01. 恋愛感染メール
 
多忙な一日の終わり、シャワーを浴びてサッパリしたキルヒアイスの目に、携帯の着信ランプが入ってきた。緑のチカチカが着信を知らせる。
開いてみると、近所のケーキ屋のダイレクトメールだったので、キルヒアイスは目を細めた。
ラインハルトもキルヒアイスもよく利用するこのケーキ屋は、とてもおいしい上に店主が変わっていて、メールマガジンも凝ったものが多くいつも楽しみにしているのだ。
 
『いつも当店をご利用ありがとうございます。
 さて、新しい季節・当店も新メニューを用意しておりますが、今日は気分を変えて心理テストはいかがですか?』
 
ルビーのような髪をわしゃわしゃとかき混ぜながら微笑む。
心理テストは主に女性が好むが、だからといって、拒絶する理由もない。
寝る前の、軽い暇つぶしには悪くない。
 
『あなたは今暗いトンネルを歩いています。今日あったことをなんでも10個思い出してください』
 
ふむふむ。とキルヒアイスは思い、指を折りながら考え始めた。
今日の朝食はトーストとサラダとコーヒーで・・・、ラインハルト様がまた貴族の悪口をぼやきながら・・・、と、とりとめもなく考えていって8つまでは出てきた。
後は何か・・・と思い出すと白い書類がブワッと散らばった光景が脳裏に浮かんだ。
ああ、そうだ。今日はロイエンタール提督が珍しく風で書類を撒いてしまって、それを拾ったな。さて、あと一つ・・・。中々10個ともなると思い浮かばないものである。自分の指を見つめながら、ボンヤリと細く、長い、指を思い出す。いや、男の手なのだから細く・・・とは少し違うのだが、白く美しい手で、優美に動いて、そう、あの手こそ優雅なロイエンタール提督に相応しい。
なんてことを考えていることに気づき、苦笑してから、勝手に次の設問に移った。
『さて、トンネルの出口が見えました。そこに立っている人に今思い出した10個を話しましょう。だれが立っていますか?』
「やっぱりロイエンタール提督ですか。私のおかしい話を聞いていただきたいのは」
ロイエンタールの涼玲とした微笑を思い出しながら苦笑する。意外と優しいのだ、あの方は。
『その人こそ、あなたが今、秘かに想いを寄せている人です!』
「えっ!?」
ドキッ!
「お、想い人・・・」
笑おうとしたが、鼓動が早鐘を打って自分を裏切る。
想い人。その言葉とロイエンタールの姿が同時に浮かんで益々速くなった。
「んっ・・・」
胸が苦しい。
確かにあの方には好意を抱いていて、尊敬しているのだが・・・。
何故か笑みを浮かべた口元と、綺麗に整えられた指先を思い出す。
「っ!」
そして切れ長のヘテロクロミア。
「ど、どどどうしましょうか?」
自分の思考に自信が持てない。どうしよう、どうすれば、どうするとき!?
でも、多分、これは、自分は・・・きっと。
 
『ほっぺた落ちる「悪魔のスフレ」!甘さ控えめで愛しいあの人をとろけさせちゃいます』
 
「・・・・・・・・・・・」
このままじゃあ眠れそうにない。
キルヒアイスの思考は本人の意思とは無関係にくるくると動いていた。
「明日はラインハルト様は視察で、ミッターマイヤー提督は昨日から演習でした。ロイエンタール提督はスフレお好きでしょうか? いえ、甘いものはお好きでしょうか」
ロイエンタールは甘いものが好きであるか否か。これは重大だ。
きわめて重大な事柄だ。明日会ったら是非とも確かめなくては。
 
そう、これはきっと、間違いなく。

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02. キスとキスの合間に
 
あの人のいる朝にやっとの思いで慣れたのだけど、まだキスには慣れそうもない。
甘い、甘い、とろけるような口づけ。
「んっ、ん、ふっ」
「はぁっ・・・」
何度も求めて、ミルクを飲む子猫のように夢中になってしまう。
顔を包む手は優しくて、まぶたに落とされる唇も優しくて。
この手はなんでも許してしまう。
幸福で窒息しそうになりながら、ふと合わさった瞳に息が詰まる。
 
こんなものが人の眼窩に納まっているなんて信じられない。
とてもこれが人間に許された美しさとは思えない。
間近で見ると思う、奇跡と。
その切れ長の美しい奇跡がミステリアスに微笑む。
それはイタズラに見えて、慈愛に満ちてもいる。
どちらとも見えるし、どちらにも言い切れない。
まるで悪辣な罠のようで。
 
どちらにも・・・。
顔の半分が嘲り笑い、顔の半分が慈母の笑い。
そういえば、そんな有名な美女がいた。
 
モナリザの罠。
なんて穏やかで優しい罠。

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03. 優しく積もる淡い恋
 
「どうした? ミッターマイヤー」
「いや、お前最近険が取れてきたなと思って」
「ああ、そうか、ならそれは、多分キルヒアイス提督のおかげだな」
「キルヒ・・・アイス、ねぇ」
「あの人の温かさ、穏やかさは、周りにも影響を与えるのだろう」
最近、自分の中にあった苛立ちや焦りが収まっていることにはロイエンタールも気づいていた。
それがキルヒアイスのおかげだということも。
「良い方だな、あの方は。親切だし」
あの混じりけのない笑顔に、癒されていたのだということも。
「お前にだけ、特に。に見えるんだが?」
「まさか、そんなことはないだろう、彼は誰にでも平等に親切だ」
「(そして熱烈にお前を慕っている)」
ミッターマイヤーは頭が痛かった。
そう、誰がどう見てもそうなのだ。元帥府中が知っている。
「お前、キルヒアイスが好きなのか?」
「ああ」
「特別な意味で?」
「ああ。そうだとも」
「俺は、お前がキルヒアイスとくっつけばいいと思ってるんだが」
「それは、俺が認めん。あの人は俺に似合わない」
「キルヒアイスがそれを望んでいても?」
「許さない。あの人はまだ若く、前途に溢れているのに」
ロイエンタールの微笑に、これを覆すのは生半可なことじゃないだろうなァと思った。
けれど、くっついてもらわないことには、わりと元帥府の運営に支障をきたすのだ。
この二人の行く末をどれだけの人数が見守っていることか。
「俺は、許さんよ、ミッターマイヤー」
 
