カサブランカ・パラソル♪ 前編
ローエングラム公爵の元帥府、ロイエンタール提督の執務室のうららかな午後。
話はいきなり昼メロからはじまる。
「お久しぶりです・・・」
元帥府には似つかわしくない、うら若い女性が思いつめた顔をしている。
「前置きはいい。急用なんだろう?」
「ええ、ご無理をいって申し訳ありませんでした。それで・・・もうひとつお願いがございまして・・・」
言葉を探しあぐねて、口を開きかけて閉じ・・という動作を繰り返すその女性をロイエンタールは黙って待つ。
「あの、多分、あなたには難しくないお願いなのですが・・・えっと、私にはとてもとても大変で重大なことでして、その・・・」
そのとき扉が無造作に開く。
「ロイエンタール、おい、やっぱりあいつ・・・・」
かって知ったる他人の部屋でずかずかとあがりこんできたミッターマイヤー提督が来客に気づいてあわてる。
「おい、ロイエンタール。執務室に女つれこむなよ・・・」
やや地味な雰囲気で目立たないが、よく見れば結構な美人である。
「失礼なこというな。身内だ。エマイユ、ミッターマイヤーだ」
エマイユがはっと気づいて一礼する。
「はじめまして、エマイユと申します。ご勇名はかねがね・・・。あの、大変ご無礼とは承知の上ですが、急ぐ用なのです。すぐにすませますので、少々お待ちいただけませんでしょうか・・・?」
もちろん、エマイユは非常識を承知の上で、ヴィジフォンでは済ませられないと思ったからきたのだ。当然ミッターマイヤーはロイエンタールと違ってまともな帝国軍人なので、女性を優先させることにためらいはない。ないのだが、おやと首をかしげた。
「エマイユ・・・というのはファーレンハイトが探している恋人と同じ名前ではなかったか・・・?」
その瞬間、エマイユのこわばった顔からまた少し血の気がうせた。
「あなたが・・・まさか、そうなのか?」
その顔のままエマイユがこくりと頷く。
「ファーレンハイトをご存知なのですか・・・?」
「ご存知も何も大切な友人だ。ロイエンタールは士官学校時代から付き合いがあると聞いているが・・・?」
明らかに初耳だったらしい彼女が目を丸くしている。幾分顔に生気が戻ってロイエンタールの執務机に詰め寄る。
「そんなこと一言もおっしゃらなかったじゃありませんか!」
「おや、エマイユがファーレンハイトの知り合いとは初耳だなぁ・・・」
余裕で薄ら笑みを浮かべいすの背にもたれる。むかつく態度である。
「ま、まさか、私が今日来た理由もご存知なのでは・・・」
「いやいや、皆目見当もつかんな」
百人に聞いても胡散臭い態度である。
「急ぐんだろう? ファーレンハイトが朝から半死人になってるぞ。ほっときゃもう半分も死ぬだろう」
「その様子では、私の言い方が悪かったようですね。私も気が動転していたもので・・・」
「おい、そのファーレンハイトだが、そのうちこっちにもくると思うぞ。なーんか、幽鬼のようにブツブツ呟きながら挙動不審に徘徊してるって話だから。それでどうにかできないもんかお前に相談に来たんだが・・・一番付き合い長いのお前だろ?」
「どうにか・・・・できそうだが、とりあえず今はエマイユが先だな。いよいよもって時間がない。なぁ? エマイユ」
「はい」
切羽詰ってエマイユの腹が据わったらしい。眼差しがあらたまった。
「実は・・・」
バタン!
