恋人以上、友達未満


「にゃっほ〜〜、おかえりダーリン♪」
「ただいま、ハニー」
「って、オイオイ、青筋浮いてるぜダーリン?」
「馬っ鹿・・・」

「なんだこの部屋、全部本か!?」
引越しの手伝いに来て「開かずの間」を開けたミッターマイヤー。すっとんきょうな声をあげてしまった。
「ったく、その部屋さえなけりゃ引越しぐらい俺一人で済むのに」
ロイエンタールの宣言どおり、ロイエンタールの荷物は最初の一回で事足りた。
残り2往復は、全てその山のような本だったのだ。

「けど、お前のじゃないよな? ほこりかぶってたし」
「ん? ああ、この間の本か?」
手伝ってもらった礼に、今日はロイエンタールの奢りである。上の下といった赤ワインを飲み交わしながらロイエンタールが答える。
「知り合いのだ。持ち主が辺境に赴任してるんでな。オーディン発つ時に拝み倒されて置いてある」
ロイエンタールらしくない話だ。釈然としないまま問いを重ねる。
「でも、けっこう前からあったんだろう?」
「そうだな、卿と知り合う前だから・・・そろそろ5年ほどになるか?」
「ごねん?」
しまった、シャレだったのだろうか? けど、5年ってのはほんとに5年?
「知り合い・・・って友達じゃないのか?」
「この5年手紙の一本も寄越さん相手を友人とは呼ばん。生きてるのか死んでるのか。まぁ死んだら連絡ぐらいくるだろう」
何気にひどいことを云っているが、もしかしてあの荷物は相手が死ぬまであのまま置いておくつもりか?
ぶつぶつ文句をいっているわりには、引越し代金の割り増しを相手に請求する様子もなし、それに気づいている様子もないようだ。部屋代も請求してないな、この分だと。
「知り合い・・・ねぇ」
「友人でも、家族でも、恋人でもないからな。幼なじみか、腐れ縁か・・・やっぱり強いて言うなら知り合いだな」
「ただの知人か?」
「ただの、じゃない知人」
そらまたご大層な知人だ。ミッターマイヤーはもう一口ワインを舐めた。
けれどミッターマイヤーには、あの部屋がロイエンタールの心のスペースに思えた。
ほこりをかぶって。カーテンを閉めて。
それでも確と存在する。

いい感じに酔っ払って(つまり酔いすぎず)ロイエンタールの官舎が見えたところでミッターマイヤーの足が止まった。
「卿の家、明かりがついてるぞ?」
「ついてるな」
ロイエンタールが眉をしかめる。家政婦は昼間ロイエンタールが居ないときにしか来ない。
けれどそれが酔っ払い。大将閣下にあるまじき軽さで、無造作に官舎の扉を開く。
そして
「あ〜〜・・・」
常の彼らしくない、気の抜けた声を発し、ロイエンタールは白い指で額を押さえた。

