ティー・パーティーへようこそ!
 
 
「ヤン元帥! 珍しいお茶を手に入れたのだ! どうやっていただくかはよくわからないのだが・・・」
今日も猛烈無駄アタックのラインハルト。その珍しいお茶とは。
「あら、お粉ですねぇ」
「オコナ? そーゆーお茶なのか? 元帥はご存知なのか?」
「ええ。懐かしい。昔はやる人しかしらなかったようなものですが、最近誰でも気軽にたしなめるようになってきたらしいですね」
「そ、そうなのか・・・」
ヤンがそれを知っていたことにややがっかりするものの、今まで暖簾に腕押しだったプレゼント攻勢の中で初の好感触だ。勢い込む。
ヤンは千利休からはじまる茶道の歴史コラムのようなことをつらつらと語りながら、説明に夢中になっている様子で、あてどもなく歩みだす。無駄に雑学大王じゃありませんよ、奥さん。
「けど残念ですわ、陛下。これはこれだけではいただけませんのよ。紅茶にはティーポッドとカップが必要なように、これにも専用のお道具が必要なのですわ」
サロンでヤンはいつものソファに腰掛ながらラインハルトににっこり笑う。すると興味を引かれたメックリンガーがやってきてお粉を覗き込む。彼も知っていたらしい。
「ほほぅ、これが・・・」
フェザーンや同盟では珍しいというほどのものでもないが、帝国では流行っていなかったようだ。
「ワビサビ、ですか? ゼンにも通ずる東洋の神秘ですね!」
流行っていなかったので、ちょっとドリームが入っている。
ヤンはにこにことハルトにも聞かせながらメックと話していたが、その言外でひそかに圧力をかけていた。
「と、いうわけなの。風流でしょう? エマイユ」
「わぁ、ステキなんですね!」
横で聞いていたエマイユが目を輝かせる。ロイエンタールはこめかみを軽く押さえた。
観念して口を開く。
「道具なら、一式ウチにありますが・・・」
その一言に一斉に人々がロイエンタールを見る。
そんな中ヤンはロイエンタールにしかわからない笑顔で、当然だ。とにっこり笑ってみせた。
 
支度があるので明日・・・ということになったが、その支度ってのがただ事じゃなかった。
「茶室・・・でやるには狭いですね。上級大将以上全員出てきそうですし」
「野点でもよろしいんじゃございません? ロイエンタール閣下」
またヤンがにっこりだ。なにか言いたいことがあるらしい。ロイエンタールはばれないように一瞬ヘテロクロミアを泳がせた。
「そうですね。ウチの藤がバケモノ並みに見頃ですから、ウチの庭でやりますか」
ヤンが満足げににっこり。
「私多分、ウロ覚えなんですよ。点てる自信がありませんわ」
「なら、私が点てるとしましょうか。ヤン元帥、正客をお任せしても?」
「ええ、それぐらいなら。あら、でも陛下・・・」
皇帝がくるのなら皇帝が正客を勤めるべきというのが、筋・・・といえば筋かもしれないが。
「一回見学するというのはどうです? どういうものだかわかるでしょう?」
軽いティータイムのつもりが、二人がどんどん難しい話に進んでいくのに、段々変な顔になってきたラインハルト。これはメンドクサイことらしいと本能で悟り、皇帝の威厳を持って、鷹揚に許可する。
「そうだ、エマイユもいらっしゃい。ね?」
にっこりとヤンが笑んだ。
「え・・・はい! ありがとうございます、元帥」
「うん、いいお返事」
その光景をしりめに、ロイエンタールがいずこかへと電話をかけている。
「ああ、ひじりやか? 俺だ」
その単語についヤンの耳がそばだったことは誰にも気づかれなかった。多分。
通話の終わったケータイを二つに折りたたんでロイエンタールがクールに言う。
「着物を見立てにいきましょう。エマイユ、お前もだ」
「キモノ・・・・?」
「あら、まあ、素敵w」
ヤン・ウェンリーは珍しく素で満面の笑みだった。
 
「これはこれは。ロイエンタールの旦那、それにヤン・ウェンリー元帥閣下ですね? いらっしゃいませ」
にこにこと笑う小さな男が丸くなって挨拶をする。
「ひじりや、直接会うのは大分久しぶりだな」
「そうですなぁ、お嬢様の初宮参りのお衣装を仕立てていらいですか? 大きゅうなられまして」
とまた小さくエマイユに頭を下げる。
「まぁな。ところで電話で話した件だが・・・」
「ええ、ええ。用意してございます。どうぞこちらへ」
 