「おい、ロイエンタール! 俺は仏門に入るぞ!・・・・ってえまぁぁああ!」
確かにおかしくなっている。が、エマイユをみて一気に正気に戻ったらしい。
「え、エマイユ、なんでこんな所に・・・」
「えっ、あ、あの・・・」
「いや、それよりも、なんで突然あんな電話・・・」
「阿呆か? ファーレンハイト。女が別れを切り出す時なんて、十中八九他所に男が出来た時に決まって・・・」
「違いますっ! アーダルベルト以外の男性なんて私・・・」
大声で告白なんぞしてしまったことに驚いて、エマイユは思わず赤面して言葉を失う。
「じゃあなんで・・・!」
「非現実的によくある話しとしては、女に子供が出来た時ってのが王道中の王・・・」
「何で知ってるんですかっ!!!!」
エマイユが茹蛸になりながら、執務机に両手を叩きつける。
「って、エマ、それは・・・」
「図星か・・・」
「王道中の王道で、申し訳ございませんねぇ。大体私は逃げ出したわけじゃありません! ただちょっと・・・某身内を説得する時間が欲しかっただけで・・・」
呆れを通り越して嘆くように息をつくロイエンタールに、エマイユは食って掛かる。どうも羞恥でファーレンハイトに相対できないらしい。
「それにしたって、子供の父親に一言もナシでか?」
「ア、アルにはちゃんと後で話をするつもりでしたわ。の、のけ者にするつもりなんてまったく・・・」
「ほーう、ファーレンハイトの子供だったのか」
「当たり前ですわ!」
だんだんと泥沼にはまっていくエマイユ。この男にだけは頼りたくなかったが、ほかの誰にも不可能なことなのだ。
「いやいや、刀の錆にされるのはファーレンハイトかと感慨にふけっただけだ。墓碑銘考えてやらなくちゃな」
「でーーすーーからーーー! それが嫌だからわざわざおにいちゃまに見つかる危険を冒してまであなたのところに来たんでしょうがーーーぁ」
「ああ、なんだ。そんな用件だったのか」
「今更とぼけないでください。他の誰があの人に絶対的優位で勝てるというんです?」
「しかし、あいつはお前の生後3日にはもうお前の恋人をぶった切る気満々だったからなァ・・・邪魔するのも忍びないだろ?」
「とめてください!」
「大丈夫だ。ファーレンハイトが殺されたら俺が責任を取ってやるから。安心しろ」
「出来ません! 清清しく笑わないでください!」
「あ、あのエマイユ・・・」
肩で息をするエマイユに、ファーレンハイトが恐る恐る声をかける。
「事態がよくわからないんだが、君のお兄さんがどうしたって?」
「昔から過保護なの。あの人が私に子供が出来たとしったら・・・しったら・・・」
「喜ぶんじゃないか?」
キュルキュルと回転する椅子で微妙に遊びながらロイエンタールが呟く。
「勿論ですとも! おにいちゃまなら私の知人の誰よりも喜んでくれます。けど・・・」
「あいつはシスコンでローエングラム公に勝てるほとんど唯一の人類だからな・・・」
「そりゃ、内緒で付き合ってた私も悪いですけど、けど、いつ云ってもアルの身が危険なことにはかわらないじゃないですか。だから・・・・お願い、アーダルベルト! 暫くどこかに身を隠していてくれない?」
「ちょ、ちょちょっとまってくれよ、俺まだよく・・・」
「あ。もしかして子供なんて要らなかった? 父親なんてなりたくなかった? 別にそれでも構わないからお願い! 私、あなたが死ぬのだけは・・・」
潤んだ瞳で懇願されても、ファーレンハイトは首を横に振る。
「エマ。それは出来ないよ。俺と君の子供じゃないか。父親として認めてもらえるよう、俺もお兄さんにお願いする」
不意にエマイユの表情が水面のようにゆらぐが、振り切るように目を閉じてから、恋人の胸元に、どーしよーもない事実をたたきつけた。
「アル! うちのおにいちゃまは本っ当に身内以外には何するかわからない人なのよっ!」
この二人のラブシーン(違います)を見物しながら、ミッターマイヤーは外野をツツツと回ってロイエンタールの傍らに立つ。