けれど、確かに降り積もっていく、この優しい心は。

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04. 眩しすぎるのは太陽じゃなくて
 
「そういえば、キルヒアイス提督は冬生まれでしたね」
二人きりの夕べに、ロイエンタールが唐突に切り出した。
「ええ、はい。どうかなさいましたか? ロイエンタール提督」
「ホッとするような、暖かさを感じるのはだからかもしれないと思って」
最近よく見せるようになった軟らかい顔に、キルヒアイスはドキリとする。
「ミッターマイヤーや、ローエングラム公は夏の太陽のように眩しくて、それを好もしいと感ずるのですが、やはり、自分とは縁のないものを持っているから・・・とも思ってしまいまして」
軟らかいのだが、優しいのか冷たいのかわからない、・・・古拙の笑みというのだろう。
そのミステリアスな横顔が彼には似合っていて、キルヒアイスは性懲りもなくうっとりと見とれる。
「彼らの鋭気や覇気は、刺激を受けて快い反面、危なっかしく、落ち着かない感もありまして」
云わんとしている事はキルヒアイスもなんとなくわかるので、苦笑だ。
「実は・・・あなたといると何故こんな、暖炉の前でまどろんでいるような心地になるのかと考えていたら、そんなことを考えてしまったのです」
そのヘテロクロミアがキルヒアイスを見て楽しげに笑う。
「不思議ですね、ええ、とても不思議ですよ。こんな風に人を想うのははじめての経験なので。・・・好きです、キルヒアイス提督」
首まで真っ赤になりながら、多分その一言で自分は死ねるだろうと、キルヒアイスは改めて思う。
しみじみといってから、またヘテロクロミアが開いた。
「そう思える自分が、なんだかおかしくて、けれど満足もしているのです」
 
そうきっと、眩しすぎるのは太陽じゃなくて
 
てゆーか、もう、もう、どうしてくれよう! あふれ出すこの思いは。
この美しいこの人へのこの・・・ああ、本当に!!
大好きです、ロイエンタール提督。



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05. 受け止めるよ 何度でも
 
「ロイエンタール、・・・・ロイエンタール!」
・・・・・・・・・バタバタ・・・・・・・・バタバタ
うるっさい友人Mを無視して煙に巻いていたロイエンタールだったが、今日はとうとうみつかってしまったらしい。不機嫌そうに振り返って云う。
「ミッターマイヤー、邪魔」
何事もなかったかのようにまた超然とした足取りで歩んでいたが、目の先に赤毛の好青年を見つけ、ヘテロクロミアを和ませる。
「ロイエンタール提督」
嬉しそうに笑って名を呼ぶ彼の姿は、まるで子犬のように無邪気だが、ロイエンタールに安心感をもたらす。
さっさと彼の元へ行こうとして、ミッターマイヤーに追いつかれた。
「おい、だから、ちょっと待てよ、ロイエンタール」
「えっ、あの、どうもこんにちは、ミッターマイヤー提督」
「こんなやつほっといて、さっさと行きましょう、キルヒアイス提督」
「あっ、あの、でも、なにかご用事が・・・」
あたふた、わたわた・・・
「あなた、ミッターマイヤーと私とどっちが大事なんですか?」
ぐいっ
首を掴んで無理矢理自分を向かせるロイエンタール。
そのまっすぐな眼差しと、口元だけでひんやりと笑う美しい姿は、キルヒアイスにとってはすべてなのだ。
「もちろん、あなたですっ!」
「ならよろしい。さあ、行きますよ」
 
「あの、さっきのミッターマイヤー提督の件なのですが」
「いいと、いったでしょうに・・・」
眉をしかめる姿も美しい恋人に、隣を歩けるだけで夢のようだ。とキルヒアイスは思った。
「私のせいで、あなたの立場がまずくなるのは・・・」
「本当に、いいんですよ。アレとはもう少し時間を置いてからのほうがよいでしょう。いろいろな意味で真っ当な男ですけれど、話せば私たちのことも認めてくれます」
「ロイエンタール提督・・・」
「それより、私が心配なのはあなたのほうですよ。私と付き合い始めてから、人に何かといわれるのでしょう? 特に・・・私が、過去に関係を持った、女性、とか」
流石のロイエンタールもこれまでの行状が自慢できたものでないだけに、声が重くなる。
「女性は、きついことを平気で云ったりしますし」
「ええ、まぁ。その。それもありますけれど・・・」
確かに、同僚らからも散々言われた上に、噂になりはじめてからこの方、一体何人の派手系美女に殴りこまれたか知らない。暴言のかぎりを尽くされて罵られた。けれどそれは負担ではないのだ。それと同様数・・・
「実は、その女性方なんですが、この二ヶ月、泣きながら「あなたのことを頼む、どうか幸せにしてあげて」と頼まれることが多くて・・・」
「!?」
「あなたが沢山の方に愛されているのだと思うと、嬉しい気持ちになるのは変ですか?」
「キルヒアイス提督・・・」
自分の過去のせいでこの好青年に重荷を課していると思うと気が重いが、この笑顔に、彼はどれだけ胆力があるのかと泣きそうになる。今のところ、意地でも顔に出さないようにはしているが。
「あなたを愛しています。そのことを誇りに思っています。自分に恥じるところがなければ、ひどい事をいわれても気になりません」
この人を手に入れた代償にしては小さすぎるとキルヒアイスは思うほどだった。暴言にせよ、依頼にせよ、あれぐらい何度でも受け止めよう。そのかわり、この人を奪わないでくれ。
彼が女性に奪われるとは思わない。けれども不意に月に帰ってしまいそうな、現実離れしたムードがあるのだ。キルヒアイスは真面目に心配していた。
「あなたに相応しい男になりたいんです。どうすればあなたを幸せにできますか?」
「アア、それなら・・・せいぜい長生きしてくださることです」
クスクス
「私を、女が抱けない体にしたのはあなたなんですからね」
↑イジワル
 
ああ、もう、この人は!
もう、もう、もう!!!
↑シアワセな人。

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06. 鼓動は思うより正直で
 
目下、ローエングラム元帥府の誇る諸将の悩みは単純であった。
【最近、ロイエンタールが綺麗になった】
と。
 
「うん、よかったこさよかったよな」
「くっつけよーとしたの、俺らだしな」
その点で彼らの意見は一致している。
熱烈にアタックするキルヒアイスにほだされて(最も、ミッターマイヤーだけは親友のためだったらしいが)、ロイエンタールをキルヒアイスに押し付けまくったのは自分たちである。
努力が実って二人がくっついたと聞いたときには(ヘテロクロミアの提督がとうとう年貢を納める羽目になったことについて)祝杯をあげた。
ただすこし計算違いだったのが、ここまで二人の世界を作られるとは思ってもみなかったというか!!
そう、悪いのはキルヒアイスではない。ロイエンタールだ!9割9部9厘!
それというのもまた、ロイエンタールは元々美形であることは誰しもが認めていたが、この頃、何かが違うのだ。
陽気になったわけでは決してない。
なのに、綺麗になった。極端に言えばそういうことだ。
「恋をすれば人は綺麗になるといいますが・・・」
「猛威を奮ってるな」
「愛の奇跡かねぇ」
 
