天国と地獄の結婚
『愛してる』
初恋の思い出なんて誰にだってある。
『大好き』
思い出すたびにうんざりしてげんなりだ。
『世界中で一番だよ』
初恋は実らない。みのらないから忘れられないんだ。
「おれのほうが、あいしてるよ」
満面の笑みを浮かべた、あの血のように赤い唇が。
「ばっか、何年たったと思ってるんだ・・・」
イゼルローン宙港のソファに座り、男は年の近い従弟を待っていた。
「ボリス!」
「よぉワーニャ、元気そうだな」
「そっちもな。すぐに発つのか?」
「いーや。久しぶりの陸だからな。出立は明日の朝だ」
「久しぶりだ、奢るよ・・・兄さん」
「あーらら、イワンちゃんたら大人になっちゃってまぁ」
「そっちの商売はどうなんだ? この不景気に」
チッチッチッ
「不景気ってーのはアタマの悪い奴の使う言葉。ココのある奴ぁこの状態を「ビジネス・チャンス」と呼ぶ」
チョンチョンと中指でコメカミを叩く。ムカツク仕草だ。
「なーんちゃって。実際は自転車操業ってカンジ〜」
「そういう人だよ、アンタは・・・」
「そっちこそ、どうなんだ? 勇名轟くヤン艦隊の幹部として」
「毎日書類と格闘してる」
「アッハッハ、現実ってそんなモンだよな〜。ポッピーは元気?」
「お前が来ること話したから、仕事終わってから来るって。そろそろ来てもいい時間なんだが・・・」
「あらあら、相変わらず仲良しさんですことぉ」
「たかだか10年前に一度会ったきりだろ。なんでそんな馴れ馴れしいんだ?」
「一度会ったら友達で、毎日会ったら兄弟ですヨ」
多分この従兄弟とは親戚じゃなかったら友達にはならなかっただろう。お互いそう思っていたが、だからといって仲が悪くなくてはいけない理屈もない。(三重否定)
「やぁコーネフ隣いいかい?」
いい、という前にポプランではない男がコーネフの隣に腰掛けた。
「ヤン提督・・・」
「リンツとブルームハルトたちに捕まってね。シェーンコップは笑って見てるだけで助けてくれないし。ったく、あの連中と一緒だとのんびり酒も飲めないよ」
酒瓶持参でやってきたヤンだ。なんか後ろが盛り上がってると思ったら、宴会大好き薔薇の騎士がいたらしい。
「司令官閣下って割りと普通に酒飲みですよね」
「ああ、ま・・・・あれ? ポプランじゃないのかい?」
ポプランとボリスは決して似ていないのだが、コーネフの隣にいる時点でポプランだと思われるらしい。不本意だ。と、コーネフは思った。
「こんばんは、大将閣下」
「・・・、私の見間違いじゃなけりゃ、ボリスに見えるんだけど、ここってイゼルローンだったよね?」
「よぉヤン! お偉いさんになっても昔の仲間の顔は覚えてたか?」
「ヤン提督、ウチの従兄と知り合いですか?」
「へぇ、苗字が同じだなぁとは思ってたんだよ。世間って狭いね」
「「ヤン提督ぅ〜〜〜!」」
折角避難したのにブルームハルトとゼフリンが追っかけてきた。まだ諦めてなかったか、チッ。
「是非とも希代の用兵家である提督から恋愛戦術指南を!」
「過去の恋バナを! 参考にしますから、俺!」
「もしくは好みのタイプとかっ!!」
「それは是非とも小官もお聞きしたいですな、ハッハッハ!」
↑かなり出来上がってる人たち。
なんかドドっときたので、もう店中がRRの占領地みたくなった。
てか、それでヤンが逃げ出してきたのか。
「う〜ん、コイツの経験だけは、参考にしちゃいかんと俺は思うなぁ」
たとえ反面教師にしてもだぜ。
「・・・どなたか知りませんが、ヤン提督に恋バナなんてあるんですか?」
↑ちなみに、無いと思って笑ってた代表・シェーンコップ。
「あるもなにも、フェザーンじゃ有名な馬鹿ップルだったぜ。かっこいいお哥さん」
「ボーリーースー」
「トコロかまわずイチャつくわ、トコロかまわず痴話喧嘩だわ、しかも二人とも周りが見えてねぇもんだから、あたり一面通行人も含めて散々なメにあわされんだぜ? ファミレスの前でラブ時空発生された日にゃぁ、マジ殺してやろうかと・・・って」
しーーーン
「あ、あれ? 信用されてねぇ?」
「あの、提督、マジっすか・・・?」
「おやおや、私だって無邪気な子供の頃は、人目もはばからず恋人といちゃいちゃしたことだってあるさ」
「なにが「ことだってある」だよ。クソ、ここがフェザーンだったらボコボコにしばいて」
「当時からムリだったのに、今できるわけないじゃん。馬鹿だね〜」
「ったりまえだろ! 当たり前な顔してサマーソルトかます男相手に喧嘩できるかっ!」
「えー、それでも2、3回骨折られてなかった?」
「3回も折られてねぇよ、1回だ! あとの2回は歯ぁ折れただけ」
「若いのに総入れ歯・・・」
「違ぇえよ! 上と下合わせて5本しか折られてねえ!」
「それって「しか」の範囲内かな?」
「あんにゃろーの行状を考えれば範囲内だろ? はぁ〜、今にして思えばよくもあんなキレた男相手に喧嘩が売れたもんだぜ」
「若かったもんねぇ」
「ボリス、さり気に提督の恋人が男だって暴露してんだが?」
従弟の冷静な突っ込みに、あぁ? と首をかしげる。
