「お、にい、たまw」
ひょこんと覗き込んだ少女。柔らかい黒髪が肩からこぼれた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、なんだ? ウェンリー。その凶悪な呼び方は」
「えへへ〜〜」
「おう、テメー今日も可愛いカッコしてんなぁ。マリアのお手製か?」
入ってきたヤンはギンガムチェックのワンピース。黒いレースで縁取ってあったり、金ボタンがあしらってあったり、可愛さやクールさや華やかさが絶妙のバランスで少女に似合っている。ロリータになりすぎず、ゴシックさも取り入れている。
「うん、そう。コレ差し入れネ」
はにかんだ笑顔は美樹原の心に純粋に温かいものをもたらす。そういえば最近倦怠感が募っていたと、今になって気づいた。
「プリンじゃねぇか、これもマリアのお手製?」
「ううん、これはあたしのお手製。わいろ」
「うーん、なんか最後の一言が気になるけど、まぁありがとよ」
ヤンはにっこり笑って診察室の患者のほうの席にすわり、美樹原と正面から向いあった。
「どうしたよ? わざわざバスに乗ってくるなんて。散歩のついでか? オスカーは?」
「ミキお兄ちゃんに会いにきたの。お兄ちゃんこそどうなの? 表にでかでかと「開店休業」って看板掛かってたけど。美樹原先生の具合は? お兄ちゃん結局継がないの?」
「あー、親父なら大丈夫ヨ。診察はできねぇってだけで、殺したって死にゃしねぇさ。まぁ俺が継ぐか継がないかはビミョウだけどな。ってゆってここで腐ってたらイミねぇよなぁ!」
「元気、ならそれでいいけど・・・」
「親父に伝えといてやらぁ。おう、このプリン美味ぇな」
「マリアの直伝だもの。ところで今日はお兄ちゃんに相談があってきたの」
不意にヤンの瞳が光る。笑う美樹原は気づかなかった。
「なんだー、どーしたぁ? 生理でもこねぇのか? ぎゃははは」
と笑ってから、サスガにガキ相手にいうジョークじゃなかったと一瞬反省・・・したのだが。
「うん、実はそうなの」
にこっと笑って言われた一言に、一瞬固まってから、気を取り直す。
「ああ、けど、10代の生理不順なんてよくあることだから、気に病むことは・・・」
↑一応医者らしき発言。
「別にすっぱいものが食べたくなったり、気持ちが悪くなったりってことはないわ」
スラスラというヤンに美樹原の顔から次第に血の気が引いていく。
「待て、ちょっとまて、頼むから待て、待ってくれ」
がしっ
「心当たりは?」
「アリアリ♪」
自信満々に言うヤンにさらに血の気が引いたが、相手はまだ十代前半の子供なのである。自分がその歳の頃に果たして妊娠出産についての正しい知識があっただろうか? いくら家が産婦人科とはいえ、正しい知識を知ったのは大学に入ってからだ。
説得しようと開いた口は逆に説得で封じられた。
「冗談じゃないの。浮かれてるのは認めるけど、市販のテスターで調べてきたし、最後の月経開始日だってメモしてきたもの」
「オイ、それって」
祖父の末期の言葉が思い出される。
『あの子らの、味方になってやってはくれないか?』
「コレかよ、じじい・・・」
がーん
「ミキお兄ちゃんが、産婦人科継ぐのに乗り気じゃないのは知ってる。大学病院戻ってなんとかって病気の研究したいんだよね? でも・・・お願いされて。診察して欲しいの」
この「おねだり」は相当ヤバいものがある。うっかりロリコンになりかけた。だがしかし
「ウェンリー・・・、けど診察って(ダラダラダラ←冷や汗)」
「うん。けど、美樹原先生に診てもらうよりも、お兄ちゃんのほうがいいんだもの」
冷や汗を通り越して脂汗が出てきた。
