「ねぇ、ウェンリーちゃん、お母様ね、お願いがあるのよ」

「・・・・・・・・・・」

枕元のヤンはひたと死の床についた母カトリーヌを見つめる。

「ロイエンタールさんちのオスカーちゃんと仲良くね」

「仲・・・ウェンリー、オスカーと仲良しだわ、そうでしょう?」

「ウェンリーはお母様の宝物だわ。ウェンリーがいるからお母様はとっても幸せなの。だから、お願い。泣きそうな顔はしないで。悲しい気分になってしまうのだから」

「・・・・・・・・・・・」

「愛するということは、とても大事なこと。とても幸せなこと。今はとても大変な時代だけど、ねぇ愛して。わたしはあなたを不幸せにするために産んだのではないのだから」

娘の幼児特有の柔らかい髪を撫でる。子供は子供というだけで胸が温かくなる。

「ボン・シャース。世界中の幸福が、あなたのためにありますように」

 

 

     きっとしあわせ・・・  第12話

 

 

まだ朝の気配の残る、鮮烈な庭でエマイユは目を閉じていた。

3月27日。

今日はとてもとても素晴らしい特別な一日になるに違いない。

 

「ふふふ」

花に囲まれ、エマイユはくるりと楽しげに回った。

「ねぇ、お父様、いかがかしら?」

「あのマリア・リーベルトがお前のために、今日一日のためだけに作ったマリエだぞ? 似合わないほうがあり得ないだろうが」

「ありがとう、お父様。私お父様の審美眼だけは信用しているのよ。感受性はともかく」

純白のローブ・ド・マリエ。

白く輝くその衣装に身を包んだエマは、自分の体がまるで妖精の羽のように軽くなっていることに気づく。

たっぷり裾に流れるスカート。エマの柳腰を優雅に演出するウエスト。刺繍とレースが斬新に組み合わされた胸元、襟元、肩。肘を覆う長手袋。その何もかもがエマイユを優しく包み込んでいる。

「あの」マリア・リーベルトと呼ばれた、鬼才マリアの一針一針魂を込めた渾身の傑作なのである。

プラチナとパールが輝くアクセサリーやビーズの数々。そしてアクアマリンは幸福な結婚の石。

極めつけが可憐で繊細なティアラとエマイユを包むヴェール。

体中が幸せと喜びで満たされている。今にも踊りだしそうに体が軽い。

大人びた顔立ちに、初々しさと微かな緊張に染まった頬。

誰が見ても文句なしの純白の花嫁だった。

「あのマリア・リーベルトのマリエを着て、あのハンス・リーベルトの庭で結婚とは、ある意味凄い贅沢だな、お前。しかし自分ちの庭で結婚式とは、一生帰ってこなくてもいいというイミもありそうでアリ、何かあったら遠慮なく帰ってこいというイミもありそうでアリ、どっちのイミにもとれるし」

「「実はどっちのイミもないという」」

ペロっとエマが舌をだす。

「云うと思った」

帝国軍元帥を父に持ち、帝国軍上級大将と結婚するにしてはエマイユはとても素朴な少女だった。

華やかな式場で金銀財宝に埋め尽くされたパーティーも決して夢物語ではない身分ではあるが、エマイユの望みは小さな庭で素朴であたたかなガーデンパーティーだった、最適な会場がたまたま自分の家だったわけである。

小さな庭、というが、これはタダ単に瀟洒な水路が縦横に張り巡らされたオーディンのロイエンタール邸のフラワーガーデンと比べ、フェザーンの屋敷では果樹も含め主に花木が多いというだけで、実際は庭の広さはオーディンの屋敷の二倍以上ある。なおかつ、オーディンの豪邸とくらべ、屋敷がこじんまりしていることで、小さな庭という雰囲気が出てくるのだろう。

人工美溢れるオーディンの屋敷と対照的に自然の美をそのまま活かしたフェザーンの屋敷の花たっぷりの庭での挙式は、あるいみとんでもなく贅沢だということはイマイチわかってないエマイユ。

