黒の物語

「ふ、ふふっ、ふふふ♪」
はずむような足どりで前を行くヤン・ウェンリーに、部下たちは戸惑いを隠せない。
浮かれている。見るからに浮かれている。しかし、自分たちの司令官はそんなタチだったろうか?
敵国の皇帝に招かれた夜会が楽しみで?
まさか!
「今日はいい天気ね」
部下たちの心境など知らぬげに、暮れてきた空を見て機嫌よく笑みを浮かべる。
「まるで、お祭りみたい」
ニィという形に唇を引く。
「まぁ、似たようなものだけど♪」
その笑みはどこかまがまがしく、空は奇妙な色で、生ぬるく湿った風はなんとも不気味だった。

「やっほーーーん、ロイちゃんv」
背後から飛びついてきた、17年ぶりに会う幼馴染に、ロイエンタールは呆れた声を出す。
「何やってんだお前」
「だぁってぇ、会えてうれしーんだものvvv」
「顔見てないだろ」
「抱きつくほーが大事っ」
しばらくごろごろと懐いていたカラクァー・ベアトだったが、思い出したようにそうそう、と声を出した。
「お前の嫁さんに会ったらね、エマイユに渡してくれってお守り預ったから、エマちゃんにさっき渡したよ」
「・・・・、知らない人からモノをもらうな。って知らないのか、あいつは?」
「かなり戸惑ってたけど、「母親」には逆らえないみたい。けど、なんか、俺と彼女の関係疑わせちゃったかも。いやあああん、照れるぅ〜♪」
「大筋で事実だろ」
「また、そういうこといわないのっ」
ようやっと振り向いた懐かしいロイエンタールに、思わず笑み崩れた某大富豪だ。
「っていう、いつも通りの会話を延々と続けたいんだけど、そういうわけにもいかなかったんだ」
「て、今のくだり全スルーかよ」
年齢一桁のころからの幼なじみだ。こんなどうでもいい会話で一生過ごせる。
「導師様からお使い。『今日重ねの大潮だから、よろしくたのむ!』」
「軽っ! いくらなんでも軽すぎるだろ」
「重いほうは、声のでかい人があとで恰好よく皇帝陛下にチョクで要請してくれるって。あと、資料預ってきたよ。観測結果。今日の予想天気図。見る?」
「天気図じゃねえし。てか、声のでかい人って、来るのか、あのひと・・・・」
思わず溜息混じりになりながらロイエンタールは、資料を受け取った。
「てか、あのひとはフツーに招待されてるし」
「いや、フツーの年寄りの振りしててくれれば、それでいいんだが・・・」
ひとしきり嘆いたところで、ロイエンタールは首を傾げる。
「というか、お前タダの大富豪だろう? いつの間に館の使い走りになったんだ?」
「うん〜? 気楽な大富豪やってたんだけどさーー。今フェザーン中、帝国軍の侵攻で大混乱でさ、ちょっとでもハッタリ効くヤツは年寄りどもから馬車馬の如くコキ使われてんだよ。お前ヒマだろって」
「ヒマだろ?」
「うん、稼ぐだけ稼いだから別に暇なんだよ、けどさ? なに、アレ? 町内会の役員みたいに地味に走り回ってるよ。お前への伝言でやっとお役御免」
「なんだそれ」
「うん、星規模なんだけどさー、内容が見事にご町内レベルなんだわ。みんな各所のトップなんだけどなーー」
フェザーン人は基本、とにかく大人気ない。
「けど、みんな頑張ってるよ。この騒ぎの間に、今まで通らなかったアレコレをどさくさに紛れて通しちゃえv みたいな感じで、各ギルドとか、企業とか、婦人会とか、みんなそれぞれ全力で回ってたから、逆に大潮で骨休めみたいカンジ」
「大混乱って、やっぱりそっちか」
帝国軍がきたくらいで大慌てしてくれるような可愛げはフェザーン人には無い。
「うん、みんなそれぞれ抱えてた案件一気に全部ひろげたから、後回しにできるトコ全部潔く切り捨てて、普通できることが何一つできないという恐ろしい事態になってたよ」
「確かに、帝国軍の侵攻により、フェザーンは混乱を極めた。で、間違いではないな。一応」
「けど、この帝国のフェザーン侵攻上手く利用すれば、フェザーンは百年進むよ、ロイ」
自信満々にカラクァーが笑う。ロイエンタールも同じ笑みを返した。
「さすが、転んでもタダじゃ起きないフェザーン人。楽しそうだな」
騒ぎが大きければ大きいほど喜ぶのがフェザーン人だ。野次馬根性ではない。トラブル大好きフェザーン人が野次馬で我慢してくれるはずがない。
参加することに意義があるのだ。よって、海千山千のフェザーン商人は、実は本業放り出しても騒ぎには参加してくれる。
「うん、あいにくとめっちゃ楽しい。だって凄いフェザーンっぽいもの。お前だって楽しそうだよ?」
「しょうがない。今日は大潮なんだから」

ザワリ
大気が大きく動いたように感じ、ラインハルトは顔をしかめる。
フェザーンに来るのは初めてだし、普段から宇宙空間にいることが多い。
それでも歴戦で培った勘は鋭く異常な事態を警告してくる。
嵐が来る。
ラインハルトは思わず外を見る。
不安を裏打ちするように、生暖かい風が吹き、
それが消えぬうちに。豊かな低音が耳を打った。
「こんばんは、皇帝陛下」
