ある晴れた日に、光のなかで・・・
 
 
フェザーンは龍華街の妓楼「桃花源」の主パイホワことヤン・ウェンリーは、自分の仕事室で現在ちょっと困っていた。
「パイホワ様! このままでは翔が過労で倒れてしまいますわ!」
「あんなに思いつめた顔で仕事ばかりしていては、病気になってしまいますわ」
「なぜ、翔になにもなさいませんの、パイホワ様!?」
桃花源を支える三人の魔女・・・もとい、三面六臂の女神様と悪名高いもとい、名高い初音、夕音、小夜音の三つ子がヤンを取り囲んでせまっていた。
三人が三人とも迫力美人で、キラッキラでこらてぃぶにエフェクトがかかっているので、その影響たるや、三人揃うと破壊力とも等しい。
もう、一週間近く同じネタで訴えられているのだが、ヤンは、美しい唇に笑みを刷いて、軽く笑っていた。
 
「で、どうされるので? 逢魔様」
桃花源の大番頭・張千尋は、いかにも有能そうな男で、いつも通り黒い袍に黒い髪を後ろで一本にして括っている。飾り気の無い真っ黒な袍の胸元にただ一つ付けられた銀のアクセントがストイックな彼の容姿をさらに引き立てていた。
50手前なのだが、とてもそんな歳には見えない。
有能な張大人は、ぬらりひょんの店主などアテにしていなかった。
あっちがムダならこっちとばかりに、もう一人のぬらりひょんにあたってきたのだ。
「オレは知らんぜ?」
ヘテロクロミアに、悪戯っぽい星がきらめいた。
「ならなぜ何もなさらない。翔をどうするおつもりですか」
一月後には腐っていますよ。
張大人は真顔で冗談を飛ばすし、その冗談が本気だったりもするので、笑うタイミングに困る。
「放っておいてどうなるものにも見えないが、まあ、大丈夫だろ。白花に何もやってる様子はないが、考えがあるらしいしな」
「何も、聞いてはいないのですか?」
「多分、待ってる」
主語も何もない単語に、張は逢魔のセカンド・サイトが光ったように思った。
 
 
「パイホワ様、翔に何があったんですか? あんな彼を見ているのはとても辛いです」
濡れたようにつややかな黒髪と黒瞳の見目麗しい青年が、切なげに訴えかけてきた時点でとうとうヤンは頭をかかえた。
翔とは同世代で同じ子供組、何かにつけ協力し合った仲間だ。心配もひとしおなのだろう。
桃花源のこと・・・と思って今まで口出しを控えてきたが、三音大姐にも頼まれたのだろうか。
「小青蝶・・・」
「もうそんなに小さくありません」
「あの子は大丈夫だよ、心配ない」
「とてもそうは見えません」
儚げな美貌に反して、芯が強いという王道を行く青蝶ははっきりと首を振る。
言い切られて、咄嗟に得意の言い逃れが出て来ない。
「あ〜〜、なんというか、あの子も大概に大人なんだし」
「大人だからといって、助けが必要ないとは限りません」
「えーーっと、ねえ?」
「そういうときに、助け合うのが家族です」
「お前たちは、兄弟カウントなのか・・・」
「大切な仲間です」
「もーーうちょっとだけ、まっておやり、青蝶」
フフフ、と極悪に笑う。
「今逃げられたら元も子もない」
龍華街に生まれ、龍華街で育った医生は、友に真剣に逃げろというか迷った。
 