そう、そして実はそれも問題ではないのだ。
冷笑癖が消えたロイエンタールが笑うと、拍動が上がる。
それを決して認めたくない、帝国軍人一行さまなのでした。
 

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07. 今も昔も遠い未来もすぐ側に
 
――はぁ・・・
 
美貌の帝国元帥、ラインハルト・フォン・ローエングラムは、物憂げなため息をついた。
無二の親友、キルヒアイスを思っていたのだ。
幼い頃であってから、ずっとともにいた、兄弟よりも近しいと思う相手だ。
その親友が、部下(男)に盗られた。
いずれどこかのかわいい女性に盗られるのだろうと思ってはいたが、
覚悟はしていなかった。
しかも、前々から知り合いの自分の部下で、しかも、9つも年上で、
有能で、顔がいいという以外、プライベートではいい噂を聞かない相手で、
まぁ、でも、芯には潔癖で、高潔なところがあると思う。
――たとえるならば、高嶺に咲く百合の花か。
↑男を花にたとえている時点で、末期だという自覚がない。
――でも、ロイエンタール幸せそうだし。まぁ、いっかなぁ。
山積の書類を無視して、ラインハルトはもう一つため息をついた。
 
「どうしました? 元帥閣下」
近頃、ロイエンタールが綺麗になった。というのは、噂に疎いラインハルトの耳にも届いてきている。
ラインハルトもウチの姉と同じくらい綺麗になったと思う。
「あの、顔がカバみたいになってますよ? ローエングラム公」
「あ、ああ、すまん。ぼーっとしていた。ロイエンタール」
「何か悩み事でもおありですか? 最近、考え事に沈まれることが多いようですが」
「あーー、あ、あのなぁロイエンタール」
「はい?」
「たのむな、キルヒアイスのこと。あいつは俺の、親友だし。大事だから。だから、たのむな」
「ローエングラム公・・・」
「あいつ、すげー幸せそうだし。お前がずーーっといてくれ」
「・・・はい」
――ああ、この笑顔はヤバイだろう。
 
――はぁ
ラインハルトはもう一度ため息をついた。
――ロイエンタールが幸せそうだから、ま、いっか。
――それにキルヒアイスも幸せそうだし。
――まぁ、いいかァ。
 
ラインハルトは考えた。
もし、ロイエンタールがキルヒアイスと結婚すれば、俺たちは家族ぐるみの付き合いとかいうやつで、キルヒアイスも、ロイエンタールも、ずっと俺といてくれるかもしれない。
いや、なにもいわなくても、あの二人は、あの笑顔でずっと俺のそばにいてくれるのかもしれない。
ラインハルトは急に機嫌がよくなった。
 
つまり、そーゆーことサッ♪

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08. そういうトコも好きなんだけど
 
 
じーーーーっ
なにやら真剣な表情で鏡をにらんでいるロイエンタールの背中に、恐る恐る声をかける。
「あ、あの、ロイエンタール提督?」
ちなみに、キルヒアイスが帰ってきたのは五分前だ。
ぐあしゃっ!
完全に不意を付かれてこけたロイエンタールが驚いて振り向く。
「きっ、キルヒアイス提督。お帰りなさい」
「鏡がどうかなさいましたか?」
「いえ、なんでもありません。・・・見ないでください」
「イヤです。見ます。痛くないんですか?」
「痛いです」
キルヒアイスは首をかしげる。多分、これは、拗ねてる?
「鏡を見て何してらしたんです?」
「云ったら笑うから、内緒です」
「笑いません。何か悩みでも?」
↑過保護。
「・・・・・・・・・・・・・・・・、あなたは、私のどこがいいんだろう、と」
ドキっ!
具体的に云うと、その伏し目がちの表情かも!
「男だし、九つも年上だし、性格だっていいとはいえないし、好き嫌いは多いし」
それにあれも、これも、といい続けるロイエンタールだったが、キルヒアイスはそれどころじゃなかった。
(かっ、かわいい!かわいい!!)
↑ありがちな男。
「はぁ。見ないでください。みっともない」
「いやです、もっと見せてください」
「・・・・あなたはみっともない私が好きですか?」
「好きです。あなたの顔が好きなわけでも、あなたの能力が好きなわけでも、あなたの持ち物が好きなわけでもなくて、あなたが好きなんです」
キルヒアイスはロイエンタールが逃げ出さないように、その手をしっかりと掴んで笑顔で語りかけた。この人がそれで納得してくれないのなら、納得してくれるまで毎日続ければいい。キルヒアイスは心からの思いを伝えることこそ大事に思っていた。
 
「怒る貴方も、笑う貴方も、ぼやく貴方も、なにもかも、私のものになってくださいませんか?」
それに対するロイエンタールの応えは、キルヒアイスにしか聞こえなかったけれど。


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09. その沈黙の意味は「Yes」?
 
夕食後のコーヒーを飲んでいたキルヒアイスは、カチャカチャと食器を片付けるロイエンタールを、目を細めて見つめていた。
この人はなんて綺麗なんだろう。
一挙手、一投足が優雅で美しい。
なんでこんな綺麗な生き物がこの世に存在しているのだろう?
キルヒアイスにとっては、ロイエンタールのヘテロクロミアは本当にオマケだった。
特に立ち姿が美しいと思う。
軍人だから姿勢が良いのは当たり前だが、すんなりと立つロイエンタールの姿は、清廉で、なおかつ不思議な色気を感じる。
優雅で、優美で、愚鈍な印象はまったくなく。いつまでもいつまでも見ていたいほど気持ちよく美しい。
けれど、一番美しい姿は・・・。
「・・・・・ハッ」
つい、恥ずかしいことを考えてしまった。
「どうかなさいましたか? キルヒアイス提督」
なんでよからぬことを考えたときばかりバレるのだろう。
「いっ、いえ、なんでもありません」
変な笑いで誤魔化してしまった。
 
「さっき、何かおかしかったですよね?」
一日のことをすべて終えて、あとは休むだけというとき、シャワーを浴びてさっぱりしてきたロイエンタールがキルヒアイスに問うた。
「な、なんのことでしょう・・・」
この美しい人をこの手に抱けるだけで、夢のようなのだ。これ以上何を望むことがあろうか。
「目が泳いでますよ」
この美しいヘテロクロミアは確かにオマケだが、この美しく、まっすぐで、静かなヘテロクロミアに嘘はつけない。
「少し、疚しいことを考えていたので」
「何か、私のことがカンに触ることがありましたか?」
「いえ!そうじゃなくて、・・・そうじゃないんです」
「そう、ですか?他人のクセは、意識していなくても、気に障ることもありますし」
赤の他人同士が共に暮らしているのだ。最初のうちは衝突もあろう。
ロイエンタールは愛する青年のわずらいはすべて取り除いてやりたいと思っていた。
↑こいつも過保護。
「そうじゃなくて、あの・・・」
「はい?」
「あなたが、とても綺麗だと思って。その、一糸纏わぬ姿が、とても、綺麗だろうと思って。明るいところで、見てみたいと・・・なんて、つい、考えてしまって」
「なっ・・・・!」
普段、羞恥など感じずに平気で晒しているものだが、
あらためて、明るいところで、しげしげと見せる。
となると、また別だ。
「うっ・・・」
SEXは別に恥ずかしくない。なんとも思わない。
どんな体位で、どんなポーズだろうと、たいして気にならない。
けれど、だ。
「すみません。自分でも、無茶なことを考えると思ったので」
殊勝なキルヒアイスの様子が、演技でないことを一番知っているのがロイエンタールである。が、彼の瞳に一瞬よぎった、押さえきれないもの欲しげな色が、ロイエンタールの言葉を奪う。
「・・・・・・・・・・・・・」
キルヒアイスは可愛い。愛おしい。
けれど。けれどだ。
「・・・・・・・・・・・・・」
 
