三十分の休暇  〜YOU CAN’T HURRY LOVE
 
「で、アンタたちは誰なの?」
いっそ敵意にも近い傲慢なヘテロクロミアが、ミッターマイヤーたちをねめつけた。
 
舞台はいつものゼーアドラー。いつも通り双璧が喧嘩したあげく、今日はちょっとしたアクシデントがあって、どうやらロイエンタールの記憶がぶっとんだらしい。
で、ここから再生。
 
「え? それって本気で云ってる?」
「本当にわかんないのか?」
ここでヘテロクロミアが不思議に傾げられる。どうやら想定の問答と違ったらしい。
「何か・・・、ヘンだな。アンタらオレの知り合い?」
正面に立っていたミッターマイヤーは、座ったままのヘテロクロミアにまっすぐに見上げられてとまどう。これはミッターマイヤーの知らないヘテロクロミアだ。
「ちょっとまってくれロイエンタール。本っ当に記憶喪失なのか?」
「ロイエンタール?」
「彼」は眉を跳ね上げる。その言葉は知っている。けれどそれは、「知人」のファミリーネームだったはずだ。
「彼」は目覚めた瞬間にも思ったことだが、どうやら面倒なことに巻き込まれたらしいと腹をくくった。
「りょーかい、わかった。記憶喪失でいいよ。目ーさめたら帝国軍人に囲まれる覚えないしね」
記憶喪失だというのなら、テンプレを発動していいだろう。
一つ肩をすくめて「彼」は口を開く。
現実世界でこのセリフが吐けるのはレアだ。
「それで? ここはドコ? 俺はダレ?」
 
「ここ・・・は、ゼーアドラー。士官クラブだ。帝都オーディン。お前はオスカー・フォン・ロイエンタール。三十歳独身。帝国軍上級大将」
「あぁ?」
顔中で、いや全身で不満を訴えられたミッターマイヤーは戸惑う。ロイエンタールはこんな風に・・・粗野に?声を荒げたことなどなかった。
敵を睨むこともあるが、・・・今のは多分「メンチを切った」というヤツだ。それでも下品に見えないのは、もって生まれたものだろうか?
よく見ればその仕草も、態度も、見たことがないほどぞんざいだった。
が、そう思われたほうはそれどころじゃなかった。
生まれてこの方、二番目ぐらいに尋常じゃなく焦っていた。
「ちょっと待って、理解できない。まったく理解できない。今云われたことの何一つ納得いかない!」
僅かにフェザーン訛りのある帝国公用語でブツブツと呟く。
まったく冗談ではない。
「帝国軍上級大将オスカー・フォン・ロイエンタール、三十歳独身。って、どーゆーことだよ。何一つとして許せる要素がないんだけど。いや、独身じゃなくてもある意味ゆるせねーが、てか、ぶっ殺すが・・・」
誰をだ。
ミッターマイヤーも混乱していた。見れば見るほどロイエンタールじゃない。
まっすぐなヘテロクロミアの中に、親友のその証たる翳りと、歪と、それを押さえ君臨する意思の光がないのだ。ミッターマイヤーが素直に憧れ、尊敬を抱いた、あの光がないのだ。
翳りも、痛みも、敗北も知らない、ただ恐ろしいほどまっすぐな瞳。
記憶喪失・・・(記憶障害や一時的な混乱)はよく聞くが、記憶喪失になってまったく別の性格になったことなど聞いたことがない。
なので、ロイエンタール・・・の見た目をした「彼」に、しごく困った顔で問われた時、ミッターマイヤーは思わず即答していた。
「なぁ、そいつって「俺」だったか?」
「いや、別人だ」
「まぁ、そーだろうな。じゃあ、俺は誰だ?」
その目があたりを彷徨った。鏡を探しているのだと気づいたので教えようとしたが、先に見つけたようだ。親友の口から聞いたことのない呻きが聞こえた。
「げっ、ヤバい」
(「帝国軍上級大将オスカー・フォン・ロイエンタール、三十歳独身」に見える・・・)
そう、見えてはマズイのだ。「彼」・・・「少年」には。そして、認めるしかなかった。それは少年自身の成長した姿だと。
そして、クラブの照明で気づくのが遅れた。
ハッとした瞬間に左目を、「青い方の瞳を」、咄嗟に覆っていた。が、躊躇いがちに手をはずす。だって、さっきからこの目で帝国人たちと喋っていたのだから。
「俺って、いつも裸眼なのか?」
驚いた。が、逆にいい目くらましなのかもしれない。
「え? いつも通りのヘテロクロミアだろう?」
返すのはミッターマイヤーだ。彼が覆ったのが黒い方でないことには気づかなかったようだ。昔ロイエンタールがついたちょっとしたジョークがウソだったということなのだが・・・。
「うっわぁ・・・」
げんなりした声で「彼」が云う。目くらましはいいとして、鏡に映った「帝国軍人」のあまりの姿に絶句する。
うさんくさい、インチキくさい、ミバはいいが、とにかく胡散臭い。本物の軍人というより、ドラマの撮影といわれたほうが納得できる。
自分に鑑みれば、さっきの「うっわぁ」にはこう続く。
(イタイ人のコスプレに見える)
似合いはしてる。と、思う。が、それ以上にイタイと思うのは自分のせいだろうか?