「ひっどい顔してるねえ、お前」
「・・・、・・・・・・・仕事楽しいですから」
店のお仕着せを着て裏口でしゃがんで休憩している男を、桃花源店主がからかう。
「せっかく、同盟に行って、お友達も出来たってのにねぇ、「翔」」
「あれもあれで楽しかったですけど、やっぱ、この街で動くのが性にあってますので」
「好きだっただろ、お前、スパルタニアン」
「好きでしたよ。龍華と同じくらい。戦争が終わるんじゃ、どっちを選ぶかなんて比べるまでもありません」
「宇宙海賊とか」
「ご冗談、オレは張大人の後釜狙ってんですよ」
「だから、そんながむしゃらに仕事してんの?」
「そーですよ」
「ムキになるんじゃないよ。バーカ」
「バカでけっこう・・・」
「まぁ、ね。けど、お前がそんな顔してると、関係各所から文句がでるんだよ。見たこともない労働基準法とかいわれるしさ」
「やりたいんですよ」
「なぁ、翔、わたしは優しいだろう?」
「優しいですよ。誰もそう思ってないみたいですけど、オレは助かりました」
「今、お前から仕事とりあげたら、潰れてただろう?」
「ええ」
「お前が絶望に浸れる時間をつくってやっただろう?」
「・・・・・・」
「自分で自分を哀れむ時間をやっただろう?」
「・・・・・・・だから? 感謝ならしてますよ」
「けど、もうダメだ。タイムオーバーだよ、翔」
その悪魔のごとき微笑に、今まで絶望の淵でバカンス中だった男の背を氷解がすべりおちた。嫌な予感しかしない。
「青蝶がね、ドクターストップだしたよ。休みなさい。仕事頑張ったご褒美だ」
「い、いらない、いらない!」
「頑是無い子供みたいなことゆーんじゃないよ。よく休み、よく働くのが、よい大人というものだ」
「よい大人なんて街でみたことない!!」
「七日だ。絶対休みなさい。あと、コレもあげよう」
「? なんですか、コレ。パイホワ様?」
なんだか長いリストだ。
「いいかい、これは命令だよ。「オリビエ・ポプラン」」
 
「おい、お前、何渡したんだよアレ」
「心配してたんなら、素直にそういえばいいのに、逢魔」
「いいから」
逢魔だけでなく。青蝶、三音大姐、張大人、店の女たちまでデバガメに張り付いていた。
「やれやれ、みんな心配性なんだから」
けど、それだけの人間が「翔」を心配していたという証拠である。
にっこりと微笑む。
「勿論わかってたさ。だから、一番最初に手を打っておいたんだよ。アレのことは」
「だから、何渡したんだよ?」
「ああ、アレ? 乗客リストだよ。一時間前にフェザーン宙港に付いた船の。アレをずぅっと待ってたんだけど、ねえ」
「パイホワ様パイホワ様、翔君バカ正直にリスト見てますわよ」
「うん、だいたい真ん中ぐらいだったかなあ?」
「あ、なにか気づいたみたいですわ」
「うん、そりゃ気づくだろうねえ」
「まぁ、凄い切羽詰った顔で飛んできましたわ」
「パイホワ様っ! なんですかコレ!! なんでアンタがこんなモン持ってんですか!!」
「そりゃあ、お前ね、かわいい翔のことが心配でたまらなかったからだよ? 翔」
「ウソです、ぜったいウソです!!」
「まあ、確かにウソだけど」
「しかも、なんです、この到着時間! オレ逃げられねえじゃないですか!!」
「そりゃあ、まあ、だから今まで引っ張ったんだし」
「殺されますよ、オレ!!?」
「張大人の後釜狙うなら、この程度のシレンはノリコエないと。プッ」
「吹き出すなーーー! アンタだろ、ぜったいアンタだ! コーネフに何云ったんだ!」
「そりゃあ、お前。お前の所在を教えてやっただけだよ」
「〜〜〜〜〜、ほんっと信じらんねええ! このオニ! アクマ!」
「残念だがな、翔。それが罵倒になるのは、オニでもアクマでもない相手だけだ」
冷静に突っ込んだ張大人だった。が、勿論翔は聞いてない。
「ハーッハッハ、遅いよ翔! フェザーンついたら桃花源においでってゆっておいたからね! もうつくところだろうさ」
「楽しそうだな、白花」
「そりゃあそうさ、楽しいとも。この一月ばかり、ずっとこの日を待ってたんだから」
 
