Life Goes On
 
「年の暮れは用事が山積みね」
パタパタと本棚にはたきをかけながらヤンが呟く。
「・・・別に大掃除はいらないだろ」
朝からなにやってんだ? といいたげな視線でロイエンタールが振り向く。
「あら、何をいってるのあなた。きたない家にお正月様がおいでくださるわけないじゃない」
黒いエプロンにロングスカート、頭に三角巾がわりの大判ハンカチまでつけたヤンが不思議そうに反論する。
しかし、ロイエンタールの意見は違ったらしい。
「だって・・・、ココ、ヴァルハラだぜ?」
二人の間に、乾いた空気が流れた。
 
「って云われてもね。生前のクセで、お正月やお誕生日、クリスマスなんかしたくなるでしょう?」
「そう、ですね。ヴァルハラも暦は生前とリンクしていますしね」
じゃなければ、新しい死者がやってくるはずがない。24時間が24時間かはアヤシイが、明日はくるのである。
小休憩。イレブンジイズを楽しむヤンに答えるのは、どういう理由か、すっかりこの愛のアジトの執事におさまったベルゲングリューンだ。
今日も子供子供しい見かけをしたロイエンタールが、子供らしくないクイン・メリーをかたむける。
「まぁ、歳暮くらいは持ってってもいいぞ。えっと、じじいんとこと、ロベールか」
「あら。オーベルシュタイン閣下のトコロを忘れてるわよ。あなたの上司なんだから」
なんでもないことのように、ヤンが云う。
ちなみに、当然オーベルシュタインはロイエンタールの上司ではない。
 
「こんにちは〜、オーベルシュタイン閣下」
「ああ、ヤンか。よくきた」
風呂敷包みを小脇にかかえたヤンが、庭から直接オーベルシュタインの書斎に入ってくる。
『これ、つまらないものですけど』
という定型文で熨斗紙に歳暮と書かれた箱を渡すと、
ヤンはそのままお茶の体勢。
研究の手を止め、ワイシャツを捲り上げてオーベルシュタイン手ずから淹れるのは、東洋のグリーンティーだ。(玄米茶入り)
元々オーベルシュタインの本質は学者肌だろうが、ヴァルハラにきてからというもの、「生前から興味はあったんだが、時間がなくて手を出せなかった分野」なるものに嬉々として取り組んでいる。
常時、辞書かというくらいの専門書を5冊ほどひろげ、飽きたら次。と一日中本を読んでいた。
まぁ、民俗学の本を読んでも、フィールドワークを広げる対象があるわけでもなく。
天文学の本を読んでも、夜(と思しき現象)に空に広がるのは、手抜きの如き満天の星。
科学、化学に至っては、自分の都合でコロコロ物理法則が変えられてしまうこのヴァルハラである。
けれど、オーベルシュタインは精力的に数多の本を読破していた。
文学、詩集、数学、哲学、果ては旅行ガイドに機織まではじめる始末。
ヤンとは、「ヴァルハラのシステムとその考察」という分野でハナシが合い、ブレインストーミングの相手として、楽しいひと時を過ごす仲だ。
意外にもこの家で一番適応力があったのが、オーベルシュタインだった。
ちなみに、キルヒアイスとラインハルトの三人ぐらしである。
「ところで、お前の亭主は今日は何をしてるんだ?」
関係者一同、彼の義眼には必要ないだろう。と、首をかしげるメガネをはずしながら、オーベルシュタインが問う。
「あ〜、なんか、はじめは一緒に歳暮配りにいくはずだったんですが、お昼食べたあと、「ぼうけんにいってくる」だか「たんけんにいってくる」だか云って、シュラーさんと、バルトハウザーさんと、クナップシュタインさんと、グリルパルツァーさんと遊びにいきました。ついでにベルゲングリューン提督にもお目付けに行ってもらいました」
「・・・、なんか、約一名おかしくないか?」
「・・・。グリルパルツァーさん、うちの主人に頭あがらないらしくて・・・」
てゆうか、もっとおかしいのはクナップシュタインだった。本人目の前に「私はあなたがキライです」って堂々といっときながら、堂々とロイエンタールにひっついているのだ。
いや、グルパルツァーだって、ロイは一言も「ついてこい」とは云ってないのに、犬がしっぽ振るように、ほいほい付いていくのだ。
つまり、結局。
「どうにもこうにも、ロイエンタール艦隊、司令官が好きすぎるみたいで」
「そりゃ仕方がないだろう。ロイエンタールが可愛すぎるのがいけない」
「え、えーーと、オーベルシュタイン閣下? あなた、今、真顔で何いいましたか?」
「それはさておき」
「誤魔化さないで!」
「いや、なんにしても、そういえばロイエンタール艦隊だけだな。司令官のあと付いて回るのは」
「そうでしたっけ?」
そうだ。ラインハルトの陣営で、ハルトの死後も自分の艦隊司令官にくっついてってるのは、ロイエンタールの部下くらいなものだった。
「ウチの部下なんて。めったに顔だしませんよ? グリーンヒル提督が、ちょくちょく顔見に寄ってくださいますかね」
「・・・そりゃあ、お前んとこは・・・」
行ったらお邪魔だと思ってんだろ。あと、グリーンヒルがKYなだけだ。あの常春ジジイ。
「ロイエンタール、今日は何歳だったんだ?」
↑話題を変えた。
「えーと、だいたい5歳くらいでした。それがどうかしました?」
「あの男だけなんだ。コロコロ年齢を変えるのは」
真顔でヌケたセリフ云ってたのとはまた違う、真面目な声のオベだった。
「そうですか?」
「ベーネミュンテにしろ、先帝フリードリヒにしろ、同じ若作りではあるが、共に年齢を固定している。個々人、思い入れのある年なんだろう」
「はあ」
「実はな。自分で試してみたんだが・・・、出来ないんだ」
「え?」
「ロイエンタールだけなんだ。自在に年を変えるのは」
「そう。でしたっけ?」
「ああ、ヴァルハラ研究第一人者の私が調べた」
(なんなんだろう、その肩書き・・・)
「「自分」という意識が強すぎるらしい。誰だって自分が重ねた人生を否定したくはないものな」
「・・・・・・・・」
それすらも手放したら、このヴァルハラで何が残るのか。
「まあ、あの男にとっては・・・・いや、無粋だな」
グラスの奥の義眼が笑う。
「ところでお前、今日はやけに機嫌がいいじゃないか」
「ふふふ、わかります? 今日は腕によりをかけてゴチソウなんです」
「?」
「主人と再会した、記念日なんで」
「ん? ああ。今日は1216日か。もうそんな時期か」
「だからぁ、お歳暮持ってきたじゃないですか」
手元のノートをパラパラめくりながら云うオーベルシュタインにヤンが苦笑。
「ところでオーベルシュタイン閣下、ラインハルト陛下の観察日記は何冊目ですか?」
「八冊目だが、何か?」
オーベルシュタインの深緑のベストの真鍮ボタンが鈍く光った。
 