「まて、ウェンリー。なんでお前一人で来た? オスカーは? 知ってるのか?」
ヤンはただ笑った。けど美樹原は一応知っている。これはヤンが後ろ暗いことがあるときの笑顔だ。
「名前だっていっぱい考えてるのよ。女の子のばっかりだけど」
「男だったらどーすんだよ・・・」
「うーん。そうだな・・・・オスカーにつけてもらおうかな? なんたって父親なんだし。フェアじゃない? 男の子が産まれたらオスカー。女の子が産まれたらあたしで」
美樹原は気が遠くなった。
きっとしあわせ・・・ 第11話
「よう、いらっしゃい。エマイユ」
美原荘の表で美樹原が出迎えてくれた。いや、ただ散歩に出てきただけかもしれない。
気持ちのいい天気の日だから。
美原荘の正面から少し外れたところにある木の下で、エマイユは空を仰いだ。
「立派な木・・・・」
うらやましいほどまっすぐに天を目指しているその木は、青々と生命力をみなぎらせ梢を揺らしている。スケールの大きい木。
「ん、ああ、サライの木か。いい木だろう? ウチの自慢なんだぜ。美原荘が出来るまえに植樹したんだが。随分でっかくなったなぁ。そろそろ20年になるもんなぁ」
着ていると、医者というよりは研究者に見える美樹原の白衣が風に翻った。
「俺はこの梢の音が好きなんだ。わだかまってるもの全部風に流れてく」
「本当、なんて気持ちのいい木。サライっていう植物なんですか?」
「いいや。・・・・・・実は、ホントのホントはお前たちがここに帰ってこれるようにかけた呪い(まじない)もの。願掛けか? 宿、ひいては故郷ってイミを込めて」
「でも、まじないの大本は気持ちだってハンスがゆってました」
「なーら、効果はあったかな? お前たち無事で帰ってきたもんなぁ」
その時不意に風が強く梢を揺らした。
「サライがお帰りってさ」
笑顔で言った美樹原に目をしばたかせて、大きな瞳で木を見上げる。
「・・・・・・・・・・・・・・ほんとう? ただいまなの?」
「さて、入るか? ウチの志保さんお前が遊びに来るってんで楽しみに待ってるんだ」
「あ、わたしは・・・」
「気にすんな気にすんな。遊んでけ」
「えーと・・・でもおハナシは・・・、あっとこれお土産です。つまらないものなんですけど」
「手作りプリン?」
「えっ、なんでわかったんですか?」
仕込みの細かいメッセージに軽く息を吐く。
忘れた日などなかった。
「遠慮なく喋れってことか。・・・・・ハイハイ、いくらでも喋りますよ、オジョーサマ」
「母のことを教えて欲しいんです」
美樹原夫妻を前にズバリとエマは尋ねた。
人差し指で額をかいて苦笑する夫を横目に見ながら、志保はいつもの甘い笑顔で優しくゆった。
「ッてゆってもぉ、小母さんはほんの少ししか知らないのよ。初めて彼女に会った時は破水した時で、病院まで付き添った時だったから。それが縁でエマちゃんのパパとママと親しくなれたし、祐司君とも知り合ったし。いい思い出しかないの。エマちゃんのママはいつも笑顔で、幸せそうで。あんな華奢なのに、それでも立派にお母さんしてた。だから、お別れのときはすごいビックリして、ショックで・・・」
そこまでいって、夫を窺う。祐司はとても優しい目をしていた。
「お前の・・・母親、な。 すげー、可愛かったよ。ちまくって、ホワホワしてて。愛らしくて、優しくて。可愛かったんだぞ、本当は」
ほろ苦い笑み。
「だけどあいつは自分が愛らしいことも、優しいことも、可愛いことも知らなかった。知ってたのは自分が性格悪いことだけだった。
実際悪くなかったとはいわねぇよ。多分あいつ傷つくからな。にこにこしながらえぐいことゆーし、目的のためには手段選らばねーし、やたらめったら考えることとやることがセコいし!