まったくもって何の変哲もない調子だが、なぜか無視できない量感を持った声。
声の主を見れば、フェザーン風の煌びやかな衣装を身に着けた小柄な老人が好々爺よろしくニコリと笑っていた。
有力な商人なのか、瞳の輝きと声の張りで、思わずラインハルトの背筋が伸びる。
「すまんが、お宅のオスカー・フォン・ロイエンタールを借りに参った。今晩一夜、貸してくださらんかな」
「か、貸して・・とは」
名乗りもしない相手だが、それを無礼とも思わせない威厳を備えている。老人はカラカラと笑い、続けた。
「今宵のフェザーンは重ねの大潮と呼ばれる状態でな。まあ、一種の自然災害と考えてくださればよろしい。今これより、建物の外には出られんものと思うてくだされ。ただ、この会場も決して安全とはいえぬ。このままでは」
ラインハルトはぬけぬけと云われたセリフにあっけにとられた。しかも、なんの説明にもなっていない。
「で、でられんって!」
「さよう。なぁに、朝が来るまでたいした時間じゃない。派手に騒いでおればすむこと。厄介なことはロイエンタールにまかせような」
「後見!」
自分の名前を聞きつけてやってきたロイエンタールだ。けれど、老人を制止することはできなかった。
老人は青金館という所の相談役であり館では後見と呼ばれているが、この星では知らぬものとていないフェザーンの古参商人であり、多くの人々は親しみと尊敬を込めて彼をこう呼ぶ。
『ハッタリの帝王』
その彼は目に猛々しい光を宿し、笑みさえ浮かべて朗々と言い放つ。
「オスカー・フォン・ロイエンタール! 今宵は重ねの大潮である! 今夜一晩この会場、建物全体を保ち、夜明けまで保持せよ! この任は青金館導師直々の要請である!」
芝居がかった、よく通る豊かな声だ。話の流れを一気に引きずり込む力だ。
ロイエンタールは、流されまいとした。
が、ハッと顔色を変えて叫んだ。
「まさか、俺一人でじゃないだろうな!?」
「さよう、それが導師の言じゃ」
自信満々に云うだけ云った老人は、また好々爺のようににっこりと笑った。
「冗談だろう!? 俺は本物の星海師じゃないし、そもそも、15年以上、錫杖に触ってもないんだぞ何考えてんだ、あのじじい!」
が、老人は眉根をよせて、不思議そうに問い返した。
「さて、お前、本当に無理だというか?」
「じょ、常識でものを考え・・・ろ」
「確かに朱の位の星海師が30人束になっても、展開は無理じゃろう。だが、導師が指名したのはお前だ。本当にお前にはできないのか? お前が?」
くどいくらい念をおす老人に、ロイエンタールのヘテロクロミアが泳ぐ。
「だから、本当に、何年ぶりかわからない」
だが、勝算はあるのだ、老人にはお見通しだった。
「今宵は大潮、お前の上得意の舞台だ。成功率は一番高い」
それに、老人には切る手札はいっぱいあった。ハッタリを押し通せるくらい。
「今現在、フェザーンに紫の位の星海師がおらん」
ロイエンタールはハッと息を呑む。幼いころから星海師にかかわりの深かった彼だ。その意味は十分にわかってしまった。
「その分を赤の位が分担しておるが、導師の補助ができぬ。つまり、導師は夜明けまで、星守りから手が放せない。さよう、ここに割く手札はないのだよ。知識のない帝国人を守れるのは、お前だけじゃ。それをフェザーン人はすべて承知でここにおる」
老人が背後を示した。朱色の肩掛けをした若い星海師たちが10人ほど、固唾をのんで一挙手一投足を見守っている。
「その割けぬ手を割いてきたのだから、見せてやるといい。お前の式を。導師の推薦でせっかく一番伸びしろがありそうなやつらを引っ張ってきたんだ」
ロイエンタールははっきりと眉をしかめた。紫の位がいないということは、次に赤の位に上がるべきものがいないということ。つまり、この若者たちが、無理にでも才能を開花させないことには、青金館は存続しないことになる。
それをフェザーン人たちはすべて承知なのだという。
ロイエンタールは奥歯をかみ締めた。
そして、すぐさまそれを打ち消し、負け惜しみのように云う。
「別に、引き受けなくても、うちの嫁と娘は無傷なんだがな」
たとえフェザーンが崩壊しても、多分それぞれの意味でその二人は無傷だ。
「女性方は固まっておれば大丈夫だろう。が、やっぱり相性悪いのは男でな。軍人ばかりだから、三分の二は生き残るだろうという試算じゃが」
「少し甘いだろうその数字は。せいぜい半数だ。軍人は人以外と戦う経験が無い」
「ああ、それがあったか! まあそれぐらいだろう。お前が朝まで会場を維持さえしてくれれば、説明はこっちで引き受けよう」
ロイエンタールが引き受けるつもりなのを知って、老人はにんまりと笑う。最後の手札を切る必要はなかったようだ。が、一応報酬なので、云っておこうと口を開く。
ロイエンタールは咄嗟に耳を塞ごうとした、聞いたが最後死ぬまでこき使われると思ったからだ。
しかし、年の功で老人がはやかった。
「ちなみに、導師からの報酬は、成功如何にかかわらず、引き受けたら紫衣の肩掛けだそうだ」