そして、夕方。しこたま遊んだロイエンタールが、ベルゲングリューンを引き連れて玄関のドアをあけ・・・
スパパーーーン!
「はぁっぴーーばーーすでぃ! オスカー!!」
「お帰りなさい、ロイエンタールさん」
「・・・あァ?」
すでに出来上がってるラップと、ほんのり桜色なジェシカに、しばしあっけにとられるロイ。
しかし、ヤンの期待に満ちた眼差しに、そんなことも霧散する。
「あ、お帰りなさい、あなた。ねえ、ローソク吹き消して?」
照れたようにはにかんで笑う。
「ケーキ、それ、私が焼いたの」
(珍しい。ウェンリーがかわいい)
何気に酷い評価をしながら、ロイエンタールがケーキの真正面にたつ。
「ちゃんと、願いごとかけるんだぞ?」
「一息で吹き消すんですよぉ〜〜」
すげえ変なヒゲ眼鏡をつけたフリードリヒと、赤いキラキラのパーティー帽子を被ったシュザンナがロイエンタールに云う。どっちかってーと、お前ら二人がその伝承知ってるほうが驚く。
が、仕方ないな。と、素直にロイエンタールは息を吸った。←嫁Love。
ふうううぅぅぅーーーーーーー!
「おーーー、消えた消えた」
「すっごーーい、絶対お願い叶うわよ〜〜vvv」
どうも、ロイエンタール五歳児なせいか、普段よりアホどもの過保護レベルが高い。
うんざりしながら酷いことを考え、嫁を見る。それでも、やたら嬉しそうなので、まぁ・・・いいか。
「おめでとおめでと。さあのみねえ!」
「って、フツーに酒注ぐのか、ロベール!」
「え? だって、フライドチキンにはビールがサイコーじゃね?」
「まぁ、いいけど」
享年32歳が何をいう、ロイエンタール。
「ってか、さあ・・・・ファーレンハイト」
「うん?」
↑ロイエンタールと撞球やりにきたら、たまたま捕まった人。
「俺の誕生日って、今日だったか?」
「いや、違ったと思ったけど」
「だよな?」
「っええええ! 違うのぉ!? だって、「誕生日おめでとう」ってプレート(チョコ)書いたのヤンだよ!? 俺じゃないよ!?」
「やかましいわ、ラップ」
スパパパーーン♪
「ちょ、オスカー! ソレ人に向けちゃダメって! 書いてある!書いてあるから!!」
スパパパパーーーン!
「ウェンリぃー、一匹退治したーー」
「まあ、あなたすごーーい。ラップがもう息も絶え絶えよ♪」
「死んでない!」
「違うわよロベール。私たちみんなもう死んでるわ」
フィアンセの冷静な突っ込みに半泣きなラップ。
「ジェシカ。俺たちもこんな可愛い子供が欲しいね」
「そうね。でもムリ」
ナイスカップル!
 