でも、俺はお前の母親が好きだ。そんなヤツだってわかってて、付き合ってるお前の父親も好きだ。別にヘンなイミとか悪いイミとかじゃねーぞ? あの二人がセットでいると、本当に幸せな気分になるんだ」
「それに楽しいのよ、あの二人見てると」
「騙し絵みたいで」
「あははっははは!それある!あるっ!!」
「だろ?だろ?だろ? てーーかさぁ、アレ絶対二人とも癖だよなぁ?」
「もう習性に近い!」
「まさしく!」
あれ? ちょっと前までシリアスちっくじゃなかったの?とテーブルぶったたきながら、爆笑するオトナの夫妻についていけないエマイユ。
「え、えーーっとえーーっと・・・」
「お、悪い悪い、すまんかったな、お客置き去りにしちまって。けど、アレはマジで気をつけたほうがいいぞ? あいつら一瞬前まで相手がやってたことを、なんの合図もなく一瞬にして交代できるからな。てか、いつの間に変わったんだ?と思うスキもなく、初めっからそっちがやってたんだと思い込まされるからよ」
「シンクロ率500%くらいよ」
めっちゃマジな夫婦。
「ほんっと、似たもの同士ってか・・・」
「血の繋がらない双子って云ったらいいのかしら?」
「んにゃ、てか同一人物だ、アレは」
マジな顔で遠くを見たかと思うと、まっすぐにエマと目をあわせた。
「コレだけは覚えとけ、あれを別々の生き物だと思うな、足元掬われるぞ。んーーー、そうだな・・・よし、エマ。利き手どっちだ?」
エマの眼前に両手を突き出す。
「みぎ・・・です、ケド?」
「右手で字は書けるけど、左手では書けない。右足と左足の長さは違う。右目と左目が見ている画像は同じではない。右脳と左脳は役割が違う。お前の父親は目に見えて左右非対称だが、全部の人間左右対称なヤツはいない。まず、内臓が違うからな。わかるな?」
「はぁ。はい」
「お前の両親は体の右半分と左半分なんだ。昔レポートのネタになるかとカードあてとかやらせてみたが、超能力のたぐいじゃない。右目と左目の見ているものは違うんだ。けど、お互いに何考えてるかはいやってほどわかる・・・らしい。右手と左手でじゃんけんはできるけど、勝敗は決まってる。何も考えなかったら出来るかもしれん。論理的に考えれば考えるほど勝ち負けはやる前にわかる。お前の両親は筆舌につくしがたいアホだが、論理的思考はできるやつらだ。てかオレはお前の母親に宇宙一の知能犯の称号をくれてやる」
口に出してそうといえないヒントを洩らす夫に志保は微かに体を震わせた。きっとエマは気付かないだろう。けれどいつか気付く日のために。
「いいか、これだけは云っておく。絶対に「そんなことありえない」に引っかかるな。あいつらは軽く「そんなことありえない」を超えていくから」
志保は胸を押さえる。せめてこの切なさと温かさだけは届くといい。
「ねぇエマちゃん、忘れないで。貴方はあのロイくんと彼女の二人の血を受けて生まれてきたの。お父さんもお母さんも貴方の中にいるの。
あの二人がいつまでも別々のままなのは淋しいことよ。だけど、幸せはもう貴方の中で実現しているの。だから、幸せも、もう、貴方のものなのよ」
「私のもの・・・私は幸せだということですか?」
「ええ、いつかそれに気付いてね」
「・・・・・」
「考え込んでるみたいだな」
「え、あ、すみません。確かに私は今幸せで、現状に不満もありません・・・けれど、母様の居場所はないんです」
玄関まで見送りに出た美樹原だったが、しばし考えた末口を開く。
「・・・・・、エマ。正直に言うと、お前が出来る前、お前の両親とオレはそんな親しかったわけじゃない。せいぜいが顔見知りの近所のにーちゃんぐらいだ。顔合わせりゃ笑顔で喋るくらいはしたけど、個人的に親交があったわけじゃない。ただ、お前を妊娠した後のあいつらはよく知ってる」
玄関にもたれ、疲れたように目を閉じた。
