夏の夜の悪夢☆
 
 
 熱帯夜には、いたずらな魔法がお似合い
 
 
「こんにちは、お兄さん」
「はっ?」
至近距離に蒼と黒の瞳。ああ、ロイエンタールの・・・
「ああ、「こんばんは」が正解。もう夜だものね」
「へっ?」
高く結い上げられた長い髪。首をかしげた拍子に髪に通されたビーズがチャラチャラと鳴る。なかなかお洒落な少女だ。
「ところで・・・」
「はい?」
ああ、ダメだ。俺今、多分頭おかしい。最近暑いからなぁ
「ここ、どこ? お兄さん」
「はぁ、まあ?」
俺は、ラインハルト・フォン・ローエングラム。
それは間違ってない。多分な。
 
イン・ゼーアドラー
本日の議題・ファーレンハイトはロリコンか否か。
「いっや、ギリギリだろ?」
「てか、自分の半分以下の歳って、ほぼ犯罪だろ?」
ちなみに、当のファーレンハイトを締め上げているのは、恋人のエマイユ本人である。
煮え切らない恋人に、いい加減痺れを切らしたらしい。
『私のこと子供だとしか思えないならそういってよ!』
要約すると、そういうハナシらしい。
「一応、刑法では犯罪じゃないな。ギリで」
ポソっと呟いた男にエマイユが怯む。いつきたんだ!
「俺はエマイユは子供だとは思ってないけどな」
(いや、あなたは思ってくださいよ)
などと口に出してはいえないエマイユ。だって、まだファーレンハイトに話してないし。
正直デートに父親がいるのは邪魔で仕方がないが、普段と違う場所にいる父親の話は聞きたくてたまらないので、いつも逃げるタイミングに迷うエマイユ。
「歳の問題なら、俺が、抱いた女の中で、一番しただったのは、13だったけど」
半分眠るように、退屈そうに云う。
が、聞かされた一堂はそれどころの騒ぎではない。
真面目なほうのケスラーは目をむくし、アイゼナッハは沈黙を守ったまま平然とした顔でグラスを落として動揺している。
基本的に感性が芸術家なメックリンガーも僅かに眉をしかめているし、
基本的にモラルが少ないルッツやファーレンハイトも顔を引きつらせている。
ミッターマイヤーは相手が親友なだけにどっちにつこうか迷ったらしいが、はっと気づいて怒鳴った。
「って、お前、それは犯罪だ!!!!」
が、ロイエンタールは聞いていなかった。今にも眠りに落ちそうに呟きを続けた。
「見てくれはともかく、中身はどうしようもないほど女だったぜ?」
その言葉にそれぞれがそれぞれ考える顔になったが、
ひとりエマイユが呆然としながら聞いた。
「相手が13だったとき、あなたはいくつだったんですか?」
「っ!」×全員
 