「・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・欲しいじゃろ」
「っあのジジイっ」
「しかも、金糸入りじゃぞーー! めっちゃ欲しいじゃろ!」
「いい年してそんなものに釣られる自分に絶望したっ」
「うわぁ。帝国元帥サマ、ちょうよわーーいv」
「いっぺん死んで来い、大富豪」
いつの間にか背後にいたカラクァーにロイエンタールは吐き捨てる。彼相手には容赦のよの字もない。とてつもなく大きな溜息をついてからロイエンタールは認めた。
「あー、確かに欲しいが、星海師でもないのに受け取るわけにはいかないだろ。あとでじじいには評価の礼でも云っておくさ」
「うん、導師は冗談ではなかったようだが・・・。まあよいわ、受けとれ。お前の錫杖だ」
「・・・」
にぶく、銀色にかがやく、懐かしい錫杖。
パシッ
手に、馴染む。
思わず子どものように、ニィと唇を引いた。にぎる手から力があふれて来る。
何も、できないことはないとおもうほど。
しかも重ねの大潮だ。
「楽しいな」
それがフェザーン人の本能というものだ。
それをみて老人はもう一度にっこりと笑う。
力強く、華やかな、フェザーンそのものの笑顔を皇帝に向けた。
胸を張り、機嫌よく、腹の底から声をあげる。

「さあ、皇帝! 百鬼夜行のフェザーンへようこそ!!」


シャン・シャン・シャンッ
自分の丈より長い錫杖を小気味よく振り回してみる。
これを恰好良く扱えてこそ星海師だ。フェザーンの子どもなら皆憧れる。
ロイだって子どものころはカラクァーとチャンバラごっこならぬ星海師ごっこをやったものだ。
意のままに流れ出す力に、ロイエンタールの顔に傲慢な笑みが浮かぶ。
元々展開はアホほど得意だ。
ブランクさえ考えなければ、無茶だと云った規模の展開だってたいした労ではない。
己惚れてしまうほどに得意だ。
20年ぶりにもかかわらず、新しい術式を試してみようと展開してみる。
けれど、機嫌よく広げてしまう前に、意識の端に引っかかる邪魔者がいた。
流石のロイエンタールも、これを内包したまま、朝までこの会場を維持することは不可能だった。
「星海師の名代として」
展開だけなら、並の星海師が百人もいればできるかもしれないが、これはロイエンタールしかできない。
さっきのカラクァーの言葉を思い出して、力の奔流にたゆたいながら、ロイエンタールはククと笑う。
『ハッタリの効くやつは年寄りどもからこき使われて』
まったくその通り。帝国元帥の地位だって捨てたものではない。
だから、
「お前は出て行け」
傲慢な笑みを浮かべるヘテロクロミアに、ありったけの愛を込めて。

シャンッと錫杖を向けられて、その先にいた女はきょとん、と目を見開く。
長い黒髪を腰までたらした大人しやかな女が、ほんの一瞬あどけなく見えた。
「同盟元帥、ヤン・ウェンリー」
ロイエンタールに呼ばれた女は、けれど、すぐににこっと笑う。
「素敵。本物の星海師みたい」
星海師みたいにかっこいい、とはフェザーンにおいて、モデルみたいに美人、とかいうのとおんなじだ。
「それはありがとう」
心からの評価に、ロイエンタールもにこりと笑う。その瞬間、二人の間で空気がたわんだ。
「うわっ」
帯電する空気にカラクァーが慌ててよける。
しかし、二人は笑顔で節度を守った会話を続ける。・・・十分に距離を置いて。
「その軍服もお似合いだけれど、星海師の装束のほうが恰好いいでしょう。お受けすればよろしいのに。それに、紫の肩掛けだなんて!」
「そういわれると、悪い気はしませんね」
「ええ、すごくお勧めしますわ。きっととても似合いますもの」
「けれど、紫の位は辞退する。まず星海師になるところからだ」
「あらまぁ、どっちでも同じでしょう、あなたならすぐだわ」
「それなら、なおさら正式な手順で」
「真面目なんですね」
「省略するのが面倒な時もあるでしょう?」
「あら、ものぐさなんですね。見かけによらないわ」
「それは失礼」
二人ともこれ以上ないくらい笑顔だが、ロイエンタールの後ろに避難したカラクァーの顔は引きつっていた。
「あのーー。二人ともーーできればその辺でーー」
二人は笑顔だが、場内は風に蹂躙されていた。
しかも、心なしか、二人が喋れば喋るほど、外の騒ぎが酷くなっていく気がする。
商都フェザーンで大型の獣の咆哮が聞けるのは大潮の時だけだ。
「違うぞ、カラクァー。外が荒れてるのは大潮が進行しただけだ」
「じゃあ、この風は〜〜?」
「その女がいると、術が閉ざせない」
笑顔に隠していた鋭利な刃をギラリその顔にうかべ、それでもロイエンタールは笑う。
「あらあ、帝国軍の元帥閣下はこの嵐の中にか弱い女を放り出すのね。怖ぁい」
というヤンは云って自分で笑っている。楚々とした笑顔が、たまに内蔵がよじれるような違和感を感じる。この笑顔が、怖い。
「お前をこの中に置いておくことは、本職の星海師が200人いても不可能だ」
