「もうじき、ヤン提督お誕生日ですね。何か欲しいものとかありますか?」
「そうねぇ、迂闊に云うと、陛下とか凄いものくれそうだから、コレとは云えないわね」
「それは、確かに・・・」
「ああ、そうだエマイユ。いっしょに悪戯しない?」
「は?」
ヤンがちゃらりと腕の金鎖を鳴らす。ヤン専用の通信機の。
「ねぇ。わたし、オランダシシガシラが欲しいわ」
それだけで通信が終了したのがわかった。
「提督、オランダシシガシラってなんです?」
「ナ・イ・ショ。これ陛下にゆっちゃダメよ? 誕生日のお楽しみ」
そして4月4日。
「提督、おはようございます・・・あら、もう、おきてらっしゃいます?」
珍しい。ヤンはまどぎわに寝巻きのまま腰掛けていた。
「あら、提督、金魚鉢なんて昨日ありました?」
「朝起きたらここにあったわ。やられたわねぇ」
「・・・、オランダシシガシラって、金魚だったんですか?」
「ひらひらがドレスみたい。欲しかったの」
ヤンは静かに微笑していた。
きっとしあわせ・・・ 第19話
「ちゃんちゃちゃーんちゃーんちゃーーん って、わざわざオーディンからきたってのに、なんすか? この宴会は」
「シンくんたち! ほんとにみんなきたの!?」
一体ルーヴェンブリュンの警備がどうなっているのかは知らないが、今日はブレイコーである。
「お久しぶりでございます。エマイユお嬢様」
「ゆーちゃんも!」
「エマイユお嬢様、ちょっとまっていただけますか? 先にご挨拶をしないと」
神経ナイロンザイルのシンが珍しくこわばって、ごくりと固唾を飲む。
全員が全員、緊張した面持ちで、にこにこしている黒髪の女性に静かに膝をついた。
「お初にお目にかかります。ご命令にしたがいまして、オーディンより参じました。『奥様』」
彼のものとも思えない、低く丁重な声で頭をたれる。
31から12までの者たちが微動だにせず息を潜める中、黒髪の魔女・ヤン・ウェンリーは一呼吸おいて、当たり前のようににこやかにいった。
「みんなきてくれて嬉しいわ。遠かったでしょう、お疲れ様」
ロイエンタールの拾い子たちは、全員その場に崩れ落ちた。
誰よりも早く立ち直ったのが、女子筆頭のユアだった。
「お会いしたかったですぅ〜〜、奥様〜〜〜」
主であるはずのロイエンタールを押しのけて、ヤンにとびつく。すげぇ。
「あなたが、ゆーちゃんなのね。電話でお話しした時から、とっても美人さんだなぁって思ってたのよ」
「ヲイ。まさかと思うが、お前らこいつが誰だか知らずにフェザーンまできたのか?」
「もちろん、同盟軍の元帥閣下だと存じておりましたわ」
「まさか奥様だとは思いませんでしたけど。だったらいいなぁとは思いました」
「けれど、実際目にしたら、間違いなく奥様だったので」
「正直、ラッキー。みたいな」
交互に言い募るシンとユアに、段々ロイエンタールが諦めモードになる。ウチの三種の神器はこいつらにどんな教育を施したんだ。
「ウェンリー、こいつらに何言った?」
「「お願いv」しただけ」
「だけ?」
「うんv」
「お前らもそれだけで来るなよ」
「正直に申しまして、口実はなんでもよかったんです」
「わたくしども一同、エマイユお嬢様やトーマ様にお会いしとうございました」
「それに何よりも、旦那様と奥様の、お二人にお仕えしたかったんです」
本気ですんすん泣いているユアの背をなでながら、「お会いしたかったです、奥様〜」と泣き崩れる一同に「?」をとばすヤン。
「ねぇ、オスカー? わたしなんでこんな熱烈歓迎されてんのかしら?」
「意味不明」
ロイエンタール家の執事はゆっくりと首を振った。
「仕方ありません奥様、この者たちはずっと奥様にお仕えするのが夢だったのですから。それはエマイユお嬢様が母親を求めるのと、まったく違いございません」
と、それまでそ知らぬ顔で鍋の中身の補充ばかりしていたマリアが冷た〜い声でいう。
「あなたがた、私たちに内緒でこっそりオーディンを出てくるなんて・・・」
「い、いいいいいいいい、ムッター・マリア、それはえーと、その、あれが、それで」
リーベルト夫妻は子どもたち全員の親がわりだ。当主のロイエンタール相手には結構図々しい態度のシンが涙目になりながら逃げようとする。
母の威厳でなおも詰め寄ろうとしたマリアの肩を、夫のハンスが押さえ心配そうに首を振る。
執事ロベルトも口を添えた。
「そうですよ、マリア。奥様の本気は、あなたも良くご存知でしょう」
結婚する前から長い付き合いのハンスとロベルト両方にいわれ、渋い顔をする。
「でも・・・」
「ごめんなさい、ムッター・マリア。心配かけました〜〜」
「マリア」
「はい、奥様」
「ごめんなさい。わたしのわがままよ」
「・・・、仕方ありません。ウェンリー奥様の滅多に聞けないわがままです」
「「「えええ!」」」←ロイ、ロベルト、ハンス
「あら、どうしました? 三人とも」
「いや、別に」とロイ。