「お前、だれ?」
「わたし? わたしは・・・」
悪戯っぽく笑う。・・・10歳くらいか?
ミニなスカートに7分のレギンス。パフスリーブ。そのぐらいが俺の語彙の限界。
そして・・・、見慣れたヘテロクロミア。
「わたしは、オスカー」
「ほん、みょう?」
「ともだちはみんなそう呼ぶけど?」
ふにふにと無害そうに笑う少女の意図が知れない。
「お兄さんは?」
「俺は、ラインハルト・フォン・ローエングラム」
しまった。不意打ちつかれたら、口調が「俺」から戻らない。
「ふぅん、貴族なんだ」
明らかに異質なその反応。
「っ! お前、俺のこと知らないな?」
「うん、知らない。ちっとも知らない」
自分だとて世事に疎いとこに自覚はあるが、この少女の反応が異質だとはわかる。
異常だ。
「どこから来たんだ?」
「ここがどこなのかもわからない」
「ここは帝都オーディンの、俺の、ラインハルト・フォン・ローエングラムの元帥府だ」
「お兄さんの?」
「ああ、俺の」
「・・・・・・・・、困った」
眉を下げて、でも、たいして困った風でもないのがおかしい。慎重に少女が続ける。
「多分、わたしの帝都オーディンには、あなたの元帥府は存在してない。いくらなんでも、あなたみたいに若い元帥がいたら、知ってるはずだもの」
そうだ、この宇宙で俺を知らない人間のほうが少ない。多分、極少数だ。
「どこからきたんだ、お前・・・」
「ここがオーディンだって云うなら、フェザーンからだけど・・・」
たぶん、ちがうよね? 困ったように見上げられた。その姿に、ああ、子供なんだと安心する。
迷い込んだ少女。子供・・・
「リトル・アリス。聞いてもいいか?」
「オスカー」
姉が昔読んでくれた物語を思い出す。間髪いれずに反論されたが、
多分、その名は、俺には呼べない。
「その目は?」
「カラコンだよ? かわいいデショ?」
「オスカー・フォン・ロイエンタールとの関係は?」
冷静に切り込んだつもりだったが、
逆に、にこにこしていた顔が鋭くなり、大きな瞳を猫のようにぐるりと回すと上目遣いに見上げられた。
不思議な圧力に心拍があがる。
「・・・・お兄さんのいうさぁ、オスカー・フォン・ロイエンタールって・・・どんなヤツ?」
「どんな・・・? って」
ふむ、困った。
「俺の部下で、歳は31。身長185くらいで、男前で女タラシ。目はお前と同じヘテロクロミアだ」
「これカラコンだってゆったデショ? しっかし・・30? 部下? なんだそれ? 夢にしても・・・変」
んむうーーーー、と、呻り、ひとつひとつ、確かめるように、考えながら喋った。
「お兄さん、もしかして、さあ、世界征服とかたくらんでる? てか、もうしちゃった?」
「!?」
なんだその切り込み方!
「・・・・・世界征服は、たくらんでる。まだ実現はしてないが、かなりきてる」
「へーー、ふーーん、そうなんだ・・・」
一言ごとに、言葉の糸をたぐりよせるように、その顔に理解が広がっていく。
そのカラーコンタクトのヘテロクロミアが喜色に輝きだした。
ニイイィ
「そいつ、多分。わたしの最愛の男だわ」
初めのあどけなさが嘘のような、悪戯全開の凶悪な笑顔だった。
 
そして、ゼーアドラー、の前。
「ところでお兄さん。その男前で女タラシは、独身?」
「ん? ああ、独身。一生結婚できそうにないタイプだな」
手を繋いだまま、少女がどよよん、とすげー残念そうな顔をする。
手を繋いでるのは少女が、「こんなワケわかんないところではぐれたらイヤだもん」とかいったせいだ。傍目からみてロリコンに見えることは間違いない。
「そっかーー、独身か。そうなのか・・・あーあ」
あんしんってか、ざんねんってか・・・
なぜ彼女がオドロ線背負って落ち込むのかがわからない。
「けど、ヘテロクロミアなのね? その男は。オスカーって名乗ってて、ヘテロクロミアなのね? 独身だけど?」
「ああ、ここにいるはずだぞ?」
「そっか。なら、いいや。うん、あけてお兄さん」
ゼーアドラーの扉をあける。
「閣下!」
「どうなさったんですか!?」
いつもどおりたむろしていた部下たちが一斉にどよめく。
そらそーだ。普段こないもんな、俺。
「ほんとう、お偉いさんだったんだ。お兄さん」
「まーな」
珍しそうに、くるくる見回しているフリをしながら、目は、探している。
違う、一番奥だよ。
少女の瞳をまっすぐに見てしまった部下たちが、息をのむのがわかった。
安心しろ、カラコンだから。
しかし、むこうの方が先にみつけたようだ。あたりまえか。
「オスカー・・・?」
オスカー・フォン・ロイエンタールが、心底驚いた顔をしていた。あたりまえか。
・・・いいもん見た。
 
