[プロローグ]

 

 

 

「きれー……」

「ああ。ロイエンタール元帥ですね」

「世の中には、こんな綺麗な人がいるんだね」

「いちおう、敵国の元帥なんですけど」

「でも、綺麗なものは綺麗。そういう素直な心を忘れたくはないよね」

「……ま、確かにロイエンタール元帥はハンサムですけど。でも、敵を褒める時は煩い人がいない時だけにしてくださいね」

「はあい」

 

 

 

 

 

バーラトの和約成立後、銀河帝国軍務省に「対外政策顧問」という新しい役職が設定された。

銀河帝国に「外」はない。よってあからさまに名誉職。

名目だけのその役職に就任したのは、同盟軍最後の元帥ヤン・ウェンリー。

彼女が事実上、その大きすぎる武勲とカリスマ性を疎んじた同盟政府に売り飛ばされたということは周知であったし、本人も自覚があったので、なるべく目立たずひっそりと、余命を消費するように日々を過ごしていた。

つもりだったみたいだけど、実際はそうでもなかった。


[1]

 

 

 

「そんなに面白いか」

「面白くなどありません」

今日もヤンはロイエンタールをみつめている。

「幸せなんです」

「そうか」

「そうです」

頷きながらも視線はロイエンタールの顔から外れない。

「それは良かった」

「はい」

お昼時の名物となっている、この2人。

「ロイエンタール元帥は、どうして毎日ここへいらっしゃるのですか?」

「おまえが俺を見たいと言うからだ」

ロイエンタールはヤンを桜色に染め上げるのが得意だ。

「そうですか」

「そうだ」

今日も愛らしく頬を染めて綻んだヤンの顔を撫で、肩に流れる髪を梳く。

「嬉しいです」

「そうか」

こそばゆそうに僅かに肩を竦めながら、ヤンの視線は尚ロイエンタールに釘付けだ。

「それは良かった」

そんなヤンを見て、ロイエンタールは口元だけで小さく笑った。

 

 

 

ヤンは執務室が窮屈なのか、元帥府の広い芝生でピクニックよろしく昼食を取っている。

雨が降っている時でも出かけて行く。どこかに良い木陰をみつけられたようです、とは彼女付きの秘書官の言だ。冬になったらどうするのかが、現在のトトカルチョのネタらしい。

たまたま通りがかったことが切っ掛けだったが、それ以来ロイエンタールは昼食時になるとヤンを探して芝生をうろついている。

「毎日毎日、よくもまあ飽きもせず」

「ヤン顧問はロイエンタール閣下を、余程好いておられるのですね」

ヤンは食事にはロクに手もつけずに、ロイエンタールをみつめている。おかげでそのほとんどはロイエンタールの胃袋に収まっている。最近きちんと昼食を取るようになった上司に、副官をはじめ周囲は大喜びだ。これは、自分たちが昼食に出られるようになったことが含まれている。

「ロイエンタールも満更でもないようだな」

それ以上の行動に出る様子もないヤンを、奥ゆかしいと見るか奥手と見るか判断は分かれるところだろうが。

相手があの唐変木ではヤンも気の毒なことだと、ミッターマイヤーは思う。いっそ、ロイエンタールにヤンを押し倒せるほどの甲斐性があれば良いのだが。そう簡単にいかないのも世の常であるわけで。


[2]

 

 

 

「そんなに俺を見ていたいのなら、一緒に暮らすか」

「そっ」

「そ?」

ヤンは、ぶんぶんと音がしそうなくらいの勢いで頭を横に振っていた。

「そそそそそそんなことっ」

「気にしなくていいぞ。部屋なら腐るほどある。家の者も暇を持て余している。俺もおまえとならば、一緒に暮らせると思う。一生面倒見てやる程度の財産くらいあるし」

「め、滅相もないことですっ」

「……嫌か?」

「とんでもない!」

ヤンの顔が真っ赤になっているのは、頭を振りすぎたせいだろうか?

