眠らない街の御伽噺の時間
 
 
「気に喰わないね」
「何がどうした、カール」
ロイエンタール家の兄弟である。
「なんで、従弟である俺が姉様と暮らせなくて、赤の他人のユリアンとかいうやつが姉様独り占めしてるわけ? それって許せない! そいつ気に食わない。むかつく」
「・・・それが本心で一向にかまわないんだが、お前それ子供たちの前では云ってないよな?」
「流石に」
「ならいい。自分の子供に先入観はもたせたくないからな」
「けど、そんな他所の子、俺は嫌いだね」
「・・・俺はウェンリーがつれて帰ってくるなら、子供が増えてもかまわないんだが」
「雪や時だってそんな子イヤだろうよ」
「どうだか。お前たちは案外甘いから。俺がむしろ心配なのは・・・」
ロイエンタールが怠惰にゴロゴロしている弟を見遣る。美時と真雪の前では意地でも見せない姿だ。
「むしろ心配なのは?」
両目とも晴れた空の青い瞳がしっかりと見返してきた。
「双子よりもウェンリーの方だな。あれは神無で育ったホンモノのヤン家だから」
「だから?」
「お前知らなかったのか? ヤン家の豊かな愛情は身内にしか向けられないって」
「・・・・・・、え? あれってルーおじちゃんだけじゃないの?」
「お前が小さいときに亡くなったから覚えてないかもしれんが、タイロン伯父上も愛情タレ流しだったぞ。いつも土産山ほど抱えて帰ってきてな」
「それは・・・ちょっと覚えてるかも? で?」
「どうも、愛情を自分の家族と柏家に使い切ってるらしくてな。あの家は代々酷薄というか淡白というか、寒気がするくらい冷淡なところがある」
一回切って、ロイエンタールはニヤリと弟を見る。
「俺だって、元は他所の子だぞ? カール」
「だって、兄ちゃんは姉様が連れて・・・」
「ヤン家は同時に、他所の血の受け皿でもある。あいつは俺がウチになじめると見分けた。柏のじい様にもあるかわからない目をヤン家は持ってるんだよ。もしあいつの目がムリだと見分けたら」
ロイエンタールははるか彼方をにらんだ。
「そのユリアンとか云うやつは、かなり可哀相な目にあうかもしれない。ヤン家の恐いとこだ。どれだけ親しげに振舞っても、笑みを浮かべながら見捨てられる」
「・・・・・・・・・・・・・」
「お前、よかったなぁ。血が繋がってて」
「あ、お兄ちゃん。俺なんか悪寒がするみたい」
「ン? 大丈夫か? 風邪か?」
「かもしんない。ボクあったかくして寝るや・・・」
 
 
――兄さんは帰ってくるわ! あの人はヤン家の当主なのよ!
――信じて、ウェンリー! ヤン家の人間は必ず初代様の約束を守るのよ!!
 
 
ハッ!
ソファーでうたた寝をしていたヤンは目を覚ました。
ここは? イゼルローンだ。
「美時、真雪、ユリアン?」
ふるえる声で子供たちを呼ばわる。
「なにーー? どしたの母さん」
「ママ?」
「どうしたんですか? 提督」
ソファの背越しに台所で遊びながら夕食の片づけをしていた三人の顔がひょっこりでてきた。
両手を伸ばすと、息子と娘が手に触れた。そっと抱きしめる。
「母さん?」
慣れない行動に美時がいぶかしむ。
「いや、なんでもないよ。ちょっと悪い夢をみてね」
昔の夢だとは黙っていた。結局あの時叔母は最後に間に合わなかったのだ。
「お茶にしようか? お前たち」
 