人として素朴な幸せを、素朴にかみしめていた。

笑顔が自然に湧いてくる。

「エスコートしてくださいまし、お父様」

軍礼服に身を包んだ父が美しいとしか形容できないほど優雅に差し伸べた手に、ブーケをもったのと反対側の手がすっぽりと収まった。

「(役得だなぁ私w)」

花嫁のエスコートは父親と相場がきまっとるだろうが、馬鹿者。

 

ほとんど軍関係者というせいか和やかな雰囲気だった会場で、その瞬間、人々は新郎の精神の崩壊する音を聞いた。

((((((((((((バカ・・・))))))))))))

勿論この馬鹿は花嫁のあまりの可憐さと美しさにショックを受けたのである。

思いっきり殴ったらゴーーンといい音がしそうだ。

「あ、あるぅ?」

「え、あっ、いや・・・どうしよう、泣く、俺・・・」

「なっ、なんで泣くの!? 配役違うくない?」

さっきまで王子様かと思うほどかっこよかったと誉めてやりたいくらいの新郎っぷりだったのに、この有様である。同僚一同頭を押さえた。ちなみに除外花嫁の父。

この鬼畜生な父親は役目を済ますと早くもどっかに消えている。いや、自分ちなのだからどこへでもいけるのだが・・・。

「ヤベ・・・攫って逃げたい・・」

「てか、攫う必要ないし! 大丈夫、アル?」

「大丈夫じゃない、死にそうだ、俺。けど今死んだら俺が一番困る」

「私も、困る」

ぎゆうううううううう。

新郎は立場もギャラリーも忘れ果てて花嫁を抱きしめた。

「凄い凄い嬉しい、言葉じゃ言い表せないくらい幸せだ。俺と結婚してくれてありがとう、エマイユ。愛してる」

「わたしも・・・。世界で一番愛してるわ、アーダルベルト」

頬を赤らめ、幸せたっぷりに微笑むエマイユに、思わず口付けを・・・したかったファーだが、とてもとてもとても恨みがましーー視線に、われに返る。

「予に・・・宣誓の証人役をやらせてくれるのではなかったのか・・・」

これが銀河に轟く皇帝の台詞である。威厳がないこと甚だしい。けど生まれつきの美人はこんなことやっててもやっぱり文句のつけようがないほど華麗で美しいのだ。

ちなみに、大元帥の礼装を着たラインハルトは、当初白亜のルーヴェンブリュンで結婚式をやるようにと勧めたのだが、花婿の臣下の結婚式に皇帝の居城をつかうのはおかしいという提言と、花嫁の大変申し訳なさそうな丁重な断りに奢侈を好まない人柄なのだと好感を抱き身を引いたが、それでも証人役だけは頑として譲らなかった。

臣下の結婚には積極的なくせに、自分の結婚には「予はヤン元帥に振られている真っ最中だから結婚はしなくてもよいのだ」と威張っている。

「えっ、それは今からです!」

「そうですそうです。ちゃんと本番やりますから」

「それなら・・・よい。 言い遅れた。結婚おめでとう、フラウ・ファーレンハイト。貴方のご主人は予にとって大切な臣下なのだ。よろしく頼む。」

「ありがとうございます、陛下」

フラウ・ファーレンハイトという言葉をかみ締めながら、微笑むエマイユ。

「それと、ファーレンハイト。今日からロイエンタールを父に持つということは、予にもわかるくらい大変だろう。けれどこんな綺麗な方が奥方になるのだ、苦労を帳消しにしてありあまるほどだな」

「ありがとうございます、陛下。けれどどんなに褒めてくださっても妻は差し上げません」

皇帝相手にここまでしゃあしゃあといってのけるのがファーレンハイトだが、その妻に腑抜けなのもファーレンハイト。

まぁそれはおいといて、皇帝に続いてウルトラクイズの面々も今日ばかりはクイズを忘れ口々に祝福の言葉をかける。

エマは豪華な出席者の祝福の言葉に一人一人丁寧に感謝の言葉を述べていった。特にミッターマイヤー夫人やアイゼナッハ夫人の言葉が心強く思う。

 