帝国軍人ったらアレだ。戦艦にのって「ファイエル!」とかってやるやつだ。自分の姿で想像してみたら、ナルシストのヘンタイにしか見えなかったので、ナイナイ、と想像を振り払って、現実に対処しようと決めた。
「本当に俺は誰なんだ?」
もう一度だけ呟いてから、周囲の帝国軍人たちに問うた。
「俺は、記憶喪失だと思う。四七九年のフェザーンから・・・きたっていうのか? 俺の記憶で、俺は12歳だ。誰か、俺に説明できる人が欲しいんだが、ロイエンタールの家にシュテファン・フォン・ロイエンタールはいるのか?」
期待せずに聞いた。年の半分は家にいない男だ。というか、正直ロイエンタール邸の番号を知らないので、誰かにかけてもらうしかない。
「お前の父親か? 亡くなったと聞いているが」
死・ん・だ! ああ、そうですかい。流石にあの男相手にシラフでオスカーと名乗るほど神経太くはなかったらしい。シュテファンには悪いがちょっとホッとした。
「お前の家の執事殿は?」
「七九年のオーディンにいる執事をしらねーからな。その執事がわかるかわからない」
と思って、一つの番号が頭に浮かんだ。フェザーンの番号だ。が、首を振って否定する。ここじゃあ、もう二十年も前の番号だ。
「けれど、もう連絡しました。今、ロベルトおじいちゃんを呼んでもらいました」
女の声が割って入ってきた。ロベルトならわかる。振り向くと、黒髪に青い瞳の少女。
顔はまだ若く見えるが、物腰は二十歳以上に見える。でも、けれど。と「彼」は考える。思ったとおりなら、せいぜい十代の半ばほどのはずだ。
必要以上に彼女はビビっていた。喧嘩中の双璧に、氷水ぶっかけようとして、誤ってワインクーラーをロイエンタールの頭にぶつけたのが彼女だったからだ。
カッとしたとは云え悪気はなかった。それに、プロポーズの真っ最中に横で喧嘩されたのだ。気絶するロイエンタールに、周囲にいた全員が「悪いのは喧嘩した双璧」ということになったので、彼女の暴投はなかったことになった。
が、なにせとにかく後ろ暗いので、彼女はビビッていた。まして、見逃すような男ではない。猫の前のネズミと同じだ。親しげに莞爾とした笑みを浮かべる。
にっこり笑って、ことさらゆっくり、いたぶるように区切って問いかけた。
 
「ふぁっつ ゆあ ねぃむ?」
 
帝国人とはいえ、残念ながらその程度の同盟語はわかった。
(ひいいい、こわい! いままでで一番こわい!)