「母さん。どうしたの? 卒業証書が痛むの?」
カップとお菓子の皿を設えていた美時が不思議そうに問う。
「えっ?」
ヤンは左手の甲を見ようとして、それにかぶさった右手が見えた。
左手を目の高さに上げる。もちろん何もない。
この手に組まれたナノ・システムはフェザーンでないと作動しない。
あの時、あと五分立ち去るのが早かったらレティシアの叫びは聞こえなかっただろう。
学府を使って叩きつけた悲鳴は、卒業生全員に響き渡ったはずだ。
「ママの紋章ってなんなの?」
母の異変を敏感に察知した真雪がヤンの膝に甘えて、可愛らしく首をかしげる。
「おや、お前たちはパパの紋章みたことがないのかい?」
「「え?」」
云われた双子も考えてみたが、・・・・・・・あれ?見たことない。
母がそういうということは、父の紋章とセットなんだろうが。
「カールお兄ちゃんのは知ってるよ。ソウルイーターの紋章だった!」
「あの馬鹿、あれほどやめなさいといったのに・・・」
額を押さえてから、軽く左手をふった。
「私のはね、「輝く刃の紋章」だよ」
「「はっ!?」」
「ちょうど幻水2が流行ってたころだったんだよねーー。だから私らの卒業紋証、全部それだよ」
「けど母さん、幻水2にそんな紋章なかったじゃん」
「もしかして、パパのって「黒き盾の紋章」なの?」
不満そうな声は真雪だ。
「そういうこと。混ぜたんだよ」
ユリアンはといえば、カップを持って三人の会話に耳を傾けていた。
こういう場合、席を外さないことにはなっていたが、深く立ち入ることはしない。
美時も真雪も、この母の被保護者に呑気に言っていた。お話として楽しめばいいと。
だってこれは「おままごと」なんだから。と。
ヤンが左手の甲に意識を集中する。
かすかに炎のような十字の紋章が浮かび上がって消えた。
双子はただ感心したが、ユリアンだけが今見たものの正体がわからなかった。
「フェザーンのウチの故郷ではね、現在の科学文明とはまた別系統のテクノロジーも平行して使われているんだよ、ユリアン。使用している概念が異なるので、同盟や帝国とは違ったものがあるんだ」
「っへーーー!」
「そうだったんだ!」
「・・・お前たち、学府みたいなのを同盟でもみたかよ?」
「あーーー、そっかーー」
「いや、ウチみたくアニメとかが流行ってないから、仮想空間がないのかと」
「それも確かにある。羽鳥ちゃんなんか、昔ヴァルゲイン様を作るのに血道をあげてたから」
「でもテクノサーヴァントみたいなのはあるじゃん」
「ちっちっちっ、羽鳥ちゃんが作ろうとしたのは電気執事じゃなくって「ヴァルゲイン」なの」
「ムリだろーー」
「それはムリだとーー」
「できたんだよ。理論上はね。けど、メドがついたとたん羽鳥ちゃんが飽きて他の研究室に押し付けたから、完成するまであと50年ぐらいかかるらしいよ」
「なんで! 羽鳥おじさんが作ったら半年でできるんだろ!?」
「甘い。羽鳥は作りたいものしか作らない。スモールライトは3時間でつくったけど、ビックライトは説得すんのに3年かかったもん。月下開発部第1研究室の目標は常に青い猫型ロボットなんだから」
「「うっわーーー」」
「平行して学府の研究、開発も続けてるけどね。開発部の発足は元々、夢幻の複製を作るのが目的だから。えーーっと、今は何やってるんだ? 多分小型化とか。学府のオートメーション化とかそんなの」
「学府って夢幻のコピーなの?」
「えっ、夢幻って、お祖父ちゃんの船の制御装置だよね?」
「そうだよ。あれの不出来なコピーを造ろうとして、あんな馬鹿でかいシロモノになっちまったわけだ。これでも先祖代々苦労してるんだよ? 学府の開発に2000年近くかけてるんだから」
あっけに取られている双子と、映画でも見ているようにわくわくしているユリアンを尻目に、ヤンはうんざりと首を振った。
「お前たち、本当になにも教えてもらってないんだね。御伽噺」
子供たちにうんざりしたわけではなく、ただあまりに長くなりすぎた一族の歴史にうんざりしたのだが。
「そもそもお前たち、私がヤン家当主じゃないということは知ってるのかい?」
「「!!!!!!!!?」」
「知らなかったのか。街じゃあ誰も私をヤン家当主だとはいってなかっただろう?」
「だっけ!?」
「だったかも!?」
「でも、今ヤン家名乗ってるのママしかいなくない!?」
「私しかいないだろうね。とりあえず、最初から「お話し」してあげるから、落ち着きなさい」
 
