Chaotic  Party  

 

3時間目は歴史の授業だ。

え?1回目もそうだったって? ああ、もうそんな太古の話は忘れたよ。

(なんせ10年以上前だ)

 

このフェザーンの国土の大半は遥か昔、まったく別の民族が住んでいた。

彼らは定住を好まず、各地に点在する古代文明の遺跡を崇めて平和に暮らしていた狩猟採集民族だったようだ。

ところが、今から500年以上前突如として北から攻めてきた民族に制圧される。

先住民族は彼らと敢えてことかまえず、その勢いに乗じるが如く方々に四散することを選んだ。

勿論彼ら先住民族には、北からやってくる蛮人に尊崇する遺跡を奪われ、壊されることは歯噛みせんばかりの悔しさだったことだろう。

それでも彼らは、己らの歴史と、文化と、誇りを守る為に逃げた。

この、北からやってきた民族が後に建てたのがフェザーン・ファビリナ朝だ。

 

と、此処までが歴史書に書いてある記述だな?

彼ら先住民族はこれ以後歴史に出てくることは無く、その行方は今も杳として知れない、と。

しかーし!お前らも知っての通り、歴史には常に史書には残らない部分がある。

今はロイエンタール朝だからあんまりカンケー無いが、ファビリナ朝の特権階級だったじじいどもは辛うじて知ってるかもしれない。

あらゆる裏の仕事を請け負う沈黙の暗殺集団を・・・。

誤解すんじゃねーぞ? 彼らは守り続けたんだ。自分たちの文化と誇りを。

ファビリナ朝が滅亡するまで、ずっと・・・。

月下街がこの国の影にあったとすれば、彼らは闇に生きていた。似ているようで、交わらないものだ。

彼らが闇に身を置きつつも、最後まで血に溺れなかったのには理由があった。

ファビリナから逃げる間、数々の遺跡が破壊され、数々の神器が奪われた。

そんな中で彼らが「これだけは」と何を犠牲にしても守ったのが、彼らの至高神の名を冠した神剣、決して多民族の手に渡すわけにはいかなかった至宝・グラウダウザー。

あ、わかっちまったか? 俺実はファンなんだよ。頭脳明晰、容姿端麗、痩身優美の静かなる一族「フェザーン」のな。

 

 

「きゃっ」

「へっ?」

「げっ」

ベキベキベキベキベキベキベキベキ

「ったぁ・・・、え? 何ココ、ドコ!? お城じゃないの!?」

雪の積もった枯枝の間を落ちたため、体中雪だらけになった真雪が体をプルプルと振りながらあたりを見回す。けれど、あるべき城内の風景が無い。

パタパタパタパタ

「って、ああ! ガラ飛んでる!セコイ! つか飛べたんだ」

「ああ、一応な。それより早く退いたほうがいいと思うぞ? 美時が死んでる・・・」

「え?へ?やだ! お兄ちゃん!!大ジョブ!!!?」

すっかり下に敷いていた兄に驚嘆の台詞をあげる。

「大ジョブなワケあるか、ばか!重いわ! さっさと退け!!」

「あっはっはっはっはっは! お前らサイコー! いや、いいねえ若いって。限りなくパターンを踏襲できてさ。俺様もうカンゲキ!」

上方から降ってくる声に、思わず美時と真雪とガラの三人が指を指して叫ぶ。

「「「あーーっ! ナレーションのおじさんっ!!!」」」

余裕綽々ご機嫌で、重力の法則を軽く無視して、一人高く細い木の枝に優雅に腰掛ける美貌の男の額にでっかい青筋が浮かぶ。

「ハハハハハハ、いいねえ、本当にパターンで」

その壮絶な笑みに、思わず指した指がひるむ。

「ふ、別にいいよさぁ、俺もパターンで過ごすことに気恥ずかしさを覚えるような年になっちまったことだしな・・・はぁ。もういいよ、さっさと行け。城はあっちだ。つーより北の太守が居るのはあっちだ。迷うなよ! まっすぐ行けばつくからな! あとここ印つけてった方がいいぞ!」

そんなこんなで素直に(てか馬鹿正直に)男の指した方角に去っていく三人の後姿を見送りながら、男はわざとらしくしみじみと嘆息した。

「まあ、実際おじさんてな年だしな。見掛けはともかく。いや、ガキにしてみりゃハタチ過ぎればみんなおじさんか? したらもう俺ってばおじいさんで十分だな。おお! 村の長老が張れるじゃねえか! 長生きはするもんだなあ・・・。ん? そういやあ、俺って今幾つだっけ? 確か俺が生まれたのがファビリナ暦487年でぇ・・・今がロイエンタール暦18年だからぁ・・・。あれ? ファビリナ暦って何年まで続いた?そのあと暗黒の時代が何年あったっけ? あれ?あれ?あれ?」

