眠らない街のクリスマスの天使

 

メリー・クリスマス

あなたにも、私にも、楽しいクリスマスを。

 

「・・・マユキ・カシワ?」

「はぁい? あ、たいちょーー」

イワン・コーネフはクロスワードから顔を上げ、今すれ違ったと思しき少女の名を呼んだ。

ひょうひょうと返事をして振り返った少女に、やっぱり見間違いじゃなかったのか、とあらためて真雪を見直す。

「どうしたんだ? その恰好」

凄いな・・・とは言葉を飲み込んだ。

黒と黄色で彩られた鮮やかで軽やかなドレス。

黄色の華やかさを、華やかに結い上げられた髪の黒い薔薇の髪飾りがエレガントに、ポイントにあしらわれた白と黒の市松がカジュアルに、なんとも、真雪らしい、アクティブな衣裳だった。

「ええっと〜・・・、黄色い国の王女様の衣裳です」

肘まで覆う、黒いレースで飾られた黒手袋で頬をかく。これには元ネタがあるのだと、同盟人に説明する困難さを、真雪はユリアンで学んでいた。

「・・・・似合うな。綺麗だ」

云われた真雪は絶句した。

 

 

これはほとんどすべての人々が気づいていないことだが、柏真雪の歌声は、軽やかに澄んで明るく、天高く歌う春一番のひばりのように愛らしい。

それはおろか、容姿だってお人形のように整って愛らしいのだ。ダテに面食いを数千年続けてきた子孫ではない。

だがしかし、その事実は「元気いっぱーーーい!」だの「運動神経ばっつぐーーん!」だのに隠れて本人にさえ気づかれず、双子の兄の美時によって厳重に隠蔽されていた。

美時はかなり素でシスコンだった。マザコンでファザコンな彼には当然かもしれないが。

 

