眠らない街の星も越える想い
 
柏美時&真雪の宇宙暦794年2月11日の朝は2本の超高速通信を入れることから始まった。
 
ジリリリリ ジリリリリ ジリリリリ
朝食を作っていたユリアンがいきなり背後で起こった効果音に身を反らせた。ヤン家に来て半年あまり。今の今まで置物の飾りだと思っていた骨とう品の電話がなったのである。幻聴で無い証拠にまだなっている。
半信半疑で受話器をとる。とたんに可愛らしい少女の弾んだ声が飛び出してきた。
l:4s[le],d\.eksp@aki@?』
「あ、あのスイマセン。ヤンですけど・・・・」
意味不明の語にやっぱりコレは宇宙からの侵略!?などとありそうにも無い事を思いながら一応ユリアンが人類として望まれるべき対応をする。
『あ!スイマセン。えーーーと、ユリアン君ですか?』
今度はきちんとした同盟公用語が流れてくる。
「はい、そうですけど?」
『ごめんなさい、私雪といいます。マ・・・・じゃ無かったヤン・ウェンリーさん居ますか?』
「はい、居ます・・・けど、まだ寝てますよ?多分」
『はーーー、珍しくコールかけてすぐ出たと思ったのに・・・そういえば、もう独り暮らしじゃないって忘れてた・・・。すみません、お手数おかけして悪いんですけど起こしてきてくれませんか?雪と時から電話だと言ってもらえればわかると思うんですけど・・・』
「え?・・・ハイ」
一瞬勝手の違う受話器をどうしようか迷ったが置きかけたその受話器を横から伸びた手が掬った。
「起きてるよ。なんで誰も彼も私が寝てると決め付けてるんだい」
珍しくも朝早くから小奇麗に身を整えたこの家の(一応)主、ヤン・ウェンリー大佐である。
 
「はい。わかってるよ。うん、じゃあ、また」
チン
「あの・・・大佐、今のは・・・・」
「まあ、気にしなくていいよ。時節の挨拶みたいもんで・・・。また来年もかけてくると思うけど」
 
五分後
「旦那様、オスカー様、おはようございます。お電話が掛かっております」
帝国はオーディンでロイエンタール家の執事が臆面もなく、明け方近くなって帰ってきた主人をたたき起こしていた。
「だれだ、こんな朝っぱらから」
刺々しい声にも憎らしいほど元気な先代から使えている執事はにこにこと笑っている。今朝方ロイエンタールが帰宅してから寝たはずなのに・・・・・このじぃさんはロイエンタール家最大のミステリーである事に間違いは無いだろう。
「今日は2月11日でございますから・・・」
それだけで察したヘテロクロミアの男は「ああ」と咽の奥で呟くと身を起こして受話器をとった。
「おれだ」
予想にたがわぬ声が受話器から流れてきた。
『あ、父さん?おれだけど・・・』
「ああ、わかってる」
『もしかして、寝てた?ごめん、仕事忙しかったとか?』
「構わん」
『もしもし。パパ?雪でーーっす』
「わかってる」
他の誰がこんな骨とう品の電話に掛けて来ると言うのだ。そもそも、まともに使えるとすら思わないに違いない。
月下街の技術部(というか、一人)の粋を集めた傑作である。コレ一つで一万光年をほぼ時差なしで繋ぐ事が出来るのだ。
「せーの」という声が受話器の奥でしたかと思うと、歯切れのいい声がステレオで鳴った。
『柏真雪です     2月11日です。今年も一年息災に過ごせた事を生まれてきた日に感謝します』
『     柏美時です2月11日です。今年も一年息災に過ごせた事を生まれてきた日に感謝します』
「ああ、お前たちの来年一年の無事を祈っている。墓参り気をつけて言って来い」
『はーーーい』
『了解』
チン
「お嬢様とお坊ちゃまはお元気でらっしゃいましたか?」
「ああ、相変わらすのようだな」
「少々お待ちを、今お紅茶をお持ちいたします」
「いや、いい。おれは今から寝直す。今日一日起こすな」
「畏まりました」
 