もうボケが始まっているようなら十分「おじいさん」だろう、自称・大賢者。

 

三人が謎のナレーション男に指し示されたまま、雪の中ザクザク歩いていくと、開けた場所に出た。

丸っきりの雪原である。

「あれ? ねえ、お兄ちゃん」

「ああ・・・」

この国の王子と王女はそろって首をかしげる。

見覚えがありそうでなさそうな場所だ。

「おい、あそこに人が居るぜ?」

ガラの指の先で背の高い男が焚き火をしている。

その人物を認めて双子は一目散に走りだした。

「「シャリアおじさん!!!」」

焚き火をしている男が走る双子に気付き、彼らしからぬほど驚く。

「美時!真雪! どうやってここに! いや、どうして君たちがここに!」

美時と真雪は息を整えながら、事の次第を夜会の途中で帰った北の太守に語りはじめた。

 

「そうか、大体わかった。それで君がダナスじいさまの孫なのだね? ガラ・ニーザ」

聞いている他人まで落ち着かせる深みのある声で、納得したらしい北の太守・シャリアは云った。優しい語り口だが、教師というより学者風の喋り方をする。

「ダナス?」

「知らないのか? ダナス・ターナ。魔王・グラウダウザーのことだ。ダナスというのは、我らが一族の古い言葉で「見守るもの」という意味がある。ターナは「黙する者」。ダナス・ターナが「真実の番人」だ。ちなみに君の名前はガラが「究極の」、ニーザが「赤」で繋げてガラ・ニーザとすると、「最後の炎」と言う意味になる」

「し、知らなかった」

初めて聞く話に呆然となったガラが首を振りながら答える。

しかし今この男はなんと言っただろう?我らが一族? それはなんだ?

「静かなる一族・フェザーン。彼のグラウダウザーも本名はダナス・フェザーンと言った。しかし、普通は名乗らない。名乗るならダナス・ターナの方だろう。この国の先住民族だ」

「あんた・・・いや、北の太守殿もそのフェザーンという一族の人間なんだな? シャリア・ラントスというのはどういう意味なんだ?」

そのどこか哀愁を漂わせている穏やかな男の顔に一瞬自嘲のような笑みがよぎった気がした。

「シャリアが「血」ラントスが「手」つなげると「血塗れの手」という意味になる。縁起でもない名だろう?」

突然年少の三人の脳裏に笑うような歌うような声の台詞が思い出された。

『三人とも、早く北へ行きなさい。「血塗れの手」が困っている』

「お、おじさま、今何か困ってらっしゃる・・・なんてことありま・・・す?」

やや顔を引きつらせて真雪が問う。

帰ってきたのはあっさりとした肯定だった。

「これ以上ないという程ではないが、そこそこに困っている。しかし、困っているのは君たちも同様だろう? これから東西南北回って四つオーヴを集めなくてはいけないらしいじゃないか。いや、オーヴ、オーヴか。確かにあったな。だが、城の中だ。とすると、どの道、任せるしかないのかな」

話がわからない三人に黒髪に浅黒い肌の北の太守は深くため息をついた。

 

「さて、来た事の無いガラに聞いても無意味だが、真雪、美時。ここがどこだと思う?」

「さあ?」

「俺たちはたまにしかこなかったし、城の近くしか知らないし・・・」

「じゃあ、これなら解るか?」

そうして、二人を雪原のはしの方に招く。

下方に見えるこの景色は・・・。

「城下!」

「な! なんで城が無い!!?」

状況を理解したらしい双子にシャリアが頷く。

「そう、今いるこの雪原は、本来城があるべき場所だ」

 