その沈黙の意味は?
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10. 今日は離れてやらない
 
 
「・・・・・・・・・・・・」
ここ暫く、ロイエンタールに張り付いて、好感度と親密度をせっせと健気に上げていたキルヒアイスであった。
ロイエンタールは優しいので、この親切で健気な年下の同僚に好感を抱き、今では親しく官舎に招かれるまでになった。
がっ。
(けれど、これって・・・)
キルヒアイスは困っていた。
(え、えーーっと、どうすれば・・・)
大抵、こういうのには、お決まりのパターンがある。
「クークー・・・・、スースー・・・・」
(うっ、動けない)
膝の上で猫のように転がって眠ってしまったロイエンタールに、キルヒアイスは微動だにできなかった。
揺らめくキャンドルの淡い灯りに、ロイエンタールの白磁の肌が柔らかい光をおびて浮かぶ。
「こ、これって、どうすれば? 寝室まで運べばいいでしょうか? いや、暫くしたらおきるでしょうか? どのみちこのままでは風邪を引いて・・・」
「んっ・・・ん」
ロイエンタールの身じろぎに、キルヒアイスの拍動が倍化するが、起きる気配はなく、そのままポスンとより落ち着く位置に収まった。
ロイエンタールの寝顔は、本当に安らかで、いい夢をみていそうで、オマケに眉が下がっている。
ドキドキドキドキ
「とりあえず、ゼッタイに起こしちゃダメですね。 ロイエンタール提督だってお疲れでしょうし」
ドキドキドキドキ
「それにしても、なんでこんなに綺麗なんでしょうか?」
9つも年上の、しかも男性にこんなに魅かれるなんて思ってもみなかった。
同性の寝顔を見て、こんなに愛しさがあふれてくるなんて。
(キスなんて言語道断ですが、ちょっと抱きしめてみても? いえ、ほら、ちょっと触れるだけとか? ちょっとだけ、ちょっとだけですから・・・)
 
「で、そのまま朝になっちまったと?」
「ミッターマイヤー閣下! もう朝なんですか?」
『ロイエンタールー、仕事いこー』
なんて、あり得ん声と共にやってきたミッターマイヤーが呆れた。としか聞こえない声音で云う。
「まだ、5分くらいかと・・・」
 
「チッ、食っちまえよ」
アンタが云うな。

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11. 跳ね上がった心で気付いた
 
 
(あ、ロイエンタール提督だ)
ドキッ
こうしてすぐにあの人を見つけられるのも、見るたびに心が跳ね上がるのも、なぜだか嬉しくなって、笑みがこぼれて、体中に元気が満ちてくるのも、何もかもが当たり前になってしまった。
けれど、本当に、今日と昨日は同じだろうか?
なんだか、今日の「ドキッ」の方が大きかったんじゃないだろうか?
昨日はドキッくらいだった。
同じなのかな? 違うのかな?
 
この想いは、あなたへと加速しているのかな?
 

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12. 今のままで十分可愛い

 

「なぁ、キルヒアイス、俺はさぁ」
「はい?なんですか、ラインハルト様」
「お前は、性格もいいし、見た目もいいから、きっと可愛い女の子とくっつくと思ってたんだが」
「何を言ってるんですか!ロイエンタール提督もあんなに可愛いじゃありませんか!」
「はいぃ!?」
キルヒアイスは自分が変なことを言ったとは思っていないようだ。
 
「あー、でも、そうだな。可愛いよな」
お人形のようなロイエンタールの顔を思い出して、ほわーんとなるラインハルト。
↑多分、眠くてボーっとしてる時。
「なんですって!」
 
二人は親友である。
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13. 昼食をおすそ分け

 

「あ、サラダにりんごが入ってる。ミッターマイヤー、やる」
ポイっ
「・・・、手作り弁当? お前が作ったのか?」
「いや、キルヒアイス提督が」
ゲホッガホッ
「家事はあいつがやってんのか?」
「いや、夜は俺が作るぞ?」
なにぃ!コイツ料理とか作れたのかよ、うわぁ、テーブルセッティングとかしてワインあけてそう。うわー。
「元帥府の食事が油ものが多いとぼやいたら、作ってくれた。朝はあの人のほうが早い」
いつもとおんなじに見えるけど、心なしか嬉しそうじゃねぇ? こいつ。
「ふ、ふーーん」
「朝起きたらそこらじゅうピカピカに磨いてあるし、気を使わせているかな?」
↑幸せオーラが出ているロイ。
 
何を思って俺らはコイツラくっつけようとしたんだ!?
や、やめときゃよかった・・・。
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14. 目一杯、背伸び中
 
 
「キルヒアイス、どうした? 大丈夫か?」
元気のないキルヒアイスにラインハルトが問う。
「いえ、余裕がなくてイヤだなぁと思って。自分が」
「お前でもそう思うのか?」
「思いますよ! うんざりしますよ!大人になりたいですよ!」
はぁ。と憂鬱なため息をつく。
「あの人に、ふさわしいだけの、立派な大人に、なりたいですよ」
「・・・け、けどな。ロイエンタールはそんなお前を愛しているのだと思うし、お前はお前なりの速度で成長していけばいいのじゃないか?」
↑一般的なことをいいたいのだが、フォローがたどたどしい。
「さ、最中とか、焦りすぎなので。愛想尽かされたらと思うと」
ブフーーーーーーーっ!
 