さて、今日2月11日は真雪と美時の誕生日である。
カードキャプターさくらの観月女史と同じだが、コレは此の際全然関係ない。
 
柏流の誕生日の過ごし方・・・と言うものを今日はご紹介しようと思う。
     まず朝一に父親と母親に生んでくれた事を感謝する。(別に感謝したくない一年だったらしなくてよい)
美時と真雪の場合、両親が長い事別居中(?)な為毎年電話を入れている。
     今年一年の無事を感謝してご先祖様のお墓参りに行く。(別に感謝・・以下略)
一番近い祖である両親のあと自分が形作られるにいたったご先祖様たちにご挨拶に行くのである。
はやい話が墓参りだ。柏家は仏教徒ではないため墓参りに行くのは一年で己の誕生日ぐらいのものだ。(そのくせ何故か盆踊りはある)その墓というのも別に遺骨が安置されているとかそう言うわけではなく(何しろ双子の曽曽祖父である柏栄で227代目である。古代より連綿と続く家なのである、ご先祖様の数もとんでもないのだ)大概遺体は燃やして遺骨は砕いて海に流すか川に流すか、とりあえず残さない。現代では宇宙葬なる便利なものもある。外の人間に見せるためにある墓の中身は空っぽだ。(というのも元々死体も残らないような無茶をやった人間の数が軽く四桁を越えたためこのような形式が出来たのだという説もある)
形である肉体は万物の流転に帰し、祖先の人格そのものである魂を安置する・・・などという激しく言い訳がましい通称「お墓」は柏家本家・大観園の裏山の中腹ほどにある。そこまで言い訳して何故こんなものがあるのかと幼少時に訊いた時「そんなもん、祈るにはたとえペテンでも形があったほうが楽でしょうが」といわれた。別に誰とは言わないが、とある地下茎の会・現会主である。
六角柱に似た瀟洒な建物で中に小さな祭壇(に見えるように作られたもの)がある。何代か前のヤン家の当主が作ったと聞いている。
 
その軽い木の扉を開く前二人は同時に振り返った。
真冬となっても雪など降らない月下街が一望できる。乾いた風が二人の頬を掠めた。
「パパとママと四人でお墓参り出来る日がくるのかなあ」
ぽそりと真雪が風に乗せていった。
「帰れたら帰る。でも、帰れなかったらしょうがない。二人ともそんな感じだな」
美時も真雪をまねて返す。
「あたしたちはママとパパが一緒にいるところを見た事が無い。だから藤姉や直樹小父さんたちが何をそんなに守りたがってるかわかんない。だけど・・・」
「なんで、あんなに似たもの同士かなあ、父さんと母さんって」
参った、という風にしゃがみこんで美時が正確に真雪の言わんとしていた事をなぞる。
真雪もその横に座り込んですっかり葉の落ちた木の幹にもたれた。
「とことん似たもの同士だから、上手くいった?とか?でも、こうやって似たもの同士だって言えば言うほど全然似てないように感じてくるよね」
「何者なんだってんだろ、うちの父さんと母さんは」
まだ午前中だというのになんとなく黄昏てしまう。それを打ち消すように真雪が明るく言った。
「ね、いつか二人で迎えに行かない?」
「迎え?」
「うん。今までみたいに遊びに行くんじゃなくって一緒に帰ってくれるまで居座ってやるぞって」
「居座るって、戦場に?」
「だって、時ちゃん嫌じゃないでしょ?」
二人の目の奥で刹那光が踊る。
今ならば素直に笑えそうな気がした。自分たちが戦場に居座る・・・つまり軍に入る事の出来る年齢まであの二人が生きていてなおかつ四人で帰ってこれる可能性が限りなく零に近いことを受け止められそうな気がした。
「「11歳の誕生日おめでとう」」
不適にいたずらっぽく笑いあうと二人は自分たち自身に祈りを捧げるために「お墓」の軽い扉を開けた。
 
「この瞬間こそ二人が未来という漠然としたものに向かって足を踏み出した第一歩であった。・・・っておちびちゃんたち、育ての親であるこの藤波お姉ちゃんには一言の感謝も無しかい。薄情者ダコトーーー。まぁ、いいわよお姉ちゃんがここで留守番しといてあげるから。安心して言ってきなさいな」
「お墓」へ入っていった養い子たちを見送ると、真沙輝は背中に哀愁を漂わせながら坂を下りていった。
「にしても、あたしってば元々最前線キャラなのよねえ、ああ、暴れ足りない!」
真沙輝が身内中から「ペテンだ」と喚かれる恐るべき童顔を利用した萌え萌えアイドルとして衆目を掻っ攫うのはこの約一年後の事である。
「あっと、もうそろそろご馳走できた頃よね〜〜〜〜♪」
 
     それが終ったら問答無用で宴会である。
柏家、いや月下街は騒げるチャンスは逃さない。
 

 

ちなみに、くどくど言いませんでしたけど、ロイエンタールはこの電話受け取るためだけに帰ってきましたし、ヤンはわざわざ早起きしたんです。
 
ちなみに、美時と真雪が生まれた宇宙暦783年はりほのテキトー算によると、辰年ではなく、卯年でした。


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