「お前、ここで何やってんだ」
「2週間オーディン出張なんだよ」
「だったら来る前に連絡くらいよこせ、馬鹿!」
「しようと思ったら、お前の官舎の番号知らなかったんだよね」
「馬鹿か。だからってそのまま来るか普通?」
「お前の方こそ。引っ越したら教えてくれよ、前のトコ行ったらもぬけのカラだったじゃないか」
「それもそうだな」
「うわ、ひっどい」
「てか、俺もお前の赴任した連絡先は知らん」
「あれぇ〜〜、そいつぁ困ったね」
「てか、お前どうやってきたんだ」
「本家にデンワした♪」
なにやら人として残念な会話がきこえる。
ロイエンタールの背中越しにミッターマイヤーがひょいと室内をのぞくと。
リビングの長いすに腹に本をのせ寝っ転がった、細長い眼鏡をひっかけた黒髪の青年がロイエンタールと話していた。横のテーブルには書籍が数冊つみあがり、その隣にはティーポットとカップがあった。
などと観察していると、その青年と目があう。柔らかな黒瞳が2回瞬かれた。
「失礼しました、他に人が居るとは思いませんで。・・・・普通先にゆわない?」
「先に闖入者」
彼は慌てて両足をソファの肘から下ろすと、眼鏡をはずしながらロイエンタールに文句を云い、相手の返答を無視してこっちをむいたので、ミッターマイヤーも慌てて挨拶する。
「いえ、こちらこそお客様がいらっしゃるとは知らず。突然お邪魔して・・」
「この馬鹿は間違っても客じゃないし、突然お邪魔しているのはむしろこっちだミッターマイヤー」
憎々しげにあごをしゃくる。が、相手はいっこうに動じない。
「ああ、やっぱり! ミッターマイヤー大将閣下ですね。お噂はかねがね。私はヤン・ウェンリー中尉と申します」
「ぐっ・・・」
んじん? 目の前のおっとりした青年が同業とはとても信じられなくて思わず目が飛び出した。よくみれば脱いで置いてある上着は確かに帝国軍下士官の軍服だった。
けど、軍人? 文人だろどうみても!
「ええ、まぁよく言われます」
「ンなひょろい軍人がいてたまるか! お前メシは!?」
「たべたよ」
「いつだ?」
へらへら笑っているヤンと、思いっきり見下ろすロイエンタールの睨みが交差する。
「・・・・・10時間前」
「それを一般に昼食というんだ!」
「そんな怒るなよ・・・どうせ今から寝るだけじゃん」
「だからお前はいつまでたってもそうなんだ!」
ガバっ
「・・・えっと、他の人が居る前で服剥がれるのは、流石に恥ずかしいんですよ?」
「アバラ浮きすぎだろ・・・、確か、俺は、ちゃんと、云ったよなぁ? 赴任前に! 3食ちゃんと食えって!」
「あ〜〜、一応覚えてたけど・・・、めんどくさくってねぇ」
ぷちっ←軽く切れた音
「いいか聞けミッターマイヤーー! 断じて!断じて俺はこんな馬鹿とは恋人でも家族でも友人でもないっ!」
「オスカー、そんな言い方すると、まるでそうなりたいみたいじゃない」
冷静に突っ込むヤンに、真顔でミッタンがまぜっかえす。
「恋人でも、家族でも、友人でもないとすると・・・いよいよ夫婦だな」
「えーーでも私、まだオスカーに籍入れてもらってないんですぅ♪」
「お前らなっ!」
ゲラゲラゲラ
声をあげて笑いあう二人はすっかり意気投合したらしい。
「ったく、もうお前らなんか知るか! だからウェンリー、寝る前になんか胃に入れろ」
「えっと、オスカーさん。話の前後がまったく一致しないんですけど」
聞く耳持たずに、ロイエンタールは冷蔵庫の扉に手をかけた。
「肉野菜スープでいいか?」
「・・・いいかも何も、お前さんそれ以外にレパートリーないじゃん」
「おお、ロイエンタールが嫁だったのか!?」
「違うっ!」
ちなみにミッターマイヤーは、たたき出された、ではなく、蹴り出された・・・。

「お前、まだ酔ってるの?」
「お前の顔みたら一気に醒めたわ」
「ミッターマイヤー閣下にろくにご挨拶もしなかったなァ」
「シャワー浴びてくるから、火ぃ見てろよ!」
「へいへい」
パサっ、パサっ・・・
「なに・・・、人の背中ジロジロ見てんだよ」
「べっつにぃ」
「しかも、何にやけてやがる」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・ウェンリ・・・?」
振り向く寸前、背中に人肌を感じる。
「お前の体、綺麗だよなぁ」
さっきのぬくもりが、ヤンの唇だと知った。
「お前綺麗だよな。背筋がグッと伸びててさ、余計な筋肉もついてないし。あごから首に行って肩までのラインとか。・・・、お前は昔っから綺麗だよなぁ」
玩具遊びのように、肩甲骨を指でたどられる。
「・・・・・・・ウェンリー、お前は本当、いったい俺のなんなんだ?」
珍しく本気でロイエンタールがうめく。なんでこうも中途半端すぎるんだ。
「一応夫婦でも目指してみるかい?」
「・・・、お前があと5kg体重増やした考えてやるよ」
「ハハっ、無理無理」
「そんな関係か。・・・鍋見てろよ」
「そんな関係だよ」

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