錫杖を向けたまま言い切るロイエンタールの肩にちょこんと首を乗せて、背後にべったりくっついた大富豪が問う。
「それって本当にできないの? お前でも?」
カラクァーもこの規模の展開は不可能だと思ったものだが、それを苦にしていないらしいロイエンタールは冷静に鑑みて、現フェザーンで導師に次ぐ。いや、老いた導師を凌ぐはずだ。その実力をもってしても出来ないのか、と。先の老人を真似て聞いてみた。
「出来んとはいわんぞ、嘘だからな。ただ、それを実行すると5分で俺が干からびて死ぬ」
「それは、できないっていうんだよ、オスカー」
カラクァーは、わかっていたはずなのに、冷や汗が落ちるのがとめられなかった。
なら、その実力を有したロイエンタールが追い出そうとする、コレ、は何なのか。
「といわけで、さっさと出て行け、ヤン・ウェンリー」
ロイエンタールが錫杖を構えなおした。ヤンはどこか妖気を帯びた動作でスッと背筋を伸ばし、首をかしげた。と、
ハッ。く、く、くっ
「あははははっv 話がわかるじゃないの、オスカー・フォン・ロイエンタール! この大潮に大人しくしてろって云われたら、何するかわかったもんじゃなかったわ!」
「・・・っ、大潮にあてられてやがる」
「ロイ。お前も人のこといえない」
カラクァーが冷静に突っ込んだが、その彼もヤン・ウェンリーからブワッと流れてきた、怪しげな生暖かい風に顔をしかめる。
「貴方、今、お守りを持っているわね?」
途端に冷静になった瞳の端に妖艶な色を添えた元帥の問いに、ロイエンタールは顔をしかめる。持っていたからだ。
「それをちょうだい。喜んで出てゆくわ」
ニコリ、と、作り物めいた笑みの表情を作った。
「お前になんの必要がある?」
「あら、きちんと役に立つわ。結んでくださる?」
折れそうなほど細い左手を差し出されて、ロイエンタールは訝しげに相手の顔を窺う。
彼女の挙措に警戒しながら、黒い紐と黒と青を基調にした色石で作られた守りの腕飾りをヤンの手に結んだ。
美しいそれに、ヤンは満足したように唇を寄せる。
「お前には金の石が足りないな」
こんなときなのに、全体の印象を見てロインエンタールは不満そうだ。仕方ない。ヤンのために作ったのではないのだから。
「いいの。あなたが作ったものだもの。十分だわ」
「何の役に立つ?」
歌うように云うヤンに、ロイエンタールは心底不思議げに問いかける。
本来この守りは、大潮の時にやってくる様々な災いを避けるためのものだ。そんなものはこの女には効かない。
「あら、ナンパよけになるわ、あなた」
「そっちか・・・」
この腕輪は大抵、特別な相手のために作るものだ。親兄弟でもない異性の手になるものをしていれば、つまりそういう意味になる。
つけた瞬間からヤンの呼ぶ声の調子が変わったことにロイエンタールは気づいていた。
「遊びにいってくるわ。あなた。うふふ、朝までには戻るから」
ドロドロと甘くとろけそうな笑みを浮かべた同盟元帥は、わざとらしいほど女らしくロイエンタールにしなだれかかり、
「この楽しい大潮に。ごめんなさいね、あなた。留守をお任せして。だから」
一瞬の隙をついてヤンの禍々しく赤い唇が、ロイエンタールのそれを襲う。
「っ!」
喉の奥でヤンが哂った。
「だから、朝まで私が半分あずかってあげる。あなたも楽しんで、大潮なんですもの」
そして表情を翻すと、横顔で女賊のように華やかに高らかに傲慢に笑う。
「今夜の大潮は私のものよ」
くるりと背を向けて、そのまま四階ほどの高さのテラスから身軽に外へと飛び出した。
「〜〜♪」
「カラクァー!」
ヤンが外へ出た瞬間ロイが錫杖を一振りし、鋭く呼ばれた大富豪は窓に駆け寄り、その黒髪の軌跡を追った。
まっすぐに落ちていくヤンだったが、地面につく前にまるでトランポリンのようにその体がぐんと跳ね上がる。
そのまま天のきざはしを駆け上がるようにポーンポーンポーーーンと遙かな高みへ舞い上がって行った。
その爽快さに、カラクァーは思わず目を細め、
「うっわぁ・・・・・、大丈夫、綺麗に上がってったよ。って、げ、空ちょう歪んでるよロイ! ってロイ!?」
振り向くと、膝をついたロイエンタールが、心臓あたりを掴んで眉を顰めている。
「っの、バカ、本当に半分もってきやがった・・・!」
「え、それって大丈夫なの、ロイ!」
「赤位のじじいどもが何年もかけて習得するってのに、カンだけで真似するなっ!」
「えっと、ロイ、褒めてる?」
「〜〜〜〜! あの女、竜輝のとこか?」
「うん、あそこ」
まさしく大潮を代表する空模様の一つに、米粒より小さくなったヤンはぐんぐん近づいていった。空の色が不気味なマーブルなのはそこに竜輝族というなんかドラゴンぽい何かが密集しているせいだ。
「あんだけ濃けりゃあまかり間違っても、落ちたりしないね」
どんだけまかり間違っていても彼女は人間なので、空は飛べない。色々反則はプラスされているが、基本人間なので空は飛べない。あんだけぶっ飛べるのは大潮のせいと、
