「オスカー、それあたしの餅巾着っ!」

「食ったほうが勝ち。あ、これもな」

「あたしのお大根!」

宇宙暦783年正月の二人の会話より。

 

   きっとしあわせ・・・第15話

 

というわけで。

ジャン!

ジャン!

ジャーーーーン!

春宵の間に一夜限りのエキセントリック・コタツルームが完成!

 

「って、おこたしつらえたのはいいんだけど、食材こないことにはどうしようもないのよねーー、アハハー」

何もしていないヤンはニコニコと炬燵に足をいれ、まだしつこく動かない同僚らを石の地蔵のようにずらし、ほぼ一人で炬燵を設置したロイエンタールはヤンの隣に腰をおろす。←無意識

「つーかミキハラ、お前わざわざ炬燵もって来たうえに畳までもってきたのか」

「常識」

「さも当然て顔で指立てるな、そこの医者。次元を越えた常識披露すんじゃねーよ」

とりあえず、我々の次元ではまず炬燵をもってくるところからありえない。

「ウェンリー、今日鍋だって?」

「おなかすいた? マリアちゃんたち食彩館よってくるって云ってたけど」

けどなんだかんだ云ってまだ6時だ。ヤンが帰ってきてから30分も経っていない。

「今日はおっきいお鍋におでんで、土鍋にとりやさいなべ。頼んできたから」

「とりやさい・・・」

「オスカー、好きでしょ?」

 

『とり野菜鍋』とは

石川県民のソウル・フード。本来鶏肉と白菜のみを炊き、醤油ダレのようなものをかけて食す料理だったらしいが、現在ではこうじ味噌に酒、にんにく、唐辛子などを入れた専用の味噌を使用する。

とり野菜鍋と銘打ってはいるものの、この味噌を使用すれば実際何を入れてもOKであり、りほはきのこと野菜をわんさか入れた豚肉のものが一番好き。

備考:めちゃくちゃ美味い

 

「お前、とりやさいっていえば俺が怒らないと思ってるだろ」

「怒ってるじゃない・・・」

「あらぁ? じゃあマリアさん、ウチから持ってきたお鍋は何につかうのかしら?」

志保が家からもってきた中くらいの土鍋をひょいっと持ち上げる。

「「・・・・・・・・・・・」」

顔を見合わせたロイエンタールとヤンの疑問に答えるようにカラランコロロンと澄んだ軽やかな音が響く。ロイエンタールのケータイが鳴った。

 

Pi

「俺だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・蟹」

Pi

 

「え゛?」

「ロベルトたちあと10分で来るって」

「オスカー蟹食べないでしょ、蟹」

しれっと云うロイにヤンが恐い顔になる。

「ミキが全部食うだろ」

「食べないでしょオスカー、蟹味噌はおろか蟹の足も何一つ!」

「・・・・・・・・・」

「オスカー、ぞーすい食べるの禁止」

「ソレ無し」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「あーー、なんだか五臓六腑に染み渡るような、代わり映えのない会話だわねぇユージくん」

「そうだね志保さん、よくもまぁこんな山もオチもないような話延々と続けてられるよね。まぁ俺は蟹食うけどね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「むた? むったぁ?」

「あ、え、えーと、エマイユ? 大丈夫か? ヲイ」

トーマを抱いたまま、エマイユは西洋人形のように青い瞳を丸々にして惚けていた。

「お母様、お母様がお母様で、実は私のお母様・・・うーん」

「あの、大丈夫? エマイユ」

結婚してからこっち、この事実が発覚した場合妻にどう対処するかを(ことなかれ主義で)まったく考えてこなかったファーレンハイトである。

「あなた、アーダルベルトはいつから・・・?」

「結婚式の日・・・なんだ」

エマイユは夫を見上げ、物凄く複雑な顔をしてから、やっと声に出しては一言いった。

「結婚してくれてありがとう」

「後悔してませんから。エマイユもトーマを産んでくれてありがとう」

臆面もなくぬけぬけといったファーにほのぼのしながら、腕の中の子供を見直す。

「・・・、帝国元帥オスカー・フォン・ロイエンタール(35)と、同盟元帥ヤン・ウェンリー(35)の孫・・・」

「エマ、息子パンダじゃないんだからさ・・・」

「どうしよう、アル。トーマがたれぱんださんに見えてきた」

なんかイヤな遺伝子が入っているエマイユ。

「トーマ君すあま食べる?」

「いにゃいにゃ・・・」

じたばたじたばた。

 

