あるはずのない世界
 
「ねえ、お嬢さん。あなたは人が飛べると思いますか?」
ホールの手前で唐突に話しかけられた一言にエマイユは面食らった。
「・・・はい? あの・・・」
「あなたは、帝国のお嬢さんですね」
言いよどんだエマイユに、にっこり優雅に女性は微笑み、エマイユは更に戸惑う。
「はい。けれど、お嬢さんではなく、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトの妻のエマイユと申します。あの、あなたは・・・」
「また、お会いしましょう」
そういって戸惑い顔のエマと別れて、三歩で女性は照れたように微笑んだ。
「どうしましょう。あたくし、今日は負ける気がしませんことよ」
深い海色のしっとりしたドレスに身をつつんだ黒髪の女性は、優雅に編まれた髪をしゃらりとゆらして、不敵に微笑み、楽しげに夜会のホールへと足を踏み入れた。
 
 
「ヤン・ウェンリー提督。一目ぼれなんだ。結婚してほしい」
恋する者の誠実さで頬を紅潮させながら訴えた皇帝ラインハルトのアイスブルーの瞳を、同盟軍の不破の魔女の澄んだ黒い瞳がぱちりと見返した。
いくら昼寝提督でもこのプロポーズが本心からの本気だということはわかった。
「陛下、これは全宇宙生放送なのでは?」
「本気だ」
それはわかってる。
「迷惑なのもわかっている。けれど、告白せずにはいられなかった。貴女と私なら問題は山積みだが、それでも、新しい未来を模索したいと願うほど」
「いいえ、陛下が問題なのじゃありません。わたしの問題なので・・・」
えーー、んーーー、と、やけに幼い仕草で彼女は眉をよせ、充分に考えてから、口を開いた。
「たとえば、わたしが男だと云ったら、どうします?」
「かまわない!」
間髪いれず答えられた。強い・・・。
「では、わたしがヤン・ウェンリーではないと云ったら?」
「もし、貴女が同盟の元帥ではないとしても、貴女は貴女だ。私が結婚を申し込んだのは今眼の前にたつ貴女だ。他にかわりはない、世界に一人の人だろう?」
思わずじんとしてしまう真摯な口調だった。愛と思いやりに心が暖まるような。
けれど、
彼女には、彼女の事情があった。口元だけで優雅に微笑む。
「では、わたしも、このプロポーズがわたしに向けられたものであると思ってこれから話します。全部聞いてから、もういちど、わたしの名前で、プロポーズしてくれますか?」
 
「この会場で、わたしが帝国人だと聞いて、誰が驚きますか?」
振り返った彼女は静かな声で問うた。その言葉にざわめいたのは帝国人と同盟人だけで、その場にいたわずかなフェザーン人たちは、「まさか」と「やっぱり」をまぜた複雑な表情で痛ましそうに目をふせた。
「今驚かなかった方々に心から感謝します。辛いことも多かったですが、今この場に生きて立っていることは、この上ない喜びです。あの日、たすけてくださった、みなさんのおかげです」
硬い表情で謝意を表してから、あらためて、帝国人と、同盟人たちに向き直った。
その瞳は揺らぐことのない自信と落ち着きを湛えて。
神秘的な表情で彼女は話をはじめた。
 
