「産むったら産むのーーーー!」

「ダメなもんはダメだ! お前、そんな体で出産なんて死ぬ気か!」

「死ぬ気だわよっ! このままオスカーと離れ離れになったらあたし一生一人ぼっちじゃない!」

ちゅどーーーーん。

↑ちゅどーん?

 

   きっとしあわせ・・・  第16話

 

「大体お前は昔っからわたしのやることなすこと、全部まぜっかえしやがって!」ぴっこん!「二人しかいなかったんだから、二人で遊ぶのは当然だろ」「五月蝿い! ひょうたんなすび」ぴっこん!「大体、エマの時だって、産むな産むな産むな産むな堕ろせ堕ろせ産むな殺す!」ぴっこん!「そんなん云われてわたしが傷つかなかったとでも思うかっ!」ぴっこん!「俺かって、云いたくていってたわけじゃねー」ぴっこん!「んじゃ云うな! 邪魔すんな! 砂に埋まってろ! 貝になれ!」ぴこぴこぴこぴっこん!

 

「お父様! お母様っ! 喧嘩はやめてくださいぃぃ」

「ハハハ。武器がピコハンってなだけで牧歌的だねぇ」

「おい、ミキ! なんで俺がひたすら理不尽な攻撃受けなきゃいけねーんだよ! 俺にもなんかよこせ!」

「ダメっ! あんたら前回、屋敷半壊させたデショ!」

「半壊!?」

ナニソレっ!

「俺じゃねぇ! ウェンリーだ」

「お前らは二人揃わないと破壊しません! よってお前ら二人のせい!」

「トゥール・ハンマーよりかは可愛くなっただろ。ピンクだし」

「だったら雷神の槌をピンクに塗り替える。元帥権限で」

「てなわけで、現在のロイっちにはハリセン一本で殺傷能力があると判断されますので、アンタは素手!」

「てかゆーじ先生! 素手でも充分殺傷能力あるよ。この人!」

「今凄い、抜き手でへそから手ぇつっこんで子宮つかみ出して潰したい。今すぐ」

「お父様、冗談もほどほどにしてください!」

バリっと無理矢理ヤンを引っぺがしたら、恐ろしいほど真顔でミキとヤンが首を振った。

「・・・・・ハハハ、マジだし。ロイっち」

「お、お母様・・・?」

「だーーかーーらーーー、ごめんってゆってんじゃんか、オスカーーっ」

「謝って済めば軍隊はいらない」

「まって! ちょっとまって!」

険悪な二人に無理矢理割ってはいるエマ。

「なんで父様子供がそんなにいやなんですか。私とかトーマとかは平気なのに」

「あ、違うのエマイユ。オスカーは子供が嫌いなんじゃなくて・・・出産が嫌いなのよ」

「え? だって、トーマの時は」

「だって、トーマを産んだのはお前であって、ウェンリーじゃないだろ」

「ま、そゆこと」

「お父様、「お母様が」出産するのがそんなイヤなんですか」

「イヤ。すげーイヤ。どうしようもないくらい無理」

「あー、うん、気持ちはわかるんだけどさぁオスカー。でもあれは仕方なかったと思うのよね。あの時のことは・・・あの時の・・・・・・・・・・・・・・・・」

頬を押さえながらぼんやりと記憶をたどったヤンだった。が。

「誠に申し訳ございませんでした(土下座)」

「って、張本人のウェンリーが言うくらい酷い出来事だった」

「お父様、その酷い出来事って多分私が生まれてきたこと」

「ん、いや違うぞ。「あれ」はお前が生まれた後だった」

不意にロイエンタールの口調が変わった。何に気づいたのかヤンが焦った声をだす。

「っ。だからっ悪かったって言ってるだろオスカー」

「違う。あれはエマイユが生まれたあとだった。俺はお前の産声をきいた。産室の前でウェンリーのわめき声を聞きながら俺は何も出来ずに時計を睨んで1から60までずっと数えてた」

「とう・・・さま?」

「オスカー! だからあれは予想外だったんだ。エマイユが無事に生まれて気がゆるんだ。あんなことがおこるなんて思ってもいなかった。今度は何が起こるかもわかったし、勝手もわかった。だから、二度とあんなことは起こらない! オスカーー!!!」

「・・・・・・・」

必死になってまくし立てるヤンを、前髪の間から暗いヘテロクロミアがのぞく。

ミキハラが思い出したように呟いた。

「ああ、そうだ。オスカーが飛び込んできたのはエマが生まれた後だったな。でも・・・それがなんだったんだ?」

「あんな恐ろしい思いをしたのは、あれがはじめてだった。足元が急にバラバラになって暗いところに一人で取り残される感覚。今までにあんな恐かったことはない。あれはなんだったんだ、ウェンリー」