「なら、どうして『はい』と言わない?」

実は、少し失望していたり。

「わ、わたしは……」

「ウェンリー」

「はい。って……う、うぇ?」

「楽しいか」

今のままで。

「はっ、はい」

今度はかくかくと頷くヤンを見て、ロイエンタールは少し不安になった。さっきから、動きが人形みたいだ。

けど。

「そうか」

それでも視線は自分に固定されたままだし、頷くのをやめて笑いかけてくれるし。

それに。

「こうしているのが、今の私の、最高の贅沢です」

今朝方、みつめられるだけでは物足りないことに気がついてしまったロイエンタールにとっては、面白くない回答だったが。

「……そうか」

そんな笑顔で返されては、流石の唐変木でも返す言葉はみつからなかった。

 

 

 

「↑なことがあったんだが、俺はどうすればいいと思う?」

そんなことは、自分で考えて欲しい。

とは、親友思いのミッターマイヤーは言えなかった。

「とりあえず、俺は陛下のところへ行ってくるから考えておいてくれ」

「陛下の?」

出兵……はないだろうが、わざわざ元帥を個人的に呼び出す用件とは?

「よろしく頼む」

「……努力してみる」

部屋を出て行くロイエンタールを扉が隠してから、ミッターマイヤーは気がついた。

「って、おまえは一体どうしたいんだ?」

↑はどこからどう聞いても、プロポーズだってことには気がついて……いないだろうな、アレは。

 

 

 

「最近、ヤン・ウェンリーとよく一緒にいるようだな」

同じ行為でも、人によって随分違うものだ。

今、自分をまっすぐみつめているアイスブルーの瞳。時に切り裂かれそうな鋭さをもって、その存在を誇示する。その圧倒的な意思の強さに確かに惹かれ、魅了され、今の地位まで引き上げられた。

「昼食時だけですが」

ヤンは違う。力も意思も感じられない。ただ其処にあるだけ。なくなって初めて気づくほどの儚さで、差し伸べる手を待っている。気づいてしまえば、かかわらずにいられない。求めて欲しい、自分の存在を。俺自身を。

「そうなのか? 仲が良いともっぱらの噂のようだが?」

「仲が良いとはどのような状態を指して言うのか良く分かりませんが……」

ふとロイエンタールは考える。自分は何故、わざわざヤンと昼食をとるために時間を作っているのだろう。出かけてゆくのだろう。見つけられないとムカついてついそこら辺の木を蹴り飛ばしたらヤンが落ちてきて思わず笑ってしまったのは、どうしてなんだろう?

「どうだ、ヤンは」

どうだと言われてまた考える……そういえば。

「よくあんな雀の涙程の食事で体がもつものだと感心しております」

今日は林檎しか食べていなかった。

「……」

いや、そういうことを聞きたいわけじゃないんだ、ロイエンタール。

ラインハルトは今更ながら、双璧の片割れがかなりの天然素材ではないかと思い始めていた。

「ヤン・ウェンリーとのお食事をご希望でしたら呼んでまいりますが」

「いや……ああ、そうだな……」

 

 

 

「ヤン顧問」

「ベルゲングリューン閣下」

いつものように芝生で食事を広げていたヤンの元へ、ロイエンタールの副官が駆け寄った。

「今日はロイエンタール閣下は来られない」

「そうですか」

見上げてくる瞳の果敢無さは、すぐ消えてしまった。

「わざわざお知らせくださってありがとうございます」

「陛下のお召しで断ることができなかったのだ」

「そんなにお気を使っていただかなくても。お約束いただいていた訳ではありませんし」

それでも、2人が毎日昼食を共にしていることは周囲の知るところであったし、そんな彼らを微笑ましく見守っている者が多いことも事実だった。

「もしよければ、こちらで食事を用意するようにとのことだが」

「いいえ」

風に乱される髪を押さえながら、ヤンはベルゲングリューンに笑顔で返した。

「ありがたいお言葉ですけど、遠慮申しあげます。私はここで芝生の匂いを嗅いでいるのが気に入ってるんです」

「ヤン……」

「ロイエンタール閣下にヤン・ウェンリーがお礼を申しあげていたとお伝えください。お心遣いに感謝いたします、と」

「分かった。風邪など引かないようにな。今日は風が強い」

「ありがとうございます」

その笑顔はロイエンタールに向けられるものと変わりないようにも見えたが、何故か痛々しい印象をベルゲングリューンは抱いていた。


[3]

 

 

