、まことに天晴れな働きをした。
エマイユは本気で殺意を覚えるほど怒った。
怒髪天だ。怒り心頭だ。脳天直撃だ。
「おぉーとーーうーーーさーーーーーーーまぁーーーーーーーっ」
生まれてこの方覚えが無いくらい怒ったのだ。
「ん? お前は残るんだろう?」
ききゃしねぇ。
「いいえっ! お父様が帰るとおっしゃるのならばエマも帰ります! 朝までかかったといたしましても締め上げてお母様の話をじっくり聞かせていただきとうございますわっ! もちろん、そうしてくださいましてよね!」
素晴らしい迫力である。しかし
「けどお前、夜会なんて普段こないし、ファーレンハイトもいるんだし、折角そんなに着飾ったんだ。もう少しいればどうだ? 一生帰ってこなくても俺は一向に困らんが・・・」
と、天然に返してファーレンハイトを見られた日にゃあ・・・。
(ウチの父親、本気で駄目かも)
とエマイユが思ったとしても仕方の無いことなのだ。
「それにお前、ヤン元帥と何か約束があるんじゃなかったのか?」
「うっ・・・」
ヤン元帥に「楽しみにしてるわね」と云われたのは事実なのだ。なのだが、父親が待ってくれるはずもない。しかも父親のトンデモ思考回路からすると、このまま置いてかれると今晩確実に締め出しをくらう。
となれば方法は一つ。
「アル・・・お願いがあるんだけど・・・」
色仕掛けというより、酷く疲れきった大人の声でエマイユが恋人に願う。
「わかる。わかった。なぜだかすっごいよくわかる・・・・」
ファーレンハイトがあらぬ方を見ながらポキリと腕をならす。
「手伝うぞ、ファーレンハイト」
ミッターマイヤーを見ると、彼も目が据わっている。
背後の帝国軍幹部ご一同様の気配はやるき満々だ。恐ろしくて振り向けもしない。
結果。
「このロープは一体何処から・・・?」
と、素朴な感想を漏らしたのはぐるぐる巻きに椅子に括りつけられた当の本人のロイエンタールであった。相変わらず意味も無く余裕綽々。
「さぁはなせ! 聞いてやるから!!」
といったのはテンション絶好調のミッターマイヤーである。エマイユは帝国軍人さんたちがあまりに手際よく父親を簀巻きにするので、少し呆気にとられていた。
(けどなんで!? 正規軍なのに! しかも将官なのに!!)
「予も聞きたい」
しかも指揮をとったのはさっきまでお地蔵様になっていたはずの皇帝ラインハルトである。
好奇心は全てを凌駕するらしい・・・。ジーク・カイザー。
「陛下、一応プライベートなのですが・・・」
しかし、切れたミッターマイヤーは親友の正論を軽く爆砕する。
「たぁぁわぁぁけぇええええええ、人に散々心配と心労と心不全かけときながらプライベートなんていいわけが通用するとおもうかぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁ」
微妙に怖いです。疾風さん。夕べ寝る前に魔界転生とか読みませんでしたか?
「心不全はかけてない。断言する」
(・・・・・・・、ど、どうしよう、面白すぎるこの人たち・・・・帝国・・・大丈夫なのかな?)
か細く声に出ていたらしい。エマイユの肩に手を添えてファーレンハイトがきっぱりといった。
「いつもだ」
「大丈夫なのかな、ほんとに。いや、平和っぽくていいけど。平和ならいいのかな?」
そう、平和ならいいのである。
「けど何時になったら本題に入れるのかな・・・・?」
エマ、本題は待っていてもはじまらないぞ。自分だ。いまこそ自分の力で物語を動かす時だ。(FFX、ここの手前でセーブ残してあるのですよ)ガッツだ、ファイトだ、話が進まないとりほちゃんだって困る! いや、楽しいからこれはこれでいいのだが・・・。
「そうね、私がしっかりしなくちゃ」
両手を可愛くきゅっとしようとしたところで左手に握りこんでいたディスクプレイヤーを思い出す。ふと思いついてスイッチを入れた。
溢れ出すやわらかな歌声。この世の全てを慰撫するあたたかな歌声。なぜか無性に郷愁をそそる素朴な歌声・・・。
幾千の夜をこの声とともに過ごしただろう? 満ち足りた眠り。幸せな夢。
歌詞はわからない。今使われている言語ではなかったから。けれど何時使われていた言葉かもわからなくても、この歌の思いはきっと古今東西万国共通。
『子守唄』
「消せ」
エマイユがハッと顔をあげると、自分の声が意外に低く冷たかったことに軽く驚いている父親がいた。
「父様・・・」
そういえば父親はこの声があまり好きではなかった。エマイユがこれを鳴らしているときはさりげなく部屋から出て行って・・・。
『これはお母様の声なんですか?』『お母様生きていらっしゃるの?』
聞くべきことは、聞きたいことはいくつもあった。しかしエマイユの咽喉は次の瞬間自分を裏切って、物凄く抜けた質問をしやがっていた。
「お父様、お母様のことご存知なの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、お前」
珍しく父親の頭部に怒りの四つ角ができる。いや、ほんとに珍しい。
「喧嘩売ってるのか? それとも買いかぶってるのか? いくら俺でも見ず知らずの相手と子供は作れんぞ?」
「でも・・・」
「お前、まさか木の股から生まれたなんて思ってないだろうな? それとも未だに子供はペリカンが宅配するとでも思ってるのか?」
「父様、少なくともペリカンは違う・・・・」
ロイエンタールに一般常識は無い。てか、あんたは帝国歴の時代の人で、間違っても20世紀末とかの日本の人じゃないぞ?
「けど・・・・、見ず知らずの人間が産んだ子供を育てることはできるでしょう?」
云ったエマイユの表情は、意外に本気だった。
なかがき?
えー、感動的なまでに話がすすんでません。阿呆な会話のみがダラダラと続いてます。
私は楽しいんですけど、読む方にはお気の毒。
10話くらいで終わるはずだったのに、冗長な会話のせいで20話ぐらいいったらどうしよう。とマジで心配しはじめています。
てか、そもそも、一番初めのネタ的には3話で終わるはずだったのに。一番初めは。
そうそう、楽しいといえばロイエンタールの一人称をここの冒頭ではじめてやりました。
楽しいです。新鮮です。癖になりそうです。
続きもなるべくはやくUPするつもりなので、許してくださいね。(微妙にあつかましい)
もしかしたら次もまったく話がすすんでないかもしれませんが。
こう、内容が無いことを延々と続けられるのはもしかしたら一種の才能かもしれない。と最近思い始めています。