伝統的同人展開。

朝起きたら・・・ヤン・ウェンリーは女になっていた。
 
「んーー、けっこうナイスバデ。・・・疲れてるのかな? 寝直そ」
が、なかなか眠れない。ということは?
「夢じゃ、ない?」
流石に困った顔で、大変可愛らしく首をかしげた。
 
「へーー。それじゃ、今の私は完全に女だと?」
「四方八方どこから照らしても女性です」
あまりのことに、まだ口がきけないでいる幕僚一同をよそに、平然としたヤンが現実主義の上に超がつく、軍医に問う。彼もまた滔々とこれに答えたため、沈黙は痛いほど広がった。
「冷静だね、軍医どの」
「起きたことに騒いでも仕方ありません。原因も戻し方も、今のところさっぱりですし」
「私も軍医どのに賛成、かな。騒いでどうなるものでもないだろう。いや、ない「でしょう?」」
部下の心の安寧をどこまでも阻む、可愛らしい女言葉だ。やめてくれ。
「何かお気づきの点はありますか? 閣下」
「そうだね、身長が少し縮んで、その分髪が伸びたかな」
「女性と男性では骨格が違うので、体重にも多少差があります、が、割合的にはたいして変わっていませんね。もう少し増やしてください」
「脂肪はあるじゃないか。胸に」
「一般的に、貴方のような方を痩せぎすというのです」
「ふむ」
軍服に着替えたときに、邪魔だった胸と、あまった裾を思い出し、長くなった髪をくるくるといじってみる。かなり伸びた。肘の辺りまである。
「いつまでその姿でいるかはわかりませんが、長時間にわたるのでしたら、不便も多いでしょう。その時はグリーンヒル大尉、貴方が気をつけてあげてください」
「はい?」
「たとえば月の障りとか」
これには一同ハッとして顔をあげる。ヤンも例外ではない。
「ならば、私に、子宮があると?」
「ありますよ。申しましたでしょう? 今の閣下は完全に女性だと」
「もしかして、妊娠も可能なのかい?」
「生命の営みは今もって不可思議な点もございますが、閣下と同じ年頃の女性が可能であるぐらいには、可能だと思われます」
「うっわぁ」
「そうですね、いつ元に戻るかわからないということを除けば、難しいことではないでしょう」
状況についていけずに驚きが飽和点に達した幕僚らは・・・キレた。
「はっはっは! よかったじゃないか、似合ってるぞヤン!」
「引き攣ってますよ、キャゼルヌ先輩」
「その姿、ラップ先輩がみたら、さぞ、さぞ・・・どうなるんだろう?」
「遠い目をしないでくれないか、アッテンボロー」
「閣下」
「グリーンヒル大尉、その期待に満ちた瞳は何かな?」
「お買い物に行きましょう!是非!」
「まぁ、今日は何も出来ないだろうから。それもいいかな」
今日のヤンの予定はお人形に決定。
「この手のパターンとして、一日寝たら元に戻る場合もある。また明日にしよう。とりあえず解散」
さりかけた軍医に、ヤンはもう一度確認した。
「妊娠できるんだね?」
「はい。可能だと思われますよ」
至極冷静に点頭する。その返答に美女と化した司令官はなんともいえない微笑を浮かべた。
「それは面白い」
「おやおや、閣下。お子様が欲しいのでしたら小官がいつでもお手伝いいたしますのに」
誰の予想も裏切らずにシェーンコップが方目を瞑り、ヤンは珍しく余裕で返した。
「いいや、別に私の子どもが欲しいわけじゃないんでね」
一瞬、ヤンの瞳が赤く染まった気がしたが、誰も皆気のせいだろうと誤魔化した。
 
『一晩寝ても戻らないみたいなんで、ちょっと行方不明になります。一年ほど戻ってこないので、あとヨロシク              ヤン・ウェンリー』
「「「「「ンな馬鹿な!!!」」」」」
現実は悲しいほどご都合主義だった。
 
20日後、帝国首都・オーディン
 
ピンポーーンピンポンピンポンピンポーーーーン!
15秒後、血相を変えたロイエンタール家執事・ロベルト・シュライヒャーは、主の部屋に駆け込んでいた。
 
「ヤン・ウェンリーか」
「先が見えない戦いだな」
「まぁ飲め、ミッターマイヤー」
「もう飲めんよ。俺は卿みたくザルじゃない」
「ザル? 俺の古い知人はそれこそザルだったが」
バタバタバタバタバタ
「騒がしいな?」
バタバタバタバタバタ バタン!
「ロベルト、お前か!? 一体何があった」
「そ、それが今、玄関に」
年のクセに全力疾走したせいで、息を切らせながらロイエンタールの耳元に口を寄せる。
「それが・・・」
ガタっ!
ロイエンタールは無言のまま椅子を蹴立てて立ち上がると、ミッターマイヤーには目もくれず、一目散に部屋を飛び出していった。
 