 

ヤンが独りで昼食を取る姿に、周囲もだいぶ慣れた頃。アレックス・キャゼルヌがやってきた。

来年よりバーラトの和約成立の日を記念日とし、その式典開催の打ち合わせのために元帥府に招かれたのだった。

 

一通りの挨拶を済ませたキャゼルヌがヤンの執務室屋にやってきたのは、午後のお茶の時間の少し前だった。

秘書官にキャゼルヌの来訪を告げられたヤンは、心なしか軽い足取りで応接室のドアを開けた。

「先輩! お久しぶり……」

ニコニコニコニコ……と満面の笑顔のヤンを見て、キャゼルヌの眉が跳ね上がった。

「この、バカたれ」

いきなりヤンの頭をポカリと殴る。秘書官は目を丸くしていた。

「痛あ?い」

頭の天辺を押さえたヤンは涙目で蹲っている。

「ひーどーいー。久しぶりに会ったんだから、もっと可愛がってください!」

「おまえは、なにをやってるんだ」

「なにって、対外政策顧問……」

「今日の昼飯、何食った?」

お昼は、え?っと。

「ビッテンフェルト閣下にいただいたテリーヌを一切れ」

「ゆうべは」

「赤ワインとチーズ」

「昨日の昼は」

「えっと、オーベルシュタイン閣下にいただいたシュークリーム?」

ひとりで暮らしていた頃よりも酷い。それに何故疑問形? 俺が知るわけないだろうが!

「ヤン!」

「はい!」

「おまえは俺がいくら言っても……そんなに北京ダックになりたかったんなら早く言え!」

「嫌です、北京ダックなんて!」

「そうでもしなけりゃ飯も食わないくせに! そんなに痩せた姿見せられて俺が黙って帰ると思ってんのか!」

「痩せてなんかないです!」

「指輪はどうした? 見せてみろ」

ヤンがこちらへ来ると決まった時、ヤンと子供たち、キャゼルヌ、アッテンボローの5人でお揃いで作った指輪。

「落とすといけないからチェーンに通してネックレスにしてます」

ほら、と首にかけていたネックレスを引き出して見せる。それには、以前から持っていた両親のマリッジリングとあの指輪がかかっていた。

「どうして落とすんだ?」

「緩くなっちゃって……あ」

かまかけやがった、この先輩。

「緩く、だと」

「いや、その、やっぱりちょっと痩せたかな?なんて」

「っざけんな! 5号だぞ! 5号の指輪が緩くなるたあ何事だ!」

「だって、こちらはお酒がおいしくて」

「言い訳になっとらん! 俺たちがどんな思いでおまえを送り出したのか、あの子らがどんな思いでこの指輪を贈ったのか分からないのか!」

涙を懸命に堪えた子供たちからヤンを引き離すのは、力よりも精神的に辛い仕事だった。

ヤンが忘れているはずはない。それは理解しているものの、言わずにはいられなかった。

「……ごめんなさい」

「まったく……」

俯いてしまったヤンの頭に今度こそ優しく手を置いて、キャゼルヌは思う。

分かっている。心安らかでいられるわけもない。なにしろ、ついこの前まで敵として戦っていた相手の懐へ単身乗り込んだのだ。

しかし、それだけではなかったはずだが……。

 

座り込んで繰り広げた怒涛のような応酬を小休止した2人の間に、すっとティーセットが乗ったトレイが差し出された。

「お、お茶ですっ! どうぞっ!」

秘書官がずっとお茶を出すタイミングを狙っていたのだった。

「あ、ありがとう」

「すまないね」

両脇から微笑まれて、まだ年若い秘書官は顔を赤らめた。

「あの、ひとつうかがってもよろしいですか?」

「なにかな?」

「『ぺきんだっく』ってなんですか?」

 

 

 

 

 