「ひゃぁぁぁぁ、凄いです・・・」
「これは・・・凄いわ、確かに壮観だわ」
「一枚残らず着用できますので、どうぞお好きにお選びを」
縦に長い倉庫のような三十畳ほどの和室の側面に、これでもかこれでもかと極彩色の着物がかけられている。
「エマイユ、お前新しいのわざわざ作らなくてもいいだろう? こんだけあるんだし。ひじりや、エマは着物なんざ見るのも初めてだろうから、選ぶの手伝ってやってくれ」
「かしこまりました。ひじりやの暖簾にかけまして・・・」
「お、お父様? これは一体・・・」
「お前の祖父、シュテファンの遺品だ。シュミに任せて買いまくってくれたおかげで保管しようにも量が量でな。オーディンにいれば着る機会もないからひじりやに預かっていてもらった」
「って言われてもですね・・・」
思わず足がフラついた。キンキラキンに絢爛すぎる・・・。
「つまりほとんどお前のモンってことだ。持ってるだけも勿体ないから、着ろ」
「え、エマちゃんしっかりして・・・」
エマイユは畳にへたりこんだ。この父親にはやっぱりついていけない・・・。
 
「元帥も、どれでも好きなものをどうぞ。付属品もすべてまとめてありますので、一式差し上げますよ」
(てか、元々全部お前のモンなんだがな・・・)
(けど、改めてこうやって並べられると圧巻・・・ところでさァ、付下げ? 訪問着?)
(そりゃお前、ただ単にウチで茶ァー飲むだけなら小紋でもいいが、一応無難に訪問着にすればどうだ?)
(んー、そうよね、ブナンにブナンに・・・)
↑目だけで会話してる二人。この間約2秒。
「初夏ってことでこのあたりでよろしいんじゃありません?」
「それなら帯はこれを合わされてはいかがか?」
 