(ま、真面目な人間本気にさすと、こーなるんだな。ロイエンタールぅ)
 

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15. 見えない角度で手を握り締め
 
 
手。
白くて。
長くて。
少し骨ばっていて。
さらさらしていて、あたたかい。
 
繋いだ手の平に、何でもできる気がした。
 
まぁ、キルヒアイス提督には、ナイショだけど。
 
 

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16. 人気者の君に妬く
 
 
「ロイエンタール閣下」
「よーう、ロイエンタール」
「オイ、このやろう!」
 
「・・・・・・・・・」
実は、意外とロイエンタールはだれからも好かれている。
自身、能力が高いので、少し要求される水準が高い時もあるが、
部下を贔屓せず、横暴も言わず、勝つべきときに勝つので、
同僚からは信頼され、部下からは慕われているのである。
ブハッ!
だれかがふきだす声に振り向くと、そこには眉目秀麗なこと、帝国軍でも5指に入る、銀髪の提督がいた。
「ファーレンハイト提督!!」
「あ、いや、すみません。キルヒアイス提督。あなた、今すごい顔してましたよ」
「ハッ・・・」
「いえ、年相応の表情で安心しました。あなたもあんなブーたれた顔するんですね」
「・・・ブーたれた」
自覚がなかった。そんな酷い顔してたとは。
嫌われたらどうしよう。
「ぶっ。あなた、意外とロイエンタールがらみでは感情がそのまま出てくるんですね」
ますます戸惑うキルヒアイスに、ファーレンハイトは年上らしいわけ知りの笑顔をみせる。
「自信持ちなさい。あの男をあれほど変えたのは、間違いなくあなたなんですから」
そして思わせぶりなウインク。
「うそだと思うなら、こんどアレの士官学校の時の写真を持ってきましょう」
「えっ」
士官学校時のロイエンタール提督。ドキドキ。
「おい、ファーレンハイト。キルヒアイス提督になに吹き込んでる!」
「おやおや、独占欲ですか? ロイエンタール提督」
「どっかいけ、邪魔だ」
「ハイハイ、邪魔者は退散しますよ。それじゃあまた、キルヒアイス提督」
 
「ったく。あの馬鹿が」
「いえ、でも、楽しくお話させていただきました」
「・・・、あなたは、誰からも好かれるから、妬けますね」
「えっ」
 
それは、単なる、そういうことさ。


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17. 今更だけど言わせてよ
 
 
「綺麗ですね」
 
「はい?」
キルヒアイスが真剣な表情をして自分をみているので、ロイエンタールはそれが自分に言われた言葉であると気づく。
「・・・、まったく、あなたの目には、私はどう映っているんでしょうねぇ」
「両目2.0です」
キルヒアイスが嬉しそうにニコニコいうので、ロイエンタールは「まぁいいか」と目を細めた。
ロイエンタールは愛する青年が幸せそうなら、別にあとはどうでも良いのだ。
 

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18. 雪の日のお迎え (天候自由)
 
 
今日は元帥府でちょっとした片づけがあったので、休日なのにキルヒアイスは出勤していた。
寒い。
と思ったら雪が降っている。
今日の夕飯はなんだろう? あったかいシチューかな?
愛する人の待つ暖かい家を想像して、キルヒアイスは幸せな気分になる。
(さぁ、帰ろう)
美しい雪は美しいあの人にも似ている。
我知らず微笑みながらキルヒアイスがふと、道の先をみると、雪にとけ込むように、いつも美しい愛しい人が立っていた。
「ロイエンタール、提督・・・」
「あの・・・、別に迎えに来る天気でもないと思ったんですが、きたかったので」
伏し目がちに、呟くさまが愛しい。
「いえ、嬉しいです。一緒に帰りましょう」
「ええ、帰りましょう」
その目が微笑んだような気がして嬉しい。
「ロイエンタール提督、その紙袋は?」
「あ、これは、実は、今日買い物にいって。見つけて、あなたに似合うかと」
現れたのが、アイボリーのマフラー。・・・品質と値段の相関関係と、育ちの違いによる金銭感覚の差にも最近慣れてきた。この素材なんていうんだっけ!?
まぁ、慣れた。慣れたことにしておく。ロイエンタールにはハンカチ一枚買った程度の出費らしいから。
自分のために。その気持ちが嬉しい。
手ずから優しく首に巻いてくれる。
「ほら、似合う」
「あったかいですv ありがとうございます」
「帰りましょうか。キルヒアイス提督」
「はい」
 
それは、幸せな・・・。

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19. 指折り待つ日
 
 
ちらっ・・・
キルヒアイスは壁にかかったカレンダーを盗み見ると、にまぁと楽しげな顔になった。
ラインハルトは親友が10月に入ったとたん挙動不審なことに気づいていた。
「キルヒアイス。こわいぞ、その顔」
「ハッ。申し訳ございません。他の人といる時は気をつけていられるのですが」
それだけ自分に気を許しているのだと、ラインハルトも頬がゆるむのを抑えるのに苦労して、せっかくの美形が微妙な顔になった。
「実は今月はロイエンタール提督のお誕生日でして、何をしようか、今から楽しみで楽しみで」
うわ、まずいスイッチ押した。
でも・・・
 
「他人の誕生日をそこまで楽しみにできるなんて、幸せだな。キルヒアイス」
 
 
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20. お守り代わりにそっと
 
 
「では、いってらっしゃい。キルヒアイス提督」
「はい。二月ほどで帰ってこれますので」
((・・・さびしい))
疑わしいことだがこの二人は軍人である。しかも有能な高位の軍人だ。
たかが演習とはいえ、死者が出ることもある。
いつ何時でも、死は隣にあると思って差し支えない。
けれど、それを差し引いても、二人は寂しかった。バカップルだから。
「気をつけて」
いつも優しく触れてくれるキルヒアイスの手をとって、手の平にキスを落とす。
「おまじないですよ」
「(・・・・・・・・・・、い、今なら宇宙空間、スキップできるかも)」
とにかく、キルヒアイスは幸せである。

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21. いてくれてありがとう
 
 
「・・・・・っ」
「あ、起きましたか? ロイエンタール提督。ソファでうたた寝すると風邪ひきますよ?」
優しい顔で毛布をかぶせようとしていた青年が笑顔でいう。
「・・・・・・」
「えっ!?」
寝ぼけ眼のヘテロクロミアに涙がにじんでいた。
「キルヒアイス提督・・・」
か細くささやいて、ロイエンタールの腕がキルヒアイスの首にまきつく。
小さな子供のように震えてしがみついている。
「どうしました? こわい夢でも?」
「あなたと、知り合う前の夢を見ていました」
体がすっかり冷えている。
「あなたが、どこにもいなくて、こわくて、寒くて、せつなくて。苦しかった」
「・・・・・・・・・」
震える肩を抱きしめた。この方は自分をこんなにも大切に思っていてくれる。
「ここにいます、ずっといます。どこにも行きません。あなたのそばにいます」
「夢で、よかった」
 
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22. 無防備にも程がある
 
 
『ごめんくださーい、ごめんください、ロイエンタール提督ー』
トントントン
『ごめんくださーい』
キルヒアイスは陰気で暗い森の中にそびえる白亜宮のぶあっついの扉をノックしていた。
ごつい館だが、扉の細工は繊細で優美であり、扉だけ盗んで持ってくやつがいるのではと疑われるほどだ。
『ロイエンタール提督ーー』
この扉は多分ロイエンタールの家(?)で、中にロイエンタールがいることはわかっていた。
けれど、館の中に人の気配はなく、だれも出てきてくれそうにない。
軽く息をついて、もしかして・・・と思い、ノブに手をかけた。
ドキドキドキ・・・
キィ
軽い音で掛け金が回り、あれほど重く厚いと思っていた扉が、軽やかにきしみもせず開いた。
『えっ!?』
 
