「うーん、旦那様んち誰もいないなぁ」
だーれも出ないFTLにオーディンからやってきたシンが首をかしげる。
「ファーレンハイト家も誰もでないのね。お嬢様と旦那様はともかく、ロベルトさんたちは?」
ユアも首をかしげる。
オーディンからやってきた、ロイエンタール家の使用人若手一同は、ちょっとした手違いで半日はやくついてしまった。様々な遠因から遅くなることはあっても、定刻必着を旨とするフェザーンにあるまじき失敗だが、きいたら、三年に一回は必ず起こるらしい。
しかし、ロイエンタールの役にたつように、ロベルトが叩き込むように仕込んだ子どもたちはこの程度であわてない。シンとユアを筆頭に、20余名は焦ってもいない。
「んじゃ、とりあえず、ヤン元帥のとこ行こっか〜?」
「さんせーーーい♪」×全員。
↑行きたいだけ。
きっとしあわせ・・・ 第18話
「フツーに美味いな。おでん」
ロイエンタールがもきゅもきゅと食べながら、ほぅと云う。
「結局今年一回しかお鍋できなかったわねえ」
「っつーか、この鍋にありつくまでに、ありえんほど時間がかかった気がするんだが、気のせいか?」
「はーい、トーマ。にんじんさんよ」
「にんいんたーー」
ヤンがしつこいほど吹いて冷ましてからトーマに食べさせる。鍋の具は常に思ったよりも熱いのだ。
「気のせいじゃないの? オスカー。だって、帰ってきてからまだ二時間もたってないのよ?」
「二時間??」
「って、ああああーーーー! わたしの白滝さんがない!」
「あーたん、しいたけさん〜」
「オスカー! わたしの椎茸さんとったわね!」
「・・・椎茸ならまだあるぞ?」
「間違えた!! 白滝さん!」
「・・・・・、もち巾着と大根やるから」
「???」
「元帥閣下が、お母様だということは・・・」
基本に帰ろう。
息子の世話を両親に任せて、エマイユはふと考えた。
「もしかして、甘えちゃったりベタベタしちゃったりしてもよかったりなんか、しちゃったりするんですか?」
話題に比して深刻〜な顔でエマイユが問う。
「それってすっごいイマサラだと思うんだけど。エマイユちゃん」
「ヤン提督のあまりの可愛らしさにおもわず「ぎゅ〜〜」したくなったことが過去数回あったんですが、それってやってもOKですか?」
「俺はお前のその神経が信じられんが、多分OK」
「ふむ」
ヤンはしばし考える。膝の上の孫をロイに渡し、娘に手を伸ばした。
「・・・おいで? エマイユ」
にっこにこにこ。
「ムッター・・・」
ぎゅーーーーー!
(うにゃーーーん、あったかくっていい匂いがする。お母さんてこんな感じ?)
↑だから、お母さんなんだってば!
自分でもお母さんなのだが、それはやっぱり意味が違う。
トーマを抱きしめているときとは違う感覚。ヤンの細い腕の中が単純に気持ちいい。
「おかあさん・・・」
「これからは、あなたのお願いたくさんきいてあげる。苦労させたものね。いっぱい遊びましょうね。そうだ、パジャマパーティーもしましょう!」
「えええ。ヤン元帥とパジャマパーティー!?♪」
「ええ。きっと楽しいわよ。ベッドでお菓子食べても、あなたのお母さんは怒らないから」
「なんですか、それは(笑)」
「あーーたーーーん、おうたーー」
「え?お歌? ああ。そうねぇトーマ。これからはいつでも歌ってあげるわよ。今まで随分我慢させたものね」
「いつでもーーー〜〜」←意味はわかっていない。
「え? お母様、お歌ってなんのことです?」
「だって、あなた。わたしの「きっとしあわせ」のディスクもってるでしょう?」
「もしかして、歌ったらバレると思って、私の前では?」
「そうでーーっす」
「あの歌のタイトル、はじめてしりました」
がっくり。なんて手ごわい母親なんだ。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「変な光景ではあるが」
「なんかうらやましい」
「素敵だって云いましょうよ・・・お二人とも」
ビッテン、ルッツ、ミュラー。
「ロイエンタールもなんとなく幸せそうだし、よさそうといえばよさそうなんだが・・・」
「未だにショックで口がきけない、マイン・カイザーとミッターマイヤーはどうすればいいんだ?」
「どうしましょうか?」
ちなみに、上記二名はさっきから、変な人形のように、カクカクと挙動不審である。
「ほおっておけばどうだろう」
炬燵でぬくぬくとあったまっていたオーベルシュタインが胡乱な眼前の光景をみながら、ボソっと呟く。
「ただのゆで卵なのに、このおでんというやつは偉く美味だ」
ところが、オーベルシュタインは初めて食べるおでんに夢中だった!