その滅多に見れない真雪の本質の一種に触れることができるのは、当然といえば当然ながら、普段身近にいる人間。過ごす時間が多い人間。この場合、ユリアン・ミンツを指す。

今日も真雪は機嫌よくくるくる回りながら、楽しげにユリアンの知らない言葉で歌を歌っていた。

その伸びやかで張りのある歌声と、ふっと見せた不思議な笑みの横顔に思わずどぎまぎしたユリアンは誤魔化すように歌詞の意味を問うた。

なんだろう? いつも通りわからない言葉ながら、どこか違う気がしたのだ。いつもより、声が通るような。

ユリアンが聞きつけたかすかな違いは、純粋に歌いこんだ時間と、その密度の差だった。

この曲は勿論、みんな大好き黄色い国の王女様の歌だ。

「え? 昔々悪いお姫さまがいて、散々悪い事した挙句に、国民に殺されました」

「はっ?」

素で聞き返した。

しかし、親切にも真雪が対訳してくれた歌詞は、まさにそのままの内容だった。

「そんで、彼女は後々まで悪の申し子と言い伝えられました、メデタシメデタシ」

「なんなの、ソレ?」

民主共和制で育ったユリアンには理解しかねる内容だった。まず、どんな意味があるんだその歌・・・。

「だって〜、そういう歌なんだもの」

雪だって困った、月下全民にとって思いいれの深い歌なのだ。目をぐるぐるさせて悩むユリアンに、なんとか思いを伝えようとする。

「歌でもダンスでも劇でもいいから、この歌を表現する。14になったらみんなやるの。そういう歌なの」

資金の調達、衣裳の選択もしくは作成、演出、舞台、機材の手配、何もかも自分たちの手でやるのだ。

二人、もしくは三人、もしくはそれ以上のグループを組んで、自分の持てる技術、知恵、経験、想像力、プライド、時間、とにかく自分の全てを注ぎ込むのだ。

別に強制ではない。古くからの習慣ではあるが、最近はやらないものも多い。

たとえていうなら、結婚式はするか、しないか。成人式には着物を着るか、着ないか。ボーイスカウトに入るか、入らないか。そんなものだ。

けど誰もが、やるとなれば手抜きなど考えられない。老若男女問わず、語りだしたら一昼夜では聞かない大激論になる。果てはその出来は将来の就職や結婚にもかかわるのだ。

別になくてもいいが、あれば理解がいいし、何より見栄えがいい。

月下に生まれた子供なら、将来やらなかったにせよ、大きくなったらきっとこんな衣裳で・・・なんて一回は、いや、十回以上は考えるものだ。もちろん、王女様の衣裳も召使の衣裳も黄色と黒が基本だが、やっぱり女の子の中には、「あたしは絶対ピンク!」って子もいる。やらない子でも、自分で選んだ衣裳を着て写真くらいはとるものだ。

 

いつの間にか、ヤンのフラットで美時も加わって、大説明会になっていた。

そこに帰ってきたヤンも同意する。

「ああ、私もやったよ? 私らの時代はやらない子の方が少なかったから。そうそう、レティシアがやってないんだよ。みんな感心したもんさ」

彼女から、「やらない」という選択肢が発生したようなものである。まぁ、彼女はあの年忙しかったのだ。甥っ子のウエディングドレス作ったり。色々。

「私が王女様で、パパが召使の役だったよ。どーーっしても藤が王女様やるの嫌がってねえ。まぁ、なかなか笑える出来になったもんさ」

あれだけマジにやったのに、なぜか見ると笑える。とヤンは笑いながらぼやいた。

当然パロディ風に笑える作品を作るものもいるのだが、ちょっと違うらしい。

「街のアーカイブにあるはずだけど、みなかった?」

双子は即座に首を横に振る。

「「見たら絶対影響されると思って、どれも見てない」」

「そうかい、栄じい様と、朱鷺子ばあ様と、うちのシンレンじい様のはなかなかお勧めだよ。王女一人に、召使二人っていう構図なのに、まったく不自然じゃないんだ。あれは凄かったなあ」

ちなみに栄と朱鷺子はヤンと真沙輝の曾祖父母で、シンレンはヤンの祖父になる。三人とも同い年だ。

「そうだ。私はお前たちのママだってのに、自分の子供のを見てないねぇ。ありえないよ、それって」

ひんやり にっこり

真雪と美時はママから目をそらしーーーて、やりすごそうとしました。

イゼルローンにきてから、ママと一緒に(ちょっとちがう)暮らせるようになって、大分慣れてきましたが・・・。

「・・・・・・・・・・にこにこにこにこ」

ひんやり

「ウチ帰ったらアーカイブにあるから!!!」

「そうだよ、帰ってからのお楽しみだよママぁぁああ!」

もはや悲鳴です。

「・・・・・・・だから?(にっこり)」

「「チートすぎる、ウチの親」」

もちろん、父親もチートですよ?

 

「だって美時お前、水月のオネエサンには聞かせられて私には無理っておかしいだろう?」

「だって。あれはほんのお遊びで、雪ちゃんのパートだけだったし!」

王女パートと召使パート、どちらか片方だけやる人もいますし、この二つのパートを繋げてやる場合も、リミックスする場合もあります。リミックスは評価あんまりあがらないんですけどね。

ママたちのも雪と時のも、二つのパートを続けて演奏したバージョンです。

 

という会話をしたのが、確か二週間ほど前。

ママが小物はテキトーでいいよ。と云ったので、突貫で作ったドレスと召使の衣裳です。

モトになるドレスをざくざく切って、黒い薔薇とかレースとかで飾りました。

ちなみに、実際に作ったドレスより少々大人っぽく作ったのは、雪の意地です。

美時の衣裳もちょっと大人っぽいです、髪型がクールで、密かに真雪は、兄やるなぁと思ってました。

だって、あれは14歳にやるものなんですから!!