彼女は今までにっこり笑ったロイエンタールなんぞ見たことがなかったのだ。いや、誰も見てないが。
彼女が普段恐かったのは、自分が何か失敗しようとしているときに、楽しそうに笑うロイエンタールだった。それも充分恐かった。そのお陰で回避できたもろもろはまた別だろうが。
雷を恐れでもするかのように、頭を抱えてか細く答えた。
「えまいゆ・りーべると・・・」
「ウソつくなよv」
ネズミを仕留める前にじゃれつく猫の顔だった。タチが悪い。
ロイエンタールらしくない快活な仕草で、一瞬ロイエンタールが本物の十二歳の少年に見えた。
エマイユは、泣きそうな顔でファーレンハイトをふり返った。ロイエンタールに割り込んだエマに驚いてはいたけれど、もうロベルトの名前は出してしまったのだ。プロポーズされて、隠してはおけない。
「エマイユ・フォン・ロイエンタールです」
が、ロイエンタールは、エマイユの予想していなかった行動をとった。
「良かった! 母親に似ず可愛くて!」
抱きしめられたのだ。今まで、こんな父親は見たことがないので、思わずこわばる。
いや、こんな人懐こい父親なんて・・・・父親じゃない。
いや、それよりも、初めて聞いた母親の情報が、
1、自分と似てない。2、可愛くない。
というのは、問題ではないだろうか。まったくよろしくない。
いやいや、今は父親の記憶喪失を心配すべきだろう。
自分の宙に浮きそうなプロポーズは置いておいて。
『お嬢様、大体の事情は察しましたから、旦那様と話をしてよろしいでしょうか?』
エマイユの携帯端末が鳴った。執事の顔が浮かび上がる。
「老けたなーー、ロベルト」
『あなたも二十年経ってるんです。旦那様』
かすかに青筋を浮かべながらロベルトが答える。この大事だってのに、相変わらず呑気でマイペースな・・・(怒)
『まったくお久しぶりですね、坊ちゃま』
「やかましいわ、ロベルト。坊ちゃまゆーな。で」
『はい、なんでしょう?』
「旦那様がいて、お嬢様がいる。じゃあ、奥様はどこにいるんだ?」
ロベルトにはロイエンタールの瞳がまったく笑っていないことがよくわかった。
フェザーンにいたときの彼は、無敵だったのだ。まるで、今のように。
『当家の奥様は他行中です』
「おのれ、言い切ったな・・・、そして、それで済ませたな・・・・」
情報3、お母様はいる。そして、他行中。エマイユは小さく呟いた。
『旦那様、それどころではないのですよ。帝国軍は大きな作戦を控えています。そして、あなたは帝国軍五本の指に入る提督で、あなたが記憶喪失では、イゼルローンの魔女をむこうにまわすのはやや苦しいのではないかと浅慮いたします』
それまで成り行きを見守っていた帝国軍人たちが、一斉に顔色を変えた。
呑気に見物してる場合ではなかった! ロイエンタールがこんな状態で布陣は・・・張れなくはないが大いに困る。
「イゼルローンの魔女・・・? イゼルローンは同盟の手に落ちたのか?」
「彼」の背を悪寒が走った。イゼルローンを落とすのは簡単じゃないかと笑った少女を思い出した。あの時は机上の空論だと笑った。じゃあ今は?
いや、あの女は出来るといっただけだ。そう。机上の論には変わりない。と、目の前にあったワインで唇を湿らせ・・・。
『同盟軍不破の魔女 大将ヤン・ウェンリーは強敵でございますよ』
ブーーーーーーーッッッ!