「とり野菜のほうも、取り分けましょうか? オーベルシュタイン閣下?」
「ああ、ありがとうヤン元帥。さっきから溶けた白菜が気になっていた」
「トーマくんも、なにか食べたい?」
祖父の膝のうえで楽しそうな孫に祖母が問う。
「トーマくん、といたん!」
「とりさん? えーっと・・・って、トーマ!そのとりさんは食べられないのよ!」
あひるのぬいぐるみにかぶりついた初孫に、祖母が悲鳴をあげる。
ロイエンタールは問答無用でそのおもちゃをとりあげた。
「と、トーマくんとといたん・・・」
でっかい瞳にみるみるなみだがたまってくるが、祖父は気にしない。
ぽいっ
「とってこい」
「あいっ!」
↑孫も気にしない。
「「馬鹿孫め」」
「父様、母様・・・(泣)」
ちなみにそのあひるのぬいぐるみは、美樹原夫妻と蟹鍋をかこみながら仲良く話していた、パパ・ファーレンハイトの足もとに落ちた。
高速ハイハイでやってくる息子に、話を聞いてなかったパパは満面の笑みで両手を大きく広げる。
「どうしたんだい、トーマ! おじいちゃんに飽きて、ファーターの・・・」
バシっ!
「とりさん」を奪って光速ハイハイ(スピードup)で戻ろうとする、息子に。
「まてーーーぃ、トーマ」
「あーーん、といしゃんーーーーー!」
その「といしゃん」をパパが掴んだので、それを放さなかったトーマが釣れた。
「お前ちょっとファーターに冷たすぎだろう!! 遊んでくれよファーターと!」
大人げねぇな、ファーター!
「といしゃんーーー!」
「「ぷっ、ははははっはははは!」」
「鬼か、ロイエンタール! お義母さんも!」
あまつさえヤンなんかホームビデオ撮ってるし。
「どっから出したんですかお義母さん、そのビデオ!」
「ええ、撮影はロイエンタール家の基本なので〜」
「俺も、よく撮るぜ」
ロイエンタールの場合、あとでからかって苛める時に活用される。
「ひょいひゃーーーん」
「まぁ、かわいい。トーマくんったら」
ヤンもやってることはまったく同じなのだが、悪気がないのでさらにタチが悪い。
「や、ヤな夫婦・・・」
「なんか言ったか? 娘婿」
「なんでもありませ〜〜ん、お義父様vv」
「「ぐはっっ」」
「クロスカウンターですねぇ」
「しかも私の夫自爆です。お母様」
「ヤン元帥のこと「お義母さん」って呼ぶのは慣れたんだけどなぁ。よく考えると空恐ろしいが」
「わたしも慣れましたよ。トーマパパ」
「私の知らないところで、そんなもの慣れないでください。旦那様」
「だーーから、イヤだったんですよーーヘル・美樹原〜」
「いや、だから、エマイユと結婚するとき、すごいなーと思ったんですよ。ファーレンハイト提督」
「おれだって、奥さん裏切りたくないですよ〜」
「愛ですわよねえ。この状況でド真ん中にいるのがエマちゃんなんですから」
「ミキ〜、志保〜、それウチの婿だからな〜」
「トーマが大きくなったら見せましょうねぇ、このビデオ。ホホホ」
「お義母さん!」
「撮ってますよ。その顔も」
「女って残酷だよな」
「ちょっとまて、ロイエンタール! お義母さんを女の基準にするな! 間違ってるから!」
「あいにくと、生まれてこの方一番身近にいた女はこいつだ」
「・・・、ロイエンタールの女嫌いの理由がよくわかった」
「あら、酷いv」
夫、父、母、三人の和やかなトークを聞いていたエマイユは、段々顔が白くなってきた。
あ、このロールキャベツおいしい。