「はー、すごーい。父様も閣下もなんだか詳しそうー、すごいー」
エマイユがはじめてみる絢爛な着物の数々に圧倒されている間にとんとん拍子でハナシが進んでいく。
「けれど、物凄い数ですね。ええと、ヒジリヤさん」
「えぇえ。お嬢さんのお祖父さん、シュテファン・フォン・ロイエンタール氏といえばフェザーンでも有名な蒐集家でしてね。氏が亡くなられた時コレクションがどうなるか、随分気をもんだ人も多かったんですよ。けれど相続したのが実用一辺倒のオスカー様だったものだから、着用に耐えないモンは全部美術館に寄付しなさって、残りは専門家に任せて・・・」
「え?」
エマイユが固まった。
「ちゃ、着用に耐えないって、も、もしかして・・・コレ、まさかアンティーク・・・なんですか?」
「ええ、まあ、古いモンもございますからなぁ」
「てことは、・・・・・・もしかしてすっごくお高い?」
「ええ、まぁ。それなりに・・・は」
ひじりやは苦笑して言葉を濁したが、どの一枚をとっても仕官の年収より下がるものはない。
「き、きてもいいんでしょうか・・・・ヤン元帥ならともかく私が・・・」
「勿論ですとも。これらすべてはシュテファン氏がエマイユ様のお母様に着せるために買ったものですからね」
「お祖父様が、お母様に・・・これ、全部ですか?」
「ええ。一応今日は野点ということで、お着物だけ出させていただきましたが、まだ日本、中国、韓国、ベトナム、タイ、インド、またトルコなどと様々な国の民族衣装を預からせていただいておりますよ。呉服と服地はウチで」
「って、ことは、ホカのものはまだイロイロあると・・・?」
「オーディンのお屋敷にも色々ありませんでしたか? 置物や掛け軸や」
「そういえば、骨董品の管理は全部セリアちゃんが担当しててって・・・お、お祖父様って一体・・・?」
「けれどお衣装に関しましては、お母様はどれもよくお似合いでございましたなぁ。本当に愛らしく、まるでお人形のようで・・・。シュテファン氏のお気持ちもわかります」
「あんなのただのあやしいロリコンコスプレじじいだ」
「ボン、そんな身もふたもない・・・・」
サラリとひじりやの後ろをとったロイエンタールがさっぱりと切り捨てる。
「とりあえず、一人称が僕なひょろひょろしいゲテモノはキライだ」
その場にヤンも含めた三人の生ぬるい沈黙が落ちる。
(わかってない、わかってないねオスカー。いいかい、ウェンリーは可愛いんだよ。可愛いんだってば! つまり僕がウェンリーに可愛い衣装を着せるというのは神が作りたもうた宇宙の真理に沿ったものであって・・・)
つまるところシュテファン・フォン・ロイエンタールとはそんな男だった。黙っていればダンディでも通ったのに、中身は変な中年だ。妙な愛嬌があって憎めないところが更にムカツク母親似のロイエンタールだった。夜な夜な実の息子のストーカーに走るあたりには殺意を覚えたりもしたが・・・。
「いなければ特に害のない男だった」
「と、父様・・・」
もし彼女が両親祖父母そろった状態で育てられたとしたら、かなり楽しいことになったのではないかと思う。
(オスカー! 今は小父様の話よりも、エマちゃんの衣装でしょう!? エマってば色は淡いよりも濃い方が似合うと思うのだけれど。あ、アレはどう? 確か大分斬新なデザインで・・・)
(んーー。ああ、アレか。そうだな、アレ確か単衣だったな)
(あ、そうそうコレコレ)
「まぁ、これなんか似合うんじゃありません? もだ〜〜んな柄で。パリ風?」
「えええ、は、ハデじゃありませんか?」
色味のはっきりしたこの振袖はヤンだとイマイチ似合わなかったのだ。
ヤンに似合うのは加賀友禅か江戸友禅と両極端。エマイユには刺繍入りの京友禅が似合うだろう。
「そうだな、こんなもの着られるのも今のうちだからな・・・」
「ね。いいでしょう? 帯はものすごーーくオーソドックスにして・・・ああ、この刺繍ステキねぇ」
古典柄の大人しい帯を選ぶとあまりくどくならず、斬新で派手なデザインにもかかわらずエマイユの清楚さが際立つようだ。
「帯締めと帯揚げも大人しいほうがいいかもな」
「あら、この帯留めもステキ・・・」
「お父様、元帥閣下も・・・元帥のお着物を選ぶときよりよっぽど目が本気ですが・・・」
「あらぁ、何をいうのエマイユちゃん! 若いお嬢さんの着物選びほど楽しいことがこの世にはあるというの!? しかもこんな沢山並べてある中から選べるなんて夢のようだわ! そのためにわざわざ自分のササッと決めてきたのよ!!」
「はっ、はい!」
滅多にないヤン・ウェンリーの早口でまくし立てられて思わず反論を失うエマ。
今日のヤンはエマイユの手前極力大人しくしているが、財宝を前にした夜盗のようにまさしく水を得た魚並み。
大人しくお人形さんに徹するエマには目もくれず、「ええと、花は藤だから・・・」ロイエンタールはひたすらこのクラッシュな組み合わせにどの草履と手提げをあわせるか考えていた。
ヤンは「あ、どうせならいっしょに美容院いきましょうねぇ」と予約を入れている。
その光景を眺めやるひじりやは一人・・・(どーしてここまで息ピッタリの二人に気づかないんでしょうねぇーー?)と微笑みながら首をかしげていた。
 
「じゃあひじりやさん、頂いていきますね」
ヤンがにっこりと挨拶をする。
「ええ、戻されるときは、呼んでいただければまいりますので」
「何から何までありがとうございます・・・」
恐縮したエマイユも頭をさげる。
「悪いな、ボランティアなのに」
「えええ! 本当ですか、お父様!!?」
そんな無茶苦茶な、と目を丸くしたエマイユを、ひじりやはいつもの笑顔で。けれど背筋を伸ばし押しとどめる。
「いいえ、オスカー様、ボランティアなどとご冗談を。これほどのお品、たとえこの家業に携わっているものにしても直接目にすることはそうそうございません。ましてや手にとって手入れをする機会など。こちらも勉強させていただいてますよ。むしろこちらが授業料を払わなくてはいけないほどです。それにオスカー様もウチのお得意様ですしね」
ひじりやは未だに毎年毎年季節ごとにグリーディングカードではなく、ぶあっつい生地見本を送っていたのだった。
「ええええ!?」
なぜかさっきよりも驚いたエマだ。
「いけなかったか?」
そう、ロイエンタールが自分の着物を探さなかったのは、もうあるからだ。
くどいようだが、数少ないロイエンタールのささやかな趣味は、茶道、書道、香道である。
 