スポンサーは勿論ママですよ? 月下の子はこういうコ手先の技は器用です。

ささやかなクリスマス・パーティーの余興に決まりました。

ママと双子の他に、キャゼルヌ家やフレデリカ、アッテンボローなんかの、ホームパーティーです。けれど、割とふりの大きい踊りなので、広い場所が必要でした。

そこはそれ、スペースは有り余ってるイゼルローンなので、ママがちょっとしたホールを借りてくれました。セットは作れないので、ライティングで誤魔化します。

だって、あの豪華な廃墟をモチーフにしたセット作るのは、双子が五つの時から頑張ってたんですから!

「えっと、私たちの発表は、アングル変えない、正面から見るダンスです」

だから、アレンジはしなくてよかったです。

「一発撮りで、本番勝負なので、そこも見所です」

ちょっと沈黙。

「「お母さん、恥ずかしいよ!!!」」

「そうかい、お母さんはちっとも恥ずかしくないよ。さっさとおやり」

双子にしてみれば羞恥ぷれいですが、観客はその双子の羞恥がわかりません。

わくわくして待ち構えています。ちなみに、正面に陣取っているのは先ほどクリスマスソングを二人で弾いてくれたキャゼルヌ家の姉妹です。ヤンは親ながらレディーたちに敬意を表して一番イイ席を譲ってくれました。

にこにこと楽しそうなヤンと、苦りきった表情の双子をみくらべ、ハラハラしていたユリアンですが、その心配は曲がかかった瞬間に吹き飛びました。

音がしそうなほど完璧なポージングと、人形のように研ぎ澄まされた表情に、豹変したからです。

前奏はステップ。その緊張感にユリアンは息を呑みました。

そして歌のはじまり、真雪がなんと艶やかに笑ったこと! 黒い扇をひらめかせ、騙し絵のようにその表情を変えて見せました。

まるでプロのようなその完成度に目を丸くします。

当然です、子供たちに求められるのは、そして子供たちがこの発表に求めるのは、妥協でも諦念でもほどほどでもなんでもありません。唯一つ。「完璧」。それだけです。

そして、美時の表情も!

諦めと、愛と、切なさと、歌詞の内容はわからないのに、胸が締め付けられそうです。

 

ここでママのどうでもいい?解説。

「流石に運動神経じゃ勝てないなあの二人には。体幹がしっかりしてるからポーズが様になる。スタミナもあるから、手先に雑さがない。てか、そのために鍛えたんだな。目標設定高いな。やるなぁ、ウチの子」

はじまる前のニコニコはどこへやら、うっかり真剣な顔になっています。

「そうか、本物の双子がやるとこうなるのか。位置取りに不自然さが出ないだけじゃない、シンクロニシティに不足もない、それに・・・甘いのに、切ないな。実の兄妹だと。ああ、これ評価高いパターンだ。いや、でも実の双子だし・・・うーん?」

ユリアンはかぶりつきで入り込んでいるので、アッテンボローに聞いてもらいましょう。

「ああ、これ、元々召使と王女は双子の姉弟なんだよね。けど、みんなフツーはそうじゃないだろう? だから、どれだけ双子ぽく見せられるか、も課題なんだよね。振りを合わせたり、表情をあわせたり、色々やるんだけど・・・問題は基本そこじゃないんだよ。最後召使は王女のために命を落として彼女を助けるんだけど、それを何回も何回も何回も何回も練習するんだよ。ちなみに私は完成するまで練習に2年かけた。ウチの諺にはトラウマになるまでやる。ってのがあってね、基本コレのための言葉なんだよ。赤の他人の男の子が女の子のために死ぬ。これを延々と繰り返すんだから、そりゃあ、恋や愛ぐらい芽生えるだろう? それを出さないようにするのが一番の課題でね。お互い愛し合ってるのは必須で、更に恋人じゃアウトなんだよ。え? 私の時? 私らは最初から諦めてたから、極々素直にラブラブな構成で台本作ったよ。私らのはサイレント映画風のお芝居だったよ。うん、もう、思い出すだけで3キロ痩せそうだけど、満足できる出来だったよ」