「わたしは、帝国歴458年10月26日。帝都オーディンで生まれました」
一旦、ヤン・ウェンリーのプロフィールは忘れてください。そのあとの言葉に場の一同は息を呑んだ。いままで生活していた世界が騙し絵に変わる・・・。
「父は下級貴族で、成功した商人でした。母は、若く美しい伯爵令嬢でした。要するに金持ちのいい年した男が貧乏な貴族の若い娘を嫁にもらったんです。わたしは生まれた時に男として戸籍を出されました。名前も当然男名です。可愛くなくて、不満でした」
ふーーっと首をふる。なんか、酷い話なのに世間話の口調だ。
「母の両親・・・伯爵夫妻が、女が生まれたらひきとるはずだったと聞きました。わたしも、祖父母にはとても幼い時にあったきりなのですが、まぁ、くそじじいとくそばばあで、いえ、面白い人たちなんですが、とにかくダメダメで、子ども引き取って金づるにする気だったようですね。両親は、あまりうまくいっていなかったはずなんですが、わたしを伯爵家にやらないということで一致団結していたらしいです」
ヤン・ウェンリーのハナシだとさえ思わなければ、まま、よくきく話だ。ラインハルトはやっぱ貴族ってキライと思った。
「帝国ではそういうところは緩いとかで、ある程度お金を渡せば、戸籍をいじって出すのは難しくないそうです。大人になったら女に戻してくれると父は云っていました。向こうの親戚にバレるとまずいので、屋敷の外にはあまり出してもらえませんでしたが、屋敷の中では普通の女の子として育ててもらえました。父も不憫に思ったんでしょうか、せめても女の子らしくと、わたしに許婚を決めてきてくれて」
かすかに微笑がともる。
「父の同盟人の友人の息子でした。わたしと同い年で。婚約したのは、二歳くらいだとききました」
話は続く。
「五歳の時に彼のお母さんが亡くなりました。わたしにも優しくしてくれた人で、大きくなったら彼のお嫁さんに、お義母さんの娘になるんだとずっと思っていたものですから、わたしもショックで・・・。いえ、それはともかく・・・わたしもフェザーンでなら屋敷の外に出られますし、むこうの家も同盟に親しい親戚がいないとかで、彼の父親が、宇宙にいる間はフェザーンの我が家の屋敷で暮らすことになりました」
「というか、なぜ帝国人の父親に同盟人の友人がいるんだ?」
「さあ? 多分、同盟相手に密貿易をやっていたんだと思ったんですが」
ラインハルトの常識を超えたことだったが、彼女はさらっと首をかしげる。
「まぁ、幼い子どものことですから、新しい環境にもすぐ馴染みます。馴染みすぎるくらい馴染んで・・・少しばかりやりすぎたんです。好き勝手やってたんで前々から当局には目障りな存在だったんですが、ちょっと・・・、馬鹿をからかいましてね。でっちあげで通報されまして。目の色変えた当局の一部に追っかけまわされまして」
何やったんだ・・・・(汗)
「それで、連中に一番目障りだったのが、わたしの許婚でした。本当、生きてフェザーンから出すな。てか、死ぬまで追っかけるーー。みたいなカンジだったんで、わたしの帝国の旅券を渡したんです。データを彼に書き換えて。冗談だと思うでしょう? やっちゃったんですよねえ。本当に。フェザーン人って、本当に当局嫌いで、ネットで、自治政府の一部が違法行為と越権行為のオンパレードっていうのが流れて、「マジ?」「これヤバくね?」みたいな感じで、沢山知らない人にたすけてもらいました。逃げ出すまでの三日間ぐらい、パーティーでしたよ。全然知らない人におにぎりもらうし、その辺のフツーの人が、道で警官に喧嘩売って仕事増やすわ、路上で酒盛りは始めるわ、道にペンキ撒き散らして絵ぇ書いてたな〜、十歳くらいの子どもが集団でダンスするわ、鬼ごっこだわで、その騒ぎのスキに、裏でこそこそデータ書き換えて。ええ、知らない大人の人でしたよ。多分フェザーン政府の職員の人も何人か混じっていたと思います。お互い本名も知らないみたいな、友達の友達の友達とか・・・まぁ、そんなことするから、一応フェザーンから出られはしたんですけど、今度は帰れなくなって。でもそれがまさか、帝国にバレてないなんて・・・、あなたぐらいはご存知かと思ってたんですよ。オーベルシュタイン閣下?」
知っていた人間は、そんな恐怖に青ざめた表情しない。オーベルシュタインはその顔のまま問うた。
「あなたは・・・誰だ?」
「わたしの名前はご存知のはずですよ? 母はレオノラ・フォン・マールバッハ。マールバッハ伯爵の三女です」
「・・・マールバッハ家のレオノラに子どもは一人しかいないはずだ!」
「ええ、息子じゃなくて、娘なんです」
「無理だ! 絶対に無理だ! 陛下にあなたの本名でプロポーズなんてできるはずがない!」
「っな、なんでオーベルシュタインに断言されなくちゃならないんだ! 余だって、男だ。二言はない!」
「無理に決まってます!」
 