「なぁ、彼女のお兄ちゃまって元帥府の人間らしいけど、そんなに危険なヤツなのか?」
「んーー、ああ。まぁな」
「ってゆーか、お前の知り合いなんだろう? 俺の知ってるやつなんじゃないのか?」
心当たりがない。というふうに首を振っている。
「あーーー、そうだな。わかり易く云うと、お前とこの副官。って感じかな?」
「あーー、そりゃあまたエラクわかり易い感じだな。ってクレイマぁ!?」
「そう。カール・クレイマー」
云いざま親友の懐から携帯をスリ取り、勝手にメモリ検索をしてかける。
「ああ、カールか?」
「なっ!?」
エマイユがファーレンハイトにしがみ付きながら、真っ青になってふりむく。
「今エマイユが来てるぞ。面白い話をもってきた。子供ができたってよ」
その瞬間、携帯は切れた。
かかって来たナンバーを見て、カールは顔を顰めたが電話をとる。
「閣下。どちらにおいでかは存じませんが、さっさと戻って書類片付けやがりなさい」
『ああ、カールか?』
「あれ? あんたが俺にかけてくるなんて珍しいじゃない。どうかしたの? てか、ウチの上官そこにいる? さっさと帰ってくるように云ってくれない?」
声が急に軽くなって、カールは金茶の髪をサラリとかきあげる。
しかしそれに続くロイエンタールの言葉を最後まで聞いた途端。カール・クレイマーは、白木の木刀(のようなもの)を引っつかむと、部屋を飛び出した。
バタバタバタバタ・・
「おお、はやいはやい」
「あああぁーーーーあわあわあわあわ」
もはやエマイユは錯乱状態だ。
バタバタバタバタ・・
「エマイユ、あんまりだから、一つ予言してやる」
椅子に座ったままロイエンタールは苦笑して語る。
「はい?」
「泣かなかったらお前の勝ちだ」
「魔法・・・ですか?」
「そーだな」
「久しぶりですね・・・・はい。がんばります」
バタバタバタ・・・・バタン!
「おおーーれーーーのエーマーイーユーにーーーーーぃーーーーー」
蹴破らんばかりの勢いで開かれた扉の先には怨霊、いや、修羅がたっていた。
「けど、やっぱり怖いんですけど・・・」
エマイユがこっそりと呟く。当然だ。一般人ならこの剣気だけで脳が汚染される。
「はやかったな。カール」
一人余裕だったのがロイエンタールだ。音がしそうな切り替えでにこやかにカールが答える。
「やや近道をしてきたモンで」
いつもの切れ者で明るい青年士官とはまたえらく違ったド迫力に、ミッターマイヤーもやや腰が引けながら38階の自分の執務室から35階のロイエンタールの執務室までの道のりを思い出す。どこでどう近道が出来るんだ?
「お前、吹き抜け飛び降りてきたな?」
「はやかったデショ?(ニコニコニコニコ)」
ちなみに、吹き抜けは30階から40階までの豪快な吹き抜けである。早い筈である。
危ないのでやめなさい。
「っとこんな場合じゃなかった。エマ」
「は、はい!」
「子供が出来たんだって? 今聞いたよ。すごいなぁ。おめでとう。元気な子が産まれるといいな」
心の底から嬉しそうに満面の笑みを浮かべてエマイユの頭をなでるので、その笑顔にエマイユもつられた。
「ありがとう、おにいちゃま」
エマイユはエマイユで意外にブラコンなのだ。
カールはその笑顔のままくるりとロイエンタールに向き直る。
「で?」
ニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ
「俺のエマに手ぇ出したのはどこのどいつだって?」
チャリン・・・
白木の間からキラリと光がこぼれる。そう、カールのこの木刀(に見えるもの)は銘を弁天という正真正銘の真剣だった。
士官の標準装備にブラスターがついているのだから、と憲兵を胡散臭く丸め込んで携帯許可をえている。
しかし、ブラスターを常備するのと真剣引っ提げて動くのとでは明らかに後者のほうがやばい人である。