リアルにトラウマになるまでやります。

「ちなみに、ある資料によると、将来くっつく割合は八割だそうだ。あれだ、お互い苦境を乗り越えるから、信頼とか愛とか、色々芽生えるんだよ」

お芝居だろうが、フリだろうが、やってる最中は本気なのだ。ヤンは思い出す。

「世界を敵に回しても、守るから、か」

もともとのシナリオ通りだと無理があるので、アレンジバージョンだったが、それでもヤンだって本気だったし、向こうも本気だった。思い出すだけで胸が締め付けられるし、あの喪失に何度でも絶望してしまう。

美時だって散々やり倒して、真雪のために5回くらい死んだ気分だろう。だから、ドシスコンになるのは、自然の成り行きだな。とヤンは納得した。

「ああ、でも、いいなーコレ、直球ドストレートだ。いいなー。おかしいな。私たちの時と顔は同じなのに、本当に双子に見える。チッ羨ましい」

シンプルというのはなかなか難しいのだ、色々なものを犠牲にして、そぎ落として本質だけを残す、そのものだけだと味気ないといわれてしまうし、成立させにくい。

自分のには思いいれも誇りもあるが、ヤンだってたまには羨ましいと思うのだ。

長い年月続けられた習慣で、いろいろなパターンを踏襲されまくっているので、ここまで原作そのままのものは滅多に見られない。ヤンの目にはとても新鮮に映った。

 

「ほんとに、いいな、コレ」

いつしかヤンの顔には微笑が浮かんでいた。そう、本物の親のように。

場面はラスト。流れていた音が消え、美時と真雪の歌声が重なる。

シャクッという音に、真雪が身体を震わせ、美時はゆっくりと笑った。

人の信頼を得たいと思うとき、何かを共にやろうとするとき、まず相手に差し出す資料がこれだった。その評価をみるのではなく、自分がどう評価するか。

なんとなく好き、フィーリングがあう。とても重要な、とても曖昧な要素。それを埋める・・・かもしれないもの。

みな同じ題材を用いながら、同じ物にはなりえない。ありとあらゆることをコピーしたとしても、そこで出てくるのが個性だ。

自分はこうあるものなのだと。他者にさらけ出す、14歳の、儀式。

古く14歳は、そういう年齢だった。通過儀礼、その月下版だ。

それゆえ、満足するできにならない。と、辞退するものも珍しくない。

そして、ヤンの評価は、「ああ、好きだな」だった。

ヤンは、自分の下したその評価が、とてもくすぐったく、嬉しかった。

 

消えていく、背中合わせのぬくもり、その余韻を残して、曲が終わる。

そのラストとともに、見ていた人たちからの暖かい拍手につつまれる。

ユリアンはいつの間にか滂沱の涙を流していたし、キャゼルヌ家の姉妹は頬を紅潮させて、目を丸くし、手が壊れそうなほど拍手している。大興奮だ。

そして、一礼した双子が真っ先に母に行ったセリフは、

 

「「もちろん、本番はもっと上手かったんだからね!!!?」」

 

だった。

もちろんだとも、とヤンは頷き、にっこりと笑った。

「很好」

「「ヘンハオ頂きました!!!」」

親からのその評価が嬉しくない子供などいない。

 

「え? ルーシェンの? うん、あれも・・・あれは凄かったなぁ」

 




元ネタは割りと有名だと思うのですが、
知らない人は問い合わせてください。答えます。
割と面と向かって元ネタをさらすのが恥ずかしいんです。



































































































































































































スクロールしたら、自己責任です。Byりほ

  ↓

 