「ほら、本人もそう呼んでるデショ?」
「本名じゃないんだろ? オスカーって」
「本名みたいなものだよ。オスカーって呼ばれた時間のが長いんだから」
少女と会話してる間、ロイエンタールの顔は、呆れから愕然、そのあとで頭痛をこらえる顔になった。こんなに感情を表に出すこの男を見るのは初めてじゃないか?
怒れば怒るほど、無表情になるタイプだったと思う。
「お前・・・、なんでいるんだ?」
「さあ? どうしようか? えっと、オスカー?」
「リィリィでいい」
「麗々。そう呼ばれるのキライだったじゃない」
「そっちじゃない方で呼ばれるわけにはいかないんだよ」
「けど、本名で呼ばれるのもイヤなのね?」
「お前に呼ばれるとイヤな感じだ、「オスカー」」
「しょうがないなぁ、麗々」
「それより、お前、どこから来た? いつからきたんだ?」
「ああ、その聞き方だったら答えられる。えっと、宇宙暦・・・っ。あれ? あれれ?」
「どうした?」
「日付が、出てこない。すぐ取り出せるトコにあるのに、なんか、引っかかってるみたいなカンジ」
「んじゃあ聞き方変える。今日何があった? 最近なにかあったか?」
「えっと、今日の昼ご飯は、冷やし中華で・・・朝顔に水やってたら、お前に頭っから水ぶっかけられましたよ? 笑いながら」
「そんな日常茶飯事聞いちゃいねえんだよ、バ・カ」
「あーー、えっと、先週できたばっかりのプールに行ったよ。北区のラグナっていう」
「ああ、あの時か。ならわかる。そのあととなると・・・多分、お前が熱中症で倒れた日だな」
「えーーー、マジで? ショボいことやってるなぁわたし」
「その日なら思い出せる。たしか、大分寝てからおきた。変な夢みたっていってたな」
「ふぅん、じゃあ、あんまり心配しないでいいんだ? 今のわたしって、夢か幻的なもの?」
「俺が夢かもしれないぞ? ちなみに、熱中症で倒れた原因は、寝不足だ。寝室に本、持ち込み禁止になった」
「うげっ」
私に死ねと? と、少女が言えば
「自業自得だ、バカ」
と、淡々とロイエンタールがかえす。
一人が成人男性で、一人が幼い少女だとは思えない、自然な会話だ。(若干内容が残念だが)
「ん、まぁいいや! こんな面白い夢そうそうないしね! 30すぎた麗々なんて最高じゃん! うひゃぁ、カッコイイ! お前40すぎたら、絶対ド・ストライクだし」
「遠大な計画だな、お前・・・」
「そーゆーの光源氏計画っていうんだっけ?」
「一言突っ込んでいいなら、・・・大分違うだろ」
「てか、軍服似合うーーー、アハハハハ!」
「笑ってる時点で似合うと思ってないだろ」
「いやーー、貴族っぽくて悪くないと思うけど? けど、その格好でフェザーン帰ったらテロがおこる」
「まったくだな」
「いや、けど、ホント、さっきあのお兄さんにきいたよ。なんでお前が軍人やってるのか、わかった」
「・・・・・・・・・・、一応な、お前は俺の、最愛の女なんだよ」
「やったぁ、愛されてるなあ、わたし」
ワリコメナイクウキってこいういうのを云うんですね。
よっぽどの覚悟がなきゃわり込めないな・・・と思ったら、
いたよ。猛者が。
さすが双璧と謳われる俺の部下だ。
「だれだ、その女の子!!」
怒鳴り声に少女が目を上げた。ミッターマイヤーが怯む。
ああ、怯むよ。あのヘテロクロミア(カラコンだけど)をまっすぐ向けられたら。
「わたしは、オスカーよ」
少女は、ミッターマイヤーの瞳の中の、友を案じる心に気づいたのか、まっすぐに、誠実に答えた。ように見えた。
「けど、この・・・コレが、ヘテロクロミアと自分が嫌いでたまらなかったころのことね。だから、夢なのよ。わたしのことは気にしなくて大丈夫。夏の夢は魔法なの。何かの間違いの悪戯なのよ」
「・・・・お前、オスカー、何しようとしてるんだ?」
「言・霊・呪・法!」
「いい笑顔で、自信満々に何断言してやがる」
「云ったら信じるかと思って。麗々が寝てから、枕元で「わたしを好きになりますように、他には見向きもしませんように」って云い続けたら、なんとなく叶ったし、もしかしたら効くかなぁ、と」
「って、効いてたまるか!」
「結構きいたよね?」
「それは・・・・・・・・、俺の自己責任だろ。俺の女の基準の、「スタンダード」をお前に設定したあたりで、失敗だ」
「やったぁ☆ わたしの人生、勝ったも同然だね」
「まあ、どっかで一人寂しく生きてるんだろうけどな」
ぐさっ と刺さる音がした。
「んじゃあ、お前は一人じゃないの?」
「そうだな、毎日結婚しろ結婚しろっていう友達はいるしな」
「結婚しないの?」
「お前以外とか?」
「効いてるなぁ。刷り込み」
「不本意だが、認める」
「あの、ちー様、じゃなくて、ロイエンタール提督、さっき云ってた13歳の女の子って、もしかして・・・」
「ああ、コレだ」
「ちょっと、麗々! 女の子にそんなそっけない言い方しちゃいけません!」
「どっちなんだよ! あいにく、お前以外の女に興味なくてな!」
「んーーー、でも今のいい方はなんとなく、失礼だったような・・・」
と、少女が、ファーレンハイトの恋人にあやまった・・・が、少女が変な顔をした。
「あなた、もしかして・・・」
くるり、とロイエンタールに向き直る。
「ねえ、この子、エマイユって名前?」
「・・・、わかるのは、いい。なんで知ってる?」
「未来観光ってスバラシイわ!!!」
猫科の動物のように、ヘテロクロミアがギラリと光る。怖い。
「いい! 宇宙の片隅に独りでもいい! わびしく歳くってもいい! 生涯独身で孤独死でもいい!」
ふるん。と黒髪が馬のしっぽのように揺れた。
「地獄に落ちてもいい。神がいなくてもいい。なんでも許す。わたしってば幸せ!」
ぴょんぴょん。体重がないように軽やかに撥ねた。
「ありがとう、リィリィ! 大好き。宇宙イチ大好き! 愛してる!」
「・・・・・・・・なんとなく、釈然としないが・・・まぁいい。そのせいでお前と大喧嘩したんだけどな」
「大喧嘩してもいい。わたしを幸せにしてくれた」
「俺の幸せはどこだよ?」
「わたし」
「はぁ!?」
「わたし、生きてるんでしょう? それがお前の幸せ」
「ずうずうしいにもホドがあるぞ」
「待ってる。今のわたしも、多分待ってる。この戦争が終わるまでは、お前が結婚するまでは、お前が・・・軍をやめないうちは」
「さぁ。どーなるかな」
「どこにいても、何をしてても、お前を愛してる」
「・・・・・・・知ってる。俺の幸せとはあんま関係ないけどな」
「だから、大丈夫だって。わたしが、お前を愛してるから。大丈夫。大丈夫だって」
 