「エマイユちゃん、結婚おめでとぉ~。美原荘代表してお祝いにきたわよぉぅ~」

「志保さん!」

「エマイユ・・・あの時の赤ん坊が、大きくなって、立派になって・・・ううう」

「祐司さんも・・・」

いつの間にか、新郎の友人たちに小突き回されているファーレンハイトと別行動になったエマが唯一の軍人以外の招待客に顔を明るくする。

「とってもとってもとっても綺麗だわ。本当におめでとう」

ウキウキして今日の日を心から喜ぶ妻によりそい、優しい目で花嫁と妻を見守っていた祐司だったが、突如メデューサに遭遇したように石になった。その夫の視線をおった志保も「ヒャク」としゃっくり間際の声で目を丸くする。

したがってエマがそちらを向くのは必然なのだが、エマイユのやや後方から優しい微笑みをまとって現れたヒトは、当然といえば当然ながらヤン・ウェンリーその人である。

「結婚、おめでとう。エマイユ」

生母ではなく、聖母の微笑みを浮かべてけれどはっきりと祝福するヤン。その時確かに時が止まった。

 

清華。まずはその一言に尽きる。優艶、奢侈、絢爛、厳粛。

そのすべてを軽く羽織り、滑るように歩を踏み出すヤン。

まずはじめに目に映ったのはそのなよやかな微笑だろうか?

本友禅、箔、摺、刺繍で華やかに表現された、大華紋、正倉院文様、吉祥文様、一つ一つ古典を踏襲し、どれもが組み合わされながら調和を保ちつつ伸びやかに広がる裾模様。

金糸で艶やかな牡丹を織りあらわした豪華なふくらみのある二重太鼓に結んだ袋帯。

そして黒地にくっきりと白く映える胸元、袂、襟の計5つの紋。

目に付くのはそのあたりだろうか?

けれどそれだけでこの装束に満足してはいけない。

白地に共色刺繍の半襟、勿論襟はそもそも比翼仕立てになっている。

白地に金銀で柄が置かれた総絞りの帯揚げと、白地に金で柄が組みだされた帯締め。帯に挟まれた末広。

ちらりとのぞく長襦袢は白地におめでたい吉祥柄が地紋で織り出されたもの。

両手にそっと挟まれたバックは錦織、草履はエナメルに錦織の布地をあしらった礼装用。草履とバックは豪華な裾模様を引き立てるためにシンプルなものをと心が砕かれている。

そして髪。

抜かれた襟足はシンプルな髷にして細かい細工の入った白鼈甲の髪飾りをしているが、前髪をアレンジすることで、野暮ったい印象を崩していた。ちなみに襟は抜きすぎると首が太く見えるので注意。

そしてまた不思議な笑みを浮かべる透明感のある赤い唇のラインに戻ってくる。なぜ唇ばかり気になるのかと思えば、アイメイクがさくら貝のように優しいからだ。

ほわりと自然の花の香を阻害しない、甘く、優しく、上品で、しかも落ち着いた香りがエマの鼻腔をくすぐった。

 

そこで硬直が解けたエマイユは叫んだ。

「キャーーーーーーーーーーー! な、な、な、なんなんですか、その格好は!!!」

「これ? アンティーク好きの義父から譲り受けたの。今まで一度も袖を通したことはなかったのだけど、折角のあなたの結婚式だもの。そんなにヘンかしら? 似合わない?」

普段よりおしとやかに優しく微笑むその人にもう一度見とれ、ポカンとクチをあけて呆然と横に首をふる。

義父の読みは当然「ちち」。エマイユには嘘つかないを実践しているヤンである。単にわざと誤解させているだけだ。

「綺麗・・・」

それしか言葉が出なかった。

「あらあらどうしたの? 今日の主役が変な顔よ」

普段のぐうたらぶりをかなぐり捨てて、今日はなんとも海のような穏やかさとあたたかさである。硬直したエマの肩をポンポンっと叩くと、初対面・・・という設定の夫婦に向き直った。