「当時、な。お前を産むことに反対しなかったヤツはいない。てか、誰も賛成なんぞしなかった。お前の前でする話じゃないが、ロベルトも、マリアも、ハンスも、ロイも・・・オレも、必死でお前を堕ろすように説得した。本気で必死だった。
お前の母親ってヤツは、可愛いこさ可愛いんだが、15って年齢を差し引いても華奢でな。12かそこらにしか見えなかった。幼児体型ってか、まぁつまり、幼すぎたんだ。体が。
お前が無事に生まれてくる云々以前に、あいつの体が耐えられる・・・はずがなかったんだ」
「・・・」
「『このままオスカーがオーディンへ帰っても、わたしが今ここで死んでしまっても、なんら違いなどないのだから、多くを望むことの何が間違っているの』
お前の母親が叫んだ台詞だよ。体はガキでも、中身は女だった。
正直震えた。
『100年もしないうちにオスカーは死んでしまう。わたしも死んでしまう。死んだらオスカーはなくなる。けど、子供がいれば、なくならないわ。そうでしょう。
わたしもオスカーも100年後も1000年後も生きてる。その可能性が出来る。わたしたちの祖先は1万年もまだも前から生きているんだもの。わたしは未来がほしいの。未来のない現在ならなくても同じ! 死ぬのが70年後だろうが半年後だろうがどこが違うっていうの』
なんでそんなこと考えて生きなくちゃいけねーと思ったよ? けど同時に妙に納得して、叶えてやりたいと思った。心底正しいとさえ思った。てか、気迫に飲まれただけなんだが、俺はその気迫に敬意を表した。本気圧倒されたもんなぁ」
15の、少女なのだ。今の自分より2つも下の子が、そこまでの決意をするにいたったか、エマにはわかりそうな気もしたし、わからないような気もした。
「んでまぁ、結局は全員あいつに負けて、でもありがたいことにお前さんは無事で生まれてきたわけだが・・・・、ま、そーゆーこった。あいつは胸を張って自分の道を歩いている。だから、あいつに遠慮なんかするこたぁない。志保さんがゆったようにな、お前の両親はあれで結構幸せなんだ。子供のお前が幸せじゃないのはおかしい。
胸を張って幸せになりなさい。世界一幸せな花嫁なんてのは、誰にでもなれるもんじゃないが、結構当たり前なものなんだ。
んーーーー、要するに、気合勝負だな。世界一幸せになってやると思え」
「祐司先生・・・」
「ん?」
「なんだか、私やっと母のことが少し見えた気がします。私は、幸せになるために生まれてきたんですね」
「・・・・・・・、子供のときから見てきたんだ。顔見知り程度だからって大事に思わないわけがないだろう? ましてやお前は俺の手で取り上げたんだ。お前が幸せになってくれなかったら、祐司先生は大分困るぞ?」
「祐司先生、私、もう世界一幸せな花嫁ですわ。そうでしょう」
そして、祐司の目には母親とまったく同じに見えるはにかんだ微笑をみせた。
「いや、だからね、フラウ・リーベルト、マーメイドラインが嫌いなわけじゃないの、エマにも似合うと思う、けどね、ちょっとこう・・・」
「ええ、とりあえず全部ゆってくださいましな、ヤン元帥。全体の兼ね合いというものもございますし。ええ、裾はこうですね」
「うん。こっちのほうがエマの綺麗なウエストラインが強調されると思うし、華やかで上品な雰囲気になるでしょう?」
「確かに。お嬢様には似合いますね」
「んで、流行のマリアヴェールよりも、こうでこうでこうこう」
「派手ですわね・・・ちょっとボリュームがありすぎやしませんか?」
「んーー、だからそれはここをこうして・・・」
「あーーーーーー!ちょちょちょ、ちょっとまってください! ここ、こーしちゃいけませんか!?」
「きゃーーーーー!それナイス!」
「んで、襟は当然こうでこうでこうですわよね?」
「わかります、わかりますともっ!」
「グッジョブですわ、ウェンリー様!」
「マリア女史天才!!」
「・・・・・・・・・・・」