「・・・、綺麗だな、マユキ」

「あり・・・がとうですよ? たいちょー」

頬に伸びたコーネフの手に、真雪は眉を下げる。

コーネフの手は、いつも、冷たくて悲しい。

「キスしてもいいか?」

「よくないです」

コーネフの瞳も、とても、悲しい。

「抱きしめても?」

「だめです」

「マユキの肌は、とてもいいにおいがするんだ」

「それ、十も下の子供に云うせりふじゃないです」

「俺は、マユキを子供だと思ったことはない」

「思ってください、大人なんだから」

「なぜ、いつも子供のふりをする? 16は子供じゃないはずだ」

そっちのほうが、都合がいいからですよ。とは流石にいえない。

あああ、もう、雨の日に捨てられた子犬みたいな顔しないでください!

うっかり拾いたくなるでしょうが!

という本音を隠して頭をかきむしろうとしたが、せっかくのセットがみだれる。

自制心をありったけつかって、こめかみを指で押さえた。そして胎に力をこめて声を出す。

「コーネフ隊長! 今云ったセリフ、全部ポプラン少佐に云ってきてください!」

「嫌だ」

「何拗ねてるんですかーーー! もう!」

 

『ねえ、ママ。相談していい?』

『なんだい?』

『凄く好きな人が二人いるの。その二人は相思相愛なんだけど、うまくいってないの。どう思う?』

母は、静かな顔で目を閉じていたが、不意に云った。

『捨て猫に餌をやる時は、死ぬまで面倒みるつもりでやること』

『え?』

『ママがおせっかい焼く時の定義さ。中途半端な気持ちじゃダメだってこと』

『・・・・・・・・・・・』

『勿論、これは、ママの定義で、お前のじゃないよ』

『・・・・・・・・・うん、ママ』

 

コーネフは、ポプランを愛していた。そして、その愛に、いつの間にか絶望していたのだ。

いや、もしかしたら、その絶望は、愛よりも先にあったかもしれない。

コーネフの泣き顔を見たのは、不幸な巡り会わせかもしれない。

けれど、その場にいたのが真雪でなかったら、コーネフは首を絞めようとはしなかっただろう。

コーネフの手は、いつも冷たくて悲しい。

 

「俺は、お前とは違うんだ」

瞳も、声もとても悲しい。

「シェイクリも、ヒューズも、誰もいなくなった。なのに、お前を置いていく俺が、なぜ愛してるなんて云える?」

泣かないで、そう云って抱きしめたい。けれど、この人を抱く腕は、違う人のもの。

彼の瞳は、真雪を通りこして、違う相手を見ている。

だから真雪はせいぜい子供っぽく憤慨して云わなければならない。

わかってる、前回間違えたのは、泣いているコーネフを見捨てられずに抱きしめたからだ。

「だから、隊長。私は、ポプラン少佐じゃないんですってば」

「知ってる」

「わかってない!」

「マユキ、俺は、お前やポプランとは違うんだ。いつか、必ず、お前たちより先に死ぬ」

今は、今はそう撃墜数もほとんど同じ、隣を歩いていられる。けれど、コーネフは、真雪やポプランのようにもう一枚の壁を、飛び越えて行けない。紙一重の才がないのだ。その差が、いつかの別れをコーネフに確信させていた。

「マユキも知ってるだろう? あいつは、見た目以上に独りに弱い」

恒常的に、女の肌を必要とするほど。強い男が、他の面も強いわけではない。

優しくて弱い、馬鹿な男だ。友人を亡くすのですら恐れる男が、恋人を亡くせるか?