ガバッ
「ゆ、夢!?」
今のは一体何の夢?
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23. 悪意無きイタズラ
 
 
「あー、おまえ、キルヒアイスとはうまくやってるのか?」
「愚問だな」
「・・・・・・・・・・、なぁ、キルヒアイスに、その。どこに魅力を感じるんだ?」
「おや、お優しい疾風ウォルフは親友の奇行を理解してくれようとしているらしいな」
「茶化されてもなァ」
「聴きたいか? ミッターマイヤー」
「実は表面では聞きたくないんだが、深層意識ではすっごく知りたい」
実はミッターマイヤーは、親友がキルヒアイスにとられたことに、軽くショックだったのだ。
「そうかァ、聴きたいかァ」
ニヤリ
罠にはまった! とミッターマイヤーが気づいても後の祭りである。
「お前が、俺と同僚のノロケを聞かされるとかわいそうだと思って遠慮していたんだが、聴きたいんじゃ遠慮はいらないよなぁ」
ク ク ク・・・
 
「苛めすぎですよ、ロイエンタール提督」
キルヒアイスが苦笑して口をさはんできた。
「悪意無きイタズラというよりは、悪意たっぷりの嫌がらせでしたけれど・・・」
「・・・おや、キルヒアイス提督。ごようはおすみですか?」
「はい。お待たせいたしました。帰りましょう」
「ええ、そうしましょうか」

「けれど提督、さっきのは・・・」
「あなたに禁止した手前言い出しにくいですが、私だってたまには見せ付けたくなるのですよ」
愛されてる!
そんな思いとともに、とにかくキルヒアイスは幸せだった。
 
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24. 幼稚な気の引き方
 
 
「暑いですねぇ、キルヒアイス提督」
爽やかな風が入り込んできて、動けば暑いが、じっとしていれば心地よい。季節の変わり目の微妙な気温だった。キルヒアイスは、恋人が暑いのは苦手だが、エアコンをそれ同様に苦手にしていることを知ったので冷房はなるべくつけない。
特に不満の無い日だったが、昼をすぎて、いわれてみれば、暑いか?
ソファで雑誌を読んでいたキルヒアイスが目を上げて、麗しい恋人を見る。
眉をしかめたその横顔は、いつもどおり涼しげで、キルヒアイスは苦笑する。
ロイエンタールが振り向いて、美しい笑みを見せた。
「暑いですね」
「えっ? は、い?」
その美しい笑みのままこちらに歩いてくれば、キルヒアイスじゃなくてもおののくだろう。
そして、キルヒアイスの隣に座り、軽くキスをしながら猫のように甘えてくる。
人前ではまったく接触を好まないが、二人っきりのときは、わりとひっつきべったりで、甘々のイチャイチャだった。
「ロイエンタール提督、暑いのではないですか?」
楽しそうにクスクス笑うだけで、ロイエンタールは相手にしてくれない。
本当に猫のように。
べったりとくっつくので、キルヒアイスはとても幸せだった。
「ホラホラ、暑いでしょう?」
悪戯な瞳に、楽しくなって笑って放そうと思ったが、ロイエンタールは身を詰めてきた。
「暑いですねぇ」
にっこりと笑う。
「熱くしてください」
 
まぁ、こんな日常である。バカップルなので。
 
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25. 昨日よりも想える自信
 
 
「そんなもの、ないわけないでしょう」
「えっ」
サラっと断言されたロイエンタールの一言に、キルヒアイスは絶句する。
「間違いなく、今日の私は昨日の私よりあなたのことが好きですよ」
「え・・・」
ドキドキ
「あなたは毎日素敵になるから。私は毎日あなたを好きになり続けているんですよ」
「そ。そ・・・」
「けれど、私はあなたが好きでたまらないので、あなたがどんなあなたになっても愛しているんでしょうね」
 
 

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26. 惚れた欲目を差し引いても
 
 
「だと、思いませんか?」
「は? いまなんてった? キルヒアイス」
「ロイエンタール提督って、眉目秀麗で、容姿端麗で、沈着冷静で、温厚篤実で、とても素晴らしい方だと思いませんか? ラインハルト様」
「四字熟語ばっかり並べるなっ! しかも最後の温厚篤実怪しいぞ!?」
「何をおっしゃるんですか、あの方ほど優しい方もいませんよ!」
「眉目秀麗と、容姿端麗と、沈着冷静と、頭脳明晰は認めるけど!」
「頭脳明晰ゆってませんよ!」
「あと、射撃が百発百中で、陸戦も強くて、酒にも強いことは認めるけど!」
「ついでに、三次元チェスと、オセロと、将棋と、百人一首も強いんですよぉ」
将棋と百人一首は知らなかった。
ところで、ラインハルト、キルヒアイス、もうその辺にしなさい。
お馬鹿さんたちめ。
 

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27. そっと耳打ち
 
 
「好きです」
そう一言いったあなたの、瞳が優しくて。
もうそれだけで・・・。
 

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28. 僕を待つ灯火
 
 
ロイエンタールは明かりのついている自分の官舎を見て、しばらくたたずんでいた。
キルヒアイスと一緒に暮らし始めてから、もう随分たった。
けれども、実はまだ慣れない。
自分のためだけに灯された玄関の明かりを見つけると、ホゥと立ち止まってしまう。
その明かりが、やさしくて、あたたかくて。
みていると、不思議な感情で胸がいっぱいになってしまう。
誰にも話したことはないが、ファーレンハイトあたりはニヤニヤと笑っていそうだ。
だから、ロイエンタールはキルヒアイスより遅く帰るのは嫌いだった。
キルヒアイスを待つのが好きだった。
彼も自分と同じように、自分が灯した明かりを、喜んでくれているのだろか?
 
輝く星たちの下で、ロイエンタールはまだしばし、灯火を見つめて、優しい気持ちをかみ締めていた。
 

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29. 食べさせてあげようか?
 