ロベルトに「やあ、久しぶり」と挨拶した瞬間にすっとんでいかれて、楽しそうにロイエンタール家の玄関を眺めていた美女は、出てきた幼なじみに嬉しそうに微笑んで見せた。
「元気そうでなにより」
その華がこぼれるような笑顔を意にも介さずロイエンタールは屋敷中に轟く怒声で雷をおとした。
「お前、何やってるんだ! こんな所でっっっ!!!」
キィーィーィーーーンン
「お前、今の私の姿を見て、最初に言うことがそれか? 他に、もっと別に云うことがイロイロあるだろう」
「煩い! それは別に驚く! 次に! 仕事は! お前!!」
文章になっていないが、ヤンは余裕の笑みであっさりと答えた。
「放り出してきた」
「な、何考えて・・・」
「それぐらい察しろ」
ニヤリと笑った美女だったが、手で制すると後ろに呆然と立っている人物に優しい笑みを向けた。
「夜分に騒がせてすみませんでした。お客様ですか?」
ロイエンタールを心配して、ついてきたミッターマイヤーだった。「もしかして」と美女が続ける。
「ミッターマイヤー閣下ですか?」
「あ、はいそうです。えっと、じゃ、俺帰るよ。ロイエンタール」
「ああ、悪い。頼む。あと何分正気でいられるか自信がない」
「大丈夫ですよ、ミッターマイヤー閣下。私がついてますから」
「それが原因だ、それぐらい察しろ」
険悪な雰囲気になりかけたそこへ、ロベルトが控えめに声を滑り込ませる。
「長旅でお疲れでしょう。お湯を用意させていただきましたが」
「ひのき風呂?」
「なんで知ってる!?」
「え、ただゆっただけじゃん。ホントに総桧なの? ありがたくお風呂いただくよ。心遣いありがとう、ロベルト」
「俺の風呂だ」
「(無視)ああ、ロベルト。私の荷物はロイエンタールの部屋に放り込んどいてくれればいいから」
「お前泊まってく気か!?」
「当然だろう? 湯冷めしちゃうじゃない」
これ見よがしに女言葉だ。
「勝手に湯冷めしろ」
先導するロベルトについていこうとしたヤンだが、ふり返ってにやりと笑う。
「いっしょに入る?」
「拒否する。お前を殴らずにいる自信がない」
「じゃ、待っててね♪」
神経を逆なでする悪魔侯爵の笑み。
「一つ云っておく。俺の部屋には鍵がついてる」
「久しぶりに会った最愛の幼馴染みを締め出そうって云うの? ひっどぉ〜〜いぃ」
「・・・・・・・・・・・。死ね」
「今、本気で云ったな。コンチクショウ」
そういって謎の美女は部屋をあとにした。
「おい、ロイエンタール。今の美女は?」
「最愛の幼馴染みだ。俺の」
「ジョークじゃなかったのか?」
「事実は否定できん」
やたらと複雑そうな顔でロイエンタールが云う。
「あした、仕事いって言い触らしてもいいか?」
「好きにしろ。どうせ噂になるだろうし・・・しばらく居座るつもりだな、あの「フラウ・ロイエンタール」は」
この軽口に爆発したミッターマイヤーは、「じゃあな!」と叫んで凄い勢いで家に帰っていった。背中に「はやくエヴァに話さなくては」と文字が浮かび上がっていた。
ミッターマイヤーの去った玄関ホールで、ロイエンタールは一人ため息をついた。
「どうやって来たんだ、あのバカ・・・」
 
いきなり女になって現れた幼馴染みの、「なぜだかしらないけど、朝起きたら女になってたの(はあと)」という甚だ気の抜ける説明に脱力した割には、
「はじめてなんだから、優しくしてねv」
「お前の初めての時は、優しかっただろうが。それなりに」
「それなりに」
という甚だ頭の悪い会話の後、本当に女だったことをしっかり確かめ。
抱き心地の良さにまた凹む。というまたなんとも不毛なやり取りを経て、
朝なので、げんなりしながらも元帥府に出勤した。
とたんに同僚の馬鹿一同に囲まれる。
ミッターマイヤーはあれから時間もかまわず同僚に電話しまくったらしい。
「ち、夢じゃなかったか。やっぱり」
誰しも「夢」という美しい言葉にすがりたくなるときもある。
だが、朝起きたらその「現実」がなんとも平和的な顔でクークー寝てたでしょ?
ウンカのごとく付きまとう一同に、とってもとっても投げやりな気分になっていたロイエンタールは、一言で逃げた。
「今度紹介する」
しかし、この蜂の巣をつついたような元帥府の大騒ぎは、ロイエンタールを仕事(げんじつとうひ)に没頭させてはくれなかった。
元帥府の主から呼び出しがかかったのである。ミッタン、ハルチにまで電話したのかよ。
(たのむ、俺を放っといてくれ・・・)
非常に珍しいことに、ロイエンタールは凄く泣きたい気分だった。
 