「じゃ、またな」
ときびすを返したロイエンタールたち三人の背に深く深く礼をしてから、ひじりやはどこか夢見るような心持でその背中を見送っていた。
「じゃ、またな。ですか。そう、あの時もそうおっしゃっておいででしたね」
まだ成長しきっていないロイエンタールと、おっとりと幸せそうに笑んだヤンと、その腕に抱かれた生まれたばかりのエマイユ。
「信じて、おりましたよ」
たとえそれが果たすつもりのない一言でも。それでも。
「諦めないで、よかった」
 
 
翌朝
「さっ、いくわよ、エマイユ。いざ、美容院へ!」
「げ、元帥閣下・・・閣下って遠足の朝に限って早起きするタイプですか・・・」
てか実際にはヤンもエマも遠足へはいったことがない。
「そうねぇ、日曜の朝に限って目が覚めるタイプではあったかもねぇ」
「そ、そんなに楽しみ・・・ですかぁ?」
「ええ。もちろんですとも! さ、行きましょう、エマイユ。お着物の着付けもしてもらえるからね」
「え、すごいですねぇ。よくそんなところご存知で・・・」
「ひじりやさんに・・・教えてもらったのよ・・」
そういえば、ヤンは確か彼と何か喋っていた。と思い出していたエマは、ヤンの笑顔がどこかぎこちなかったことに気づかなかった。
 
「あ、それでこの簪とねぇ、・・・瞳の色に合わせて・・・・キャキャキャ」
ヤン・ウェンリーは美容師さんの横に立って大はしゃぎである。
ちなみに着付けよりも髪のセットのほうが先。お着物を着るときは前が開くブラウスや上着をきていきましょう。Tシャツやトレーナーはやめといた方が身のためデスw
「あ、あの、元帥、ご自分のお支度は・・・」
「あらぁ、あたしの支度なんて5分でじゅーぶんよ」
ヤンの一人称が「あたし」もしくは「アタシ」のときは決して逆らってはいけない。
「は、はあ・・・」
「ふくら雀は女の子のロマンなのよ」
「???」
そうだろうか?
 
んで、エマイユの支度が終わったころ、お父さん(ロイだよ)が迎えにきてくれました。
一応腐っても父親・・・なハズです。
「ん。よく似合ってるな。さすが俺の見立てだ」
「あ、ありがとうございます・・・」
素直に喜べない娘。
ちなみに、エマイユの振袖姿は皆さんの好みで想像してください。
「け、けど、半分は元帥のセレクトなんですからねっ。髪型も、キモノも、このオビドメも・・・」
「阿呆、それを調和させるのが腕のみせどころだろうが」
ロイエンタール、身内のファッションチェックは意外と厳しい。
「あらぁ。ロイエンタール元帥、お迎えにきてくださいましたの?」
と、ヤンが着替えから出てくる。
「っ・・・・・・・」
エマイユが息をのみ、ロイエンタールはかすかに唇を引きつらせた。
(てめ・・・っ)
(あとで聞くわ。邪魔よ、あなた)
「元帥、最っ高です! 感激です!感動です!すっごいすっごいステキです〜!!」
「あら、ありがとう。あなたも素敵よエマイユ。選んだ甲斐があったわ」
(シュテファン小父様、最高! ありがとう! てかオスカー、ナイスセレクト! ファンタ〜スティック! てか昨日のハナシから無理矢理野点に持っていった自分の手腕にありがとう! てか私の人生今がピーク? ピーク!?)
(アホが・・・)
「いいえ、私なんて全然ですぅ。元帥本当に素敵です、かっこいいです、えーとなんだか大人っぽいです〜」
「ありがとう。それよりも本当に大丈夫? あなたお着物ははじめてでしょう? んー、紐が肋骨に食い込んでさえいなければ大丈夫なんだけど、帯は? 苦しくなぁい?」
「え、と・・・多分大丈夫だと思います」
「そう、帯は少し圧迫感があると思うけど我慢してね。着物は着崩れるとそりゃあみっともないのよ。けれど、帯があるとその分腰は楽でしょう?」
「ええ。あと胸元がしっかりしてるので、全然寒くないです。こんなに袖があいてるから、もっとスースーするのかと思いました」
「歩ける? 歩きにくかったら一度右足をだして、ぐぐってしてごらん?」
「はい?」
ぐぐぐっ
「あ、歩きやすくなりました」
「エーマーイーユ、着物着たら腰で歩こうとするな、腰を落とせ。ひたすら足だけで歩け!」
「は、はいい?」
「エマちゃん。ロイエンタール元帥のいうことは間違ってないから、言うとおりにやってごらん? 腰を落として。ああ、ただお膝曲げると前かがみになっちゃうから、そうじゃなくて・・・。こんな風に・・・できる?」
地をすべっているようにヤンが歩いてみせる。
「ええと、こんな風・・・」
「うん、上出来上出来w」
「エマイユ、着物着たら、猫背と前かがみは厳禁だ。反ってもいいから胸を張れ。ただし尻は出すな」
(父様厳しい!!! けどなんでだろう。元帥閣下も父様も厳しいのに、なんだか幸せなカンジがする・・・)
(ってなんでこの状況で気づかんのだ! フビンな・・・)
皇居から迎えに来たオーベルシュタインが泣けぬ目で目頭を押さえる。
最近頭痛薬が要携帯だ。
「あら、オーベルシュタイン閣下、迎えにきてくださいましたの?」
「え、ええ・・・ロイエンタール元帥のお屋敷へ行きましょうか・・・」
 