「けど、ママ? ママが当主じゃなきゃ、誰が当主なの?」
「お前たちのおじいちゃんだよ。76代当主が未だに当主だ」
「だって、母さん! おじいちゃんが死んでもう15年以上たってんだろ!?」
「死んで・・・いるかもしれないね。生きているとは信じにくい。けれどね。まだ帰ってこない。
ヤン家当主が「帰らない」それはあってはならないことなんだ」
「あってはならないことって・・・ヤン家当主が15年も不在なのは!?」
おびえたように叫んだ真雪に、ヤンの片眉があがる。
「・・・。柏家では、ヤン家のことをなんて教えたんだい?」
「ヤン家は天家。柏家は地家。住まう場所は違っても同じ家で」
「他の分家とはまったく違う。ヤン家は柏家で、柏家はヤン家・・・だって」
「だから、俺たちが柏家を名乗っても全く問題ないって」
狼狽する双子に、ヤンは半眼で厳かに宣言した。
「違う」
ヤンが恐ろしいほどのまっすぐな瞳で、双子を見つめた。
「お前たち、明日も私の子供を名乗りたいのだったら、今すぐに覚えなさい。ヤン家はヤン家だ。初代様とのお約束を教えよう。私たちヤン家が命を懸けて守ってきた、初代様からずっと。大切な約束を」
双子は背筋を伸ばして座りなおした。
藍色の瞳が底冷えのする輝きを帯び、スっと息を吸う。
「必ず帰ること」
声が物体になって叩きつけられたようだった。
実家、月下街では感じたことのない。けれど、体の深くに響く。届く。手が震えていた。
「どんな卑怯な手を使ってもいい。必ず帰りなさい。月下街の本家まで。お祖父様たちのところまで。ヤン家は天家だ。それは違っちゃいない。旅をし、放浪の日々を送るもの。けれどヤン家は柏家を飛び出すために存在してるんじゃない。柏家の元へ戻るために存在してるんだ。帰るためにだ」
それだけか? と問いたいが、二人の内のヤン家の血がそれを許さない。
ソウダ、ワタシはソレをやってキタのだ。イノチがけで! ワタシタチは!
「柏家がヤン家の意味を忘れようが、初代様が柏家にした約束を忘れようが、これっぽっちも問題じゃない。それがヤン家の存在意義だ。・・・・・・だから」
不意にヤンが気まずげに目を逸らした。
「だから、帰ってこなければ、ヤン家は終わりなんだよ。そこで終了なんだ。ヤン家当主が帰ってこなければ、ヤン家に意味などないんだよ」
目を覆って、海流のような声がうなって云う。
「ヤン家当主は帰って来るんだよ。千の海を越え万の山を越え。月の後、陽の先を旅し、熱砂の砂漠を越え、酷寒の森を踏み越えて。腕をなくし、足をなくし、魂だけになりはてても。必ず帰ってくる。それがヤン家当主というものだ」
「母さん」
「ママ・・・」
ヤンの中の凶暴なものが目を覚ましかける。
父の死を信じられたらどれほど安らかなことか。と。
呪わしい。憤怒、憎悪。ヤン家の冷酷さが表に出てこようとする。
・・・だがそれは、父ルーシェンへ向けるもの。子供たちには関係ない。
大きく深呼吸をする。
指の間からのぞいた瞳は、いつものヤンのものだった。
ホッと、双子が息をつく。
今の話の重さを感じなかったユリアンはお茶のお代わりを沸かしに腰を浮かせた。
「お前たち、ヤン家の初代様のお話を聞いたことはあるかい?」
 