「みたい」
「・・・・・・見たいと申されましても、閣下」
「見たい。見たいったら見たいぞ。ロイエンタール」
「・・・・・・・・」
子供に文句を言っても無駄なことをロイエンタールは本能で知っていた。
「あれは長旅で疲れておりますので、落ち着いたら紹介いたします閣下」
一瞬ロイエンタールは、本気で辞めてやると思った。
 
かくして一週間後の晩、「紹介」の中で一番無視できない、かつハードルの低いミッターマイヤー夫妻の夕食に、ロイエンタールと揃ってご馳走になりに来た。
「ええ。本当は男なんですよ。ある日起きたら女性になっていて。名乗ろうにも男の時の名前しかないものですから、何か可愛らしい女性名でもつけてくださいますか?」
「まあ、ふふふ」
呑気に笑っているミッターマイヤー夫人が恨めしいロイエンタールである。
本当のことを言えばいうだけ冗談になっていくので、ロイエンタールには浮かぶ瀬が無い。
「では、フラウ・ロイエンタールと呼ばせていただいてもよろしいですか?」
その邪気の無い言葉に、くるりと振り向いたヤンが意地の悪い勝ち誇った笑みを「夫」に向けた。
そんなささやかな攻防に気づかないミッターマイヤー夫妻は「ええよろこんで」と微笑む優しげな女性に、非常に好感をもった。
 
昼に招かれたラインハルトの茶会でも似たような問答があったあと。
ビッテンフェルトのからかいににっこりと笑って答えたものだ。
「フラウ。あなたのご主人は相当なウワキモノだろうに」
「それがどうかしました? 愛しているのは私だけなんですもの。特に問題もありませんでしょう?」
そういえばヤンにも貞操観念というものが無かった。ロイエンタールと同じく。
 
二ヵ月後。
「で、どんなものだ? 新婚生活は」
結婚もしていないのに、結婚したことになってるらしい。誰に文句を言えばいいんだ。と思いながらコーヒーを飲んでいたが、ニヤニヤ笑う親友に、一応真面目に答える。
「まあ・・・普通だろう。こんなに長い期間いっしょにいるのは初めてだからな。それが未だに慣れない。別れの日までの日数を数えておびえているしかなかったからな」
「・・・・・・、本当に仲がいいんだなぁ」
「なんだ?」
「俺は正直信じられなかったんだ。あんな優しそうな美人があらわれて。お前の恋人だといって。お前もまんざらでもなくて」
「俺が奴を愛していて、奴が俺を愛しているのは確かだ。
 しかし、一番信じられんのは俺のほうだ。二度と会うことはないと思っていたのに、しかも」
(女になって)
とはとても云えないが。
「まぁ俺は安心してるよ。今のお前は・・・いい男だ」
「前からだ・・・・と、そういえばあいつのことだが」
カップを置いて、ロイエンタールがこともなげに言う。
「妊娠したらしいな」
何気なくいたベルゲングリューンとビューローの手から物が落ち、ミッターマイヤーは目をあけたまま昏倒した。
 
「おかえりなさい。あ・な・た(はあと)」
「今すぐその気色悪い冗談やめろ」
「え? 裸エプロンがよかった? けどあれって団地妻限定アイテムなんだよなぁ」
「短い付き合いだったな」
きびすを返して出て行こうとするロイエンタールを慌てて引き止める。
「あ、まって、ごめん。冗談」
「いっぺん死んで来い」
「お前本当に私のこと愛してる?」
「愛しているとも。山よりも深く、海よりも高く」
「・・・・・・海抜零メートル?」
「気のせいだろう」
断じて気のせいではない。
「医者には行ってきたのか?」
「うん、本当に妊娠してた」
「・・・・・・・」(はんしんはんぎ)
「・・・・・・・」(はんしんはんぎ)←じつはこっちも。
「狙ってたよな、お前?」
「うん。じゃなかったら仕事と仲間放り出してここまできてないよ」
二人の間に火花が舞った。喧嘩の始まる前兆だ。
「良かった」とロベルトは思った。共に暮らし始めて何度目かの喧嘩だろう。
それでもロベルトはそう思った。
喧嘩ができるのも共にいればこそだ。
というわけで、ヴィルヘルミーナが生まれてくるのはもうちょっと後である。
 

 というわけで、子供部屋に出てくる没キャラミーネちゃん出生の秘密。
 あそこに出てくるロイヤンの子供たちの中で、ロイヤンの子供じゃないのって、実はミーネちゃんのお兄ちゃんのウチの一人だけ。という末期さ。
 特に続かない予定。
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