竜輝族の手を足場にしているからだ。
竜輝族には楽しい遊びらしい。彼女は昔から彼らと仲がよかった。
「温水プールでディスコやってるようなモンだからな」
溺れることもないし、風邪もひくわきゃない。当然落ちて死にもしない。
「オスカー、そのうち若いもんに「ディスコって何?」って聞かれるぜ」
「絶滅した太古の妖怪だって云っとけ。・・・・っ」
ロイエンタールが甲で口を押さえ顔を背ける。
「どした、ロイ?」
カラクァーの問いに答えず、そっぽむいたまままっすぐに遙か高みのマーブルな空を指す。
「ん、竜輝? あ、もしかして濃すぎるってこと? 酔った?」
こくこくこく
「大丈夫?」
こくこく
「ああ、調整するから、ちょっとほっとけって?」
こくこくこく
腐っても幼なじみ。経験とニュアンスでなかなか通じ合えるものである。
「同盟元帥も、なかなかやってくれるね!」
ロイエンタールは大丈夫そうだ、カルは明るく笑って云うと、懐から美しい細工の遠眼鏡をだして、彼女のいる空に向けて伸ばす。
「あーーー、気持ちよさそうに飛んでるねーーー」
ぽーんと跳ね上がって背中から落ちている。うわぁ楽しそう。
ちなみに、その姿が見えるのは、竜輝族が実体じゃないからだ。ヤンを飛ばす?手も実体じゃなく、密度とやららしい。説明されてもカルにはわからない。
その間にロイエンタールは右腕を伸ばして、パチンと一つ指をならした。
それまでの吐き気を忘れたように、フゥと息を吐く。
「お、平気になった? 術? おつかれーー」
「ああ、空白見つけて、そこに滑り込んで安定させた。もう平気だ」
「だから、俺、術はちんぷんかんぷんなんだってば。才能ないからさー」
「俺だってお前の金儲けのロジックは説明されてもわからない。諦めろ」
ふぅ、ともう一度息をついて、肩をまわす。やっと楽になった。
「半分もってかれて大丈夫なの?」
「ああ、別に、展開に不自由はない。きっとあいつは息抜きの親切のつもりだったんだろ。実際飛ぶときほどじゃないが、爽快感はあるな」
「へーー。半分飛んでるってどんな感じ?」
「そうだな・・・、すげースースーするのど飴舐めてる感じ?」
「ちょ、それびみょう! ありがたみが感じられないよ!」
「だって、マジでそんな感じなんだよ」


〜いんたーみっしょん〜楽しい大潮講座
『チュートリアルだ。俺は、案内人だと思え』
左目に奇妙なゴーグルをつけた少年の映像が皇帝たちの目前に浮かび上がった。
ゴーグルから伸びたコードがウェストポーチの機械に繋がっている。
「って、これ、ロイエンタールだよな?」
『真面目にやれ〜、ロイ』
『だって、なんで俺がチュートリアルやんだよ! てか、これ明らかに実用性ないだろ!』
撮影者を睨んでいるらしい。12歳くらいだろう。思いっきり不機嫌な仏頂面だ。
『いやー、わからんぞー。いつ使う機会があるとも限らないだろ?』
「かっ、かわいいっ」
思わず云ったラインハルトだが、こいつの感性はどっかおかしい。
『大潮は、様々な異世界が近づいて、このフェザーンで重なる不思議現象だ。十分に解明されてない。色々キケンだからその時間内は外出禁止だ。出歩くな』
『そんなんで通じるか! 五歳の子供にでもわかるように説明しろ!』
『五歳の子供なら、じゅーぶんわかってるよ!』
『なら五歳の子供の帝国人にわかるように、だ!』
『フェザーンのホテルなんかには、十分な支度がされてるから、中にいれば基本問題ない。小さい羽の生えた妖精めいたものから、小型の獣。三歳児ほどの大きさの沢山の小人なんかがいる。猪くらいの大きさのモンスター? 妖怪? めいたものも多い。危険だ。たまに人間の背よりも大きい獣もいる。走って逃げても勝てないぞ。ブラスターの類は効かないから、対抗するならナイフや剣や棍棒なんかがいい。もちろん、フライパンでもいい。あとは?』
『そうだな、高位者の説明もしとけ』
『大潮で特に危険なのが、異世界の者の中でも、人間と似たサイズになれるものだ。たいてい、明らかに人間と違う特色があるから、見たら速攻で逃げろ。一応結界が展開されている場所には入ってこない約束になってるが、安全だと思って中からからかったりすると、フツーに襲われるぞ。貞操的な意味で。外からにっこり笑われてうかうかと外にでると、命より大事なものを失いかねん。お勧めしない。ヒトガタになれるものはすべて確率は高くないが交配可能だといわれている。普段の大潮でみるヒトガタは竜輝族の高位者だ。竜輝族の界はこの世界と割と近いらしい。熱烈な恋に落ちた昔話や噂話がけっこうある。大潮の終わりに向こうの界に渡った話とかもな。食事や環境は問題ないらしいが、やっぱ異文化なので苦労しそうだ。男が向こうの女と交配するときはいいが、女が向こうの男と交配すると卵で生まれてくると聞く。どっちにしろ、けっこうな覚悟がないなら、異世界にはかかわらんほうがいい』
『ロイエンタール、異世界コミュニケーション推奨してるぞ』