「アレックス・キャゼルヌという人物は、ヤンの先輩に当たるそうだな」

「……そうなのか」

「士官学校の先輩だそうだ。ヤンも久しぶりの知己に会えて嬉しいだろう」

「……そうだな」

天気はいい。コーヒーも良い香りだ。仕事も順調。

それなのに、向かいのソファにどかりと腰掛けているロイエンタールが憮然としているのは、一体どうしてだろう。

なんとなく予想がつくが、わざわざ教えてやる必要もあるまい。

しかしまあ、いきなりじゃかわいそうだから、ケツに火ぐらい点けてやるとするか。これも大人への第一歩だ。

ミッターマイヤーはロイエンタールに対すると、まるで兄のような心境になる自分に胸の内で苦笑した。

「ヤンも仲間の元へ帰れるかも」

カップを口元へ運ぶ手が止まる。

「……どうして」

「軍の解体ももう少しで片がつくと言っていたからな。恩赦ということも有り得るだろう」

コーヒーを飲み干すその体が強張ったことに気がつかないミッターマイヤーではなかった。

「もしかすると迎えに来たのかもしれないな。彼が帰る時、ついでに持って帰るかもしれない」

金銀妖瞳がギラリと強い光りを放つ。おー、怖。

「キャゼルヌ中将とヤンは家族ぐるみの付き合いだそうだし」

ロイエンタールは、空のカップをみつめている。

「今頃2人で家族の話でもしてるんだろう。ヤンは里心がついても口には出せなかっただろうからな。さぞや嬉しかろうよ」

カップとソーサーが派手な音を立てる。

よしよし。

「おまえはヤンをどうしたいんだ?」

「俺は……」

みつめられるだけでは物足りない。では、なにが足りない?

「触れて、抱きしめて」

「……ああ」

「キスしたくないか?」

「……したい」

「おまえはヤンのことが好きなんじゃないか?」

ここまでくると、とミッターマイヤーはヤンに同情を禁じ得ない。彼女は自分の感情を自覚している。だからこそ、みつめる以上のことをしなかったのに。

「俺が、ヤンを」

「本気でそう思うのなら、ヤンにそう言ってみるといい。きっと良いことがあるぞ」

「失礼する」

「ああ」

扉が壊れたかもしれないことは、不問にしておいてやろう。

そのかわり。

「むざむざ連れ帰られでもした日には……」

覚えておけ。

[4]

 

 

 

「──とまあ、北京ダックはおいしいけど残酷な食べ物で」

「美味いんだがなあ。子供たちに見せられないな、アレは」

「そうなんですか。一度食べてみたいです。あ、ところでその指輪は? いつも服の上から触ってますよね」

「これはね……」

 

床に座り込んだヤンとキャゼルヌとヤンの秘書官の3人が、お茶と雑談をほのぼのと楽しんでいる時だった。

壊されたかと思うくらいの音を立てた扉に顔を上げた彼らの目に入ったものは……

「ロイエンタール閣下」

無表情で佇むロイエンタールだった。

「どうかなさいました?」

ロイエンタールは見てしまった。ヤンの指に指輪をはめるキャゼルヌを。その指輪を愛しげに撫でるヤンを。

「閣……下……?」

憤怒、とまでは言わないがえらく不機嫌そうな雰囲気にヤンは戸惑う。

ロイエンタールは揺れる瞳で自分をみつめるヤンの腕を取って立たせると、その体を抱きすくめた。

「……って、おい」

「わあ……」

ヤンの恋心を知るキャゼルヌと昼食のツーショットを知る秘書官ではあったが、いきなりの目の前での抱擁に気が動転しないはずはない。

「やだっ、離して!」

「嫌だ」

「離してってば」

ヤンにしては珍しい激昂した様子にも動じない。暴れる体を押さえ込むように更にきつくヤンを抱きしめるロイエンタールの腕は、何かを覚悟してきたかのように力がこもっていた。