「ヤン・ウェンリーです。いいお天気になって本当によかったですね」

初めましてといわない分は、完全に初対面の人間を見る目で補う。

美樹原夫婦は内心の動揺を・・・・・押し隠せるかぎり押し隠し、どうにか笑顔といえる表情で挨拶する。

「・・・美樹原、です。いい風が吹く日でよかったですね」

「志保ですわ。あの・・・・・お見事な、留袖・・・ですわね」

花々の中、その花よりも花のように、ヤンはにっこりと艶やかに微笑んで応えた。

「トメソデ・・・ってなんですの? 元帥」

「まだ人々が地球にいたころの、ニホンという国の民族衣装なの。女性の第一級礼装なのだそうよ。それが黒留袖。黒以外のものは色留袖といったりするの。あら、わたしったら日系の方の前でベラベラと。間違ってませんわよね?」

頬を染めて恥らうヤンに、美樹原夫妻は笑顔を引きつらせながらコクコクと頷く。この混血の時代に日系もなにもあったものではない。祐司はそれでも黒髪黒目だが、志保の髪は生まれつきのブラウンだ。

それでも二人とも、黒留袖が既婚女性の第一級礼装だということは重々承知していたのだった。

 

「にしても、ウェンリィ(こそこそ)」

「なぁに? しほちゃん(こそこそこそ)」

「本当にすっごいわね、どうしたのそれ?」

「旦那4時に叩き起こしてやらせたv うふっw」

「・・・・うっわぁ」

 

そのわずかばかり後、ワンダーランドと化したロイエンタール家の庭で、うっかり彼女と遭遇してしまったオーベルシュタインは首から下に本当に冷や汗が噴出した。

(ヒッ、日向五ツ紋の黒留袖だと!)

帝国の重鎮であるところのオーベルシュタインは一瞬で敗北を認めた。

新帝国の将官らの軍服は栄光の具現。なびく元帥の外套は栄華の極み、成功の象徴。輝かしいものである。

けれど今この場にいる全員を集めても、それでも彼女一人に負ける。

「あら、オーベルシュタイン閣下」

ヤンの笑顔に気を取り直し、辺りに耳目がないことを確認してから新婦の親族への礼式にのっとった挨拶を述べる。つかあまりの迫力に中々半径1メートル以内に入れんのだよ。

「本日はおめでとうございます」

「お忙しいところをお運びいただきありがとうございます」

ヤンも品よく頭を下げた。その美しい所作に自然にほぅとため息を漏らす。

「然し、大胆というか・・・実にお美しい」

「恐縮でございますわ」

「ロスト・テクノロジー・・・ですね?」

「まぁ、お分かりになりますの? そうです。もう二度と人の手が作り出すことのないものですわ」

「実際に目にするのははじめてです。そんなもの、ロイエンタールの年収をつぎ込んでも手に入らないはずでしょう?」

「25年・・・30年近く前まではまだ名の有る職人の方々が亡くなったばかりでもありましたし、手に入りましたわ。今はその倍出しても手に入れるのは難しいでしょう。もう20年すれば市場には出てこないでしょうね。少しづつですけど、年々一般の品物も粗雑になっていっていますわ。そのうち品物自体が手に入らなくなるだろうと、近所の呉服屋さんから聞きました。そもそも糸をつむぐ人がいないのですって」

「手に入ったとしても、誰も着せないし、着こなせんでしょう。もし着たとしても、衣装負けするのがオチです。それを踏まえて、お美しいと申しました」

「オホホ、ありがとうございます。けれど、そもそも着物は着るために作られた代物ですもの。着てこそ真価が発揮されるのだというのが、アンティーク好きの義父の持論でしたの」

「義父・・・それも空恐ろしい単語ですが、それがロイエンタールの父親だとかいうシュテファン・フォン・ロイ・・・・シュテファン・コレクション!?」

「ええ」

「実在したんですか・・・都市伝説だと信じていました」

「小父様のコレクションはそんなに有名だったんですか? 知りませんでした」

「けれど、シュテファンはフェザーン人ではなかったのですか? 彼は同盟の品物も・・・」

「だ、か、ら・・・」

ちょいちょい、と自分を指差す。

「ヤン元帥・・・・の、お父上?」

「ええ。だから、マブダチだったんですってば。小父様と父は」

「なるほど。そういうことだったのですか。 ところで元帥、その紋は?」

「ふふ、近所の呉服屋さんが作ってくださったんです。ロイエンタール家の家紋を丸くアレンジしていただいて。まぁ、あの娘も気づかなかったみたいですし、そんなに意匠化されてます?」