「・・・・・・・・・・」

「こーたーえーろ」

ピクリ。低く云うロイエンタールにヤンの腕が震える。一瞬切なげな顔でエマをみたようだった。

「わたしは反射でそちらを選んだ。次があっても同じほうを選ぶ。そちらしか選べん」

「答えてない、ウェンリー」

「ってか、コレこのハナシの核だぞ! なんで今から夕飯って時にそんな一大告白しなきゃいけないんだ! ってかあれはわたしが見たただの夢なのに!」

「夢?」

「エマイユの前では、流石に云いたくなかった」

「エマイユ・・・」

ロイエンタールが何かに気づいたようにヤンのサラリとした黒髪を一房とって耳にかける。

「答えろウェンリー。お前はエマイユの母親か、俺の女か?」

ヤンは軽くため息をつくと、ロイエンタールにかがみこみ白くなるまで相手の手を掴んで恐ろしいほどの眼差しで白状した。

「お前の女だ」

意外なことに、ヤンは歯を食いしばりながら続けた。

「エマイユは腹を痛めた子供だし、お前の娘だ。大変可愛いし、愛しい。けど、だからってその代わりにお前を冷たいところに一人で置き去りにするわけにはいかない。お前を一人にはできない。だから、必ずお前のところに帰ってくる」

震える腕がロイエンタールを抱きしめる。

「悪かった。酷いことをした。あんな死ぬより辛い目を見せるつもりはなかった。わたしだってお前を失うくらいなら、お前を殺すし、母親の役だって何度でも放棄してみせる。絶対に帰ってくるから、信じてくれ」

ロイエンタールは傍目には何も答えなかった。かすかにヤンの服を握り締める感触。それがヤンには何よりも明確な答えだった。「満足した」と。

 

ヤンは猛烈に情けない顔で、改めてエマイユと相対していた。幻の猫耳がたれている。

「うーーん、「あのとき」ね一応意識はあったのよ、ゆーじ先生たちが何かゆってるの見えたし。でも、わたしは同時になんだかやわらかくてあったかいところにいてね。「おめでとう」っていわれたの。「キミの娘だよ、抱いてあげて」って。にっこりわらって受け取ろうとした時にオスカーの声が聞こえて「違う、そっちじゃない」って。オスカーがあんまり必死にいうから、子供を、受け取らなかったのよ」

炬燵の後ろに置いたソファーに背を預ける。

「それだけ・・・なんだけどね。でもやっぱり、母親にはなれなかったかなぁって」

しかしヤンは舐めていた。ちなみにロイエンタールも舐めていた。伊達にエマイユはロイエンタールの一人娘歴20年ではないのだ。

「胆力」それが彼女の合言葉だった。

「お母様がそうおっしゃるのは・・・少し淋しいかもしれませんけど、けど、先ほど愛しいと言ってもらいましたから、それだけでもとても嬉しいです。大好きなヤン提督がお母様で嬉しいです。・・・それに、ずっとお父様が一人だったのをみてたから、お母様がお父様を愛してらっしゃるのがわかってとてもとても嬉しいです」

エマイユの愛に満ちた台詞にさぞや感涙するものと思われたヤンだが。

ひしっとロイエンタールにしがみつき、怯えた顔でエマを見ていた。

「この子、どこの子っ」

「んーー、えーーっと、お前の娘だと思う」

「ああ、お前の子供か。なら納得」

「だから、お前の子だって」

その押し付け方はなんなのよ、あんたら。

 

「ああ、ところでハナシは変わるが、お前が子供産むんだったら、俺は生まれるまで家出するぞ」

「・・・・・・」

「どうした?」

「いや、もっと反対されるかと。あと10時間ぐらいマジバトルを覚悟してたのに」

「よく考えたら、お前殴らずに怒鳴り続けるのは俺のストレスが溜まるだけだと気づいた」

「あーー、うん。既に随分キてるよね、オスカー」

「別に心中っぽく相打ち狙いでもいいんだが」

「子連れで心中はイヤだよわたし」

「うん、邪魔なんだよな。異物が」

「あ、あのねぇ。オスカーくん。既に娘一人と孫がいる分際で、そういう風に全否定すんのやめてくんないかな?」

「まぁお前が妊娠した時点で俺の負けなこさ負けだから、今回は諦めてやる」

「えっ、マジっ!? オスカーくん。いつのまにそんないい奴にっ! じゃあアタシあと五人くらい子供欲しいっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・、ミキハラ、真剣に相談があるだが」

