エマイユ。エマイユ。
ありがとう、エマイユ。
「ミラクル・ヤン」は嘘だけど、
あなたはわたしの、生涯ただ一度の、
本物の奇跡。
きっとしあわせ・・・ 第20話
「あ、あ、あ、あの馬鹿。馬鹿」
「あー、奥様、泣かない泣かない」
マリアにしがみついたヤンの肩が震えている。
「あたしにむかって、嫌いって。しかも、嫌いの上に大までつけたぁあ」
人々はあっけにとられた。ロイエンタールの姿が見えなくなった途端、ヤンが泣き出したから。
「オスカーに嫌われたらわたし生きていけない〜。大好きなのに〜」
え? ロイエンタール挑発してたのヤン元帥ですよね?
ガチャ
「あ、ウェンリー」
「なぁに? オスカー」
しゃきーーん。
「ショールいるか?」
「ほしいv」
パタン。
「うえええーーん、マリアーー」
アホだ。このヒト絶対アホだ。
「う、うちの母様ってハイグレードすぎる・・・」
なんかいろいろと、人生の岐路なんじゃないかとエマイユは思った。
と、ヤンをなだめていたから、ロイエンタールが布団をとってくるのにやたら時間がかかったことは、誰も気づかなかった。
「ホラ、ショール」
「あーー、ありがと」
愛用の軟らかいショールはラインハルトは知らないが、実はロイのプレゼントだ。
「なぁ、ウェンリー」
「はい?」
普段でっかい猫かぶって、大人っぽくくらしていたが、化けの皮がはがれると、ロイと永遠のガキ生活を送ってしまうヤンである。
「お前が同盟元帥だからとかじゃなく、真剣に、お前の出産には反対だ」
「わかってるわよ。わたしの体に負担が大きすぎるっていうんでしょ? けど、中絶したらもっとボロボロになるわよ体も」
「未だに本気で子供なんていらないって思ってる」
「知ってるわ」
ロイが実の子供というものに、何の感慨も抱いていないのは知っている。
「だいたい、なんだあれ。ひど過ぎるぞ」
ロイの酷い。がどこにかかってるか知ってるから、ヤンは苦笑する。ロイは本気でヤンの心配をしていた。
「今度は無痛分娩にするわよ。エマイユの時は間に合わなかっただけで。それに、子供は、人間はみんなああやって生まれてくるのよ。わたしが特別痛かったわけじゃないわ」
「別に人間っていったって、ただのに」
ガスっ。
!!!!!!??????
「オスカー、今、なんていおうとした? に? に? 二度とわたしの前で云うんじゃないっていわかなかった?」
「って、口の中切った・・・」
ヤンがロイのこめかみを渾身の力でぶんなぐって、無理矢理言葉をとめたのだ。
おびえたエマをなぜかトーマがなぐさめているが、トーマも一瞬目が光ったように見えた祖母にビビッていた。
ヤンはそれほどこの言葉を聞きたくなかったのだ。そう、ただ
「肉塊」
ボソッとロイエンタールが呟けば、美樹原と志保が必死でヤンを止めていた。
「やめろ! やめろって。マジでロイ死ぬから!!」
「ウェンリーちゃん、お願いだから落ち着いて〜〜」
「おっ前〜〜、よりにもよって、最後の最後にそれを言うか〜〜」
「肉塊、にくかい、にくかい〜」
ロイエンタールが、さも楽しそうに云った。ロイの最後の、本気の、イヤガラセだ。
「か、母様?」
肉の塊がどうしたというのだ。なぜ、この母をこんなにも動揺させる?
「聞いてよエマ〜〜、この馬鹿ってば、あなたを産んでやっと意識とりもどしたとき、「赤ちゃんは?」って聞いたわたしに「ああ、あの肉塊なら元気でぴんぴんしてる」ってゆったのよ!」
「うわ、酷っ!」
生命活動全否定ですか!
「だって、どうでもいいもん」
「知ってるわよ!知ってたわよ!! じゃなかったら無理してエマ産もうなんて考えてないわよ! 仕方ないとも思ってるわよ。どうしてもそうとしか思えないんだから。けど、わたしの前で二度とその単語口にするんじゃないって云ったわよね!?」
そら怒る。怒るわ。
「エマイユは立派な肉塊になったよな?」
「だーーーからーーー!」
「ちょっと、お父様!」
しかし、ロイのイヤガラセ、は実はこれが導入部だった。
「エマイユ、俺はな。お前の母親を敵に回してるって、確かにゆったよな?」
「え?ええ?」
「別に軍人だったころはよかった。戦艦ごとフッ飛ばせばベターだと思ってた。けど、フェザーンに帰ってきちまったから、こいつはまた子供を作りたいと狙ってた」
「当たり前じゃない、愛する男の子供がほしいって、ごくごく普通の・・・ぶつぶつ」
ロイエンタールは何気ない話でもするように立ち上がって、ゆっくりと歩きだした。
「俺はこいつの攻撃をまぁ、頑張ってかわしながら、俺もこいつに攻撃するチャンスをさがしてた」
リズムをとるように、指で軽く壁をノックするように歩いていく。
「お互い、卑怯卑劣の限りを尽くして戦ったんだが、結局この馬鹿が首尾よく妊娠しやがったから、俺の負けだ。けどウェンリー、お前、だから油断したな?」
ヤンは平気な顔をしていたが、とうとう見つかったことがわかっていた。
コン、コン、コン、カッ
「見つけた」
底冷えのする美しい微笑を。ロイエンタールは浮かべた。
「ウェンリー、鍵よこせ」
「イヤ」
ガッ、ロイエンタールが壁を殴ると、鈍い音がする。珍しくヤンが「ヒッ」とおびえた声を出した。