「ロイエンタール家の家紋を、あなたが?」

「・・・・・・・ええ。わたしとオスカーがどうにかなるなんて小父様も本当に考えたわけではないと思うんです。けれど、わたしを本当の娘のように思ってくださって、娘が実家の紋をつけるのは何もおかしい話ではないのだから・・・と」

けぶるような微笑に一瞬目をくらませながら、オーベルシュタインは普段の彼からは想像もつかないくらい切れ味の悪い切り替えしになった。

「けれど・・・、貴方はフラウ・ロイエンタールだ。それぐらい、似合っておいでだ。その黒留袖は」

「ふふふ、一張羅ですもの」

ふと、そのヤンの瞳が左へ流れた。

何事かと同じほうを見たオーベルシュタインに、いつの間にか見慣れていたヘテロクロミアがあらわれる。

「しかし、そんなもののために俺は朝4時にたたき起こされたわけか?」

これほど険悪なロイエンタールの眼差しを、オーベルシュタインは見たことがなかった。そして

「あら、朝弱くないから大丈夫だったでしょう? あ・な・た」

ほほほほほ、と、とことん悪魔的な笑顔を見せるヤン・ウェンリーにオーベルシュタインの背筋を冷たいものが滑り降りる。

この二人とはそこそこ仲はよくなっていたが、二人一緒なところに会うのはこれが二度目なのだ。

しかも今回は前回に微かに感じた距離というか、間というか、壁のようなものが感じられない。てことは?

「けど、朝4時に起きたカイはあったでしょう? 似合うでしょう?」

「当たり前だ。お前じゃなきゃ誰に着こなせるか、ンなモン」

「んん~~、それって褒めてる?」

「けどな?」

「うっ」

「なんっで、ンなケバくなる! どこの極道だお前は!!」

「触覚引っ張んないでよぉ! 痛い!痛いってばオスカー!」

「なんでお前は昔っから正装をケバくするんだ! 黒留ったらフォーマル中のフォーマルだぞ!舐めるな!」

「舐めてない! 勝手になるんだってば!!」

「そこまでしてソレ着たかったかよ!!!」

「なにゆってんの、当たり前にきまってんじゃん。だって、これわたしの服の中で一番お気に入りなのよ? けど、黒留って身内の結婚式以外着る機会ないじゃん!これ一番のお気になのに。すっげぇ着たいのに・・・。それともエマお稚児さんでもでる?」

「帝国にお稚児さんはないし、しかもエマがガキのときにお前がいなかったらどうせ着れないだろ」

「一張羅なのに・・・一張羅なのにぃ・・・・。てかアタシ黒留あと二枚くらい持ってるんですけど・・」

打ちひしがれるヤンは色留も三枚くらい持っている。てことはホカの着物については云うまでもない。

「そもそも身内の結婚式がないからな」

「でしょ!? 着る機会ないでしょ!?」

と、ついクセでロイエンタールの胸倉を掴んでしまったが、今着ているのがその着る機会がない黒留袖だということを思い出し、ほぅと満足げな吐息をもらす。

「にしても、これ着れてよかったわよねぇ、オスカー。主にサイズが」

「ああ、それカトリーヌ小母上の寸法で仕上げたからな・・・」

「当時の寸法で仕上げるわけにもいかなかったし」

「てか、お前相変わらず細すぎ。もっと太れ。何枚タオル巻いてやがる」

「ホホホ、女性に体重のハナシはタブーなのよ、オスカーちゃんw」

撲殺中。

「ウゼっ、死ねお前」

「本気でゆーーなぁ!!」

「わり、心の底から本気だった」

「やっぱりぃいい!」

 

(こいつらが前回「バトルなしでか」って確認してた理由がわかった気がする。こーゆー意味かよ。お前ら最悪。

てか、バトルモード=ノーマルモードだろ。お前らこっちが本調子なんだろ? いや、ヤン元帥が一方的にロイエンタールどついてるように見えんでもないが・・・

てかこいつら娘の結婚式になにやっとるんだ?)