帰るなりエマはへたり込んだ。なんかウチのマリア・リーベルト女史とヤン元帥を引き合わせたらどえらく意気投合してしまった。
自分が美原荘行って帰ってくるまでの間に、なにがどうなってこんなヒートアップしたんだろう・・・。
「あらぁ、お帰りなさい。エマイユちゃん」
「まぁ、お帰りなさいませ、お嬢様」
いつもより砕けた仕草でヤンが微笑む。このヒトのガラが悪い時は機嫌がいい時だ。ココしばらくの付き合いでそれぐらいはわかった。ふんわりと笑う。いつまでも笑っていて欲しいと心から思った。
「ただ今戻りました。元帥。マリア。あ、そうだ、さっきアルから電話があって、お式3月27日に決まったって」
「さんがつの・・にじゅうしち?」
「大安吉日なんですって。あ、何か予定でも・・・ってあるわけないですか」
「ううん。父の命日と同じだったのよ。偶然ね」
「元帥のお父様の・・・」
「あ、気にしないでくれると嬉しいわ。わたしも父の命日に楽しいおまけがついて嬉しいもの」
(んーー、結婚式の日付まではあたし手ぇまわしてないわよーー。楽しい偶然だけど)
ロイエンタールにどつかれることを予想して、心の中で独語する。
「あ。マリエとりあえず今んとここーんなカンジなんだけど、どう?」
ぴらっ。とヤンが今までの膨大ならくがきの途中発表を見せる。
ちなみに、パンフレットだの本だの雑誌だのひっくり返しまくった挙句、ここまでくるのに3時間掛かっている。
「え・・・・っと、豪華すぎやしませんか?」
「甘いわね、エマ」
キュピーンとヤンの目が光る。笑顔で。恐い・・・
「そうなんですわよねー、お嬢様ってばなんというかぁ・・・・」
「んーーー」
「「エレガントすぎる?」」
「のよね」
「ですから、お嬢様の好みの通りシンプルビューティーに走るとあっさりしすぎなんですわ」
「そう、なんだかんだいって顔父親似で美人系なのよね、エマちゃんって。まぁそんなのもよくはあるんだけど、結婚式ってったら、当然花嫁主役じゃない。しかもエマちゃんまだ17じゃない。上品で優雅なんてあと10年先でも十分よ」
「ヤン元帥のおっしゃるとおりですわ」
「で、顔は美人系だけど、エマちゃんの本質ってのは可愛らしさにあるのよ(断言)。可憐さとエレガントさの兼ね合いを考えるとロリータ系じゃないのよね」
「方向性としては・・・」
「お姫様系?」
「・・・・・・・・」
今日一日で、本っ当になぜか意気投合したようだ。何故か。(気づけよ!)
「あ、あの、二人とも張り切りすぎじゃぁ・・・」
「エマイユ」
おののくエマをヤンは一言で鎮めた。
「わたしはそうは思わないわ。一生に一度、特別な日の、特別な用意なの。どれほど時間をかけ、手間をかけ、心を砕いてもやりすぎということはないのよ」
緊張感を持ったヤンの瞳が優しくなる。
「わたし、本物のお嫁さんは一度しか見たことがないの。大分前の話なんだけど、それでもくっきりと覚えてる。純白の衣装に身を包んで、白いブーケを持って、喜びと、微かな緊張感。粉雪が景色をお化粧するみたいにチラチラと降って・・・、あ、そーだ、エマイユ。ガータートスはするの? 独身女性より、独身男性のほうが多いんだから、ブーケトスもいいけど、それより」
「思い出しますわねぇ。ガータートス、別に狙ったわけでもなかったのに、オスカー様の手にすとんと落ちて」←その日、花嫁だったヒト。
(あ)
(あ・・・)
「マリアも、ガータートスしたの? というか、ガータートスってナニ?」
ツイウッカリ。
「んっーーと、受け取ったヒトは次にお婿さんになれるっていう、ブーケトスのオトコノコばーじょんよw」
ヤンは身を乗り出して、かなり強引にハナシをねじ伏せたが、するまでもなく、エマはヤンの見た雪の日の花嫁さんがマリアだとはカケラもおもわないようだった。
(けど、それってどーーよっ!?)
(少しは疑ってください、お嬢様!!)