「わたしの許婚の名前は、ヤン・ウェンリーです」
不毛な主従の言い争いを、彼女の落ち着いた声が遮った。
「わたしは、いいんです。わたしを名で呼ぶ人はいませんでしたし、ヤン提督と呼ばれても、彼に嫁いだ気でいればいいことでした。けれど、彼は? 毎日、会えもしない女の名で呼ばれて、女の名前で出世して、何が楽しかったでしょうか? わたしが男なら、屈辱で気が狂っていました。あのままなら本当に殺されていた。それでも、強いていいことだったでしょうか? 自分自身でいることを許されない。女の家で暮らし、女の実家に世話をされる? わたしなら嫌です。そんな安いプライドを持つ男ではないと思っています。思ってきました。けど、でも・・・!」
一滴、涙が零れ落ちた。悔恨と羞恥の涙だった。
「ずっと嫌ってきた名前でした。けれど、親からもらった自分の名前です。幼少時長くフェザーンで過ごしましたから、自分はフェザーン仔だと思っています。同盟も、帝国じゃ読めない発禁本が沢山あって楽しかった。けれど、今でも自分は帝国人だと、心の隅で思っているんです。だから、彼も多分・・・。陛下に、わたしの名前で求婚してほしいといいましたけれど、わたしは・・・わたしの名前は・・わたし・・は・・・」
くずれそうな女をみていた、ヘテロクロミアが閉じられた。彼は隣にいた親友の肩をポンと叩くと、一歩踏み出した。
「オスカー・フォン・ロイエンタール」
開いたヘテロクロミア・・・オッドアイにもう冷笑はなかった。
「泣いてんじゃねーよ、この馬っ鹿。俺が惚れた女の名前だ。いい名前だと思う。怒るから云わなかったけど、似合ってる」
「っ、だって・・・」
へたりこんで泣く女の頬を、しゃがんで目線を会わせた男が手の甲でピタピタとたたく。
「お前が陛下の求婚受けたら、婚約不履行で訴えてやるよ。なにはどうあれ、徹底的に邪魔してやるから、心配すんな」
自信家の不敵な笑み。そう、無駄に正式に婚約はした。結納もかわした。
「だから、・・・頼む。Please call my name・・・」
抱きしめられ、耳元でこぼされた切ない同盟語に、また涙が落ちた。
なんて懐かしい声。
「・・・・・・・・・・ウェンリー」
「ああ」
「ヤン・ウェンリー。リィリィ」
「オスカー、そのあだ名呼ぶなって昔から云ってるだろ?」
「ヤン・ウェンリー。小さいころから、ずっと、ずっと、大好きだったの」
「ああ。俺も、お前のへたくそな帝国語が聞けなくて寂しかった。オスカー」
「うぇんりー、ウェンリー・・・会いたかった・・・」
きつくしがみついた女に、彼は安堵したように大きく息をついた。
「っはーーーーーーーーー! つっかれた・・・」
言葉の通り、ぺしゃんこにつぶれるかと思うほど息を吐き、全身を預けてくる男に、女は苦笑で答えた。
「おつかれさま。ウェンリー」
「俺、今から本名呼ばれなきゃ返事しねえぞ・・・」
疲労しながら拗ねた声が女の笑みを誘う。
「わたしも・・・、ウェンリーが呼んでくれる名前だから、大事にする」
「オスカー」
「うん」
「体重、半分になった気分。体軽い」
「帝国人の着ぐるみ脱いだら、きゅーにガラが悪くなったよ、ウェンリー」
「しかたねーだろ。毎日毎日、帝国人帝国人って念仏のごとく唱えて生活してたんだから。貴族っぽかったか?」
「やりすぎて、逆に真に迫ってたみたい(笑)」
「かっこわらいゆーな」
笑みを交し合う男と女の姿に、皇帝が赤くなったり青くなったりしながら、それでも声を絞りだす。
「ヤン・・・・元帥?」
「なんですか、陛下?」
一応表面はつくろいながらも、軽薄なヘテロクロミアが皇帝に向く。こちらのほうが、「ヤン・ウェンリー」の本質に近いのだ。過剰なまでに意識していた帝国軍人の姿とはほど遠い。
「そりゃあねえ、あなただって元帥だものねえ」
「そうそう。ヤン・ウェンリーが元帥ってのには変わりない。ただし、帝国のな」
云った女と男に、ラインハルトが悲鳴と泣き声の半分半分で叫ぶ。
「ロイエンタール!!」
「はい、なんですかしら陛下? わたくしこれでも、自分のことを皇帝の臣民だとおもっておりましてよ」
にこやかな帝国語は、彼女。「オスカー・フォン・ロイエンタール」から返ってきた。
彼女は昔から母国語が下手だ。実家の貴族教育が中途半端だったせいで、どうにもこうにも「お嬢様言葉」が過剰になりすぎるのだ。かえって、同盟語は婚約者の喋り方がベースとなっているせいか、サバサバした口調だ。フェザーン人はみな、フェザーン人のように話す。彼女もまた、フェザーン人のように話すのが一番自然だった。
「その拷問は永遠に続くのか?」
恨めしげなラインハルトに、二人は会心の笑みを浮かべる。今までのウサもはれようというものだ。だが、そんなこと正直に云えば不敬なので、悪戯っこの笑みを浮かべて云うにとどめた。
「「さあ?」」
充分不敬だった。
 