一人置き去りにされたオーベルシュタインが額を押さえる。

手の施しようがない。ところが

「あ・・・・」

「は・・・・?」

誰もこないはずもなかったと。そのときオーベルシュタインはやっと気づいた。

色素の薄い立ち尽くす男の顔を見ながら。

 

「よぅ、ファーレンハイト」

ヤンに締め上げられながら、呑気にロイエンタールが片手をあげた。慣れている。

「あーーららら、やっだぁ、久しぶりにオスカーといちゃついてたら、全っ然気づかなかったわぁ」

「なっ、は? エマの母上が、ヤン、元帥? それ違うだろ?てかなんか違うだろ?」

「産んだ本人が自分で産んだってんだから、別に違わないんじゃないか?」

「はいはいはーーーい! わたし産みましたーーー!」

「いや、それでも違うだろ・・・ヒトとして、なんかが・・・」

「ええーー、でも一応わたしお母さんなんだけどなぁ」

「だって、そんなの、ありえないだろ? エマはあんなに懐いてるのに・・・」

「・・・・で、その懐いてるエマに、云うか? ファーレンハイト?」

ハッと気づいた顔になって、ヤンを凝視する。それでも・・・

「いえない、だろ? どの面下げて云えっていうんだよ」

「俺は云えない、お前も云えない。オーベルシュタインも云えない。ウチの使用人どももいえない。なら、誰がエマイユに本当のことを教えてやれるんだろうなぁ。なぁ?」

呟くようにゆっくりといったロイエンタールはヘテロクロミアをヤンに流す。

ヤンはにっこりと微笑んで応えた。

「さぁ、誰かしらね」

 

「アル、アーダルベルト!」

「んっ、ああ、なんだいエマイユ」

構造がサッパリ理解できなかったので、時間をくれと云って逃げてきたところをエマに見つかった。心臓跳ねるかと思ったが、なんとか取り繕えたらしい。けれど顔色の悪さは誤魔化せない。

「アル、疲れた? 具合でもわるいの?」

エマイユが目の前に現れた瞬間、曇りが晴天に変わったかのような気がした。あの二人の毒気に巻き込まれたか? すがすがしい空気が胸を満たす。

「いや、なんでもない。大丈夫だ。で、どうかした?」

「ロベルトおじいちゃんがね、お母様からのメッセージをくれたの。一緒に聞いて欲しいと思って。結婚式の日に渡してって頼まれてたのですって!」

「キミの・・・お母様から・・・」

最後に見たヤンの泣きそうな笑み、あれが、きっと最後の、本当の彼女の本音・・・。

あの彼女が託したものなら、意味がないはずがない。

 

プ―――ヴォン

『・・・・』

「これは・・・この庭!?」

ぐるるるる・・・と画像が回る。確かにこの庭だった。樹木は心持ち今と違う。

『結婚、おめでとうございます、エマイユ』

「ム・・・ッター」

『お母さんでーす、はじめましてーー』

画面にひらひらと左手が見える。

「お母様が写してる・・・・の?」

生まれたころから、歌声しか聴いたことがなかった。だから歌だと自然に思っていたのに。フェザーン訛りのある帝国語・・・。

けれど、歌うようなまろやかな声だった。

『今は何年ですか? あなたは何歳ですか?

こっちは宇宙暦783年、母様は今15歳です。

そしてエマイユちゃん。エマちゃん、ご挨拶して』

『うな?』

籠の中でレースと柔らかな布に埋もれている赤ん坊が移る。

「あれ、私!?」

『はいエマちゃん。お母様とあくしゅあくしゅ~』

『うなうな』

『今日は、どうしてもあなたに言っておきたいことがあったの。いうだけならこのエマちゃんに云ってもいいんだけど、覚えてられないものね?』

左手が赤ん坊のあたまをこねこねと撫でる。

『エマイユ、今日までお父様のお守りをありがとう。

もちろん、これを聞いている「今日」の時点で何がどうなっているかなんてお母様にはさっぱりわかりません。お母様もお父様も死んでしまっている可能性もありますね。

けれどそれでも、お母様は一ミリも不安を感じていません。

あなたがいてくれるおかげです、エマイユ。ありがとうございます。

あなたが紡ぐ未来、それはどんな素敵なものなんでしょうね?