 
目の前の食事風景にドキリとするなんて間違っている。
キルヒアイスは焦りながら自分の食事に集中しようとした。
「・・・・・」
いきなり静かになった恋人に、ロイエンタールが不思議そうに顔を上げる。
「どうかしましたか?」
「い、い、いいえ、なんでもっ」
体中がほてって、一気に蒸発する。
「ほ、ほんとうに、なんでも・・・」
食事中のロイエンタールの舌と、口元と、かすかに見える歯は注視してはいけない。
いつも食事が楽しくなかったことは無いが、こんな思いは初めてだ。
食事の最中に、その、あんなこと考えるなんて。
伏し目がちの目の端に、あんなに興奮するなんて。
いや、口ってヤパイだろ、口って。
むうーーっとした顔に何を考えていたかがわかったのだろう。
ロイエンタールがクスクスと笑っている。
「どうしますか? 食事はもうやめにしますか?」
「そ、そんなことありませんよ。続きにしましょう」
「おや、そうですか。・・・あなたがそういうなら、そうしましょうか」
台詞にためがあると余計に気にかかる。
落ち着きを取り戻そうとして、食事を再開するが、まぁ、なぜかナイフとフォークがいつもよりうるさい事は気にしなかった。
ロイエンタールはなにくわーーぬ顔で食事をしていたが、その口元がかすかに上がっている。
「ロイエンタール提督ぅ〜〜〜」
恨めしげなキルヒアイスの先で、夢のようなヘテロクロミアがうっとりと目を細めている。
口角が上がり、その魅力的な唇が開いて、軽く息を吸う。
「食べさせてあげましょうか?」
 
大神・オーディンに誓って!オスカー・フォン・ロイエンタール提督は存在そのものが媚薬です!
 

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30. お菓子よりも魅惑的な
 
 
「あなたがいい方と、幸せになってくれて嬉しいわ、ジーク」
春の陽だまりの笑顔で金髪の女性が微笑む。
「私のことも忘れていたくらいだものね」
ほほほほほ、と楽しげに笑う女性に、キルヒアイスは苦笑する。
「いえ、はい。ご無沙汰しておりました」
その幸せ満面の笑みに、アンネローゼは目を細めた。
「今日はケルシーのケーキを焼いたの。食べていってくれるのでしょう?」
 
「とても美味しいです。アンネローゼ様」
「そう、それはよかった。それに、さっき言ったことも本当なのよ」
テラスに出て談笑する美男美女は絵になる。まぁ、若い男女というよりは、宗教画か何かの世界だが。
「あなたには、ラインハルトのお守りをおしつけてしまったかもと、気に病んでいたの。ジーク。あなたも私には本当の弟のように大切なのよ」
「ありがとうございます、アンネローゼ姉さん。・・・・・・・・」
「あら、どうかした? ジーク」
「ところで、このケーキ、少しいただいて帰ってもいいですか?」
「あっ、あらあら、まぁまぁ。私ったら気づかなくてごめんなさい。ええ、二人分持って帰るといいわ」
「ありがとうございます。きっとあの方も喜びます」
「ロイエンタール閣下には私からもよろしくとつたえてね、ジーク」
にこにこにこにこ
 
この二人はこれでいいらしい。
 
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31. これって禁断症状?
 

「なぁ、ベルゲングリューン」
「なんだ? ビューロー」
「なぜ我らが司令官閣下は、いつもいつも自分の手ばかり見ているのかな。考えるときのクセかい?」
「働けど働けどわが暮らし楽にならず、じっと手を見る」
「ってわけでもなさそうだしなぁ」
「まぁ、演習ものこり一週間だし、帰ってからゆっくり考えようや」
「そうだな、この時期が一番事故が多い時だし」
「そうだな、キルヒアイス閣下もきっとオーディンのいとしい恋人かなにかのことを・・・」
と、いいかけて、キルヒアイスの恋人が誰かを思い出した。
「「あっ!」」
 
「若いなぁ」
「いいなぁ」
「けど、なんでロイエンタール提督なんだろうなぁ?」
「なぁ?」
 
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32. それは息をするのと同じ
 
 
「おはようございます、ロイエンタール提督」
「・・・・おはよう、ございます? キルヒアイス提督」
「朝ですよ、起きてください」
「むーー、起きてませんか?」
「ちょっと、まだですねぇ。お茶は飲めますか?」
「お茶よりもあなたがいいです」
「え、えーーと・・・?」
キルヒアイスが答えるより先に、唇がふさがれていた。
5分近くちゅーしてたら、仕事遅れますよぅ。

 
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33. 何て呼んで欲しい?
 
 
「キルヒアイス提督」
「なんでしょう? ロイエンタール提督」
二人きりのとき、それ以外のとき、かまわずにこれだけはいつも同じ二人だ。
ちなみに、今はベッドの中からロイエンタールが笑っている状況だったわけだが。
キルヒアイスが苦笑してベッドに近づいてゆく。
ヘテロクロミアが猫のように輝いていた。
この人が、ただの冷笑家なのではなく、ただのイジワルだと気づいたのは、まだ最近だ。
「いつまでも『キルヒアイス提督』じゃ味気なくありませんか? 名前で呼んだり」
ジークフリート、という自分の名前を思い出して、キルヒアイスは首を振った。
確かにそれは自分の名前だが、ロイエンタールの口から聞くと、なんとなく違う。という気がするのだ。
「じゃあ、公の姉上のように、ジークとか?」
ものすごい勢いで首を振る。違う!絶対違う!
「じゃあ、マイディアとか、ハニーとか」
ロイエンタールは、耳まで真っ赤になったキルヒアイスにニヤニヤ笑うだけだ。
「じゃあ、ダーリンとか?」
ズッキーーーーン!
「なにか、直撃がきました?」
トゥール・ハンマー並みの。
「いいえっ、いいえ、いいえっ!!!」
「はいはい、じゃあわかりましたよ。また別の機会に」
結局ロイエンタールに娯楽を一つ提供してしまっただけのようだ。
 
「私は、あなたに、あなたの声で、『キルヒアイス提督』と呼ばれるのが好きみたいです」
小さい声でこっそりと告白する。
まるでそう呼ばれるだけで、自分が夢の世界に来たような不思議な心地を感じる。
美しく、神秘的で、悪戯な人。
「あなたのことが、大好きなので」
『私の愛しい方』そう呼べるのは、まだ先だけれど。
 
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34. サラリと言わないで欲しい
 
 
「ロイエンタール提督は、ジークのどこを一番愛していらっしゃるのですか?」
ストレートなアンネローゼの問いかけに、ロイエンタールは暫し迷う。
「ほんとうのことを、いっても、お気をわるくなさいませんか?」
「え? なにがですの?」
「その・・・、同性同士の関係は、人に受け入れられないときもありますので」
「まぁ! もしかして、ずっと我慢してらしたんですの!?」
ロイエンタールが答えないので、キルヒアイスはドキリとした。
アンネローゼのお茶会に請われて、ロイエンタールをつれてきたのは間違いだったろうか?
ロイエンタールは憂うような流し目をキルヒアイスによこしたが、
アンネローゼの方を向いて、なんでもないことのようにサラリと云った。
「彼の優しい手と、彼の優しい眼差しです。心のあたたかさが、何よりの決め手だったんでしょうね」
 
心臓止まるほど嬉しいんですけど!?