ちなみに、ヤンは折角キャゼルヌがエコニアから召還してくれたにも関わらず、キャゼルヌ夫妻の式は熱だして病欠だった・・・。
「あ、じゃあ、わたしからの結婚祝いはその青いガーターベルトでいいかしら? 可愛いの選んできてあげるわ」
「青いガーターベルト? 青なんですか? 花嫁さんなのに」
「んっ、あれ? エマ、サムシングフォーしらない? サムシングブルーよ」
「?」
「花嫁は、新しいもの、古いもの、青いもの、借りたものを身につけると、幸せになれるという伝説があるんですのよ」
「あ、もしかして、ソーニャ様がティアラを「貸してくれる」ってゆったのは、それのこと?」
「そ、ソーニャ様って・・・」
「まぁ、クレーフェの奥様のティアラですか、それは素晴らしいものを貸していただけますこと」
「クレーフェ伯爵家って、確かエマが奉公に上がってたウチよね・・・」
ソーニャの名に微かに狼狽したことを誤魔化すためにヤンが質問形式で云う。
「ええ、ルドルフ大帝時代の財務尚書をつとめられた家系で、大帝の覚えもめでたく氏名をすべてドイツ風にするところを、名前だけはもとのまま名乗ることを許されためずらしいお宅ですの」
「覚えもめでたく・・・って確か、ルドルフ時代の財務尚書って・・・」
「え?」
「どうかなさいまして?」
「え? ううん。なんでもない。ところで、青いものがわたし、借りたものがティアラ、新しいものがヴェールで、古いものがシルク生地ってことにしたら、揃ったわね、サムシングフォー」
「な、なんかこじつけくさくないですか? 元帥・・・」
「あらぁ、いいじゃない、ゲン担ぐだけなんだからw」
だが、おかしなもので、ヤンがうきうきしていると、エマも楽しい気分になる。
「「「・・・・・・・・・・・・・」」」
心配でこっそり見ていたハンスとロベルト、そしてマリアの三人は、エマイユ様って言うほど母親似じゃないわけでもないのになぁ。とおもう。
ほのぼのと笑うさまは、本当に親娘に見える。が、そういえば、ヤンが心からほのぼのと笑うなんて、外じゃそうそう機会がなかった・・・。
「そろそろ、お茶の時間にしてはいかがですか?」
「あら、ありがとうございますぅ。ヘル・シュライヒャー」
今更、云うまでもない話だが、ロベルト・シュライヒャーの紅茶は天下一品。
「あ、私コートやってきます。先にお茶しててください」
パタパタパタ・・・
「あ〜〜、ロベルトのお茶は今日も美味しいわ〜〜〜」
「て、奥様、お嬢様がいるのに家モード全開で大丈夫なんですか?」
「だってぇ、家なんだもーーん」
「・・・・・・、ウェンリーお嬢様」
ハンスの静かな一言に、ヤンはいたずらっぽい目で語りはじめた。
「ねぇ、ここはわたしの家なの。わたしはこの家で育ったの。
マリアやロベルト出し抜くことに腐心しながらね。
ちなみに、この部屋(田舎風のダイニングキッチンみたいなものだと思ってくれ)だと、そこの廊下にエマイユが見えない限り、絶対に声は聞こえない。
この家でわたしに張り合えるのは、・・・オスカーくらいなものだわ」
と、ヤンの視界の端に駆け戻ってくるエマが見えた。
「ところでマリア女史、ティアラとヴェールの組み合わせはこれでいいとして」
言葉だけでなく、態度まですっかり他所の家の仕草になっている。切り替えの早さよりも、この芸の細かさがなによりエマを真実から遠ざけていた。
(((プロフェッショナル・・・)))
と思いつつも、「どの組み合わせだよ!」などと突っ込みもいれずにあっさりと客人対応になってしまう、プロフェッショナルなロイエンタール家使用人古株ご一同様。
ロイエンタールがついうっかりエマに同情したりしても、無理からぬことなのでした。
と、笑顔のエマイユが戻ってきた。
「さーてみなさん、お茶の時間にしましょうか?」
あっ、今回ロイエンタール出てきてねぇや!
つづく
次回はやっとエマとファーの結婚式ですw
乞うご期待♪