「聞いてやるが、ウェンリーを眠らせて強制的に避妊手術は却下だぞ。今度やったらマジ殺るからな」

「って、お父様!?」

「うーーん、割と壮絶なバトルの歴史があるのよ。わたしとオスカーにも。じゃなかったらあなたの兄弟作るのに三年もかかってないって」

「俺は真剣に思うんだが、こいつ殺したほうが宇宙の平和のためにはいいんじゃないか?」

「うっ、オスカー今そういう本質的な疑問は抱かないでよ」

「すまん、ウェンリー。馬鹿なこというなって一蹴してやれなくて」

「うう、ゆーじ先生、真剣に謝らないでぇ」

真剣に落ち込むヤンだったが、今回ばかりは母は強いのだ。

「けど、オスカー、今回だけは黙って許してくれない? エマイユを1人っ子にしたくないのよ」

ヤンが真顔でロイエンタールの隣に座りなおす。くどいようだが、今回ばかりはロイエンタールも真面目に話を聞いた。

「1人っ子か。それは確かに・・・」

「あの、お母様、私もうハタチで息子もいるんですが、今から1人っ子じゃなくなってもあんまり変わらないような・・・」

エマイユの真っ当な突っ込みに、ヤンはふるふると首を振る。

「いいえ、エマイユ。1人っ子はよくないわ。1人っ子の何がよくないって、兄弟がいないとねぇ」

「「こうなる」のよ」

びしぃ×2。で、お互いを指す。顔は二人とも恐ろしいほど真剣だ。

「お父様、お母様」

1人っ子同士な両親に、エマイユは厳かに言い切った。

「1人っ子以前の問題です」

 

ちなみにりほは、1人っ子は、兄弟がいる子供に比べて、腕が一本無い以上のハンディキャップだと真剣に信じております。

ストップ・少子化。

 

「で、家出するから。あとよろしくな」

「晩御飯食べてからでいいんでしょう。ええ、いわないわよ。心細いとか、そばにいて欲しいとか。まぁ、そういうことは。いくらアタシが鬼でも、あーーんなボロボロになったオスカー二度とみたくないもの」

「そんなに、酷かったんですか? お父様」

「そりゃあもう・・・、あれ? エマイユどうかした?」

「・・・・・・・・いえ、えーと、本当にお母様がお母様なんだなぁって」

「ふふふ、エマイユったらさっきからずっとね。大丈夫よ。これからはドコにもいかないし、隠さないから。あなたが慣れるまでずっとそばにいるから」

「こんな衝撃の事実、いつになったら慣れるんでしょうね」

しみじみといったエマだが、ヤンは「あらぁ」と不意に軽く云った。

「ロベルトおじいちゃんが実は子持ちだっていう、衝撃の事実に比べたら、実はたいしたことないことだと思うんだけどねぇ」

「はっ!?」

「それはいえてるかも」

ミキハラが頷くと、ロイエンタールも同意する。

「ああ、最初に聞いたときは俺も驚いた」

「だぁってさぁ、お前んちのロベルトさんて。執事の鏡みたいで、執事以外のことやってるとこ想像がつかねぇんだもん」

「ええええええええええええええええ!」

「あ、知らなかったんだ。エマイユ」

「聞いてませんよ、知りませんよ、えええええええええええええ!?」

「やっぱり俺じゃなくても驚くよな」

「って、父様そんな冷静に。大体おじいちゃんが結婚してたなんて知りませんよ!?」

そしてほのぼのとした声がテラスから聞こえてきた。

 

「結婚ならしていませんよ」

「あ、ロベルト」

「お待たせいたしました、奥様。お夕飯の買い物してまいりましたよ」

「おおおおおおおお、おじいちゃん!?」

「独身歴74年。結婚していなくても、子供は作れますしね」

なんともいえない善人顔の老人が、にこにこというところがなんとも恐ろしい話である。

「それに奥様、あえて言わせていただきますと、わたくしに子供が出来たと知ったときよりも、奥様に子供が出来たといわれたときのほうがどれほど驚きましたことか」

「そういえば、マリアもハンスも、とーーっても驚いてたけど、そんなに驚くようなことだった? 私は驚かれたことに驚いたのに」

「「「驚きましたともっ!」」」

「えーー、でも三人とも私たちが同じベットで寝てたことは知ってたでしょーに」

「ええ、知ってましたとも! だからって5歳の時から毎晩同じベットで寝てて、毎晩一緒に入浴するなんて兄弟以上の関係で、何か起こるなんて考えもいたしませんでしたわっ!」