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35. 君の髪に口付けて
 
 
色々と好きなものはたくさんあって、
色々と好きなこともたくさんあって、
けれどこのヘテロクロミアの生き物のいとしさは。
胸の奥の奥から沸いてくる、この思いは。
抱きしめて、あふれてくる、この優しい気持ちは。
・・・永遠に。
 

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36. それは反則
 
 
「おはようございます、ご主人様」
起き抜けに間近でロイエンタールのヘテロクロミアを見て、心臓止まりかけるキルヒアイス。
「はっ!? ロイエンタール提督?」
「どうかなさいましたか? 旦那様」
落ち着け、落ち着けジーク。これは夢だ。そう、これは夢。
こんな変なこと言うロイエンタール提督なんていない。
そう、これは、夢。夢なんだ!
パッと目を開くと、ロイエンタールの頭にさっきは乗っていなかった猫耳!?
ガーーン、自分はロイエンタール提督にこんなものをひそかに期待していたのか。
ショック。
で、ボーゼンとしていたが、しばらくすると、こらえきれない爆笑が耳を打った。
「反則ですよ! ロイエンタール提督!!」
 
そんなビューティフルサンデイw
 

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37. 長雨に閉ざされた空間で
 
 
「雨、止みませんね」
「そうですね」
「雨が止むまでいてください。ウチはかまいませんので」
「そうですね、では、遠慮なく」
 
「雨、止みませんね」
「もしも、雨が止まなかったら、このままここで暮らしてもいいですか?」
「え? えーっと、それはもしかして、プロポーズの言葉ですか?」
「雨、止みませんね」
「止みませんね」
「雨が止んだら、虹を探しにいきましょう」
「では、もうしばらくは、このまま・・・・」
 
元唄・Peach Jamの『キラキラ』
 

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38. 僕だから気付く事
 
 
いつも目で追っていました。
晴れの日も、雨の日も、雪の日も、風の日も。
なので、少しずつ、違いが分かるようになっていました。
不機嫌な日、機嫌がいい日、イライラしてる日、ミッターマイヤー提督が帰ってくる日。
毎日、毎日、私の中のあなたのページが増えていきました。
そんな、自然に積み重なっていった日常の中で。
たまたま、気づいたので。
 
パシッ
フラリとよろけたロイエンタールを、キルヒアイスの腕がとっさに捕まえる。
「キルヒアイス提督、何故・・・」
「具合が、悪そうに見えたもので」
いつも見ていたもので・・・。なんて云えない。
不満そうなため息をついて、ロイエンタールがこぼした。
「ミッターマイヤーにはバレなかったのに」
 
その一言に感じた陶酔ときたら!
 

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39. 記念日じゃなくても
 
 
今日は何となく、
手持ち無沙汰だったので。
テーブルに料理を山盛りにした。
うん、なかなか満足する出来だ。
なんでこんなことが、こんなにわくわくするのだろう。
キルヒアイス提督がはやく帰ってくればいいのに。
 

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40. 何度目かの春
 
 
ロイエンタール提督には桜が似合うと思う。
舞い散る桜とともに、たたずむロイエンタールは魔物のように美しい。
「キルヒアイス提督」
その魔物が桜の下から微笑んだ。
「今年の桜も綺麗に咲きましたね、ロイエンタール提督」
 
「そうですね、唯一不満があるとすれば、なんでここがヴァルハラなのかって話ですよね?」
怒ってる。笑顔で怒ってるこの元帥はっ!
「それはりほさんから「何度目かの春」をオーディンやフェザーンで迎えている姿が想像できないって泣きつかれたので・・・」
今回のオチはショボイ。
 

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41. 恋文
 
 
一日の勤めをすべて終えて、眠りにつく前の贅沢な時間。
デスクに向かいながら、キルヒアイスは穏やかにとため息をつく。
脳裏には今日起きた様々な出来事が順々に広がっていった。
いつの頃からか習慣づいたキルヒアイスのクセだった。
デスクには綺麗な便箋。
キルヒアイスの手には幼年学校の卒業時に父から贈られた、大人が使うような立派な万年筆。
 
真っ白な便箋に、あの人の静かな横顔が浮かぶ。
「ロイエンタール提督・・・」
いつも何か伝えたいことがあるはずなのに、いざ伝えようとすると困ってしまう。
あの方がくれたいくばくかのことを。
感謝している。では伝えきれないほどの、不思議で、柔らかい思い。
彼のことを考えると、いつも頬が緩むのに、キルヒアイスは不意に真顔になった。
 
「馬鹿馬鹿しい。どうせ書けるわけでも、受け取ってもらえるわけでもない」
キルヒアイスは困ったように、首をかしげた。
「これ以上、自分に都合の良いことを考えないうちに、寝てしまおう」
夢にはもう、これ以上ないってくらい自分に都合の良い彼が出てくるんだろうなぁ。と反省しながら。
 
気持ちの良い乾いた、やさしい夜が昼の熱気をとっていく。
夜咲く花の甘い香りが、どこか見知らぬ庭先から漂ってくる。
満ち足りた思いと、夜の魔法を感じながらキルヒアイスが明かりを消すと、
風の妖精が鈴をならしたような可愛らしい音で、キルヒアイスの携帯が鳴った。
 

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42. 永久保存メール
 
 
「なぁ、ロイエンタール」
「なんでしょう? ローエングラム公」
「最近、キルヒアイスが、夜になると自分の部屋でケータイ凝視しながら一時間以上にやけてるんだが」
「はぁ。それで?」
「お前、キルヒアイスに何か送っただろう? メールとか」
「そう・・・でしたかね。確かこの間・・・」
 
あれはミッターマイヤーと呑みにいく約束もなく、屋敷に一人で過ごしていた晩だった。
夜風がテラスから入ってくるのが気持ちよくて、
月明かりの中、藤のソファでくつろいでいた。
寝ようと思って、携帯の電源を切ろうとしたら、
不意に強く吹いた風が、優しい花の香りを運んだ。
それで、なぜか、キルヒアイスを思い出して・・・。
何の気なしに送ったのだ。
 
『いつもありがとうございます。
 明日もお会いできることを
 楽しみにしています』    と。
 
そのメールを見たキルヒアイスは脛を机の足でしたたかに打って、
よろけた弾みにベッドに倒れようと思ったら、勢いあまってベッドからさらに転がって、床と頭がお友達になって、たんこぶができたのだ。
それでも、携帯は無傷。
てか、死守。
床に転がったまま、携帯のディスプレイを凝視する。
この文面になんの含みもないことはわかっている。
あの妖艶な雰囲気をまとった、ヘテロクロミアの提督は、意外と思ったことをそのまま言うだけなのだ。
けれど。
わかっていても。
ドキドキドキドキ
震える指で携帯を操作する。
「ほ、保護設定・・・」
あまつさえ、受信ボックスに残っていた他のメールをすべて捨て、一通だけのこったそれに保護設定をかける。
(ど、どうしよう、嬉しすぎる)
何気ない、その、当たり前の文章が。
 
世界はそれを愛と叫ぶんだぜ!!!
 
Ende


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