 
次の日。
誰も、その日見た夢の内容を覚えていなかった。
誰もが、はれぼったい目をして、眠気と戦いながら、
変な夢をみた。
それだけを覚えていた。
「まぁ、熱帯夜が続くからな。身体は大事にするといい」
といったラインハルトも眠そうだった。
冷房がどうこういう問題じゃない。鍛えられた軍人ですら、そとの気温に体力を消耗するのだ。
「閣下、昨日ゼーアドラーにいましたっけ?」
「いや? あそこにはあまり行った覚えがない。けど、なんだか、行った気がするのは、気のせいか?」
もしかしたら、昨日の運転手に聞けば、あの少女は誰ですか?
ということくらいは、聞けたかもしれない。
 
エマイユも、
「なんだか、いい夢をみたような気がする」
と、首をかしげていた。
まっすぐなヘテロクロミア。けど、とうさまってあんな風にしないよね?
あれ? あんな風ってどんな風?
エマイユは大きくあくびをした。
 
そして「オスカー」と呼ばれた少女は、
カラコンつけたまま寝てしまったので、少年にガミガミ怒鳴られたあげく、
「なんかすっごいすっごい面白い夢みたよーーーv」
とニコニコ笑っていた。
朝から二度寝している。
 
そして、宇宙のどこかでは、
夢など全くみていない、黒髪の魔女が、寝汚く三度寝していた。
 
夢でなかったのはただ一人。
妖精の魔法は、彼の捻くれた瞳には作用しなかったらしい。
ヘテロクロミアは自分の手のひらをみていた。
夕べの会話を思い出す。
『今のわたしも、多分待ってる』
「待っててくれるなら・・・、もうすこし、やってみるかな」
諦めきれないのなら、
諦めることはできないのだ。
懐かしい。
フェザーンをスケボーに乗って駆けずり回っていた、少女。
今はもうない面影を思う。
「オスカー・・・」
 
いつか、また、どこかで

 

端切れシリーズその3
思いっきり番外編テイストですが、どれの番外編だかがわかりません。
多分、どっかのそそっかしいダットン人の矢よりもはやい妖精がなんかしたんだと思います。
熱帯夜には幻覚くらい見てもいいと思います。
 
良い夏を
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