「ええまあ」といったのはロベルト。
温厚なハンスは穏やかな顔で遠くを見ていた。
「あっ、ちくしょ待ちやがれトーマ!」
ずざざざざっ
「トーマ、お前そんなにファーターよりおじいちゃんとおばあちゃんが好きか!!」
「あい、あーたん! といしゃん!」
「はい、お帰り。トーマくん」
「どーじょ!」
「馬鹿トーマ。取ってこいっていったの俺だろうが」
「え? あれ? じーたん? あーたん? あーたん? じーたん?・・・あれえ??」
きょろきょろと祖父母を見比べていたトーマが笑って首をかしげる。
「あれえ? ってもしかしてトーマくん。おじいちゃんとおばあちゃんの区別ついてないの?」
孫に付き合って首をかしげたヤンが困った顔で笑う。
「馬鹿だな」
どうにも子供に慈悲の無いロイエンタールがさっぱりと切り捨てる。切り捨てられた孫の背後に黒い影が立った。
「トーぉマーぁ!」
「やーー、やーーーんやーーーん」
パパにUFOキャッチャーの景品のように吊り上げられたトーマがじたばたと暴れる。
「ファーターを仲間はずれにする悪い子はぁ〜〜、こうだーーー!」
「きゃーーーんきゃーーーん、やーーー、きゃーーーーー♪」
「仲のいい親子よねえ」
(お茶犬・・・)
「オスカー。お前今、なんか冒涜的な感想抱かなかった!? ねえ!?」
「いや、マサカ」
「よーーし、こうなったらわたしもエマとぜひラブラブ親子を・・・」
「まて、対抗しようとすんな」
がしっ
「えっ? じゃあオスカーといちゃい」「はあぁ?」
「・・・もっすごい勢いで否定されたわ」
「お母様、本当にお父様のどこがいいんですか?」
「え? 聞きたい?」
「聞くの怖いです」
この光景をしみじみと感じ入った目で見ていたのが、オーディンからやってきた使用人一同だ。
どの瞳も「奥様がいるってなんて素晴らしいんだろう」ときらきら輝いている。
けれど誰にとっても、これがあるべき姿なのだ。これこそが待ち望んでいた姿なのだ。
もうこの先、エマイユの虚空を見つめるまなざしも、ロイエンタールの穏やかな絶望も、ロベルトたちの沈痛な沈黙もみなくていい。
自分たちはそれらを軽くつつみこむ、この奥様の笑顔に仕えることができる。
それに比べたら奥様が魔女ヤン・ウェンリーだなんて些細なことだ。
なんて幸せなんだろう。
と、ふと気づいたら、マリアも、ロベルトも、ハンスまで、同じ目をしてにこにことこの光景を見ていた。
ヤンも気づいたが、それはマリアたちの手が止まっていたことだったようで。
「あ、マリアたちも食べて頂戴。ゴハン作って欲しかったけど、あの、ロベルトたちのこと家族だと思ってるから、家族が増えるお祝いをいっしょにして欲しいのよ?」
「はい。ありがとうございます。奥様。けれど私はまだいいですわ。食材も買い込みすぎましたし。それよりあなたがた、夕飯はまだなのでしょう? たくさんお食べなさい」
使用人・・・というか、ロイの拾い子たち年少組はハンスがかまって、いつの間にか食べ始めている。マリアは「美しい奥様を見るのに」忙しい年長組に優しい笑顔を向けた。怒ったのは・・・まあお約束だ。オーディンに残してきて、もう3年もたっている。元気そうで嬉しい。
その思いを受けて、「いただきます」とあわてて箸をもったところに、ニコニコとエマイユがやってきてトーマを紹介する。
人々は嬉しくて舞い上がりそうだったが、今度エマの弟が妹が生まれるときいて、さらに喜びが増した。
あと、このはじめて食べるはんぺんが美味しい。
「で、お前ら今晩どうするつもりだ?」
云われたシンとユアが首をかしげる。手違いで今日ついてしまったので、まだ予定はない。
「なら、この部屋に泊まればいいじゃない! お布団ならべてみんなで雑魚寝しない?」
意外な『奥様』の発言に、使用人たちは目を回す。
「わたし、あなたがた全員の名前覚えてないもの。早く仲良くなりたいわ」
「・・・、まぁそれもアリか」
「そうですね。元々別棟の用意はできているんですから、明日にはみんなロイエンタール家でひきとれますわ」
同意したロイに、マリアもにっこりして云う。
「えっ? オスカーどこに行くの?」
スッと立ち上がったロイにヤンが首をかしげる。
「お前の布団とってくる」
「あ、ありがとう〜v」
けどなぁ、ウェンリー。と、ロイエンタールは思い出したようにヤンを真下に見下ろした。
「お前、「銀河帝国」私物化するのもいい加減にしろよ」
ぎっくーーー。
「衣、食、住。ヒトの金で生活して、自分は孫と遊びながら、娘を金で雇わせて自分の相手させるって、どうだよ?」
そ、そんなわかりきったことイマサラ・・・。
「俺、お前のこと、割と本気で嫌いだから」
「ハイハイ。わかってますよ」
「正直、大嫌いだ」
「オーベルシュタイン閣下。今後わたしの生活費一切ロイエンタールに回してください。ってゆってます。オスカーが」
「はやいとこ呪われて死ね」
パタン。