軽くトサっと音がして、ファーレンハイトの叫び声が聞こえた。
「エマイユ!?」
「い、いいえ、アル。腰が抜けただけ・・・」
「だけって・・・」
いくら賢いエマイユでも、処理能力の限界を超えている。夫が助けおこすが、膝が震えて、まだ立てそうにない。
「大丈夫? エマイユ」
心配そうな顔の女性を、父親がめんどくさそうに抱きしめて腕で檻を作っていた。
「あーーあ。バカ娘が」
「ちょっと、放してよウェンリー・・・」
「いい、いい。あいつが俺の娘だってのはバレてるから」
「せっかく色々端折って喋ったのにぃ!」
「嫁にやるときに、これからは自力でどーにかしろってゆっといたから」
「だからって、できることとできないことがあるでしょーーー」
「あの、父様! そちらの方は、私のお母さまですか!?」
膝は震えるが、声は出た。ならそれでいい。エマイユは頑張った。
「なあ。今さらなんだが、エマイユ。一ついいか?」
「なんです、父様?」
「正直・・・、父様って云われるのあんま好きじゃねえ。貴族っぽい」
「ウェンリー・・・、悪いけど、ウチは貴族のはしくれなの」
「だってよぉ、俺がお父様ってガラかよ!?」
「ウチの父様だって、お父様ってガラじゃなかったわよ!」
亡きシュテファン・フォン・ロイエンタールの人柄は、エマイユも知らない。
ので、この二人の論点が何処にあるかは推し量れなかった。
「まあ、それはともかく。エマイユ。あなたは、ロイエンタール家の子どもなんだから、わたしの娘だというのは、動かしようがない事実なのよ」
そらそーだ。オスカー・フォン・ロイエンタールが彼女なら、母親が彼女以外のはずはない。エマイユは馬鹿なことを云ってしまったと赤面した。
それにしたって、これはどういうことだ。オスカー・フォン・ロイエンタールが父親ってだけで充分最悪なのに、それが母親とは! 父親がヤン・ウェンリーだなんて、最悪よりもまだ悪いではないか。どんな事態だ!
「理解できません・・・母様」
「申し訳ないけれど・・・、こればっかりは慣れてもらうしかないわねえ」
「お前の両親がヤン・ウェンリーとオスカー・フォン・ロイエンタールだって事実は一ミリも動いてないから、心配するな」
「・・・・・・・・・・お父様」
だとすれば、この父親ははじめからすべてを知っていたことになる。当然だ。母様のことを喋りたくないのも道理だ。何を喋れというのか。
「お父様の目的はなんだったんですか?」
「ん? フェザーンに戻ってくることだ。それ以外にあったか?」
「いいえ。わたしもそれだったわ。あと、エマイユが無事なら嬉しいと思ったけど・・・」
「お父様にとってのフェザーンてなんなんです?」
「・・・・・・・、生きて、死ぬ場所だ。それが叶わないなら、戻るために全力を尽くすまでだ」
「お母様よりフェザーンが大事なんですか? お母様はそれでいいんですか?」
「勿論です。お母様が愛した人ですから。ロイエンタール家の誇りにかけて、愛する人とその生き様を守るのが女冥利というものです。足手まといだなんて、オスカー・フォン・ロイエンタールの名が廃ります」
ロイエンタール家の誇り・・・云われたエマイユは目を丸くした。なるほど。父親にはないものだ。
「お父様が、いつも眉間にしわ寄せて、居心地悪そうだった理由がわかりました」
「そりゃあねえ。ごめんなさいね。機嫌がいい時は良く笑う人なんだけどね。でも、機嫌がいい時はいい時で、厄介で物騒な人なのよ。悪い時は大人しいんだけど」
「迷惑ですね、ウチのお父様って!」
「でしょう?」
ほほほ。と機嫌よく笑う母親。自分に被害がないことを心から知っている笑顔だ。なんて、素敵でろくでもない両親だろう。エマイユは頭痛をこらえながら、それでも自分の両親が両親である事実に感謝しはじめていた。なにより、こんな父親の心からの笑顔など見たことがなかった。