ユリアンが淹れてきたシロン葉の紅茶に、ヤンが楽しそうに全員のカップにブランデーを足していく。
「て、提督ぅ?」
「ヤン家の「お話」ってのは、そういうもんだよ。野営の焚き火を囲んでとか。眠る前にね。だからかな。街の運営に多忙な柏家と違って、ヤン家に御伽噺がつたわってるのは。旅の空では急ぎの用事もそうそうは無いからね」
「そういえば、栄お祖父様たち忙しかったわ」
「夕食も大抵別だし」
「一緒なのは朝食と、休憩でお茶のみに来るときくらい?」
「そんな忙しいのにたまの休みに遊んでくれたり」
「宮お祖母様なんか、一週間くらい学府にこもりきりで顔見ないことザラだったなぁ」
「そうそう。忙しいんだよ柏の連中って」
栄曽祖父も宮大伯母も高齢だ。心配すればきりがない。真沙輝も楽ではないだろう。
ただし、あいつはその上で地下茎の会の会主までやってんだから、もう、あれだけは本能としかいえない。・・・まったく。・・・あれ?アイドルは?・・・考えるのやめよう。←ヤンの思考
「提督、初代様というのは?」
ユリアンが話を戻した。
「ヤン家の76代前の私たちのご先祖様だよ。もっとも、そのころはまだそう名乗ってはいなかったけれどね。まだ一族が故郷の谷にいたころだと聞いている。初代様は柏の何代目かの当主の息子だった」
ヤン家の代々の子供たちが聞いてきた御伽噺。繰り返し語られてきた物語に双子とユリアンは耳を傾けた。
「初代様には3つ年下の仲の良い妹がいらっしゃったそうだ。けれどその方はご病弱でね。初代様は柏家を継ぐ前に、ろくに家からも出られない妹のために旅をしたいと父上におっしゃった。地球の故郷の谷ってのはすっげー山奥にあった秘境らしくてね。なんでも山を降り麓の村につくまで3日はかかったらしい。そんなとこで旅にでるといったわけだから、父上も困っただろう。けれど、柏のご当主も私たちのご先祖様だからね、この先100年の繁栄のために初代様を送り出したんだよ。妹に沢山の土産物と、土産話を約束してね。病弱な妹を心配したんだろう。『必ず帰ってくるから、待っていてくれ』とね」
そして、物語慣れしている双子には話の続きがわかった。
「それで、初代様は、帰ってこなかったんだね」
「帰ってこれなかったの?」
なんともいえない顔で見つめてくる息子と娘に苦笑する。そうだったのだ。
「50年後。谷の人間しか越えられない険しい道を登って14,5の少年がやってきた。警戒する谷の人間に「祖父との約束を果たしにきた」と云ってね」
「初代様の」
「孫」
「そう。持てる限りのお土産をもってね。けれど50年前のことなんて谷の人間は誰も知らない。そのとき、柏の本邸から人影が走り出してきた」
ベタだ。べったべただ。けれど、顔がほころぶ。
「妹さん、生きてたの?」
ただ単に嬉しい。
「その病弱な妹さんはよっぽど長生きしたらしい。瞳の色も肌の色も違う見ず知らずの少年に、ぽろぽろ泣いて抱きついてね。「お兄様が帰ってきた」って」
「よかった・・・」
「うん、よかった。妹さんは約束を守ってずっと待ってたんだ。柏家当主やりながらね。で、その少年を二代目様と数えて、妹さんの孫の1人と結婚して谷に住んだんだけど、またその後の代で旅に出て、んで、紆余曲折の末、この風来坊アッパラパーなヤン家が76代続いた。のだというお話。わかったかな?」
「すっごいね〜。そんなんでヤン家76代続くんだ」
「妹さん、頑張りすぎじゃない? 長生きして、子供もつくって」
「二代目様の土産話半年ぐらいかけて全部聞いて幸せに亡くなったそうだよ。けどね、その方がいなかったら宮ばあ様も藤波も私も生まれてないんだよ? 直系のご先祖様なんだから」
「「!!」」
「頑張ったご先祖様にお礼は?」
「「猛虎落地勢」」
「無差別格闘早乙女流奥義って便利だね」
「こ、こっわいお話だったね、お兄ちゃん」
「ウチってどんだけピンチ乗り越えてきてるんだ」
「えーーっとねぇ。結構沢山」
時代が下るにつれ、無茶やるアホの武勇伝が沢山増えます。
かなり氷山の一角です。
「そういや、このオハナシにはおまけがあってね。初代様には子供がいなかったらしいよ」
「「え?」」
「んっふっふーー。みたい感じで代々伝わってます。だから、どうしてもヤン家は家に帰らなきゃいけないの。わかった?」
「初代様とのお約束だから?」
「柏家とのお約束だから?」
「そうだよ。藤波や宮お祖母様みたいに、初代様の妹も、ずっと家族の無事を祈ってたんだよ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
不意を突かれた風に、絶句した双子だったが、真剣な顔で真雪が問うた。
「ママは? ママも帰る?」
「私? 私かぁ? どうしようかなぁ。当主もまだ帰ってこないしねぇ」
ヤン家はむしろ笑ってるほうが恐ろしいのである。
 
 
「ところで兄ちゃん、ヤン家当主は生きてると思う?」
「神無が帰ってこない」
「え? うん。船も確かに帰ってこないけど」
「ルーシェンが帰ってこないことよりも、神無が帰って来ないほうが異常だ」
弟の表情に、ロイエンタールが首をかしげる。
「何驚いてるんだ?」
「だって、神無は宇宙船なんだよ!? 宇宙空間で大破したら!?」
「宇宙空間で大破したら、再生して神無だけでも帰ってくる。あの船はそれができる」
「え?」
「すまん間違えた。神無が大破したら、夢幻が再生させて帰ってくる」
「えっ?」
「神無ができた宇宙歴に入ってからは1年以上行方不明になったヤン家当主なんていないんだよ」
「はっ!?」
「神無は、夢幻と現行のテクノロジーを合体させた。イイ感じのメカなんだ。夢幻と俺たちの技術の互換性を持たせるだけで1000年かかってるんだぞ」
「・・・兄ちゃん。神無ってなんなの?」
「神無自体は大したことない。他の12月シリーズにちょっとカスタマイズ入ってるくらいだ。てか神無を汎用にしたのが12月なんだが、夢幻はホンモノのオーパーツだ」
「ハツミミなんですけど!!」
「カール、ルーシェンは生きている。あいつが生きてないと、逆に説明がつかない」
ロイエンタールは左右違う色の瞳で弟を見た。
 
「柏のじーさまと、学府。それにウェンリーも同じ意見のはずだ」
 
「「ヤン家当主は帰ってくるんだから」」


戻る