『やりたいやつは、自己責任。よほどの規模の大潮でないとそんなことはないが、普段の大潮でも稀に更に凶悪な種族がフェザーンに迷い込んでくる。大潮はどの異世界人にも祭りのようなものらしく、みなハイだ。ノリノリで口説いてくるヒトガタには間違っても近づくな。できれば、窓は全部閉じて、何も見ないのがいい。人間はヒトガタをとれる異世界人からみたら酷く脆弱な生き物だ。かかわらないことが、なによりも自分のためだ。こんなトコでいいか?』
『まあ、いいさ。お疲れだったな』


いつのまにかロイエンタールは壁に寄って、カラクァーと場内を観察していた。
あちらで町学者が大潮のあらましを説明したり、そちらで別の男が守りの腕飾りの作り方教室をやっていたり。また、普通の大潮は親しいもので集まってパーティーなどを開いたりする。その大潮料理だとか大潮のダンスだとかを披露したりして、なかなか賑やかだ。後見が説明はまかせろといっていたが、何かの参加型イベントのようだった。
町学者たちが、自分とこの私塾の幼い生徒を連れてきているのがイヤらしい、とロイエンタールは思った。あんなチビどもの前ではいくら得体の知れない事態とは言え、帝国人たちはみっともなく騒ぐわけにもいくまい。
フェザーン人たちはどさくさに紛れてこのまま朝まで引っ張るつもりらしい。
なんにせよ、ロイエンタールのところまでだれもこないのがありがたかった。

いや、一人例外がいた。流石にこれだけはロイエンタールが奇妙なことやろうとも恐れ入るような立場ではないらしい。
ちっ、昼寝でもしようと思ってたのに。
「あの、お父様・・・」
「エマイユ、亭主のところにいればいいのに」
「お父様、お体大丈夫ですか?」
さっきから、事態はわからずとも父親の心配をしていたエマイユ・フォン・ファーレンハイトが不安そうな顔を向けた。
が、ロイエンタールが見たのは、その手に付けられた青い紐の守りの腕飾りの方だった。
「あ、これ、さっきカラクァー・ベアト様が、お母様からだって」
「だからエマイユ、カル小父さんって呼んでくれっていったでしょ?」
「か、カル小父様、が」
顔をほてらせて、エマイユが頑張る。身内らしい身内もいないので、恥ずかしい。
もちろん、ロイエンタールにはそんなことどうでもいい。
「ああ、お前の母親がつくったやつだな、なかなかいい出来だ」
鏡に映したように自分の作ったやつとそっくりだ。という感想は悔しいので云わなかった。
「あの、お父様、さっき、ヤン元帥とちゅーしてましたよね?」
「それも含めて、朝になったら返事してやるから、今はほっとけ」
「朝になったらお母様のことも紹介してくださいますか!?」
「してやるしてやる」
大潮でハイになってるのか、ロイエンタールは物凄く説明がおっくうだった。
それにいくらロイエンタールだって、あのぶっ飛んだ同盟元帥がお前の母親だ。なんて話はしたくなかった。大潮が済んで正気になった当人に説明させればいいことだ。
うん、間違った判断じゃない。だから、面倒くさいだとかそんなんじゃない。
という情けない父親だったが、生まれてこの方17年、やっと言質をとったエマはにこにこだ。
安心したら、また父親の体調が不安になったらしい。
「お父様、お体本当に大丈夫ですか?」
大潮で感覚があちこち遊離しているだけだ。あと、半分飛んでるし。
が、ロイエンタールは逆に質問した。
「エマイユ。お前、吐き気がしたり、嫌なにおいがしたり、逆にいい匂いがしたり、熱かったり寒かったりなんかするか?」
「? いいえ、特に何も?」
予想通りの返答に、ロイエンタールが眉を寄せる。
「カラクァー。こいつ本当になんの影響も受けてないな」
「うん、逆にかわいそうなくらいかもしれない」
普通幼い子供たちは大潮には出歩かないし、大人たちは外を見ようともしない。
けれど、ちょうど10代の少年少女は違う。彼らには面白くてたまらない狩りの一夜だ。
武器やアイテム、まるでゲームのように道具立てがされ、人ともわからないものと交流する不思議の一夜だ。大潮の影響を一番受ける年代がちょうどエマの頃だった。
対抗する術の素養はないカラクァーだったが、彼も体中に力がみなぎり、足が普段より軽くなった夜を覚えている。楽しくてたまらないのだ。いや、それすらも大潮の影響なのだろう。
ロイエンタールが大潮を楽しみだというのも、子供のころの体験があってのことだろうと思っている。普通の大人は親しい友人をなくしたり、それ以外のものをなくしたりで、大潮を嫌悪するようになるものだが、
やっぱり、子供のころの楽しみは、カラクァーには忘れられそうもない。
ロイエンタール一人を置いていくのでなければ、多分今夜だって飛び出しただろう。
いや、ロイエンタールと一緒にモンスターを蹴散らして走っただろう。
――ああ、だから導師様、ロイにこの仕事押し付けたのか。
この嵐に走り回る星海師もいるが、ロイは今日はお留守番らしい。
――あれ? けど、なんで?