「おーい、パイホワや。お客さんじゃぞう」
「桃花源をお探しのようじゃから、お連れしたわい」
「ほんにのう」
「ええ、ありがとうございます、おじいさま方」
そこに現れた青年を眼にし、桃花源店主は本当に嬉しげな顔をしてみせた。
「よくきたね、コーネフ。遠かっただろう」
「いえ、ありがとうございます。ヤン元帥。助かりました」
さりげなく逢魔に羽交い絞められて逃げ場を失った翔が顔を青くする。
声を聞いただけで、親友、もとい恋人がどんだけ立腹かがわかったのだ。
「ヤ、ヤア、コーネフさん。オゲンキソウデ・・・」
「ああ、そうだな。久しぶりだ。ポプラン」
翔は・・・ポプランは泣きたくなった。だって、絶対負けるコレ!
けど、恋人に別れを告げてきたのは、それなりの譲れない理由があったのだ。
「よくきたね、コーネフ。ご褒美にプレゼントでこいつあげるよ」
「ちょおおおおおおお! なんてアッサリ売るんですか、パイホワ様!」
「わざわざすみません、ヤン元帥。ご迷惑をおかけして」
「ソレはまだウチの店員なんだけど、今日から七日ほど休みだからね。ゆっくり話し合うといい」
「お気遣いはありがたいのですが、コイツと話し合うことなど、何もありません。ええ、何一つとして!」
別れを告げたのは自分だというのに、その言葉に翔の心が凍った。
が、コーネフのが一枚上手だ。
「おい、ポプラン。お前の意見なんぞきかんぞ。俺もお前と一緒に住む」
「って、コーネフお前、かぞくはっ! ハイネセンの!」
「全員に話した。俺の未来を共にしたい相手だと。まぁ、確かに完全に納得してはもらえなかったが、今は俺のしたいようにすればいい。といわれてきた。俺の未来はお前のものだ」
「コーネフさん、それって「だから、お前の未来は俺が貰った」としか聞こえまセン」
「おや? 俺は今そういわなかったか?」
「ゆってねーーよ!!(ガーン)」
「・・・ポプラン、お前は、よく俺の家族のハナシを聞きたがったな。お前は話したがらなかったから、家族はいないものだと思ってた。この人たちが、お前の家族か?」
「あ、ああ。この街が俺の家で、そこに住む人たちが俺の家族だ」
「なら、これからは沢山ハナシを聞くからな」
「う、え、あ、どーしても?」
「ああ、お前の家族の人たちに、お前の話を」
据わった目のままできっぱり言い切ったコーネフに、翔の顔から今度こそ血の気がうせる。
「ちょっとそれマジでやめて、コーネフさん!! オレ再起不能になる!」
「ますます好都合だ」
「ちょっと、誰か! なんでこのコこんな絶好調なの!? とめて、神さまとか!」
こと今回の件に関して、誰のたすけも求められない立場だと実感していたしょうが神を呪う。ちなみにコーネフが絶好調なのは、ハイネセンからフェザーンへくる船旅の中、再会したら滅多刺しにしようとイメトレしてきたからである。ネズミの前のネコだ。
「すげーな。強ええ。完全に負けてるぞ、翔」
「すいませんね、逢魔様!」
「いやはや、予想外にいいモノが見れたよ。ありがとうコーネフ」
元同盟元帥が言えば、
「よくいらしてくださいましたわ。翔君が元気なかったのは、あなたがいなかったからなのね」
「私たちに翔君は弟のようなものなの。来てくれて嬉しいわ」
「龍華はあなたを歓迎します。仲良くしてくださいね」
「そうだな、バカな弟のためなら仕方ない。あなたは何も遠慮なさらず欲しいものがあればいってくれ」
三音大姐のみならず、張大人が営業用以外ではとことん珍しい笑みを浮かべて歓迎する。
「うっわぉ、オレホームなのに完全アウェイなカンジ・・・」
「お前の負けだね、翔。アハハ」
「ううう〜」
「にしても、お前がコーネフにぞっこんなのは知ってたけど、コーネフがここまでお前好き好きだとはねーー」
「オレだって知りませんでしたよ」
そう、スパルタニアンは、この街と同じくらい好きだった。そのスパルタニアン以上に好きだったのが、この同僚だったのだ。でなければ、この街にいるのに、あんなに落ち込んだりはしない。
「コーネフ、なんだって今回に限りそんな強いのよ・・・オレ完敗」
ん?
三音大姐とにこやかに喋っていたが、どうやら聞こえたらしいコーネフがこちらをむく。
馬鹿にしきった目で笑った。
イワン・コーネフという男は、本当に恋人以外には好青年なのだ。
 
「惚れた強みだ。諦めろ」
「・・・、コーネフさん、・・・乾杯」
 
世界はまだ閉じたりはしない。
ある晴れた日に、光のなかで。
これもまた、人がつくる奇跡の一つ。


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