帰って三分で立派なカオス。に、執事・ベルゲングリューンは頭をかかえた。
もしかして、と思ったが、やっぱりロイエンタールは今日がなんの日かわかってないらしい。
「閣下、今日は恐れながら、閣下のご命日かと・・・」
「めい、にち?」
ああ、あったなあ。そんな日も。
「俺の、めいにち?」
ロイエンタールは、考えるように眉根をよせ、そのヘテロクロミアでベルゲングリューンを見上げていたが、不意に椅子を飛び下り、それを壁まで引きずって行って、棚にあったオモチャの一つを掴んでまた戻ってくる。
「やる」
「は?」
「俺の、めいにちなんだろ?」
「はい。だから今日は閣下の」
「だからやる。こないだ作ったロータス・エスプリ」
↑結構気に入ってた。
「あ、はあ。ありがとうございます」
「別に、こなくて良かったんだからな」
「はい。そうですね」
まったくその通りだ。ベルゲングリューンは苦笑するしかなかった。
 
シャンパン一杯で顔が可愛くなったヤンがニコニコと嬉しそうにロイエンタールの顔を眺めている。
「うれしい、か?」
「うん。すごーーく」
「そうか、ならいい」
「うん。ダイスキ」
ほろ酔いでよっかかってきたヤンを支えるため、ロイエンタールは二歳ほど年齢をあげた。
かみ合ってない会話にラップが混ざりこんでくる。
「あれ? ヤンってばもう酔ったの?」
「わざとアルコール吸収してんだろ。元々ザルだし」
「・・・・・・」
「よかったなぁ、お前。ヴァルハラでなら酔っ払えて」
甘やかすような優しい色のヘテロクロミアに、かすかな疑問をおくるラップ。
「あの、オスカー。ヤンと別れたの、15の時だってゆってたよね?」
「ああ。どうかしたか?」
「ううん。なんでもない。お前は子供でもカッコイイなと思って」
「・・・? 何がいいたいかわからない」
「額面どおりに受けとっとけよ。ヤンが幸せそうで、よかった」
「言わせておいてあげて、ロイエンタールさん。ロベールったら、ヤンが死んだのにヴァルハラ来ないから、浮かばれずに迷ってんじゃないかって凄く心配してたのよ」
「別に、待ってろとはゆってないが、心配かけて、悪かったな」
「いいや。あんな幸せそうなヤン、はじめてみたよ」
あの笑顔で、計測がテキトウなヴァルハラ半年分の心配も霧散した。
心から良かったと思った。
半年間、ずーーっとヴァルハラの門の前で座ってたと聞いたときには、呆れたが。
別に、それを含めても、良かったと思ったんだ。
士官学校の時に、振られてから、ずっと。いや、もっと前から。
幸せそうな、ヤンを見たことがなかったから。
どれほど、笑って欲しいと思ったことか。
ジャン・ロベール・ラップは、胸の中に痛みと喜びをとじこめた。
「ね、会いたかったの。すごーーく、あいたかった。だから、今日が誕生日でいいでしょう?」
にゃはーーんな笑顔でヤンがニコニコといい、そのままずるずると沈んでいく。
聞こえないとわかっていながら、そのつむじにロイエンタールは話しかけた。
「ああ。別にいつでも」
そして、引き絞るように、あたたかく、透明な雫をこぼす。
 
「おれも、あいたかった」
 
どれほどの間、それしか考えていなかったのだろう。
死の、瞬間まで。ロイエンタールがそう想ってきたのだとわかった。
おそらく、口にするを許されなかった想い。
そばにいたラップにまでその声がしみこんで、泣きそうだった。
ほんとうに、泣けてきた。
ちなみに、この日からラップのロイ溺愛がさらに酷くなったのは云うまでもない。
 
どいつもこいつも極端にテンション高いアジトからでてきて、
外の空気を胸いっぱいに吸い込む。
手にはさっきもらったロータス・エスプリを持つベルゲングリューンだ。
12月、肌寒い気もするし、春の夜のごとくすがすがしい気もする。
いや、12月と考えれば息が白くなった。現金なものだ。ヴァルハラは。
「ハハ、閣下が私の命日を覚えていたとは、思いませんでしたねえ」
勿論ベルゲングリューンの命日は12月16日である。
エスプリを目の前にもってきて、また苦笑する。
どうにもこうにも、死んだことを後悔できなくて、困った。

おしまい



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