帝国人を守る以外に、別に何かありそうだった。

「失礼、次期様。確かにこの様式では夜明けまで維持できますでしょうが、少しばかり薄くはございませんか?」
朱色の肩掛けをした星海師の一人が恭しくロイエンタールに問いかける。
次期導師を引き受けたつもりはさらさらなかったが、そこつっこむと長くなりそうなのでスルーすることにする。
若い星海師といえば、たいていプライドがアホほど高く、頭の回転も速く、俊英で真面目で、総じてやっかいで付き合い辛いが、研究熱心でオタク気質の実力至上主義なので、実力さえ示せば邪魔して来ないぶん、ロイエンタールには楽な相手だった。後見に引き合わされたときの敵意に近い眼差しが、ものの見事に消えている。楽すぎて少し相手が心配になった。
案の定、見たことも無い術式に興奮して、星海師同士で今まで熱く語っていたらしい。
「いや、これくらいでいい。この規模で民家と同じ展開をすると、外との温度差が開いて中が荒れる」
カラクァーにはさっぱりわからないが、彼らにはこの説明で十分通じるらしい。
「しかし、このような式ははじめて見ました」
別の星海師が感嘆の息をもらす。シンプルで柔軟で精緻だ。
通常民家で張られる展開を、真冬の暖炉の前でココアだとするなら、ロイエンタールのは新緑のテラスでお茶会というカンジだ。それくらい、重さも密度も違う。
「・・・はじめてやったし」
「えっ」
ぼそりと呟かれたロイの一言に、星海師がそろって引くが、まぁ、大丈夫だろう。とはロイエンタールの実際の感触だ。
「今回の大潮は、重ねの大潮にしても相当な規模だ。普通の大潮の10倍以上あると考えていい。だとすれば、街にあふれる有象無象の数も多いし、種類も多種多様だ。あまり濃くて大きくすると、狙われるし、すぐ壊れる。問題があれば・・・」
と、ロイエンタールは目をあげて、つかつかと会場をつっきった。
反対側の壁にむかって、大きく錫杖をふりあげる。
「ていっ」
ぐわんぐわんぐわんわんわん
壁を殴ったはずが、なにか柔らかい物がたわんだようだ。
「まあ、こんな感じだな。一時間に一回もないはずだ。朝までならどうにでもなる」
云われた星海師たちの反応は、残念ながら、新しいゲームを買ってもらった子供と同じだった。目をキラキラ輝かせている。
「よかったな〜、オスカー。この分だと青金館あと百年はもつぜ☆」
「・・・、ホントにな」
けれど、コレで済むなら、ただの大潮なのだ。
重ねの大潮が、普段の10倍厄介なのはダテではない。

「よう、オスカー! 四百年ぶり! 酒もってきたぜ、呑もう!」
「絶対嫌だ」
がやがやとやってきた男たちに、ロイエンタールは即答で答えた。
こなきゃいいと思っていたが、きちまったので、ロイエンタールはとても凶悪な顔だった。
人々がその異様な風体の男たちに驚いて道をあけたので、ロイエンタールのとこまで道ができてしまった。帝国同盟フェザーンにかかわらず、皆がおびえている。
その男たちとは、三国志に出てくるような古めかしい青緑に光る鎧を着込み、面立ちは違うが全員がまっすぐな黒い長髪で、・・・・みなが2m半前後の長身だった。
明らかに人間ではないその姿に、フェザーン人たちですらビビッている。いや、フェザーン人たちは彼らが何か知っているので怯えている。
中でも一番落ち着いた雰囲気の男が、瞳孔が縦に割れた瞳を細めて、ロイエンタールに話しかけた。
「やあ、久しぶりだ。息災そうでなにより。フェザーン殿から聞いたんだが、この地の支配者が変わったそうじゃないか。挨拶にきたよ。その上、フェザーン殿もその位を下りてお前に譲られるとか、これはと思って駆けつけたんだよ!」
「・・・・・・・・・・・・、待て?」
男の言葉にロイエンタールの額にビキィと青筋が入り、そのままロイエンタールは叫んだ。
「後見!!!」
「うぃ」
いつのまにか側にいた老人はシレっと返事をし、ロイエンタールはノンブレスで苦情をまくし立てた。
「なに考えてやがるあのじじいは!! 余計なモンまでこっち押し付けやがって! だいたい、俺が提示されたのは紫衣であって、青衣じゃないぞ!!! つーか唱名もせず譲位してんじゃねえ!」
面の皮で巨万の富を築いたじじいは、ロイエンタールの鬼の形相なんぞものともしなかった。
「それについては、導師から伝言を預っている」
鼓膜を突き破らん怒声も微風ほどにしか感じない。いや、耳遠くなっただけかも。
「『いやあ、はっはっは、お前青衣じゃつれんだろー?』」
「・・・当たり前だろ」
「『どーせ、次にこの規模の大潮が来る頃にはお前が青位だしな☆』」
「・・・・・・・・・・おい」