別に旦那さまが飲み物手にするまで待っていたわけではありませんよ。偶然です。勿論偶然ですとも。 執事談
ワインとワイングラスの関係で半分が顔にかかったロイエンタールは、濡れた前髪を頭を振ってワインを飛ばしながら、温度のない声で云った。
「へえ・・・、女が大将なんて、初めてぐらいじゃない?」
『艦隊司令官への昇進も彼女が初めてです。自由の国などといいながら、よい人材に恵まれない国のようですね』
うわぁ、ジジイきつい。
「あーーー、じいさん。フェザーンに連絡取りたいんだが、あの、例のバカの番号は知ってる?」
『いいえ、存じません。旦那様も連絡はしていないようです。もし、そのバカというのが、大富豪のカラクァー・ベアト様のことでしたら』
プチっ
切れたロイエンタールは無意識に自分の携帯端末に番号をタイプしていた。
二十年前カラクァーが暮らしていた、建築基準法を無視して無限増殖を続けるスラムの一角にあった彼のフラットの番号を。
あいにく、軍人のロイエンタールの端末は他星系への通信可能なヤツだった。
『よう、久しぶり。15年ぐらいか? リィ』
にっこり笑って出た旧友が呼んだ、「リィ」という名に泣きたいほどホッとしたことは秘密だ。フェザーンで友人たちは皆その名で呼んだのだ。
人を殺せそうな微笑みで笑いかえす。
「殴らせろ、カラ。半殺しでいいから。右半分でいいか?」
『右半分殺したら左半分も死にます!』
デスヨネー
『あと、教えなさい。お前いくつ!』
久しぶりといった瞬間に気づいた。これは今の彼じゃない。
「12」
『ああ、なるほどね・・・』
この恐ろしいほどまっすぐなヘテロクロミア。見慣れたカラコンではないが、それでもこの強さには覚えがある。
天衣無縫。天かける少年。フェザーン(チャイ)の中の(チャイ)。風を捕まえるもの。跳梁跋扈のフェザーンで、誰よりも自由だった少年
今はもういない少年の瞳だ。
その瞳が、今は苛烈な炎に染まっている。屈辱に全身で耐えている。
『あーー、ああ、リィ?』
誇り高くある必要すらなかった。チャチなプライドにさえ捕まらないほど、彼は自由だったのだ。そんな彼になんといえばいい?
『旦那様・・・』
まだロイエンタール邸との通話が繋がっていた。
『旦那様。あなたは、このありうるはずのない未来で、本当に忍耐強く、辛抱されておいででした』
普段、子供たちに甘い顔などしなかった老人の誠実な声が、カラクァーと「彼」に滲みる。
「感謝する」
ロイエンタールが搾り出した言葉は、感謝の言葉であり、拒絶だった。
それを正しく汲み取ったロベルトは、カラクァーに目顔で後をまかせ、深く礼をして通信を切る。
が、あとに残された方だって困る。この帝国人どもがゴロゴロいるところで、何をしろと。
『あーー、あのな、リィ』
前にも、これとは違う状況だが、この男が酷く取り乱したときがあった。あの時は、「彼女」が隣にいた。
何も云わなかったが、ただ、この男のそばに座っていた。ただそれだけのことだったが、カラクァーには二人をつつむ見えない絆が幾重にも重なっているように見えたのだ。
彼女ほどこの男の助けになれる手はない。癒す言葉もない。なら、・・・
『あの、な。なんでも、云っていいから』
ここにいる全員を口八丁でいいくるめてやる。そんなフォローしか自分には出来ない。
「彼」が口を開くまで、僅かな時間だったのかもしれない。
待つ身は長かった。
「地獄堂のアイスが食べたい」
それはフェザーン仔の中でも悪趣味といわれる、根強い人気を持つB級・・・いや、C級ご当地グルメだった。週一で食べてたな。
「オーディンにはアメノミチ商店街もないだろ。嵐がきたら、どこに遊びに行けばいいんだ」
アメノミチ商店街は、フェザーンにある、雨が降ると客が増える稀有な商店街の名前だ。
「風取りだってできないよな」
風取り、もしくは風鳥と呼ばれる遊びはフェザーンで・・・いや、もういいや。
『ああ、そうだな』
「って、俺なら思ってるはずだな」
『ああ。かもな』