ポプランはことさら平気な顔をしたがる男だ。けれど、だからといって、死を忘れて生きているわけではないと、コーネフは知っていた。

「マユキ・・・、お前が、ポプランの子供を産んでくれれば、俺はきっと幸せになれる」

「大却下です」

真雪は必死で抵抗した。この悲しさに引きずられては負けだ。

その言葉通りコーネフが幸せになれるのだとしても、それは真雪には許せないことだ。

コーネフは、ポプランも、もっと、もっと幸せになれるはずだ。

「コーネフ隊長。お願いですから、ポプラン少佐にその話をしてください。いいですか? 今日はクリスマス・イブです。だから、きっといいことぐらいありますって!」

「根拠が薄弱だ」

「せめて、ポプラン少佐の話くらい聞いてあげてください!! もう、ほんとに、二人して何やってるんですか」

「ポプランの話なんていつも同じだ」

「もっと真剣に聞いてあげてください! ポプラン少佐にだって、真剣に聞いて欲しい話くらいありますって!」

「・・・・・・・・・・」

「ってゆーか、思い出しました! 書類終わったんですか! あれ終わらせなきゃ年越せませんからね! わかってます!?」

「・・・逃げ出したポプランを探しに・・・」

「てか、隊長、さっきクロスワードしてましたよね!?」

「・・・・・・・・、ごめんなさい」

「あっちむいて云わない! あと、謝罪よりも、仕事してください!!」

「・・・・・、はい」

コーネフは落ち込むと際限なく落ち込むタチだ。一番状態の悪いときに居合わせた真雪は知っていた。落ち込んでクロスワードに逃げていたのだろう。まったくタチが悪い。いつもやってることだから、周りはすぐに誤魔化されてしまう。

「コールドウェル中尉がマジ切れかけてましたからね、わかってます!?」

「ポプラン見つけたら、オフィスこないと殺すって」

「伝えます。安心してください」

「頼む。・・・・・・・あと、悪い。お前に甘える筋合いはない・・・」

なんてダメな大人なんだろう。そんなこと云われたら、際限なく甘やかしたくなってしまう。断固拒否だ。

けれど・・・

チュ

とっさにアタリを見回して、人目を確認して、コーネフの首を引き寄せて、額にキスを押し付けた。

「メリー・クリスマス。そんな暗い顔しないでください。隊長が思ってるほど、現実は悪くないはずです」

「そう・・・だな・・・」

ふわり、とコーネフが笑った。ずるい! なんでこんなに笑顔が綺麗なんだ。と真雪は思った。

「クリスマスの・・・天使だな」

まっすぐ自分をみて云われた言葉に、それが自分のことだと気づく。

「天使は、多分、こんな真っ黄色のドレスは着てないと思うんですが」

「知らないのか? 愛のあるところに、クリスマスの天使はくるんだぞ」

「あ、愛、デコちゅー一つ分ぐらいの愛ならありますよ」

「わかってないな、男は単純な生き物なんだよ。でこちゅーひとつで浮上するくらいには」

「隊長、はっきりいって、ダメ人間まっしぐらですからね。てか、セクハラ通りこしてパワハラですからね。自覚してくださいね」

くくくっと喉で笑ったコーネフは、雪がほっとしたとおり、いつものコーネフだった。

「悪かった、真雪。いつか埋め合わせるよ」

「そっちの方が怖いので、出来れば綺麗さっぱり忘れてくださいっ!」

 

『おせっかい焼く時は、何もかも投げ出して、ぼろぼろになっても構わない覚悟で。かな?』

『・・・ねえ、ママ。藤波お姉ちゃんにね?』

『ん? なんだい?』

『藤お姉ちゃんに云われたの。ヤン家の愛は重いって。国が傾くくらい重いって。だから、近寄らないのが一番だって』

『・・・あんにゃろ』

『だけど、雪だって、ママの子だから、ほとんどヤン家。だよね?』

雪のいわんとしていることを理解して、ヤンはにんまりと笑った。

『ああ、勿論だよ真雪。じゃんじゃんおやり』

『ありがとう、ママ』

 