シュンシュンシュン
輝く晴天の下、七分咲きの魔力を秘めた藤のとなり、台に敷かれた緋毛氈の上でロイエンタールが柄杓を置く。
正座のヤンは穏やかに手を重ね、その様子をおっとりと見つめている。
エマイユは正座も茶道も初体験だが、隣のヤンをなんとなくマネした結果、なんとなくサマになっている。そのヤンをチラチラみるエマイユの姿がなんともかわいらしく、ロベルトマリアハンスの三強は物陰からこっそりと涙をぬぐった。親子三人ミズイラズだ。感涙。
ちなみに、ラインハルトたちは早々に正座脱落したらしい。後ろでいすに座って厳粛に見学していた。
ついにエマイユは我慢しきれなくなってヤンの服のすそをこっそりと引っ張った。
「(小声)元帥、元帥。お父様なんだかカッコイイですぅ。所作にひとっつも無駄がなくって、それが全部流れるように進んでいって、なんだか、舞踊を見ているようで。お父様綺麗・・・。それに着物も良く似合って・・・」
多分エマイユは生まれて初めて父親を褒めた。
確かにロイエンタールは綺麗だった。粋な大島にすんなりと座る背。何気ない茶筅を手に取るという動作にも凛とした色気がある。
長の年月に取捨選択された無駄のない動作と、日々の反復の賜物である。
大抵「道」の付くものとは、縁の遠い有り難い芸術などではなく、芸術を誰にでも出来る形で煮詰めていった、非常に庶民生活的なものなのである。
「(小声)もう、お父様このまま一生喋らないでいてくれたら最高なのに〜」
「(小声)エマイユったら・・・ふふふ、そこまで言っちゃロイエンタール元帥に失礼よ・・・」
※副音声(おーーーっほっほっほ! エマイユったら当然じゃない。わたしのオスカーなんだもの。うふふふふふ、もっとゆってもっとゆってwwww ああ、それにしても惚れ直すわ・・・オスカー最高・・・)
と、お菓子を運んできたロベルトがにこにここそこそと話すヤンとエマに再び涙をぬぐう。
(ああ、家族っていいですねぇ。感動です。ロイエンタール家に、オスカー様に仕えてきてよかった!)
などとはおくびにも出さず、重ねた歳のあたたかさを感じさせる所作でお菓子をだす。
「あぁ。「てまり」」
和菓子屋「ここのえ」のねりきりである。この時期「ここのえ」の名物は「藤娘」だが、藤の下で藤娘もつまらないものである。
お菓子の取り方も一々ヤンが教えてみせる。
「げ、元帥元帥元帥〜なんですか、この繊細な細工はぁ〜、使うのが勿体ないぃぃぃぃぃ、お菓子も可愛いぃぃぃぃぃ(感涙)」
「ああ、螺鈿ねぇ。綺麗よねぇ」
「全部お前の祖父の私物だ、気にせずに使え」
というが、実は今ロイエンタールが持っている茶碗のほうが高い。
「あら、どうなさいました? ロイエンタール元帥」
四つ切にしたてまりを上品に口に運ぶヤンが気づいて首をかしげる。
「いや、最近自分で点てて自分で飲むことしかやってなかたので、これをどうするのだったか・・・」
注:上記のロイエンタールの趣味、茶道書道香道、どれも師範のお免状までとったハズなのだが、ロイエンタールが元々師について大人しく学んでいるハズもなく、ならうトコまでならったらひたすら一人でやりこむタイプだったので、茶道の基本、おもてなしのココロがなっていない。そりゃあもうひとっかけらも。
「おけばいいんです。旦那さま・・・」
ロベルトが苦笑。
「ああ、そうか。そういえばそうだったような気がしないでもないようなあるような・・・」
どこまでも煮え切らないロイエンタールにヤンがクスクスと愉しそうに笑う。
「ふふふ、ああよかった。私も、母の月釜に付いていって以来だから夕べ一夜漬けでしたのよ。間違えたらどうしようかと。ホホホ」
「お茶は、おいしく飲めればそれでいいのではありませんか? ヤン元帥」
「まぁ、本当ですこと。ふふふ」
「私は点てるのが好きなだけなので、えらそうなこともいえませんが」
「お父様・・・・ああ、本当に喋りさえしなければ・・・」
嘆くエマにヤンとロイエンタールが顔を見合わせ、席の空気が余計に和やかなものとなる。
(ふふふ、愉しいしお父様はカッコイイし、元帥閣下は素敵だし、藤の花は綺麗だし、お茶とお菓子も美味しいし、なんだか幸せだなぁ)
エマイユはなんとなくな幸せをなぜだかわからないけれどかみ締めていた。
それを少し離れてみていたオーベルシュタインが再度目頭を押さえる。
(フビンな・・・・)
 