「同盟って、男同士珍しいっけ?」
「戦時だからね〜、珍しくはないだろうけど、フェザーンほど容認はされてないな〜多分」
「てっかさぁ、そもそもさ」
カタン
「なんで別れたの? お前ら」
「・・・・・・・・・・・」
席を立って、覆いかぶさるように問うボリスを、ヤンは黙って見上げる。
「・・・・・・・・・・・・・・」
にっこり
「誰が、別れたなんてゆった? ただの一言も?」
「え?」
「別れるわけないじゃん。アレはわたしの最愛の男なんだよ」
「いや、そらそーだけど・・・」
「ただ、今は大喧嘩して絶交中なの。 誰も別れてなんてやらない」
「じゃ、ヤツが他所の女食いまくってるのは」
「ウワキウワキ、ぜ〜〜んぶ、浮気、本命が私以外にいていいはずないじゃん」
「・・・」
「だから、この戦争さえ終わって暇になれば、ちゃーんとヨリ戻すんだよ」
「けど、ヤツもフェザーン出てったんだぜ?」
「だからなに? 逃げられたからなんだっての。追いかけてとっ捕まえるに決まってるじゃん」
「いや、いまお前、逃げられたって認めたよな?」
「逃げ切れると思うの? いまじゃ私は不敗の魔術師なんだよ? 追い詰めて、とっ捕まえて、とりもどすに決まってるじゃん」
ニヤ
「たとえ、地獄の果てだとしてもね」
「・・・・・・・・・・・っ、お前全っ然かわってないじゃん! 温和で知的で文人肌の司令官って超嘘じゃん!」
「人間30すぎると嘘つくのが上手くなってねぇ」
にょほほ
「あいしてる?」
「え?」
まっすぐにきかれて、ヤンの瞳から暴走が消える。
一瞬考えてから、ボリスをまっすぐに見返して、・・・今度はおっとりと微笑んだ。
「愛してる。大好き。世界中で一番だよ」
赤い唇は、愛を囁きて。
「ほんっとかわってないねぇ、お前は」
「あ〜〜、久しぶりにあの馬鹿思い出したら、さみしくて欲求不満だよ! 久々に今夜は飲むぞ!」
「おーー、なんでヤン提督張り切ってんの? コーネフ、ボリスお待たせ〜。アッテンボロー提督見つけたら引っ張ってきちゃったv」
「え、なに? 今夜宴会?」
「よーー、ポプラン久しぶりじゃーーん♪」
「とりあえず、飲む飲む!」
「おう、ついでやる!」
「めっずらしーなー、コイツが潰れるなんて」
無防備に膝の上に転がっているヤンのアタマをポポポンと叩く。いい音がした。
「で、アンタは結局何しにきたんだ?」
「ホントは仕事に来たんだよ。ヤンに会う口実も見つからなかったしな」
サラっとヤンの髪が手を滑った。
ボリスがシェーンコップに笑いかける。後は皆、そこらに転がっていた。
「ヤン提督の恋人・・・ってのは、どんな男だ?」
「興味ある? んーー、男前だったぜ。喧嘩強かったし。特に下半身のバネが利いてて、蹴り技が秀逸だった」
「えっと、他にないのか?」
「サマーソルトの神だったな」
「格ゲーか」
「いや、リアル」
「は!?」
「流石に俺もヤツだけですよ? 天下の公道でまっぴるまっからサマーソルトかますとか見たの」
ヲイヲイ
「半端ねえ強さだったよ? だって蹴りの一撃で大の大人が吹っ飛ばされるんだぜ? リズミカルで体力も有り余ってるから、次から次からポンポン攻撃来るし。踊ってるみてぇだった。しっかも楽しそうにぶん殴るもんだから・・・あー、アホだよなぁ」
「ヤバイ系か?」
「んーー、俺らがガキの頃ってフェザーンも今より治安悪かったしねぇ。俺ら的には普通。まぁちょっとは荒っぽかったけどな。顔面肘打ちとか、マジありえねぇ」
それに、といって、ヤンのアタマをまたポンポン叩く。
「どっちかってーとヤバイ系だったのはこの人のほう。何かあるといっつもトラブルの中心にいてさぁ。そのたびにアイツが突っ込んでって全滅させるから・・・まぁ毎度大騒ぎだったぜ」
多分、ヤンの瞳の冷たさは。直接見たものでなければわからないと思う。
「街の連中には死神か妖怪みたいに思われてたし、仲間内でもこいつらがイチャついてると、周りじゅう阿鼻叫喚だったけど、二人でいるときは、二人とも楽しそうだったし、幸せそうだったから、あれでいいんだろうと思ってたんだけど・・・」
苦い薬を飲む気持で、おせっかいだとは思ったがボリスは付け足した。
「こいつには、何も期待しないほうがいいよ。期待以上のことをやってくれるヤツだけど、あの男が絡むと、何もかもほっぽってくからさ」
「それは、どういう意味だ」
「こいつの男なんだけどさ。まぁ何を考えてるかわかりにくいヤツで。ちょっと困ったちゃんなんだけど、・・・それでも、何も考えてないわけじゃねーんだ。今、なんで大人しくしてるかわかんねーけど。多分、あいつはウェンリーをむかえに来るよ。んで、あいつがむかえにきたら、こいつはホイホイついてく。たとえそれが、地獄からだろうとな」
自嘲をこめて。
「それだけは、覚悟しといたほうがいい」
見捨てられる覚悟なんて、惨めすぎていえない。それでも、
「なぁ、シェーンコップの旦那。・・・初恋って、尾を引くよなぁ」
それでも、どうにもできないのだけど。
『愛してる。大好き。世界中で一番だよ』
ああ、そうだよな。