ロイエンタールの体がかすかに震えていた。目に映るようでカラクァーは思わず顔を背けた。
まるで、見えるようだった。両腕の翼をもがれ、重い鎖で全身がんじがらめにされたロイエンタールの姿が。
「かいしょうなし」
うめきというよりは呪詛の如く、ロイエンタールの口から言葉が漏れる。
中身はギャグだが、笑うことは出来なかった。聞くものらの心胆をさむからしめる憎悪と憤怒の声だった。
「かいしょうなし。かいしょうなしかいしょうなしかいしょうナシ!!!」
激怒するヘテロクロミアからこぼれる涙に、わかっていたつもりだが、カラクァーはショックをうけた。そんな彼は見たくなかった。
「くっだらねえ! 惚れた女一人守れなくて、何が上級大将だよ!! のんきに出世なんかしてんじゃねえよ! ンなヒマあったら助けろよテメエの女だろーが!! つか、どーせ俺がこんなメにあってんのはあの女のせいなんだろ! 一発殴るか殺させろあのバカ女っ!!!」
『惚れた女、バカとかいっちゃダメでしょ〜』
「ハッ、バカでじゅーぶんだろ! あんな帝国語下手な帝国人いねーーよ。「あたくち、別にしゃべれませんわけじゃございましぇんのよ? ただ、ちょっとだけ、おかちゅいの。ですわよ」って、三歳児の方がマトモに喋るわっ!」
『ああ、残念ながら、それはあるかも』
「帝国軍上級大将オスカー・フォン・ロイエンタール! さぞやかしオ偉くてゴ立派なやつなんだろうなぁ、ぁあ!? ふざけんなっ正気かっ! 俺がだぞ、この俺がかっ!? 上級大将!? あのバカ女よくも、よくもこの俺にそこまで厚顔無恥になれと云えたもんだな!!!」
ドガッ
ッ、はーーーっ はーーーっ はーーーーっ
『ノンブレスで叫ぶからだっつの・・・』
とはいえ、あまりの怒気に、カラクァーも体力根こそぎ奪われた。腹から声出すな。
『手ぇ大丈夫か? 壁めりこんでるぞ』
「だからどーしたっ」
紅くなった右手をプラプラ振っている。画面越しにはわからないが、ヒビでも入っているかもしれない。
「こんなみっともなくて、なさけなくて、アホで、マヌケで、トンマで、役立たずの、甲斐性なしのトウヘンボクの朴念仁の惨めな負け犬のことなんざ知ったことか」
『リィ』
「テメェ、俺にこの情けなくて惨めなヤローが俺の未来だって認めろってゆーんだろ」
『・・・・・・・・・・・』
「カラクァー・ベアト」
『それで、そのみっともなくて、情けなくて、アホで、マヌケで、トンマで役立たずの甲斐性ナシのトウヘンボクの朴念仁の惨めな負け犬ヤローに惚れてるのが、お前の女房なんだよ』
「悪趣味極まりないな。相変わらずバケモノじみたキモチワルイ女っ」
『んで、その悪趣味極まりない、キモチワルイバケモノに惚れてるのがお前』
「おい、俺はバケモノじみてるとは云ったがバケモノとは云ってないぞ・・・」
『俺は、俺の親友は化け物だと思ってるよ。じゃなかったら魔物か妖怪だよ』
「・・・、なんか呪われでもしたのか? 俺の知る限り、魑魅魍魎渦巻くフェザーンにも、そんなリアルなモンはなかったと思うんだが」
『呪われてるのはお前かもよ? お姫さまのキスで人間に戻してもらえよ』
「お姫さまにカエルにされたのに、お姫さまに人間に戻してもらって感謝してたまるかよ」
『事情知らないのにそんなズバズバ痛い所つかないの』
「けど、惚れてるから、あいつの望みどおり、感動の再会ラブシーンでもやらかすんだろうな。俺って」
『愛してるもんねーーー』
ああ、なるほど。そういうこと。
「わったよ、カラ。俺の呪いでアイツを魔物にし続けてやるよ。解ける日までな」
『イヤ、あっちは解けるかわからんけどな』
「ソレが素だったら俺が救われねぇじゃねえか」
『マイ・フレンドはマジで厄介でシビアでおっそろしい人ですよ〜』
それは洒落にならん。けど、
「そうさ、母さんはいったんだ。か」
『ん?』
「駄目よ。あせっては駄目。信じて時を稼ぎなさい。これはシビアなゲームなの」
『ああ、昔カトリーヌさんが歌ってたヤツ』
「そう、「カトリーヌさん」に教わったヤツ」