(くっ・・・入り込めない風雅な雰囲気・・・)
藤の下、別世界にいるような目の前の人々にハルチが歯噛みをする。
 
(てーか、ウェンリー、立礼にしたら陛下たちも座れてそれでよかったんじゃないのか?)
(んーー、それも考えないでもなかったんだけど、やっぱアレなんとなく気分ノらなくてぇーー)
(あーー、そういや俺も正座しないと、お茶もお習字もお香もできねーわ)
ロイエンタールのニュータイプ並みのカンと、ヤンのプロトカルチャー並みの野生のカンを使えばこの程度の会話は朝飯前だった。
それでいいのか、元帥二人・・・。てかむしろこの馬鹿を元帥にした同盟と帝国!
 
てなわけでつつがなくヤンとエマが形式通り飲み終わった。らしい。
「まぁ、点てるだけなら私でも出来るんですけどね」
しゃかしゃかしゃかと茶筅を動かしてラインハルトに抹茶とお菓子をだす。
ロイエンタールも他の連中にしゃかしゃかと点てて振舞っている。
別にいいのだ、どうせさっきのはデモンストレーションだし、今のも半分デモンストレーションだ。
この二人にとって今回の最重要ポイントは既に終わっている。
「おや、ヤン元帥のは沫だっているのに、ロイエンタールのは沫がないんだな。コレはどっちがいいんだ?」
ラインハルト、子供らしい素直なツッコミだ。
「え?」
「は?」
「「・・・・・・・・どっち、も?」」
「ヤン元帥、裏千家ですよね?」
「私じゃなくて、母がでしたけど・・・多分・・・。ロイエンタール閣下は表ですわよね」
「ええ」
うっかりハルチはまた開けなくていいメンドクサイへの扉を開けてしまったようだ。
「それは・・・違うものなのか?」
「ええっと、大本は千利休なので同じなんですけど、その後流派がいくつかに枝分かれしたらしいですわ」
「違う。というのは知っていますが、具体的にどこがどう違うのかまではちょっとしりませんね」
ロイエンタール、興味のないことは一つも知らない。
 
