金木犀を待ちながら

暑くて暑くて、永遠に続くかと思った夏がすぎると、
ある日急に、秋になった。
腕にからみつかず、すり抜けていく風に、思わず寒い。と思った。
秋という季節を思い出した。
夏の湿気がどこ消えたかわからない軽さで、去っていく風に、
秋って、冷たい。と思った。
冬は、どんなに寒くても、あったかいイメージがあるのに。
秋は、捨てられた子供のように寒い。
そんな秋が、一年で一番好きな季節だった。

(つぼみ・・・はやくつかねえかなあ・・・)
蒼と黒の瞳が、うっすら開かれて、また閉じられる。
探してしまう。冴えた空気に。甘い香りの先端を。
寒い空気に甘えるように、感じてしまう。偽りの花の香り。
(てか、ホントにあまい・・・?)
優しい香り、幸せな香り・・・でも、さっきはつぼみも無かったのに?
(ああ、ちがう・・・これは・・・)
さくさくと下草を踏んでくる足音。彼の眠る、金木犀の木のしたまで。
(セイ・・・)


「またねてる・・・」
その太平楽な寝顔に、思わず微笑んでしまう。
初めて会ったときも、こんな風に木の下で眠っていた。
「ほんとう、きれいなひとだわ・・・」
結婚してしばらく経ったが、未だに起きているヘテロクロミアを正面からみることが全然できない。
理由は、その瞳で見つめられるだけではふぅってなってメロメロになっちゃうから。それって論理的。
「わたし、このひとのことが好きなんだわ・・・」
なんど考えなおしても、同じ結論にしかたどりつかない。くすぐったくて笑ってしまう。
そんな自分が意外で、そして幸せだ。
愛おしくて、幸せで、嬉しくて、それがあまりに強いものだから、たまに身動きが取れなくなる。
恋する相手に愛されるっていうのは、アタマの中が黄色いお花畑になって他のことは何も考えられないときと同じだ。とんでもない事態。
夫に引かれたくないがために、夫がいる時は決してやらないが、一人でいるときに、唐突にきゃーーんv とか満面の笑みでやっている。正直、他人がやったら引く。
躊躇いがちに、けれど抑えきれず、震える手でロイエンタールの指にふれる。
いつも、たまらなく優しく自分に触れる手。
目を覚まさないことに安心して、そっと、その手を自分の頬にもってきた。
自分に恋愛脳があるとは思わなかった。
これが運命の相手とか、魂の片翼とかいうやつなのかもしれない。
ぶっちゃけ信じてないが、どうせ結婚してしまったのだから、そう信じとけば無難だろう。
誰も困らないし。
あのあと、周りが本人たちの10数倍騒いだおかげで、棚ぼたでロイエンタール夫人の座をゲットした。未だに何が起こったのかサッパリ意味不明だが、間違いなく自分が同盟軍でやったのを纏めたのより奇跡だろう。幸せに笑み崩れる。
たしか、ロイエンタール家の隣に引っ越そうと荷造りしていたところまでは覚えている。
ただ、そのあとの展開が速すぎた。
結婚よりも、さっさとオーディンへ帰りそうな(元同盟元帥、つまり自分。の手は放そうとしなかったが)某帝国元帥が、銀河帝国の皇帝からほとんど詐欺のような手段でオーディン総督を奪取して元帝都へ返ってきたのが9月の終わり。
ドサクサに紛れて夫になっていた男は、毎日のようにこの木の下で待っていた。
金木犀の咲く秋を。
「なんか、間違ってるような気がしないでもないんだけど」
新婚生活夜の部には大分慣れたと思う。慣れたと思ったらレベルアップされたような気がしないでもないが。
未だにたまらなく大事なもののように抱きしめられることに慣れないことを除けば、おおむね問題はない。
ただ、ちょっと疑問は感じる。
夫が留守中、紅茶飲んで本読んでご飯食べて昼寝する。という行動が成人女性らしからぬと思う。てか、ヒトとしてそれってどうなの? それとも帝国の奥さんってこんなモノなの?
↑ままごと夫婦
帝国女性に聞こうにも適切な友人なんていないし。帝国の人ってカルチャースクールとか行かないの? まぁ、行く気はないけど。そこまで帝国人刺激したいわけじゃないし。一番の理由は出不精だからだけど。
ようやく結婚して三ヶ月たったほどのほやほやの新婚さんだから、こんなものかもしれない。
にしても、
「恋敵が植物っていうのは、ちょっと・・・」
初対面のアレは、寝ぼけていただけだと思っていたが、
どうやらこのカンペキな夫は素でボケているらしい。
『ちゃんとわかってる。愛してる、セイ』
誤解はお互いに傷つくだけだから、早いうちに解消しようとした。
すくなくとも、云おうとはした。
けれど、柔らかいお湯をはったバスタブにまどろんでいるような腕の中の空間は、ありとあらゆる思考を飲み込んで、うっとりさせられてしまう。
てか「愛してる、犀」って、その犀ってそのままの意味で動物のサイなんだけど!
まぁ、かっこいいし、笑顔が素敵だから、問題ないけど!!
それに・・・、
彼が長年愛してきたこの金木犀の大樹と、自分が何も関係ないと気づいたら?
見向きもされなくなる、興味の欠片も無くなると思ってしまう自分は?
だから、この樹が咲くのが待ち遠しく、同時に恐ろしい。
十月の初めから、大人しくただただ待っている夫の胸に顔を伏せる。
どうしよう・・・
自分にとって、この繋いだ手の暖かさがなによりの幸福だが、相手がそれを、ただの勘違いだと気づいてしまったら?
咲く金木犀のほうが、はるかに美しく、比べ物にならないと気づいてしまったら?
ああ、でも、幸せでたまらない。
ただ寄り添っているだけなのに。
泣きたいほどにとっても幸せ。

ところで、夫婦なんだから、この美しい寝顔にちゅーしても、犯罪じゃないのよね??




砂どころか、血ヘド吐くホド甘くしようとたくらみました。
結果ロイエンタールがちっとも目を覚ましてくれませんでした。
初期予定では、ロイエンタールが目をさましてラブラブ~だったんですが。なぜに?
金木犀はまだ咲かない設定です。
ウチの金木犀はわりと早く、さらに咲いてから雨ばかりで3日ぐらいしか楽しめなかったのが残念でたまりません。今年。
また来年まで我慢するか、ネットで発見した金木犀の香水をゲットするか。
香りが引き立つ秋の空気も重要ですが、あの香りかぐと無条件で幸せになれるんだ!
作中のヤンさんのように!
てか、結婚後のヤンさんの名前が想像できなかったのでロイエンタール夫人。
この夫婦はお互いに盛大に誤解しながら、今後もラブラブの予定です。
お幸せに~。


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