「ま、マリアちゃん恐い」

「ってかお父様!? 一緒にお風呂って。しかも毎晩!?」

「まぁ、待て、エマイユ。それには深いわけがあるのだよ」

「と・・・・父様?」

「つまりこいつが死ぬっほど不器用で、自分の髪も洗えんような奴だから、毎晩俺が洗ってたわけだ」

「だーーーかーーーら、オスカー、いつも言ってるけど、ママンが死ぬまでは自分で髪の毛洗ってたんだってばっ! あっ」

気を取り直してもう一回。

「だからオスカー! いつも言ってるけど、母が死ぬまでは自分で髪の毛洗ってたのよっ!」

「何失言を抹殺しようとしとるか」

ビシッ(突っ込みは暴力には入りません)

「・・・・・・・・・・orz

「お、おかあ・・・さま?」

「ああああああ。あのね、だからエマイユちゃん、ウチの母が、いやママンが、じゃなくって母ってか、あなたのおばあちゃんが亡くなったのが私が5つの時で、だからそのときのクセで、ちっちゃいときのクセが」

うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ

ロイエンタールはいいことに気づいた。自分がヤンに何かすることは禁じられている。

だから

「さぁ、遠慮することはないエマイユ。このピコピコハンマーでこの馬鹿の頭を思いっきり・・・・・」

「お母様、ストップ」

ピッコン

ロイエンタール、思いっきり凶悪なツラで舌打ちするんじゃありません。てか、ピコハンに痛恨の一撃期待しないっ。

「あうあああーーー、エマイユの前では「母さん」か「母」かせめて「ママ」って決めてたのにぃいいいい」

「お父様、お母様ってわりと見栄っ張りですか?」

「いままでなんだと思ってたんだ?」

「お母様っ、ママンってわりと可愛らしい言い方だと思いますっ。だから大丈夫ですよ」

「本当?」

「本当です」

「ガキっぽくない?」

「全然大丈夫です」

「むしろ35にもなって今の態度はいいのか、ウェンリー」

あんまりよくないと思います。

「そう、なら良・・・・・くないいいいいいいいいいいいいい!」

ハタと正気に返ったヤンが絶叫する。

「オスカー! 家出するのはいいんだけどさっ。そしたら誰がわたしの髪の毛洗ってくれるのっ!? てか、出産予定日秋ってことは夏の時点でお腹結構大きくなるわよねっ、てか、わたし冬生まれのエマの時でさえ、夏の熱い盛りに散々なんかゆってたわよねぇ! マジヤバ!?」

「とりあえず、落ち着け、ウェンリー」

「ええーー、どうしよう。髪の毛もうちょっと切る? 馬鹿に長いし。髪も大事だけど子供は遥かに大事だし」

「俺はお前の子供より、お前の髪のほうが大事だ」

「・・・・・、うっわぁ言い切ったよこの人」

「ちょっと待て、今考えてるんだ。とりあえず、間違っても自分で洗うな、乾かすな。キューティクルが全滅するから」

「はーい」

「あと、腹がでかくなってから風呂場で転ぶな」

「ああ、そういえば、オスカーがいなかったら今頃わたしはエマイユのお墓参りしてるハメになってたかしらねぇ」

「えっ!?」

ダイジョブかよ、この人。Byりほ

「美容院・・・は上手い下手の波が酷いし、トリートメントは妊娠中は臭いとかビミョウだし、マリア・・・は忙しいのにこれ以上仕事増やしたくないし・・・ああ、こういう小手先の技はセレナが得意だが、あいつらはオーディンだしな」

「オスカー、そのセレナちゃんってあなたが拾ってきた子供たちの一人?」

「ああ、そういえば全員の名前は教えてなかったか?」

「んーーと、ちょっとまって」

 

「あら、奥様。お話は終わりましたの? お鍋はすぐに出来るんですよ」

マリアがあっという間に用意を済ませて土鍋を火にかけ、家から持ってきたおでんをあたため始める。

どうやら叫び声が止まったので、終わったかと思ったらしい。

あ、書き忘れてたけど、マリアたちがテラスから来たのは演出効果でもなんでもなく、海の幸山の幸を買い込みすぎたせいだ。白菜だけでもダンボール3箱のイキオイで買ってきた、山海の珍味。軽くトラック一杯分。ロイエンタール家の一月の食費相当。

「んーーと、今日が3月のぉ・・・・・ああ、やっぱり」

カレンダーをみていたヤンがにっこりと笑った。

「オーディンの屋敷の使用人たち、明日フェザーンに着くってv」

またんかい。


ロイエンタールはカリスマ美容師並のテクです。
ヤンがあまりにも不器用なせいですが、彼はわりと凝り性なので。
あと、身内のファッションには厳しいです。


前へ 目次へ 次へ