「いや、困ったんだ。帰ってきたら城がなくてな」

「いや、それ、相当困りますよね、おじさま!!」

「夕べは暗くて何がなんだかわからなかったが、宿屋に泊まって朝起きたら城下中大騒ぎだったんだ」

「で、ですよね、シャリアおじさん・・・」

美時も引きつったが、その割りに雪原から見える城下は慌しい様子もない。

「ひとしきり騒いだら、ネタにつまって、自分の仕事に戻ったよ。一応、事態は私に任されている」

北の太守は領民に信頼されるところ大なのだ。たとえ意味不明の事態だとて。

「(なあ、お前らんとこの国民ってヘン・・・・)」

「(そういや、王都も空に変なの浮いてるわりには、すぐ慣れたもんね・・・)」

「(ようするに、能天気ばっか住んでるんだな、ウチの国って・・・)」

「城の人間ごと消えているから、心配なんだが・・・」

あの、だから、慌てたりとか・・・

「そういえば、おじさま、のぞみくんは?」

北の太守の一人息子はどこだろう? 昨日の夜会には来ていたから、行方不明にはなっていないはずだ。

「ああ、城下までおつかいを頼んだ。そろそろ戻ってくるころだろう」

と、雪を蹴って小さな影が走ってきた。大きな荷物を抱えている。

「ただいま、お父さん! とってきたよ!」

「ああ、ありがとう。望」

「あ、王子様王女様、この度はお誕生日おめでとうございます」

「いや、のっくん、それ昨日聞いたから」

「お前だけだよ、望。ふつーに祝ってくれたの」

「てかそうじゃなくて! のっくん、大丈夫? タイヘンなことになってるみたいだけど」

「うん、お母さん心配なの! だから僕がんばっておつかいいってきたよ!」

「ああ、助かったよ。望。お父さんに渡してくれるか?」

どうやら北の太守は、子供の心配とお使いをすり替えたらしい。何もせず待っているより不安が紛れたことだろう。

「はい!」

「おじさま、それは・・・?」

「ああ。これが城外でよかった。ちょうど街の鍛冶屋にだしていたんだ」

一見地味な剣が、布からでてくる。とても古そうだが、みすぼらしくは感じない。

あえていうなら、神寂びた剣・・・。

「すべてのものが切れる、なにも切れない剣・・・・・・・グラウダウザーだ」

「「「え?」」」

三人がまったく同じ顔で驚く。

「それって、その剣の名前? お父さん?」

「そうだよ、望。お父さんの一族の至宝。神剣グラウダウザーだ」

「きれーーーい」

無邪気に喜ぶ望はじめ、すらりと抜き払われた刀身の美しさに全員の目が奪われる。

ちょっと見たことのない金属、魂がゆらぐような不思議な色合いだ。

神剣の名に遜色のない輝き。

「材質が不明で、鍛冶屋に相談していたのが助かったかな。さて、三人が落ちてきたところに案内してもらえるか?」

「「「え?」」」

この国の王子と王女、黒い羽の生えた少年はもう一度揃って目を丸くした。

 

三人が落ちてきた場所に手巾がくくりつけてある。

「印を付けておいてくれたのか? ありがとう。夕べは暗くて、場所がわからなかったんだ」

『印つけてった方がいいぞ!』

「「「・・・・」」」

今さらながらに三人が横目を見合わせる。あの美貌の不審人物は何者?

「城の「道」が封鎖されていないのなら、君たちは城内の道の間に出たはずだ。やはり、元の城より大分ずれているな。上から落ちてきたといったね?」

見えぬものを見極めようとするように、北の太守の瞳が鋭くすがめられる。

が、子どもたちを振り返ってにこりと笑った。

「私もこの剣はつかったことがないんだ。失敗しても許してくれ」

漆黒の雰囲気を持つ北の太守の呼吸が変わる。

スッ

シャン・・・

ほれぼれするような優美な挙措でひとふり。

空間が裂けていた。

「うわぁ」

何気なくやられたけど、なにこれすごい!

「お父さんすごーーい」

「いや、ちびちゃん、多分すごいどころじゃないぞ・・・」

ガラニーザまで呆れ顔だ。

「よし、上手い具合に開けられたようだ。頼めるかな? 三人とも」

涼やかに問われて三人の顔に緊張が走る。

「「「はい!」」」

「危ないことはしなくていいから・・」なんて聞こえてもいないようだ。

さあ、初ミッション。

 

シュアン

「ごめん、大丈夫シャリア!? なんなのこの事態!?」

三人が虚空に消えていくらも経たないうちに、この国の王妃が空を裂いて慌ててとんできた。

「ウェンリー・・・」

「ごめん、シャリア。お前のトコは大丈夫だと思ってみてなかったんだよ。うっわー、なにこれ。わたしの目で見ても、全然見えない!」

「国一番の魔術師がか?」

「わたしの範囲の分野じゃないね。もしかしたら、古代魔法かも」

「そうか・・・」

北の太守シャリアは子どもたちを見送った場所から身じろぎもしていない。

そして、子供たちの前での穏やかな表情を消し去った仏頂面だ。

それを、ヤンが気づいた。ニヤリと笑って、北の太守に絡みつく。

わが子が心配だろうがなんだろうが、からかうのは別腹なのだ。この国の王妃は!

「あ、シャリア、すっごい機嫌わるーーい。出口確保するために、自分が外に残ったのがそんなに心配?」

相手がヤンなので、遠慮なく眉間に皺を寄せて深く溜息をついた。

「望が勝手についていったんだ」

「三人だけだと迷うかと思ったんだね、いい子v」

「咲子さんの風邪も心配だし」

「ああ、体調不良とか云ってたもんね。そりゃ心配だ」

「あの三人も大丈夫だと思ったから行かせたんだが・・・」

「そうだね、解析はできないけど、悪意は感じないもの」

はぁ。

また北の太守が大きな溜息をつく。自分で大抵のことができるゆえに、彼は結構心配性だ。

「なあ、ウェンリー」

「うーん?」

「大人って辛いな」

「ねーー」


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