両親が自然に自信と誇りを持って笑っているだけで、こんなにも息をするのが楽になるとは思わなかった。今までどこか不安定だった心の奥底が満たされていく。
自分が自分であること。それは、こんなにも幸せなことだったのか。
「お父様は、これからどうなさるおつもりですか?」
「帝国人ってのは、なんで自分の父親にンなテイネイなクチきくんだ・・・」
ぶつぶつこぼしながらも、今まで云えなかった不満が云えて奇妙に満足そうだ。
「まあ・・・」
ミッターマイヤーとラインハルトに一瞥をくれて、嫌そうに答える。
「軍はやめるだろうな。俺もそこまで極悪じゃない」
「あら、わたしもそうでしょうね。今なら同盟政府だって、辞表を喜んでうけとってくれるはずだわ」
「ろ・・・、ヤン、ウェンリー・・・」
ものすごい顔色で、ミッターマイヤーが絞りだした。じゃないと、この頑固な友人が返事をしてくれないと気づいたからだ。
「なんだ? ミッターマイヤー」
「卿のことを、親友だと思っていた・・・が」
「あら、その点には心配してくださらなくても結構ですわ。ウェンリーは昔っからすごい頑固でワガママですから。キライな相手には指一本動かしませんの。ラインハルト陛下のことも、ミッターマイヤー閣下のことも、相当気に入ってないと、ここまでやりませんわ。安心してくださいませ」
「うっ」
図星をさしてくれた女にミッターマイヤーは照れたが、ヘテロクロミアの男はさらに嫌そうなかおで、でも、しぶしぶミッターマイヤーに認めた。
「ウソじゃない」
「お前にとって、俺は、いやなやつだったか?」
ミッターマイヤーが、泣きそうな顔になっていた。親友に苦痛を与えるだけの存在ではなかったと思いたいが、相手が同盟人だとは知らなかった。自分の立場上、この先この親友と対立することになっても、今はとにかくそれしか考えられなかった。
「結婚を・・・」
ヘテロクロミアの男は、思い出すように言葉を紡いだ。
「結婚をしろといわれるのは・・・、俺にとって、オスカーを、俺以外の誰かと結婚させろといわれるのと同じだった。お前の発言で、受け入れられなかったのは。それだけだ」
ミッターマイヤーは、彼の、いつもの無理やり押さえつけるような意志の光が目から消えていることに気づいた。寂しいとも思ったが、それはそれでいいとも思った。
「ああ。あと、オスカー・フォン・ロイエンタールに言い寄ってくる女どもは心底むかついたけどな」
「ウェンリー。それって、はたからみると、ただのバカだから」
「だから、自重してたんだよ。アレでも」
しれっと答える父親に、あとで母親に全部バラそうとエマイユは決心した。
と、両親が、突然エマイユに手を差し伸べたのだ。
「なにはともあれ」
「そうね、これから」
 
「「ようこそ。世界の裏側へ」」
 
確かに、世界がひっくり返ったようだった。けれど、両親にしてみれば、こちらの世界が正しいのだろう。
なんてことだ。
あるはずのない世界。くるはずのない未来。
けれど、それは、間違いなく。
エマイユがこれまで暮らしてきた世界だった。
エマイユは、苦笑して、新しい未来と手を繋いだ。

というわけで、そんな理由でヤンロイです。
ヤンロイと言い張る代物です。
ちなみに、このヤン・ウェンリーさんがサイトの中で一番りほの好みです。突き抜ける自信家!
色々書き足りないので、また増えるかもしれません。
いえ、書き足りたことなんて一回もないですが。

11日遅い、2011年、ロイエンタールの命日記念バナシです。
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