お母様は楽しみでなりません。

 

エマイユ、あなたはお母様とお父様の子です。今まで大変なことも多かったでしょう?

お父様がさぞ迷惑をかけたでしょうね。

けれど、お母様はあなたにしかお父様を任せることが出来ませんでした。

お母様の子ならお父様を嫌いになるはずがありませんからね? ふふふ。

どうですか? 大成功だったでしょう?

 

今日はあなたの結婚式です。とくべつな、とくべつな日です。

結婚は、世の中では色々と言われる物事のようですが、それでもお母様は女の子がお嫁さんになる日はとてもとても、とくべつだと思っています。

あなたはお母様の子ですから、今日、この日、とてもとても幸せなのでしょう。

お母様はとてもうれしいです。

先にもいいましたが、お母様の子ですからね。下手な男を掴むはずがありません。

少し残念なのは、お母様がその場にいないことですが・・・。

お母様はいつだって、宇宙のどこにいたって、あなたの幸福だけを祈っています。

あなたがどこにいようと、何をしようと、いつまでもいつまでも愛しています。

ちなみに、お母様を独占していいのはお父様だけですけど、お母様が一番愛しているのはエマイユだけですからね。

お母様の天使さん。いつまでも笑っていてくださいね。

 

お母様があなたを産んだ理由は、お父様のお守り以外にも実はもう一つだけあるんです。

この美しい世界を、お母様はあなたにも見せたかった。ねえ、この世界はこんなにも綺麗なの。ハンス・リーベルトの春も、大地と空がなければ生み出せないのよ。

 

ねぇ、エマイユ。世界はこんなにも綺麗で素晴らしいんですもの。

辛いとき、悲しいとき、楽しいとき、嬉しいとき、いつでもいいから思い出してね。

幸せはあなたとともにあることを。

きっとあなたはいつまでもしあわせだわ。

そして、エマイユの旦那様、エマイユを宜しくお願いいたします。

エマイユといれば、いつまでもいつまでも幸せにくらせますよ。保障します。

 

本当に結婚おめでとう、エマイユ。

今日、お母様がどんなに幸せかって、あなたにはわからないでしょうね。

お母様があげたいのち、有効に利用してね

 

              宇宙暦783年3月27日  お母様よりv』

 

「え?」

『って、お前、一人でなにやってんだ?』

『え?え? うぎゃあ、オスカー、そこでなにやってんの?』

『って、俺が聞いたんだが?』

「ちーさま若い!!」

『べ、べ、別にいいのよ、そんなことはどーでも』

『・・・』

『なに、よ。その目・・・』

『どーせ、碌なことじゃねぇ』

『わかってるならそれでいいじゃない。それに、一人じゃないもの。エマイユも一緒だもの。ねぇ!』

『責任能力のない乳児を共犯に巻き込むな・・・と、泣くぞ、その乳児が』

『え? あら』

ぎゃあああああんぎゃああああああ・・・

『きゃーーー、オスカーオスカー!』

『いつものことながら、すげぇ声。ホラ来い、エマイユ』

ひょい。

ピタ

『エマちゃんってばオスカーが抱き上げるとすーぐ泣き止むんだから』

ぶん回されていた画像が、エマイユを抱き上げたオスカー少年に移る。

『でも、こうしてレンズ越しにみると、どーみても不測の事態に硬直しているようにしか見えないわね。ほーら、エマイユおいでおいで・・・』

ひょい。(二回目)

クークークー

『赤ん坊ってこんなものなのか? 扱いやすすぎるぞ、エマイユ・・・』

『どんな子に育つのかしらねぇ、エマイユってば』

『どんなもなにも、なるようになるだろ、お前の子なんだし』

『そーね。なるようになるわね、あなたの子なんだしw』

『で、ところでお前、何とってたんだ? 消さなくていいのか?』

『あ、オスカー写しちゃダメだってば!』

手が伸びてくる。見えたのは華奢な腕に抱き上げられたエマイユと、あごと・・・

「もう少し!」

ぱっちん

「・・・・・・・・・切れちゃった」

 