「『しょーじき、わしも年でいろいろガタがきてるから、半分くらい頼むわ』」
「だから、それは」
「『最悪、アルバイトでも可』」
「後見、呑気に伝言預ってないで、とめろ、あのじじい」
「いや、それでもいいんじゃがあいつもリアルに年で、いつポックリいくかわかったもんじゃないしな。現実ってオソロシイよな〜、ロイエンタール」
へらへら笑う老人だったが、その言葉に別の男が反応した。
「あれ? お前ロイエンタールかい? 三日振りなのに立派になって」
「血樹!?」
さりげなく紛れ込んですぐ側にいた異世界人にロイエンタールが驚く。
いや、フェザーン人なら誰だってこの距離に血樹族がいたら驚く、というか慄く。
そんなロイエンタールにかまわず、血樹族の男はにこにこと爽やかに笑顔を振りまいている。口調は砕けているが、品のいい雰囲気を持った、貴族と騎士の中間のような男性だった。自然な色の緑の髪がサラリとゆれる。
「それにしても、僕好みに、綺麗になったね」
「・・・」
「どうしたの? 顔色が悪いけれど」
「いや、あんたに褒められるような生き方を選んだと改めて認識しただけだ」
「ああ、珍しいんだよ、僕が褒めるなんて! 素晴らしいよ! よくやった。もっと自慢していいのに!」
ああ、相変わらず話しが通じない。いや、通じてるけど、明らかに感覚が違いすぎる。
・・・当たり前なんだが。
「ところでロイエンタール? あちらの綺麗な人は誰かな? 紹介してくれないかい?」
ロイエンタールは思いっきりそっぽを向いたが、血樹族の男がうっとりと見つめる先にいる相手が誰かは見なくても知っていた。ラインハルトだ。
いくら我が身が可愛いからといえ、血樹族に上司を売るのは流石に躊躇われる。
「彼は、僕の子を産んでくれないかな? ホラ、血樹族って同性同士でも子供がつくれるからさ。きっと彼は僕の運命の人だよ。感激だな。大潮は出会いの機会だけど、フェザーン族であんなに綺麗な人に出会えるなんて! 金族や竜輝族だと交配率が低いから」
上品なのは見た目だけ。だと知っていても、やっぱりロイエンタールはげんなりした。
血樹族は同族で子がなせないので、大潮は貴重な恋愛シーズンなのだ。
まあ、彼にとっては三日ぶりの重ねの大潮らしいが。
「前の支配者たちとはずいぶん事情がかわったんだね。ますます僕好みの土地になってくれて嬉しいよ!」
「・・・血樹族に褒められても、嬉しくもなんともない」
「うん? 君達フェザーン族はよくそういうけれど、なぜ自分たちの生き方を肯定しないのかな? 健全な思考とは思えないよ!」
どいつもこいつも、テンションが違いすぎる。
ちなみに、フェザーン族ってのは人間のことで、この地がフェザーンだからそう呼ばれている。異世界人は相変わらずヒトという概念を受け入れてくれない。
いや、入植から百年ちょっとだから、これでも理解してくれるようになったのかもしれない。
「くそ、あのじじい、まじで余計なことしやがって・・・」
珍しく真剣に泣きそうになっているロイエンタールをカラクァーがなぐさめる。
――導師様、導師の位も高位者もロイに押し付けるなんて、手並みがアザヤカっ! いや、血も涙もねえな。
「気持ちはわかるけど落ち着け。どうせ重ねの大潮なんて滅多にないんだから」
「じゃあ、金族がきたらお前が相手しろよ。ヒトガタ取れるクラスに術なんて効かないんだから」
「うええ〜、金族は〜〜」
その名の通り、金色に輝く美しい種族で、美しいのに嫌われてるのは、中身が残念ってコトだ。
ちなみに嫌われてるトップは大差で血樹族である。彼らが基本、普段の大潮ではフェザーンにこれないことは、フェザーン人にとって喜ばしいことだった。

「というか、オチが不在です」
「んじゃ、呑もうぜ。オスカー!」
一番初めにやってきた、賑やかな竜輝族が明るく誘う。
「だから、お前らの酒はイヤだって云ってるだろ!」
フェザーンの少年少女は、年頃になると皆大潮にはまる。主に猪サイズのモンスターを狩るのだが、彼女より先に竜輝族と仲良くなったのはロイエンタールの方だった。
彼らは四百年ぶり? でもロイエンタールを忘れていなかったらしい。
「竜輝族の味覚は、人間とあまりかわんないんじゃなかったっけ?」
「じゃあ、その酒呑んでみろ、カラ。毒じゃないし、不味くもないし、ちゃんと酔う」
「えー?」
コクコク・・・ブッ
「あの、オスカーさん?」
「なんだ?」
「不味くはない。不味くはないけどなんでこの酒、とりのから揚げ味なの?」
「知らん」
オチなんてないとも!
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