カラクァー・ベアトがいつもの笑顔に戻って、イヤミににっこり笑う。
『そーだ。どうせなら歌ってよ。今のお前ってば歌わない人になっちゃったし』
「ん?」
普段なら、カラクァーの願いなど喜んで却下しただろう。
けれど、何より今は、歌いたい気分だった。帝国人たちの中で、あの軽快なメロディーを。
古い同盟語の歌を。いいかもしれない。
『もうそろそろいいか?』
「何が」
『そろそろ戻れよ。俺はお前に会いたいんだ。絶望と屈辱に首まで埋まって、それでも諦めない手負いの獣みたいな、今のお前にな』
「戻れよって・・・記憶喪失なんて頭殴るとか、そんなんじゃ・・・」
『フェザーンにいたときのお前なら出来ただろ』
「そりゃ、やったともさ、多分な。ここはフェザーンじゃねえ」
『出来るよ。翼をもがれ、地に叩きつけられて、針の筵に座らされて屈辱の鞭で絶え間なく殴られて、それでも諦めない男のプライドなめるなよ』
「それって、無意識にもか?」
『お前のプライド、半端ないもん』
「あーーー、わかった。じゃあやる。一つだけ教えろ」
『ああ、お前の妹の死体は見つかってない』
「なら、生きてるってことだな」
『ああ、百年後でも二百年後でも行方不明のままだよ』
「いいぜ。歌ってやるよ」
タイトルは・・・「恋はあせらず」。
 
その後の光景はエマイユにはまるで魔法のようだった。軽やかで伸びやかな歌声。知らない歌。終わったかと思うと、「父親」は見たこともないほど・・・いや、今の父親では絶対に出来ない笑顔で優しくふり返り、
「フェザーンでまたな」
そういって、目を閉じた。
開いた瞳は、もういつもの父親だった。フェザーンとの通信も、いつの間にか切れていた。
まるで今までが夢だったよう。
「俺が記憶退行して12になってた? そりゃ災難だったな、暴れただろう?」
説明したのはエマイユだった。そしてあっさり信じられた。夢のほうがよかった。
てか、12の父は必ず暴れるものらしい。そりゃタイヘンだ。
「ゼンゼン知らない人でした」
「だろうな」
「その人が呪いでカエルにされたから、今の父様になったらしいですよ」
「呪いでカエル? ヘエ? それは面白いな。悪くない。カエルか」
その顔は、一切の質問を遮断していた。
「お父様、地獄堂のアイスって美味しいんですか?」
「エマイユ。次にその名前を出したら殺すぞ。覚えておけ」
その声が本気すぎて怖い。
「あと、断じて云っておくが、美味くはない。絶対にあれを美味いとは云わない」
どんなアイスだ!
「まぁ、いつか・・・フェザーンで、な」
カエルのロイエンタールはいつも通り薄く笑みを吐く。
「とりあえず今は、イゼルローンの魔女だ」
 

 

 
蛇足的な何か。
エマイユの手からすっぽ抜けたアイスボックスはロイエンタールの頭にぶつかったあと、氷水は全部バイエルラインに頭からかかりました。合掌。
勿論エマは謝りました。ロイエンタールにも説明がてら本気で謝ってます。
エマイユは良い子だという設定なのです。
ちなみに、予定通り宙に浮いたファーレンハイトのプロポーズですが、そうは華氏がおろしません。諾の返事を貰うまで、あの手この手で口説き落として婚約してからラグナロクに出かけていきました。本気になったファーレンハイトはどんなみっともない手段だってとってみせます。ロイエンタールの娘だってかまってはいません。
生きて帰ってきて(エマイユのために)よかったです。
あと、ロイエンタールの皮をかぶったこの別人男が誰か、多分、バレバレだと思います。
バレるように書いたつもりなんですが・・・。ええ、これ一話じゃ意味ないですよね。
フェザーンに戻った彼を書かないと、ヤンロイにならない。
あと、初め「恋は焦らず」がテーマだったんですが、いつの間にか脳内のCDチェンジャーでユニコーンの大迷惑になりました。結果、ロイがブチきれました。
大迷惑です。
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