「俺じゃないことはたしかだな」
「ってそんな当たり前なことだれも聞いてないのよ。エマイユの子供の父親は誰なのさ?」
「ソレ」
さっきから暇つぶしに遊んでいたペンで同僚をさす。その先を見てカールはいぶかしげに眉を寄せた。
「ファーレンハイト・・・提督。ですか?」
「おにいちゃま、アルにひどいことしたら絶交するわよ」
それもまたあんまりな脅し文句である。
「クレイマー中尉がエマイユの兄上なのか・・・?」
「あ、そりゃ違います。苗字違うんでわかると思うんですけど、俺はエマイユの兄じゃなくて叔父です。けど、年も近いので本当の妹だと思っています。自分ではそんじょそこらの兄妹よりよっぽど仲が良いと思ってるんですが・・・」
ちらりとエマを見ると、答えるように大きく頷いている。
「そういえばファーレンハイト提督はよく恋人の自慢をしているとロイエンタール閣下から聞きましたが、エマイユが・・・?」
ファーレンハイトがこくりと頷くのをみてカールははたと気づいてロイエンタールに友好的でないドスをきかせた声をかける。
「てか、あんた知ってたな? エマイユがファーレンハイト閣下と付き合ってるって。んだから閣下の相手がエマイユだって話さなかったんだな?」
「お前に話すとすぐさま邪魔しにいくだろうが。だから俺は二人が可哀想だと思って暖かく見守って・・・」
「生ぬるく見守って、コトが大きくなって話がこじれるのまってたんだな?」
「・・・・・・・・・・・・」
「トラブルの種をまき、水をやり、時には雑草を抜いてめでたく大輪の花が」
「園芸とは楽しいものだな」
あっさりと鬼畜なせりふを吐く。
「鬼かーーーー! ひっでぇ。俺に全部押し付けるつもりだったな」
「訂正しよう。俺は芽が出てるのを見つけただけだ。それに、お前に預ける方が仕上げとしては面白くなるし、話がきれいにまとまる」
「あんたに暇を持て余させておくとロクなことがねぇ・・・」
「全部手のひらの上なのね・・・。・・ひどいです・・・」
「心外だなお前ら。俺が仕事の合間にどう暇をつぶそうかがんばって検討しているというのに」
「あ、あのー、エマ。俺イマイチまだわかってないんだけど、どうして君らがロイエンタールを知ってるんだ? しかも、仲いい?」
「あー、親戚ッス」
「まぁ血の繋がった親類ならまだいるんだが、どうもあいつらは身内という気になれないからな」
ということはこの二人のことは身内と思っているわけだ。
カールとエマイユが目をまん丸にして顔を見合わせた。そんなに破格の立場においてもらっていたとは衝撃の新事実発覚である。
「こいつらがいないと俺の人生やることがまったくないってことは確実だな」
それは生甲斐ととっていいのか、厄介事製造機ととればいいのか・・・。とにかくロイエンタールが人生に対しまったくやる気がないことだけは確かだ。
「で、カール、お前何がしたいって?」
「別に俺はエマイユを不幸にしたいわけじゃねぇよ。ただ・・・あとでエマが泣くようなことになるのだけはヤだから、ファーレンハイト閣下にエマイユを預けても大丈夫かって確かめたいだけで」
「なら、挌技場でもいくか? いくら無駄に器用なお前でも弁天遊ばすのにこの部屋は狭いだろう」
「イヤ〜〜〜〜ン、上級大将様ったらステキに職権乱用〜〜〜w」
弁天を抱き寄せてイカガワシク笑んだクレイマー中尉の目は、・・・全っ然笑っていなかった。
「俺に無駄に高い地位を与える軍の自業自得だろう。違うか?」
椅子を後ろに深く引いてニッとロイエンタールが笑う。こいつが笑うのも珍しい。
「アル、死なないでね・・・」
エマイユは真顔でファーレンハイトに願う。泣いてはいなかった。
「何が起こるんだ・・・」
ファーレンハイトはわかっていない。
「今、仕事中だろ・・・」
特等席で見物をしていたミッターマイヤーは、口の中だけで呟いた。
もちろん勤務に戻るという常識は、ミッターマイヤーを含めどこにも残っていなかった。