「『今日、お母様がどんなにしあわせかって、あなたにはわからないでしょうね』」

物陰から見つめていたヤンが指を唇にあて、フフフと笑う。

「思い出したぞ・・・アレはコレだったのか」

「そ。アレだったの。驚いた?」

「あれじゃあお前がえらく可愛らしい人間だとエマイユに誤解を受ける・・・」

「一生に一度も会う事のない実の娘にネコかぶって何が悪いの。それに、全部ほんとのことなのよ? けど、今はもうあんな可愛いこといえないから。恥ずかしいから握りつぶしたかったけど、本当のことだから」

ヤンの膝の力が抜ける。

「ねぇ、本当に、本当に思いもしなかったのよ? これっぽっちも考えたことなんてなかった。まさか大きくなったあの子に会えるなんて。あの子の結婚式に出席できるなんてこと。ただの一度も!」

「・・・・・・・・・・・・・ああ、好きなだけ泣け」

 

「エマ、エマ? 大丈夫かい?」

呆然と立ち尽くしたエマイユに、花婿や帝国軍の重鎮らが心配して顔を覗き込む。

「アル。お母様が、結婚おめでとうだって。3月の27日、今日だって。お父様は見たことない笑顔で笑ってたし、お母様は私より年下で、声がすっごく可愛くて、長い黒髪で・・・」

ふるふるふる

「どうしよう、アル!私お母様のことヤン元帥と同じくらい好きかも!!!!」

 

(アンタの洞察は正しいが、問題はソコじゃねぇ!!)

↑ダンナ&オベ&医師夫妻&使用人トリオ&両親・・・

 

「おい、ウチの馬鹿娘あんなこといってるぞ?」

ヤンは腰が砕けていた。

(ねえ。お願いだから気づいてよ! 声きいてわからない!? 頼むから。 てか、バレたら都合悪いから、気づかないでてくれると非常にありがたいんだけど。けどね? 母様ちょっと悲しいわよ!?)

「生きてるかよ、ウェンリー?」

「てゆーか、これ今回で最終回じゃないの!? ここでエマイユが気づいてめでたしめでたしじゃないの!!?」

やっだーーーん、りほちゃん一度もここで終わりだなんていった覚えないにょろよーーんw

 

 

                              てなわけで、続く。

 

 

終わった。間に合った。2006年最後。

てか、12月29日、エマのお誕生日に七尾に本屋とTUTAYAが出来ました。

新しい本屋なので、当然チェックしに行きます。

銀英の中古ビデオが100円で売ってました。

というわけで、銀英ファンなら当然の行動をとります。

「えーと、魔術師還らずと双璧相打つとスパイラルラビリンスと、あとシェーンコップがかっこよかった同盟から逃げるときのアレと、あと、血迷った誰かがうっかり買うと困るから、当然一巻もとって・・・」

と、都合11本かってきました。けれどショックです。

お気にシーン一個はずしました。クーデターのアルテミスの首飾りが壊れるシーン!

いつの間に全部思い出せないほどたるんでしまったのでしょうか? しょっく!

まぁ次の日行って、残り全部かってきました。合計4200円。

11巻だけありませんでした。

そのときは気にしなかったのですが、家に帰って確かめてみると、「ラグナロク」!

まぁ、そんなもんです。別にバーミリオンさえ見れれば私はかまいません。

けど、11巻だけ持ってないってことは、ちょっとしまった集め方をしてしまったかもしれません。どうやって11だけ手に入れよう?

ちなみに、買った銀ビデオは枕元にずらーーーっと並べました。

ステキな初夢が見れそうよね?

 

さぁ、やっと終わりました! これで新年を迎えられます。

心の底から叫びましょう

ハッピーバースデイ・ヤン・ルーシェン!

 

ミナサマ、良いお年をお迎えください!!!!!

 

                                    りほ


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