「なんの騒ぎだこれは・・・」

イヤそうな顔をしたオーベルシュタインが春宵の間の入り口に立ち、開け放したドアを申し訳程度にノックしている。

彼は一時間ほど多く残業しただけで軍務省から歩いてきた。

↑オーベルシュタイン、効率の悪い残業はしない主義。

ただし彼は朝の三時に起き、身支度を整え一時間散歩したあと、朝の四時半から仕事をしている。そして夜は軽く読書などしたあと、九時前には寝てしまう。

彼が未だに独身なのはこのライフスタイルのせいだと思う。

「オーベルシュタイン閣下! すみません、なぜ閣下は私の母が母だとおわかりになったのですか?」

入り口に一番近かったファーレンハイト夫妻の奥方にそう聞かれて、オーベルシュタインが目をみはる。

「なんだ、ばれたのか」

目をやると、布団を被せたテーブルにつき、ロイエンタールとヤンがまだくだらない会話を延々とやっていた。なれたけどね、フンっ。

「ばれたってゆーか、こいつがバラしたんだ」

「はいはーい、オーベルシュタイン閣下。私の懐妊祝いパーティーにようこそっ♪」

「そんなものに来た覚えはないっ」

「青筋ういてるぞ、オーベルシュタイン」

「・・・懐妊? ・・・・・・・・・・・まぁ、おめでとう、フラウ・ロイエンタール」

諦めたような顔でもそもそとロイエンタールたちの正面に座るオーベ。

てかおこたに入るオーベルシュタインて変。いや、変だから書いてるんだけどね。

「あーら、ふふふ。そんなアッサリおめでとうなんていっていいんですか? 軍務尚書閣下?」

「事ここに至って、ようやく貴方がこんなクイズにかこつけた時間稼ぎなんぞやった理由がわかったからな」

「あらーーーん、やだーーん、時間稼ぎだなんてーーー」

「ロイエンタール、この人ムカツク」

「気持ちはわかる。だけど我慢しろ、俺だって我慢してるんだ」

「子供産まれたあとが真剣に恐いわね・・・」

「無事に産めたらな・・・」

「オスカぁ」

なにやら真剣に不穏な空気だったが、オーベルシュタインはあえて水を差した。

「ヤン元帥・・・・・・・、あなたは私に黙認させたな」

「ええ、そうですわよ」

ケロっとね。

「娘のことも、その結婚も、わたしとオスカーのことも、孫の出産も、なぁあんにも云わなかった人が今更この子のことだけ云うのはおかしいですものねぇえ」

恐っ。

てか爬虫類の目の時に笑ってるヤンは間違っても敵にまわしたくない。

勿論今更「あんたが何も言わせてくれなかったんじゃないか」なんて反論は受け付けてもらえない。

 

「あの、お母様・・・」

そんなアホ三人の会話に、戸惑った顔が向けられる。

「私の・・・・妹か弟は、もしかして、わたしや、トーマのために・・・」

多分、それは間違いではない。それも、間違いではない。けれど。

「悪いけれどね、エマイユ。わたしはそんなに優しくはないわ。あなたとオスカー、どちらを愛しているかと聞かれたら迷い無くオスカーと答えるわ。もし、将来わたしの子供が狙われるときがあれば、あなたかこの子かどちらかが狙われるかしら。二人同時に殺すのは難しいわ。その分、片方が生き残る確率が高くなるのは確かだわ。オスカーの子供が生き残るのはわたしにはとても嬉しいことなのよ」

「お母様、お父様のこと・・・」

知らなかった「ヤン・ウェンリー」がそんなに父のことを想っていたなんて。この三年、ずっと。

「そう、別にあなたじゃなくてもいいの。でも、あなたはオスカーの子供だから、わたしあなたがとっても大事。大好きよ、エマイユ。でもごめんなさいね、あんまりお母さんらしくなくて」

「あっ、あの、私、今までお母様がいたときがないものですから、どういう風に接していいか、わからなくて」

「ごめーん、わたしは四六時中、娘といれて幸せいっぱいだったわ」←極悪

「いままでお母様がいたことがなかったらか、フツウのお母様がどんなものかわかりません。伝わらないかもしれませんけど、これだけはわかってください。お母様がいなかったから、いなかったから、今、お母様がいて、とても嬉しいんです」

いてくださるだけで、心から幸せです。しかも、今だけじゃなくて、明日も明後日も一緒にいられることが。とても嬉しくてたまらないんです。お母様。

「弟か妹が生まれるのも、とても楽しみです」

「ふふ、うふふ、ふふふふふふふふふ」

ロイエンタールは気づかれないほどかすかに、ヤンを肩で支えた。エマイユに嫌われることを悲しいほど恐れていたことを知っていたから。死ぬほどほっとしていることを、多分エマイユには知られたくないだろうから。

「もーーーっねーー、わたしも凄い楽しみなの。ずっと、ずっと子供が欲しかったのよ。小さいころからずっとなの。だから、大変だったけど、あなたを妊娠して、でも、誰も彼も反対して凄い悲しかったんだけど、でも、今回はあなたが味方してくれるのね。

わたしね、信じられないくらい嬉しいの。嬉しいのよ、エマイユ。

男の子かしら? 女の子かしら? トーマ君とも仲良くしてくれるかしら。

あなたが女の子だったから、女の子もいいのだけど、男の子でもいいの。一・姫、二・太郎」

「三、なすび」←ロイ

「真顔で付け加えるなっ、つか産めるかぁ!!!!!」

つづく


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