とまぁどうでもいい文化鑑賞が終わって、夜。
仕事に戻っていたロイエンタールが屋敷へ帰ってくると、自室から悪の気配が漂ってくる。
ドンドチレ チーレドテテンツトン
ドンドチレ チーレドテテンツトン シャン
梅はァ咲いぃたぁかぁ、さくぅらぁはまだかいぃな
「・・・・・・・うぇんりぃ・・・」
「そんなイヤーそうな顔しない。オスカー」
扉にもたれたロイエンタールに、寝台の上に首をかしげ、腰掛けたヤンがにやーりと笑う。
「どうせだから、最後まで唄えよ」
ソファに深く腰をおろしたロイエンタールが足を組んでヤンに言う。
舟はァゆらぁゆぅらぁ 棹ぉしぃだぁいぃ 舟から上がって土手はっちょぅ よぉしわぁらへ ごあんんなぁいいィィィ〜
ジャカジャカうるさい三味線の音色を最後まで聞いてからヘテロクロミアを開く。
「で、お前が「あとで」といったハナシだがな」
「おーや、わたしは一言だって口にしちゃいないけどねぇ」
ずかずかと歩みよって、無造作に手を伸ばす。
「コレ、だよコレ! どーやったらあんなブナンな着物をアレだけブナンじゃなく着こなせるんだ、お・ま・え・は!」
「ちゃ、ちょ、お。オスカー引っ張んないでよ、痛い痛い」
引っ張られた髪を押さえながら恨めしげにロイエンタールを見上げる。
長い黒髪を髷にして低くまとめて簪をさしている・・・あたりまではすっごい無難なのだが、多めに残した右横の髪によって・・・うーーん・・・。
「どっからどうみてもカタギにゃあ見えんぞ。どこの姐さんだお前は?」
「うーーん、別にいいんじゃない? エマちゃんにも好評だったし、皇帝陛下たちも気にしてなかったみたいだし」
「お前、あいつら何も知らんとおもって、何やってもバレんと思ってるだろ?」
「んーー、まぁちょっとはね。けど、似合うだろう?」
「うん。似合うな」
ズベシャ
「何コケてるんだ? お前」
「え、エマイユじゃないけど、本当に喋りさえしなければこの男は・・・」
「ところでお前、この襦袢・・・さっき着てたヤツと違うよな?」
「うん。久しぶりに着たら脱ぐのが惜しくなって、ひじりやに一枚届けてもらった」
「ふ・・・ン?」
「お前、着物好きだろう?」
「・・・・・・・、わりと、な」
「まぁなんにせよ、今日はいい日だった。エマイユの着物も見れたし、お前のお茶も飲めた。夜の藤もいいな。あの御方は今日もお元気のようだ」
「本っ当にな、ウチ一番の大物はあの藤の木だよな」
窓の下、素晴らしい枝ぶりの藤が枝垂れている。
ちなみに、ロイエンタール家の藤はフェザーンで一番古く、格としてはバケモノ並みでロイエンタール家の数ある木々の中でも不動の一位を占めている。
「エマイユがファーレンハイトと結婚したらあの馬鹿多い振袖も着れなくなるしな。エマイユの子供が女とも限らんし。勿体ない。よかった」
「はいはい、勿体なくなくてよかったねぇ」
やっぱりこの二人はズレているが、ヤンはもう諦めているようだ。
まだお三味をなぶって遊んでいるヤンを目を細めて見、ロイエンタールが不意に「自分のモノ」へと手を伸ばして、襦袢を肩からはずす。
「ん?」
「今日は、割と愉しかった。久しぶりに茶を点てたしな」
冷めた笑みを浮かべ、ヤンの肌に顔を寄せる。
「そうかい、わたしは今日はとても愉しくて、とても幸せだった。しかもとても幸せで楽しく終われそうだ。とてもとても嬉しいよ」
そういって、ロイエンタールの青いほうの瞳にくちびるをよせると、自分のほうを向かせ、裏のない満面の笑顔をみせた。
「そうか、それはよかったな」
というわけで、今日は二人、珍しく戦争も起こさずにまったりとのんびりと夫婦らしくいちゃつくのでありました。
 
あー、幸せ幸せ
 

終わり

てなわけで、昔お誕生日プレゼントにあげたものです。
ついでに、コレ一応エマがファーレンハイトと結婚する前という設定で書いてますが、実際には「きっとしあわせ・・・」のどこの時間軸上にも食い込まないハナシです。
エマイユの結婚式前にエマに着物の予備知識があるのは望ましくないのですよ。
けど、あんなにたくさん振袖があるのに一度も着せないのは勿体ない!
今回私が一番書きたかったところは、ひじりやの着物どぱぱぱぱーー!のところです。
楽しかった・・・。
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