「ゆーーきーーちゃ〜〜ん?」

「うわっ、ポプラン少佐!」

コーネフを見送ってやれやれと思っていたら、後ろからベタリと張り付かれた。

「少佐! コーネフ隊長なら目の錯覚だと思って人はスルーしますけど、少佐はアウトですからね! 一発退場ですからね! レッドカードですよ!」

「うん、わかってるわかってる」

「わかってるなら、はーーなーーしーーてーー」

「やーーだよ。ゆきちゃんの肌ってとってもいい匂いなんだもの」

「そのセリフがとってもヤだーーーーぁ」

「ねえ、ゆきちゃーーん? 悪いんだけど、コーネフ苛めないでやってくんない?」

どっちかというと、苛めれられてたのは雪のほうだと思ったが・・・。

「ちょっとでいいから、甘やかしてやってよ」

「それは、ポプラン少佐の役目です」

「ゆきちゃん、その顔、ヤン提督ソックリv」

温度のない冷たい視線に、ポプランはことさらにっこり笑ってみせる。

普段の不敵な表情がない真雪は、そう、ヤンと同じ顔なのだ。酷薄な表情はとても寒い。

「もう、ほんと、二人とも私のことダシにするのはいい加減にしてください」

「うん、ごめんごめん」

「二人が仲良くしてくれないと、雪安心してデバガメできないじゃないですか」

「うーーん。わかった。ゆきちゃんのために頑張ってくるよ」

「書類も頑張ってくださいね」

「うっ。朝までに終わるかな」

「終わらないと思いますけど、明日中に終わらせないとコールドウェル中尉とモランビル中尉がマジで切れますよ」

「だよなぁ〜〜」

「メリー・クリスマス。ポプラン少佐。頑張ってくださいね、色々と」

「うん、メリー・・・・ああ、ゆきちゃん、コーネフの誕生日知ってたんだ?」

「くだらないこと云ってないで、オフィスに閉じ込めますよ」

「書類が終わるまで、ね?」

「もう、さっさと行った!」

「はいはい、天使様の云うとおり。またな、真雪!」

・・・・・、この人、いつから立ち聞きしてたんだろう。

 

 

『ねえ、ママどう思う?』

『ん? ポプランとコーネフなら、ほっといても、いつかはうまくいくと思うけど?』

『・・・・・・・・、ママ、雪は決して名指しで先行きを相談したわけじゃなく、雪の行動を相談しただけで』

『ん、違った?』

『いつか、うまくいっても、いつかに間に合わないかもしれないじゃない』

『うん、それが何?』

『・・・・・・・・・・・・・・・ねえ』

『どうしたの、雪』

『ママって、基本、血も涙もないよね』

『ごめんねv』

 

 

「コーネフ〜」

「遅い。どこほっつき歩いてたお前」

ほっつき歩いてたのはアンタもです。コーネフ。

「コーネフ、真面目な話が一個だけあんだけど」

「・・・・・・・・・」

「セフレやめて、俺の恋人になって?」

「・・・、お前の話はいつも、同じだ」

「だから、今日は、いつもと違う返事がききたいな、俺」

「俺は、お前とは、違うんだ。ポプラン」

「同じだったらキモい」

「お前と、いつまでも一緒には、あるけない」

「違うよ! わかってないのはお前のほうだ、コーネフ。俺は、お前じゃないとダメなんだ。他の、女でも、男でも」

「ポプラン?」

「お前は本当にわかってない! 俺はお前のものだし、お前は俺のものだ。たとえ、お前が先に死んだと、したって、俺のものだ。誰にも、やらねぇよ」

「わかって、ないのは、お前のほうだろ」

「え。あ、泣かないでよコーネフ!」

「お前だけはいやだ、お断りだ。てか泣いてない」

「うん、だけど結構にじんでるよ、コーネフさん」

「いやだ、絶対いやだ」

「うん、だけど、お前は俺のモンなんだよ。ごめんね、コーネフ」

「・・・・・・・・・・」

「そろそろあきらめて? メリー・クリスマス and ハッピー・バースデイ イワン・コーネフ」

「・・・・・・・愛してる」

「俺も、愛してるよ、コーネフ」


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