「オスカー、手ぇ、折れてる」
「ついでにいいことに気づいた。お前殴れないなら、俺を痛めつければいいんだ」
「手当、してよぅ」
「これも、肉塊」
滴る血をペロリと舐める。だから、これも、どうでもいい。
「鍵」
震えながら、ヤンが胡蝶の鍵を渡す。この春宵の間の鍵と兼用だった。
「さっきお前の部屋探したら、なかった、から、多分ここだろうと・・・」
壁に隠してあった金庫の鍵をあける。
「ほんと、お前銀河帝国私物化するのもいい加減に・・・って、ヲイ」
「は、はい〜」
いつもの口調に戻ったロイだが、ヤンは見つかったもののせいで、へこたれている。
「流石にこの量は予想してなかったぞ、コラ」
「三年間有意義に過ごしましたもので〜」
「エマイユ。この中身全部お前にやる。好きに処分しろ」
「え?え?え〜?」
「あああーーー、わたしのコレクションがーーーー! 愛のメモリーがーーーー!」
「ハイハイ、愛のストーカーメモリーな」
「えーーーー?」
エマと、トーマの三年分の隠し撮り集だったのだ。き、きづかなかった。
「腹いせに全部目の前で壊してやるつもりだったけど、コレで結構気が済んだからな」
自分で壊した右手をピラピラとふる。
「お願い〜、お願いだから手当して、オスカ〜・・・」
ヤンの懇願もまるで無視。
「あああ、目的は達したはずなのに、プラマイで負けた気満々〜」
「なんだと? お前にとって俺の子ってのはそんな価値がないのかよ?」
「そりゃ子供だけで充分なんだけど、ナニ! この敗北感!!」
「け、結局父様と母様とどっちが強いんだろう?」
「な、なんにせよ、恐ろしい嵐だった」
「ロイエンタールのやつ〜〜」
エマがビビッて後ろによろけたら、ラインハルトと、ミッターマイヤーが戦闘終了で石化が解けていた。
最後の最後までないがしろにされ続けた二人に、エマイユはまとめるようににっこり笑う。
「なんか、ウチの家族ってどうしようもないみたいです。しょうのない人たちっ」
「最強は、エマイユだと思うんだけどねえ?」
「その点は俺も同意だ」
「え?なんで? どこが?」
不思議そうなファーレンハイトに、エマの両親は目をみかわす。
「どこがっていわれても。ねえ?」
「まぁ、あいつは・・・すげぇから」
「凄いか? エマが? 彼女はとっても普通だぞ?」
「そこが一番凄いような・・・」
だって、ねぇ。
あの子は、普通に、奇跡をおこす。
「わたしには無理だもの」
「俺も」
「お父様、お母様、悪い事しちゃいけませんよ? エマイユ怒りますからね?」
ほら。
お父さんとお母さんから生まれ
何かを頼ったり守ったり
自分の力で愛するものを見つけること
働くこと食べること
傷ついたり転んだり―――
超能力
高橋なの「そしてキミに会いに行く」より
「お母様、お母様。お疲れ様でした。可愛い女の子です。私の妹です」
疲れと奇妙な幸福感に満ちて、ヤンがまぶたを押し上げると、これまた疲れきった顔に満面の笑みを浮かべるエマイユがいて、ゆっくりと笑った。
「どうしたのエマイユ? 凄い顔をしているわよあなた」
「お母様こそ」
母の横たわる寝台を調節し、少しでも母が楽なようにと計らう。大仕事をおえたのだから。
けれど、そこまで思って、全く同じことをこの母がトーマの時にしてくれたことを思い出し、エマイユは苦笑を浮かべた。
「お母様、お母様の赤ちゃんです。抱けますか?」
「ありがとう」
生まれたばかりの赤ん坊は、なんだか不思議に幸せそうな顔ですやすや眠っている。
「可愛いわね。元気そう」
「絶対に美人になります。姉として保障します」
「オスカーに似てるわ」
「えーー、私はお母様に似て欲しいです」
「あなたの時よりも、という意味よ」
「それってどういう意味です?」
「ふふふ。すねないの」
「ねえお母様、このこの名前はなんにしますか? 考えてます?」
「そうねぇ」
赤ん坊をなでていた優しい手を、エマイユの頬に当てる。
「あなたの時はわたしがつけたから、妹の名前はパパに付けてもらおうと思うのよ?」
「・・・・・」
「なぁに?」
「ちょっとまってくださいお母様! それってアレですか? この半年一本の連絡も寄越さないばかりか、今どこにいるのかもわからない父様のことですか!?」
「ええ。まったくその通り」
「もしかしたら、このまま帰ってこないかもしれない父様のことですか!」
「けれどねエマイユ。あの男は家出するといったらするし、帰ってくるといえば帰ってくるのよ」
「父様が帰ってくるまでこの子、名無しちゃんなんですか!」
「あら、可愛いわね。ななしちゃんって」
「母様っ!」
「いいえ、エマイユ。パパはね。すぐ帰ってくるわ。すぐよ」
「すぐっていっても・・・」
「ところでエマイユ。わたし喉が渇いたのよ。お水が欲しいわ」
「あっ、はい。ちょっと待っててください」
あわてて病室を出て行く後ろ姿を、微笑ましそうに見てから、生まれたばかりのわが子にもう一度ささやいた。
「すぐよ」
そのとき、窓の外からふわりと秋の風がふいてきた。
ああ、ほら。もうきたじゃない。エマイユったら。
「お帰りなさい。この子の名前をつけてくれないかしら?」
おしまい