「どうして? 俺はこうしていたい。おまえを離したくない」

「……顔が見えない」

抱く手は緩めたものの、逃げられないように腕は掴んだままだ。骨ばった感触に眉を顰めながらもロイエンタールは身を屈め、ヤンの顔を覗き込んだ。

「いくらでも、好きなだけ見せてやるから。おまえは俺から離れるな」

「……」

「おい!」

無言でみつめ返すだけのヤンに焦れたようにロイエンタールは声を荒げた。

「私は遠くから見ているだけで十分……」

「俺は足りない!」

「いや…」

「全然足りない。見られているだけじゃ足りないんだ。こうして触れて抱いて」

「やめて」

「俺はおまえが好きなんだ。……と思う」

「私は……触れたくない」

「ウェンリー」

「見てるだけでいい」

「どうして」

「触れたら離したくなくなる。手に入れなければ失わずに済むもの。失う予感に怯えなくて──」

「ばかな」

鼻で笑うロイエンタールに一瞬呆気に取られたヤンは、初めて自分から視線を外した。

「ど、どうせ」

ロイエンタールには分からない。ヤンが恐れていることも、どうして恐れるようになったかも。例え失うことがあっても、ロイエンタールには代わりになるものもいくらでもあったに違いない。でもヤンは違う。これ以上、なにも失いたくない。ただそれだけで、泣いて嫌がる子供たちを振り切って単身帝国領へ身を置いた。長年憧れていた存在が身近にありながらも、触れずにきたのに。

それなのに。

「離したくなければ、離さねば良いだけのこと」

それができれば。自分の意思ではないものによって失うことが多かったヤンは、俯くしかない。

「おまえがすることは、ただひとつ」

ロイエンタールはヤンを抱き上げ、俯く先に視線を合わせた。

顔を背けようとしてもそれを許さず、頬を捉えたまま宣告する。

「俺を信じることだ。俺は何があってもおまえを離すつもりはない」

 

 

 

この数分後。

元帥府はかつてない程の歓声に包まれ、府内に常備されていたアルコール類は30分とかからず消費されたと言う。


[エピローグ]

 

 

 

「ロイエンタール元帥がヤン顧問に贈った指輪は1カラットのダイヤモンド、サイズは7号とのことです」

「……そうか」

「そうへそを曲げずとも。たとえ結婚しようとも、ロイエンタール元帥もヤン顧問も、どちらも陛下のものにございますゆえ」

それでも面白くないものは面白くない。

ロイエンタールが誰かと昼食を共にしていると聞けば、ロイエンタールを取られたような気になり。

ヤンがもらった指輪が1カラットだと聞けば、それ以上のものを贈りたくなり。

所詮、やきもちを妬いているだけのこと。

とはいえ、銀河帝国皇帝であるラインハルトにそれを指摘できる者はそうそうもなく。

「……7号は緩いんじゃないか?」

確か、5号が緩くなったと言っていなかったか。ならば皇帝たる自分がぴったりのものを。

「自分が太らせると豪語しているそうです」

「……そうか」

それじゃあ……

「ドレスとヴェールはハイネセンにいる親友の手縫い、ケーキは娘の手作り、それから……」

「ちょっと待て!」

自分の出る幕がない。ロイエンタールも大事。ヤンも大切。それなのに、自分のあずかり知らぬところで全てを決められたのでは。

「なにか?」

「俺、じゃなかった、余は、それでは2人に何を」

「祝福を」

「……は?」

淡々と報告を続けていたオーベルシュタインが、ふ、と表情を和ませた。

「祝福を。銀河の覇者たるラインハルト様に、祝福を賜りたいと」

俯きかけていたラインハルトの顔が、みるみる明るくはつらつと輝きだす。

「する! いくらでもしてやる!」

「いや、そんなに安売りはしなくて結構……」

したいのだ。安売りと言われようが。

開け放たれたままのドアからロイエンタールとヤンを見守っていたのは、僚友たちだけではなかった。

ロイエンタールにかすれた声で覚悟の程を問うた時の泣きそうな顔を、小さく頷いて抱きついた時の可愛そうなくらい真っ赤になっていたヤンの顔を、ラインハルトも見ていたのだ。

「こうして人は幸せを掴んでゆくのだな……」

金銀妖瞳の帝国元帥の僚友たちは、その時の喜びと興奮を肴に、三日三晩飲み明かしたという。

ミッターマイヤーなどは感涙に咽ぶあまり、一月の小遣いを一晩で使い果たしたとか。

「結婚ってイイかも」

「一度されてみますか」

「誰と?」

「……私ではないことは確かですな」

「当たり前だ」

さて、とラインハルトは姿勢を正す。

取り急ぎ。

「歴史に残る祝辞を考えねばな」

戦争は終わっても元帥が結婚しても。やらねばならないことは山積み。

軍務尚書のボケにいつまでも付き合っている暇はないのだ。

 


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